第130話 実地訓練

「おいガキ共!さっさと歩け!」


 そう叫んだのはヴラットである。

 君もまだまだガキなんだけどなぁ、などと考えながら俺は歩みを進めようとする。

 後ろを振り向くと、初等部の4人は息も絶え絶えに進んでいる。父親が近衛騎士のベヒトも、エルフの森で鍛えたクレアも追い付けていない。


「ヴラット班長。休みませんか?」

「はぁ!? まだゴブリン4体くらいしか倒してねぇぞ!他の班に成績を抜かれちまう!」


 ヴラットや他の高等部生が怒りをあらわにする。彼らは成績がどん底なのだろう。だから、この実地訓練で何とか盛り返そうとしている。

 だが、それは敵わないだろう。

 こういった実践は普段からの準備がものを言うのだ。俺は彼らを闘技場で一度も見たことがない。おそらく他の生徒に実力の差を見せられるのが怖くて、決闘もしてこなかったのだろう。焦っているということは、普段の授業態度も推して知るべし。ゴブリンを4体しか倒せていないのも、彼らが騒ぎ立てながら移動するから魔物が逃げているのだ。


 この森には大量の学園の生徒が侵入している。いくつかの班ともすれ違った。そして魔物たちはそれを感じ取っている。接敵したら人間に囲まれると思っているのだ。

 結果として、魔物を探すために無駄な移動を俺たちは強いられている。

 というか、下級生を護衛対象と仮定した行動も成績に入ることを、彼らはちゃんとわかっているのだろうか。


「このままでは、俺たち初等部はみんな動けなくなります。そうなったら、実地訓練は強制終了です。」

「ちっ。五分だけだぞっ!」

 ヴラットが舌打ちした。


「すまない、助かるよ。」

「ありがとう。」

 遅れてきたベヒトとクレアが礼を言う。


「いや、構わないよ。」

「フィルはすごいな。高等部に追い付けるんだもん。」

「ベヒトも十分すごいよ。俺は鍛えられ方がおかしいから。」

「自分でおかしいとか言うのか。」

「それに森育ちだし。」

「それは、私も一緒よ。」

 クレアが会話に入る。


「そっか、クレアもそうだったな。」

「だから、悔しい。」

「そっか。」

「私、フィルよりも強くなるから。」

「そうか、楽しみだ。」


 クレアが困った顔をする。

 俺はそれを見て笑った。


「やっと追い付いたよ。」

「きつい。……水。」


 ノルマル君とシュリちゃんが遅れてやってくる。


「遅いぞガキ共!」

「は、はい!ごめんなさい!」


 ヴラットたちが怒鳴りつけ、委縮するノルマル君たち。


「すいません、リーダー。」

「何だ!」

「説教はいいですが、ノルマルとシュリが休憩できないと先に進めません。」

「ちっ。早く休ませろ!」

「わかりました。」


 俺はノルマル君とシュリちゃんの手を引いて、岩場に座らせる。


「ありがとう、フィル君。」

「助かったぁ。あのお兄さんたち、怖い。」

「いいって。そうだよな、怖いよな。」


 俺は子どもたちを落ち着かせる。気分は保育園のお兄さん。


「2人とも、じっとしてくれ。」

「いいけど。」

「なぁに?」

回復ヒール。」


 俺は二人の体力を回復させる。傷を癒すのと、疲労を取り除くのは厳密には大きな違いがある。疲労を回復する回復魔法は、普段は自分にしか使わない。パーティーメンバーのトウツは疲れ知らずだし、後衛専門のフェリも無理な動きはしないからだ。

 丁度いい練習だ。


「ありがとう!」

「すごい、すぐに歩けそう!」

「身体の芯からの疲労は取れていないよ。完全に回復したと勘違いして動き回ったら、明日ベッドから起き上がれないから無理しないで。」

「よくわかんないけど、頑張りすぎちゃいけないってこと?」

「そういうこと。」


 子どもと同じ語彙で話すのは難しいな。イリスたちがいかに大人びているのかがわかる。


「私、半羊人サトゥロスなのに、追い付けなかった……。」とシュリちゃん。

「俺だって、狼男だよ。」とノルマル君。


 いわゆる亜人である2人が、高慢ちきな高等部生の班に入れられているのは危険だろう。貴族には亜人への差別意識をもつ人間が多い。

 というのも、この国を発展させた中心である種族は普人族だからだ。彼らの言い分によると、「亜人は後から出てきてこの国の甘い蜜を吸う卑怯者」ということらしい。

 だが、厳密にいえばそれは違う。亜人が活躍する場面を普人族が与えなかったのだ。

 それでも、人は自分が信じたいものを信じる生き物だ。この考えを改めない貴族は根強くいる。目の前の高等部生のメンバーは、全員その血筋だろう。


 それでも成り立っているのは、俺やベヒト、クレアが障壁になっているからだ。ベヒトの家系は高等部生の誰よりも上だ。俺はストレガの弟子。クレアはエルフの留学生だから、酷い扱いをすると種族間抗争にも発展する。

 言葉使いは荒いが、彼らも一応抑えてはいるのだ。

 

「まだ俺たちは初等部だから仕方ないよ。大きくなってから、ね?」

 そう言って、俺は2人を立たせる。


「お、大丈夫そうか?」

「あの人たち、怒ってる。」

 ベヒトとクレアが言う。


「そりゃ怖い。行こうか。」


 俺たちは高等部生に合流する。

 律儀に悪態をつきながら、高等部生が動き始める。

 ヴラットが斥侯ハンターでもないのに、ずんずんと先に進んでいる。そのすぐ横に後衛の魔法使いのはずのルーラットが歩く。本来斥侯のはずのタットールがそれに何も言わずに後ろを付いていく。

 何だこれ。

遠足かな?


 彼らは自分たちの人間関係の力の順番のまま、行軍している、ヴラットやルーラットはけっこう貴族の中では階級も上の家らしい。

 らしい、というのはベヒトから聞いたからだ。流石、お父さんが近衛騎士。必要な知識をちゃんと持っている。

 彼らの失敗は、初心者の冒険者もよくするものだ。身体を張る前衛や、一発が派手な魔法使いがどうしても力関係が上になる。斥侯や回復役、タンク、弓兵など、他の仕事も大切だというのに。

 彼らの致命的なところは、ほとんどの冒険者と違って教育を受けているのに、このミスをしているということだ。

 本当の馬鹿はいくら上手に説明しても上達しない。何故ならば、そもそも馬鹿は話を聞かないからだ。その具体的な実例を見ることになるとは。


「ノルマル君は、鼻が利くんだろう?」

「え、そうだけど。」

「じゃあ、先頭お願い。」

「え、僕でいいの?」

「いいんだよ。」

「まだ狼に変身も出来ないんだよ、僕。」

「でも、俺たちより鼻はいいだろう。頼む。」

「……わかった!」


 現時点では俺の方が、探知が上手い。

だが、種族の特性を考えると彼が斥侯として俺を追い抜く可能性は十分にある。今のうちに経験させるべきだ。


「ベヒトは前衛だからノルマルの後ろ。ノルマルが襲われたら助けてあげて。」

「わかった。」

「シュリは半羊人サトゥロスだから、タンク寄りだよね?」

「う、うん。他の子より打たれ強いよ?」

「じゃあ、戦闘になったらベヒトのフォローを。ベヒトの隣を歩いて。」

「う、うん。わかった!」


 役割ができて嬉しいのか、羊の蹄を弾ませながら前を歩く。


「ねぇ、私は?」

 クレアが俺の袖を引いて聞いてくる。


「そりゃ、何でもだよ。」

「何でも?」

「前衛、後衛、遊撃、何でもやる。それが出来ないと、俺よりは強くなれないなぁ。」

「……やる。やってみせる。」


 クレアの目に闘志が宿る。

 よし、初等部こっちは大丈夫だな。問題は高等部かれらだけども、どうなることやら。

 俺は警戒を怠らずに、集団の一番後ろを歩いた。

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