第134話 家庭裁判所

「ぷっぷー。それでは、家族会議を始めま~す。」

「い、いえーい?」

「あおーん。」

「わ、わー?」


 トウツの音頭に、ローテーションで俺やフェリ、瑠璃が応じる。


「え、何この会議。というか家族なの? 俺ら?」

「近いもんだと思うよ~? ほら、僕には父親しかいないけど、畜生だったし。」

「言われてみれば、私もさらっと捨てられたわね。」

「あれ、俺けっこうハードな人生と思ってたけど、けっこう恵まれてる?」

『落ち着け、わが友。考えが毒されている。』


 お前が一番ハードな人生だと思うけどな、瑠璃。


「議題は、放っておいたらフィオが定期的に死にかける件について、で~す。」

 わ~ぱちぱちとトウツが高いのか低いのかわからないテンションで進める。


「あ、それは私も思ってたわ。」

「え、俺そんなによく死にかけてる?」

「フィオ、よく数えてみなさいな。」


 トウツとフェリが俺を優し気な目で見る。何だその目。聖母?


「えっと、赤子の時のバトルウルフと、3歳の時のバトルウルフの群れと、ゴブリンの群れに見つかった時。4歳のアーマーベアと、5歳のワイバーンと——。」

「ちょっと待って。」

「私たちと会う前からめっちゃ死にかけてるね~。」

『むしろ何で生きてるのか不思議じゃ。』

「そりゃお前、加護が一応あるし。」

「加護は確実じゃないし、有限だからね?」

 フェリに突っ込まれる。


 それはそうだが。


「今回の件に関しては、学園の行事内で起こったことだから仕様がない。でもね、フィオ。君の命はもう君一人のものじゃない。パーティーのものなんだ。わかるかい?」

 トウツが赤い目でのぞき込んでくる。


 あ、これ会議じゃない。尋問だこれ。


「トウツ裁判長。意見があるわ。」

「はい、フェリ検査官!」

「え、いつ裁判始まったの!?」

「週末の彼の単独行動の禁止を提言します。」

「採用。」

「え、俺の意見は!?」

「確かに、公聴の意見も重要です。では、瑠璃ちゃん。」

『賛成じゃ。わが友には監視が必要じゃ。』

「瑠璃ぃ!?」


 犬ータス、お前もか!

 いや、「俺の意見は!?」というツッコミ無視されたんだけど!


「けって~い。これにて閉廷です。」

「高速裁判すぎない? ねぇ。」

「フィオ。こっちを向いて。」

 フェリがしゃがみ込む。


 同じ高さの目線でフェリと見つめ合う。


「勘違いしてるかもしれないけど、貴方は私の奴隷なの。」

「え、今それ言う?」

「奴隷の身分で貴方は自由に動きすぎよ。しばらくは保護観察です。」

「俺、犯罪はしてないんだけどなぁ」


 最近は屋敷に不法侵入くらいしかしてないぜ?


「だから、フィオ。勝手に私たちの知らないところで死なないで?」


 見ると、フェリの目元が少し潤んでいる。

 ——いやお前、それはずるいだろ。


「わかったよ。しばらく週末はパーティーの誰かと過ごす。これでいいか?」

「よろしい。エイブリー姫の所に行くときも、必ず誰かが同伴するわ。」

「う、わかったよ。」


 知られたくないことを幾つかエイブリー姫とは共有しているが、ここで反抗すると不審がられる。それはまずい。


「で、何をすればいいんだ?」

「私と一緒に、防具と武器の調達よ。」

 上品にフェリがほほ笑んだ。




 カイムとレイアに会った。

 繰り返す。

 カイムとレイアに会った。


 冒険者部具店に行くためにフェリと瑠璃と一緒に街に繰り出し、意気揚々と曲がり角を曲がった瞬間にエンカウントである。

 え、何だこれ。

 すっかり忘れていた。都にカイムたちがいるという事実に。

 最近は全然見かけないとトウツが言っていたから、余裕を持ち過ぎていた。

 流石はエルフ。出会うまで足音が聞こえなかったぜと、混乱しすぎて謎の感心をしてしまう。


 カイムとレイアの間には、クレアが挟まっていた。両手で両親の手を握っている。俺と目が合うと、目をぱちくりとさせて慌てて手を放す。可愛い。


「あー。」

 ちらりと上を見る。


 あ、駄目だ。フェリは歯をガチガチさせて彫像のように固まっている。コミュ障の上に相手がエルフだ。彼女はここでは戦力にならない。

 レイアと目が合う。彼女の表情が驚愕から感動に切り替わり、平常へシフトしていく。


「あらまぁ、こんにちは。」

「あ、はい。こんにちは。クレアも。」

「う……こんにちは。」


 親に甘えている姿を見られたからか、クレアはばつのわるそうな顔をする。年相応のいじらしい姿が見られてお兄さん感無量だよ。

 でもこの状況どうすればいいの? 誰か助けて。誰もいない? あぁ、そう。


「あら、クレアの学友さんなの?」

「はい、まぁ。」

「特進クラスなのね。」

「そうなります。」

「せっかく出会えたのだもの。一緒にお昼でもどう?」

「えっと……。」

「どう?」

 レイア——母さんの圧がすごい。


「ハイヨロコンデ。」

「決まりね!カイム、クレアと一緒にいつものレストランで場所取りをお願い。」

「あ、ああ。」


 不思議がるカイムの背中を、レイアがどんどん押していく。

 カイムたちがレストランへ向かったのを確認し、レイアが戻ってくる。

 俺の目の前に来て、すっとしゃがむ。


「少し顔が変わっているけど、フィオよね?」

「う、うん。」


 ぎゅっと、レイアが俺を抱きしめる。

 すぐに正体を見破られた驚きと気恥ずかしい気持ちがないまぜになる。


「母さん。恥ずかしいし、不審がられるよ。」

「少しくらい、いいじゃない。次はいつ会えるかわからないわ。」

「そうだけども。」

「……あの、フィオのご母堂ですか?」


 珍しい。フェリが自分から初対面の人に話しかけるなんて。


「ええ、そうよ。貴方は?」

「フェリファンといいます。フィオのパーティーメンバーです。」

「あら、貴女が。うふふ、いつもフィオがお世話になっているわ。エルフみたいな発音の名前ね。」

「え、あ、う、その——。」

「たまたまだよ、母さん。」


 もうちょっとポーカーフェイス作るくらいの努力しようよ、フェリ。


「クレアから聞いてたから、嬉しかったわ。あの子は毎日フィオと一緒にいるのが辛いこともあるみたいだけど。」

「クレアは強い子です。」

「もちろん。私たちの子だから。そして、貴方の妹だから。」

「…………。」


 レイアに認められると、やはりこの上ない歓喜が底から湧き上がってくる。だが、フェリの手前幼児退行するわけにはいかない。


「母さん、何で一緒にご飯食べるなんて言ったんですか。」

「大丈夫。カイムは狩人としては優秀だけど、鈍感なの。」

「本当ですか?」

「30年私の片想いに気づかなかった人よ?」

「…………。」


 それは半端ねぇ。鈍感系主人公なんてレベルじゃない。


「だからね、一緒に行きましょう? そっちの貴女も一緒に。そこの子はフィオの使い魔?」

「そうです。瑠璃といいます。あ、母さん。人前では俺の名前はフィルで。」

「わかっているわよ。あと——。」


 レイアが俺の首の後ろに手を回す。頭の後ろで髪がするすると解けた感じがした。


「これは、鈍感なカイムでも気づくから外しておきましょうね。」


 かんざしをレイアが俺に手渡す。


「その辺の露店で代わりの髪留めを買いますね。」

「ええ、レストランで待っているわね。店の名前は止まり木ペルショワールよ。それと——。」


 またレイアが俺に抱き着く。耳元で口を開く。さりげなく音声遮断魔法も使っている。魔力を直接見れる俺にしか知覚できない精度。流石はエルフの狩人だ。


「獅子族の男が現れたら、私も戦うわ。」


 俺も慌てて音声遮断魔法を使う。


「——それは駄目だ、母さん。」

「我儘言わないの。貴方は私の息子よ。お願い、守らせて。」

「死ぬのは俺一人でいい。」


 抱きしめる力が強まる。


「お願い。チャンスを頂戴。目の前で息子が死ぬところを、二回も見過ごすのは嫌なの。そんなことしたら、心が先に死んでしまうわ。」

「でも、託宣夢に出てない人が死なない補償はない。」

「お願い。母親らしいことをさせて。お願いよ、フィオ。」

「……守ります。クレアも母さんも。絶対。」

「うふふ。男の子ね。」




「いい母親ね。」


 去りゆくレイアの背中を見て、フェリが口を開く。


「ああ。俺にはもったいない母親だ。」

「そうかしら?」

「そうだよ。」

「ところでフィル。」

「何だ?」

「私はレストランで何を話せばいいの?」


 フェリが童女のような顔で涙目になった。

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