第135話 再会

「驚いた。その歳で、しかも3人パーティーでA級とは。噂のパーティーが娘のクラスメイトとはな。」


 そう話したのはカイムだ。

 止まり木ペルショワールというレストランは小奇麗な場所だった。磨かれた大理石の床に、バロック調のような調度品がそこかしこに置いてある。円卓には清潔な白のテーブルクロスがかけられている。

 テーブルの足元には瑠璃がいる。小奇麗にしてあるのに、使い魔同伴オーケーなのは驚いた。冒険者が多い都だからこその配慮らしい。


「いえ、まだまだです。」

 適当に俺は謙遜する。


「いや、誇りに思うべきだ。私も妻と一緒に最近始めて、ようやくB級だというのに。」


 2年ちょっとでB級って、十分化け物だと思うんだけど。


「ねぇ、お母さん。何で誘ったの?」

 クレアが小声でレイアに言う。


 俺のエルフ耳には届いているのだが、クレアは俺がエルフだと知らないので筒抜けである。


「クラスのお友達だからいいじゃないの。」

「もう。」


 適当に母親にあしらわれるクレアがぷくっと頬を膨らませる。学園では余裕のない様子をよく見せているので、緩んだ状態の妹が見れて安心する。


「そちらのお嬢さんは普人族の人かな?」

「ひゃ、ひゃい!ふぇりひゃんです!」

 話を振られたフェリが噛む。


「落ち着いて、フェリ。はい紅茶。」

「うう。ありがとう、フィル。」

 フェリが口を潤す。


「急に話しかけて済まない。貴方の役職は?」

「こ、後衛です。金魔法が得意です。」


 エルフが忌避する闇魔法が使えることを伏せるフェリ。いや、そこは嘘つかなくていいんじゃないかな。今のフェリは普人族だし。


「もう一人のメンバーは?」

「前衛のトウツですね。ハポン出身の兎人族です。」

「たまにギルドで見かける武人か。あれは強いな。」

 カイムが唸る。


「カイムさんほどの実力者から見ても、トウツは強いんですか?」

 思わず俺は尋ねる。


「強いな。強い。あの若さであの領域に達する武人を私は見たことがない。」

「戦ったら、どちらが勝ちます?」

「……私が負けるな。」

「えっ。」


 クレアが驚きの顔をする。

 カイムはコヨウ村で一番の狩人だ。クレアからすれば強さの象徴だろう。


「——だが、森の中では俺が勝つ。」

 そう言って、カイムが紅茶を口に含む。


 クレアがほっとした顔をする。

 目がぱちりと、俺と合う。


「な、何?」

「いや、お父さんが大好きなんだなって。」

「う、うるさい。」


 ぷいっと、あっちを向くクレア。


「そうだ。」

 レイアがぱちんと手を叩く。


「せっかくフィル君がいるんだし、聞いてみましょうよ、貴方。」

「何のことだ?」

「何のことです?」

「クレアの好きな男の子!」

「ぶふっ。」


 クレアがせき込む。大丈夫かマイラブリーシスター。美幼女がしちゃいけない顔していたぞ。


「な、何言ってるのお母さん!」

「そうだぞ、レイア。まだクレアには早い。」


 俺の中のカイムの親ばか数値が少し上昇する。


「大体、フィルが私の好きな人知ってるわけない!」

「あ、ということはやっぱりいるのね?」

「う!」

 クレアが青ざめる。


「気を付けなさいね、クレア。貴女は誠実すぎるから嘘をつくのが下手よ。カイムに似たのね。」

「え、そうなのか?」


 何故か流れ弾を食らっている今世の父さん。


「で、フィル君は知ってる?」

 目をキラキラさせて迫る母さん。


 エルフの見目が若いこともあり、恋バナを始めた女子大学生に捕まった気分になる。


「同じクラスのアルですね。」


 俺は妹を売った。


「まぁ。」

「フィル!?」

「なんだと。」


 笑顔を咲かせる母親と、絶望する娘と父親がそこにはいた。

 済まないクレアよ。男の子は母親には勝てないんだ。

 ちなみにフェリはさっきからきょろきょろして困った顔でちょびちょびと料理を食べている。困っている様があまりにも可愛いので、そのままにしておこう。


「何で知ってるの!? フィル!」

 クレアがキッと俺をにらむ。


「いや、授業中あれだけアルをちらちら見てればわかるぞ。イリスにもばれてるんじゃないか? ロスはわかんないけど。」

「イリスには確かにばれてたけど!」


 やっぱりばれてたんかい。


「アルとはどんな男の子だい、フィル君?」

 心なしか、カイムの声に怒気がこもっている気がする。


 俺だって愛する実妹に好きな人が出来てショックは受けたんだよ、父さん。でも、アルなら認めるしかないんだ。あんないい子、どこを探していないよお父さん。


「いいやつです。優しくて、強い子です。」

「ほう、強い。どのくらいかな?」

「将来的には、俺やカイムさんよりも強くなりますよ。」

「ほう?」

「えっ。」

「まぁ。」


 その場の全員が驚く。横のフェリや、テーブルの下の瑠璃も訝し気に俺を見る。仕様がないだろ。あんなもの見せつけられたら、認めるしかない。


「一瞬でしたが、名前付きネームドのA級の魔物すら圧倒しました。」

「何と、そんな子どもが。」

「それって、昨日の実地訓練の話?」

 クレアが言う。


「ああ。」

「アルは魔法を使ったの?」

「ああ、使ったよ。俺を守るために、使ってくれた。それがなければ、俺は多分死んでたかも。」

「…………。」

「だからカイムさん。アルは、アルケリオ・クラージュは、クレアを任せるのにたる男だろうと思いますよ。」

「——そうか。」

「うふふ、いいことを知れたわ。」


 今日はレイアの独り勝ちのようだ。

 これでいいのだと思う。俺がこの世界に生れ落ちて、最初に見たのがこの人の泣き顔だった。俺が最初に幸せになってほしいと願ったそのひとが笑顔を振りまいているのだ。こんなに嬉しいことはない。


 だが、わずかな戸惑いがその場のエルフたちには見えた。

 カイム、レイア、フェリである。

 エルフには呪いがある。異種族と姦淫すれば、肌が暗色になりダークエルフへと変貌する呪い。その場にいる全員が、クレアの将来への心配をしていることが見て取れる。特にフェリは苦労が身に染みているので、表情を取り繕うのに精いっぱいといった様子だった。

 寛容なのか、それとも後回しでよいと判断しているのかはわからないが、カイムとレイアは和やかに会話を続けている。

 俺も家族だが、今はまだ他人だ。

 とやかく口を出すべきではないだろう。




 楽しい時間が過ぎるのは早いとは全くその通りで、レイアを中心とした和気あいあいとした会話はけっこう長く続いた。

 俺とクレアの学園での様子。ギルドでの俺のパーティーの活躍。瑠璃の生態の話。話は驚くくらい弾み、会話が苦手なフェリも最後には輪に入っていた。


「じゃあね、フィル君。」

「フェリファン殿も、また。」

「フィル、学園で。」


 俺の家族が別れの言葉をそれぞれ言う。

 俺はそれを眩しそうに見つめる。いつかあの三人の輪に自分が入って、四人になりたい。そのためにも、俺は止まれない。一つまた、戦う動機が強化されたように感じた。

 ふと気づくと、フェリが俺の手を握っていた。


「?」

「今は、私達がフィルの家族だから。」

「……そうだな、ありがとう。フェリ。」

「どういたしまして。」




 小人族に普人族に、何の魔物かもわからない使い魔という不思議なパーティーを送り出して、カイムが口を開いた。


「クレア、あの子が夢に出ていた男の子かい?」

「……うん。」

 寂しそうな顔をして、クレアが応える。


 カイムがしゃがんで、クレアと目線を合わせる。


「お父さんが約束しよう。あの男の子はお父さんが絶対守る。」

「本当?」

「ああ、本当だ。エルフの男に二言はない。」


 クレアがカイムに抱き着く。レイアはそれを愛おしそうに見つめていた。






 そこには一つの死体があった。

 贅沢の限りを尽くし、不健康に太った男の死体だ。不自然に服が半分脱げているそれは、綺麗に袈裟斬りされている。

 そこにあった死体は貴族の男だった。

 実力のある冒険者であれば、その傷口の美しさに思わずため息をつくだろう。それほど綺麗に貴族の男は分断されていた。


 すぐそばのベッドの端には、半裸の女性が座っていた。

 豊満ではあるが、柔軟な筋肉に覆われた美しい肢体をしている。白磁のような肌、絹のような白髪、垂れた兎耳、力の抜けたコケティッシュな赤い瞳。

 その女性は、刀を一振りして血のりを飛ばす。血液が手入れの行き届いた白い壁に赤い線を描く。


「は~あ。今頃フェリちゃんはフィオと楽しい買い物の帰りか~。」

 女性は気だるげに呟きながら、服を着る。


「姫様も勘弁してほしいな~。僕、フィオ以外に肌見せたくないんだけど。」

 くるくると刀を回しながら納刀する。


「本当にこれを続ければフィオのためになるんだよね、姫様。嘘ついたら、次こうなるのは貴女だからね。」


 そう呟き、兎のくノ一が、夜のとばりに同化して消えていった。

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