第136話 都のスミス

「いや、坊主。これは流石に無理だべ。」


 都の鍛冶屋、シュミット・スミスさんが唸った。ドワーフ族の鍛冶屋だ。

 ドワーフの顔はみんな同じに見える。俺にはゴンザさんとの違いがあまりわからないが、フェリや瑠璃にはわかるらしい。異世界相貌認知能力を高めていきたい。

 シュミットさんが開く工房は、都一番と評判である。なので、かなり客を選んでくる。俺たちが初見で入ることが出来たのは、魔法英雄団ファクティムファルセのルークさんが紹介してくれたからである。持つべきものは英雄の知人である。


「やっぱり、無理ですかね?」

「ああ。だが、いい業物だったのは確かだな。」

 シュミットさんが折れた長剣を光魔法で照らし、眺めながら言う。


「そうなんですね。」

「しかも大事に使われてたみたいだな。手入れが行き届いていた。武器としての寿命はしっかり全うしているよ。」

「——よかったです。」

「前の持ち主だけじゃなくて、お前さんもだよ。坊主。」

「そうですか?」

「ああ。いい使い手だな、坊主。この分なら俺の作った武器を持たせてもいい。」

「本当ですか!ありがとうございます!」

「おうよ。8歳のガキに武器なんか作るかと思っていたがな。ストレガの弟子っていうのはすげぇな。」


 シュミットさんが楽しそうに長剣の折れ口を見る。


「他の武器の手入れもしていただいていいですか?」

「構わねぇよ。そっちの嬢ちゃんは?」

「いえ、私はいいです。」


 フェリはつっけんどんに返事する。

 確か、エルフとドワーフは犬猿の仲なんだっけか。


「瑠璃も何かあるか?」

『よさげなものはいくらかあるがの。』

「出してみたら?」

『いいかの?』

「いいと思うぞ?」

『わかった。』

「坊主、さっきから犬に向かって何言ってんだ?」

 シュミットさんが怪訝な顔をする。


 瑠璃の口がメリメリと音を立てて広がる。鋭い犬歯が円形に、外向きに広がって白いひまわりの花弁のようだ。

あ、これB級のパニックホラー映画で見たやつだ。それも幼少の俺が見た日の夜に眠れなかった類のやつ。

シュミットさんがあんぐりと口を開ける。

その手前では、同じくあんぐりと開いた瑠璃の口からぼとぼとと長剣や短剣、ブーメラン、モーニングスターなどが落ちる。


「こいつは驚いた。どんな使い魔だよ。」

「キメラです。」

「キメラか!へ~。ほ~。こいつを素材にしたらどんな武器が出来るかな。おい坊主。こいつ解体していいか?」

「きゅ~ん。」

 瑠璃が俺の後ろに隠れる。


 さっきまでホラーゲームの徘徊するタイプのボスみたいな見た目だったのが嘘のようだ。可愛い。犬は人類の友である。犬ではない何かだけども。


「この子は使い魔というより、友達なので出来ません。」

「そうか!友達か!じゃあしょうがないな!」


 ガハハハッとシュミットさんが笑う。

 ドワーフって皆、こんな風に声が大きいのだろうか。


「この辺の武器も手入れした方がいいのか?」

 シュミットさんが瑠璃の下に散らばった武器を目利きし始める。


「ええ、出来れば。」

「そうか。お、年代物がたくさんあらぁ。こりゃすげえな。」

「そうですかね?」

「売れば高い金になる。」

「本当ですか!」


 俺!お金!好きー!


「この辺は武器としては中以下だが、美術的価値が高い。無理して手入れして武器として使うよりも、売って新しい武器を買った方がいい。あんたら収集家コレクターじゃないんだろう?」

「ええ、そうですね。」

「じゃあ、これの売値からメンテ代をねん出しよう。新しく買う武器も、差額で値引きしてやる。」

「本当ですか!」

「おうよ。こっちとしても、上手く交渉すりゃ古美術商やら貴族相手に一獲千金が出来る。俺もお前らも損はしないぜ?」

「お願いしていいですか?」

「おいおい。会ったばかりの俺を信頼しすぎだぜ?」

「都一番の鍛冶屋でしょう? それに、ルークさんの紹介ですから。」

「そこまで信頼されちゃ仕方ねぇな。最高の仕事をしてやるよ。」

「ありがとうございます!」

「他にも、何かあるか?」

「それじゃ、これを。」


 俺は金属製の頑丈な机の上に素材を置いていく。アースドラゴン輝石種の角や鱗、ワイバーンの余った素材、タラスクの甲羅の欠片、イリスからもらった魔法具の媒体となる木片。


「こいつぁ、すげぇな。選り取り見取りだ。武器にせずに売れば一生働かなくていいぞ?」

「いえ、武器の材料に使ってください。」

「だよな。お前ら冒険者はそういう馬鹿だよ。」


 馬鹿という言葉に侮蔑は感じなかった。俺は思わず、フェリと瑠璃と顔を見合わせて笑う。おそらく、ルビーも笑っているはずだ。


「何を作りたい?」

 ルーペでアースドラゴンの鱗を見ながら、シュミットさんが言う。


「長剣を。」

「その身長でか?」

「だからです。俺にはリーチが足りない。」

「何言ってんだ。強い魔物は何十メートルもある。数十センチの誤差なんか戦術のうちに入んねぇよ。」

「俺がこれから戦わないといけないものには、人型が多いと思うんです。」

「————戦場にでも行くつもりか? だとしたら、俺はお前の武器は作らんぞ。」

「嘘は言えないので、正直に言います。戦場で使う時が来ます。でも、正しい目的に使うことを約束します。」


 シュミットさんが俺を睨む。とてつもない圧がくる。武人のドワーフであるゴンザさんには比べるべくもない、小さな圧だ。

 だが、俺にはそれが鬼気迫った大きなものに感じられた。


「——ふん、いいだろ。」

「いいんですか?」

「自分で提案しておいて何言ってんだ。お前は間違った使い方はしねぇ。今俺が判断した。」

「……ありがとうございます。」

「いいってことよ。で、手入れと武器生成と他はどうする? 付与魔法はかなり追加料金がかかるが。」

「——それは要りません。」

 フェリが口を開いた。


 初対面の人間相手にフェリが口を開くのは珍しい。


「どうした? 嬢ちゃん?」

「付与魔法は私とフィル、2人でします。なので、武器だけ作っていただければ。」

「へぇ、つまりこう言ってんのか? 誇り高きドワーフ一族であり、都一番の鍛冶師である俺よりも、お前らの方が付与魔法が上手いって?」

 シュミットさんの額に青筋が走る。


 それを眺めながら、フェリが商品棚に近づき、短刀を手に取る。

 魔力伝導効率の高い魔石が柄に散りばめられている。かなりの値打ち品だ。


「おい、商品を勝手に触るな。ちょっと待て、何故魔力を練っていやがる。そいつをいじるんじゃない!買い手がもうついているんだぞ!」

 シュミットさんが焦った声を出す。


練磨外装ウーフウラップ。」


 凄まじい変化が起きた。

いや、凄まじいことに変化しないと言った方が正しいか。

既に短刀に付与されている魔法を崩さずに、ただひたすら練度を上げて付与魔法の効果を上昇させていく。見ただけで術者の付与魔法の構築を完全に理解し、なおかつそれを崩さずに自分の魔力を練りこみ、詰め込む。水が擦り切れまで入っているコップに水を足しているのに、何故か漏れない。そんなマジックを見せられているような感覚。高度な演算能力とそれを支える魔力操作能力と集中力が成す技。

 天才。

 陳腐な表現が俺の頭の中を支配する。


「驚いた。俺の付与魔法を壊さずに付け加えたってのか? 普通、付与魔法は複数の術者でやると破綻するんだが。」

「納得いただいたかしら?」

「ああ、それだけの使い手なら文句ねぇよ。」

 シュミットさんが肩をすくめる。


「そう、よかった。フィルを守る大事な武器だもの。私が作りたかったの。」

 フェリが俺の頭に手を置く。


 ナチュラルに子ども扱いしないでほしいんだけど。


「ガハハハッ!確かに!金魔法使いならば、自分のパーティーの武器の面倒は自分で見たいよな!わかるぜ、その気持ち。今日はいい仕事が出来そうだ!」

「よかったです。」

「坊主、これだけいい術者が身内にいるんだ。特別な一振りを作ってみねぇか?」

「特別な一振り、ですか?」

「おうよ。」

「どんな武器になります?」

「この嬢ちゃんと俺の鍛冶師としての実力があれば、国宝級が作れる。」

「国宝……!」


 国宝。ロマンがある響きだ!そして俺はいい歳だが男の子である!男の子はロマンが大好きなのだ。


「で、どうする?」

「やります!作ります!」

「じゃあ、そのためには追加素材が必要だな。残念だが、市場には出回らない魔物の素材が必要だ。」

「——取ってこいということですね?」

「おうよ。」


 俺とシュミットさんがガハハハッと笑う。


「男の子の単純なところって、時々羨ましいわ。」

「わふっ。」

「瑠璃の言ってること、今なら分る気がするわ。」


 笑い続ける男衆を、女性陣はため息をしながら見ていた。


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