第177話 学園生活25(決闘しよう決闘)
「違う、それは風魔法の分野だからこっち。」
「何言ってるんです。これ、風そのものを操っている魔法じゃない。空気中の水分を操っているんだ。結果として風を操っているように見えて、風魔法というわけじゃない。水魔法ですよ。」
「それ、本当?」
「ストレガの名にかけて。」
「違う、それは土魔法の分野だからこっち。」
「何言ってるんですか。これも土や鉱物を操っているように見えて、金魔法で継続的に錬金しているだけの魔法ですよ。よく見てください、この魔力の流用パターン。金魔法のそれでしょう? それに土魔法は魔力効率の良さが取り柄なのに、この魔法は使用魔力が多過ぎです。燃費が悪い。ほら、形状維持のためだけにこんなに消費してる。こんなのが土魔法なわけがない。」
「ちょっと見せて。」
結果として、蔵書点検は蔵書荒らしで終わった。
分野わけが出来ずに終わった魔法書を一度、裏に引っ込めてシャティさん二人でひたすら読書会になってしまった。
深夜になり、夜警の職員が俺たちを発見するまで読書会は続いた。
「フィル。」
すっかり周囲が寝静まった時刻、シャティ先生が本を手渡す。
雷の書。
表紙にはシンプルにそう書いてある。
「フィルには私の解説は要らないと思う。貴方なら自力で解析可能。」
「いいんですか?」
「いい。体系化は諦めた。トレッタ・クヴィスマンみたいな人間が悪用する世の中が続く以上、この書は公表しないことにする。」
シャティ先生が、闇ギルドに
「これを公表すれば、シャティ先生には名声が集まります。師匠が抜けた後埋まっていない、宮廷魔道士にもなれると思います。」
「ストレガの後釜は、ストレスで胃に穴が空きそうだから、いい。」
「ははっ。」
俺は思わず笑ってしまう。
それが本当なら、俺の腹部は今頃蜂の巣である。
「これは、フィルならちゃんと扱ってくれると思うから、託す。」
「俺はそんな大層な人間じゃありません。」
「それでもいい。これは私の勝手な期待。フィルはこれを使って、きっと多くの人を救う。」
「……責任重大ですね。」
「その通り。私の人生が詰まってる。」
「マスターしてみせます。」
「私、実質、フィルの師匠。」
いつも仏頂面のシャティ先生の顔が、何となく和らいだように見えた。
図書館の出口で待つオスカ伯爵の手を取り、シャティ先生が馬車に乗り込む。
「早く寮に帰らないとなぁ。」
先生を見送り、俺は呟いた。
ちなみに。
深夜まで無断で図書館に篭ったということで、シャティ先生は久しぶりにオスカ伯爵に叱られたらしい。愛する妻を心配してという、微笑ましいものだったらしいが。
俺が寮に帰った時は、アルが「またフィルが勝手にいなくなった!」とザナおじさんに泣きついて騒ぎになっていた。
仕様がないじゃないか。俺たちは魔法使いなんだから。
知識欲には勝てないんだ。
「クレア、アル、決闘しよう決闘。」
「え?」
「突然何?」
俺の提案に、クレアとアルがぽかんとした顔をする。顔が整っていると、呆けた表情も芸術的なまでにキュートに見えるものだ。2人揃ってまぁ、可愛いこって。
「いや、イリスやロスとは定期的に決闘してるけどさ、クレアとアルとはあんまり戦わないからさ。特にアルは実戦の中で魔法のコントロールを覚えるべきだろ。」
「俺も思ってた!二人とも、もっと決闘しようぜ!」
血の気が多い竜人族であるロスが乗ってくる。
「ロスはむしろ多すぎじゃないか?」
「そうか?」
「そうだよ!ロスったら、中等部の生徒にほぼ毎日決闘申し込んで、もう勝ち越してるんだから!」
アルが言う。
「やるなぁ、ロス!」
「イエーイ。」
「イエーイ。」
俺とロスが肘をぶつけ合って喜ぶ。
「何で喜ぶの!僕、フィルとロスの保健室の付き添いばっかりしてるんだよ!?」
「アルもこちら側に来るんだ。戦いはいいぞぉ!」
「フィルはその、時々不審者みたいなこと言うのやめなさいよ。」
ため息をついてイリスが言う。
「何で、今私たちと決闘するの?」
クレアが口を開く。
俺と同じ、翡翠色の瞳が覗き込んでくる。
愛すべき我が妹は険しい目つきで、俺は楽しげに見つめ合う。
「あのさ、前から思ってたけど、フィルとクレアって雰囲気似てるよな。」
「そうかしら? ……そうかも。」
ロスの耳打ちにイリスが返す。
「クレアは強くなりたいんだろう?」
俺が口を開く。
「もちろん。」
クレアが応える。
「アルは誰も傷つけない力が欲しい。」
アルの方を見て、言う。
「う、うん。……うん!」
アルが力強く応える。
「俺はみんなと一緒に強くなりたい。クレアに強くなって欲しい。アルも強くなって欲しい。もちろん、ロスもイリスもだ。その中に俺もできれば、いたい。それは理由にならないか?」
すっかり大きくなった妹を見上げて、俺は言う。
「……来週、しましょう。」
クレアが目を閉じて答えた。
「よっしゃ。よろしくな。」
「イリス、手伝ってくれる?」
「もちろんよ。早速今日は組手ね。」
「よろしく。」
そう言って、女子二人が教室を出ていく。
「アルは?」
「……僕は、怖いよ。」
「うん。」
「フィルを傷つけるのが、怖い。」
「うん。」
「でも……。」
アルが俺を見てくる。青い目が俺を射抜く。
最近は可愛いだけではなくなった、凛々しい目。優しく、柳の様に柔らかく、そして力強い目力が今のアルにはあった。
「フィルは全部、受け止めてくれるんでしょう? 僕の全てを。」
「あぁ、もちろんだ。」
「わかった。2週間後に、しよう。」
「おう、楽しみだ。」
「何か愛の告白みたいだな。」
にゅっと、俺たちの間にロスが顔を出して言う。
「な、何言ってるのさ!ロス!僕たちは男同士だよ!?」
「そんな!アル!俺はてっきりそのつもりだと思ってたのに!」
「リラせんせーい!アルがフィルを振りました〜!」
「もう!」
俺とロスは、笑いながら窓を飛び出し、アルから逃げた。
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