第178話 ハロー、スミス

「ねぇ、僕がそんなところに行っていいの?」


 そう言ったアルが、俺のローブの襟を後ろからつかんだ。少し前まではアルの方が小さいので袖だったが、今や上から襟をつかまれることに。

 悲しい。

 でも身長が高くなってもアルは可愛いなぁ。


「大丈夫だって。シュミットさんは気難しい人だけど、たぶんアルなら認めると思う。」


 今日は学園のいつものメンバーを連れてシュミットさんの店へ行くことになった。アルの武器を作るためである。

 ことの発端は、アルが俺との決闘の準備のために剣を振り始めたことにある。恐ろしいことに、魔力量に耐えられずに学園の貯蔵されていた魔剣がことごとく自壊したのだ。アルは素手で戦うことにしようとしたが、シュミットさんならばあるいは、アルの暴力的な魔力にも適応できる武器を作れるんじゃないか。そう思い、連れてきたのだ。

 隣には瑠璃が歩いている。他のメンバーは同行させない。ファナはいつ俺に「子ども欲しい」発言するかわかったものではないし、フェリはコミュニケーションできない。特にトウツ。あいつはアルとは絶対に合わせない。絶対にだ。


「でも、都一番の鍛冶師よね、その人。」とイリス。

「私も知ってる。こないだパ……父さんが珍しく他人にナイフの手入れをしてもらったと言っていたわ。確かその人のはず。」とクレア。


 そうかそうか。クレアはカイムのことをパパと呼んでいるんだな。俺のことは近い将来お兄ちゃんと呼んでおくれ。俺はいつでもウェルカムだから。

 というか父さん、ここの常連になっていたのか。流石はコヨウ村一番の狩人だ。シュミットさんにもあっさりと認められている。


「フィルはもうその人に長剣作ってもらったんだろう? すごいな。」とロス。

「長剣というよりも、刀ね。」と俺。


「刀って、あんたのパーティーメンバーの兎人族が持ってたやつよね?」

 イリスが言う。


 イリスはグラン公の誕生パーティーの時にトウツと会っているから知っているのだ。


「そうそう。」

「影響でも受けたの?」

「違う、断じて違う。」


 トウツに影響を受けて刀を作ってもらったわけではなく、それは俺が日本人であるからに他ならない。

 日本生まれの男の子は刀にロマンを感じるものだ。中学校の修学旅行でうっかり木刀とか買っちゃう経験がかなりの男子にあるはずだ。あるよね? え、俺だけ?


「ふーん。」

「あ、それとイリスありがとうな。」

「何よ?」

「これだよ、これ!この刀作るのにイリスから貰った流木が使えたんだ!最高だよ!」

 俺は亜空間から紅斬り丸を取り出す。


「あんたそのお礼、何回言うのよ。」

「それだけ嬉しいんだよ。」

「バカみたい。」

 そう言って、イリスが先を歩くクレアの横に並ぶ。


 若干弾むように歩いているのは見間違いではないだろう。ツーサイドアップの髪が上機嫌に揺れる。最近、イリスの心象が読み取れるようになってきた気がする。


「ロスたちは武器作らなくていいのか?」

「客を選ぶことで有名な人なんだろ?」

 ロスが反応する。


「ロスもクレアもイリスもアルも、絶対大丈夫だと思うけどなぁ。」

「前から思ってたけど、フィルは私たちを大きく評価するのね。」

 クレアが言う。


「大きくも何も、実際お前らすごいからなぁ。」

「それほどでも、ある!」

「ふん、あたしは強いからね。」

 ロスとイリスがふんぞり返る。


 俺はこの2人の調子乗りなところが好きである。


「でも、俺はレギアの鍛冶師がいるから間に合ってるんだよな。」

「あたしも、王宮のお抱え武器屋がいるわ。」

「私はエルフの弓と片手剣があるから。手になじんだものの方がいい。」

「そっか。じゃあ、付与魔法だけでも考えとこうぜ?」

「それはいいかも。でも、既についてる。」

「俺も、レギアの固有魔法が既についてるなぁ。」

「あたしもよ。お婆ちゃんがいなくなってからは宮廷魔導士になりたい人なんてしばらくいないけど、相応の実力者はたくさんいるのよ? 彼らが手掛けているわ。」

「それに上乗せすればいいじゃん。」

「上乗せ? そんなん出来るのか?」

 ロスが眉をひそめる。


「出来るわけないでしょ。出来たらそいつは今頃宮廷魔導士よ。」

「でも、フィルは今、考えとこうと言ったよね?」

 イリスの言葉に、アルが返す。


「あんた……まさか。」

「え、いや。この長剣そうやって作ったんだけど。」

「ははっ。時々フィルはぶっ飛んだことするなぁ!」

 ロスが笑う。


「いや、笑いごとで流していいことじゃないでしょ!? 付与魔法の重ねがけよ? 家や城みたいな大きなものにするならわかるけど、長剣みたいな小さなものに重ねてつけたら魔法同士が干渉しあって壊れるわよ!?」

「俺とフェリとシュミットさんなら出来たからなぁ。」

「どんな化け物よ、あんた。それとフェリって確か、あんたのところのパーティーメンバーよね?」

「そうだな。」

「あの時会ったお姉さん?」

 クレアが言う。


「そういえば、クレアはフィルのパーティーの金魔法使いの人に会ったんだっけ?」

 ロスが言う。


「ええ。優しそうで、綺麗な人だった。」

「あんたのパーティー、美人が多いわよね? 教会の聖女もいるんだっけ? その人も美人で有名よね。年上のお姉さんに囲まれてさぞや楽しいでしょうね!」

「いや、割と俺の人権がないぞ。」


 奴隷だし、薬盛られるし、子作りの種馬として狙われてるし。


「あはは。フィルはすごいや。」

 アルが屈託なく笑う。


「一度会いたくなったなぁ、フィルのパーティーの人たち。」

「やめとけ。絶対やめろ。俺が目の黒いうちは合わせない。絶対にだ。お前らに会わせるのは瑠璃だけだ。特にアル。お前だ。お前は絶対うちのメンバーとは合わせない。」

 アルの言葉に全力で拒絶の意思を投げつける。


 アルとトウツの邂逅? グラウンドゼロになるわ。


「えぇ、何で!?」

「何ででも。あ、でもアルの身長が150センチくらい越えればいいかな。」

「何その基準!?」


 いや、大事な基準だよアル君。この基準はね、君の大事なものを守ってくれるんだ。大事なものが何かって? 貞操だよ。




「だーかーらー、何で売ってくれないのだ!」


 明るい、鈴の音のような声が聞こえた。

 俺はこの声の主を知っている。

ノイタだ。

 見ればノイタがシュミットさんと言い争っている。いや、正確に言えば、ノイタに絡まれたシュミットさんが困っているというのが正しいだろう。横にはロッソも立っており、同様に困り果てた顔をしている。


「おいおい魔人の嬢ちゃん、気持ちはわかるがな。俺は嬢ちゃんの武器は作らねぇよ。まだ冒険者始めたばかりの新人ニュービーだろうが。もっと強くなってから出直してこい。」

「ノイタは強いのだ!」

「ああ、そうだな。お前さんは強い。その辺の中堅冒険者連れてくるよっか、嬢ちゃんの方が強いだろうな。だが、まだ早いんだよ。そうだな。せめてB級冒険者になってから来な。」

「それでは遅いのだー!」

 がーっとわめきながらノイタがまくしたてる。


「なぁ、ノイタ。諦めよう。何か俺恥ずかしくなってきたよ。」

 隣のロッソがノイタの説得にかかる。


「何でだ!? ロッソはノイタの味方じゃないのか!?」

「いや、味方だけど。」

「味方なのに味方しないのか!?」

「え? いや、確かに味方だけど今回はちがくて。」

「ロッソのあほー!」

「何というか、俺もノイタみたいにシンプルに生きたくなってきた。」

「おい坊主、説得を諦めるな。」

 折れかけたロッソをシュミットさんがいたわる。


 何だこれ。


「あ、フィルなのだ!フィルもノイタの味方になるのだ!」

「何の話をしてるのか知らないけど、たぶん俺はノイタの味方にならないぞ。」

「何で!?」


 何でと言われても。


「ねぇ、フィル。」

 不安そうな顔でイリスが後ろから声をかけてくる。


「ああ、いいよ。イリスとロスは下がっておいて。」

「でも。」

「わかってる。イリスがそういう人間じゃないって、ちゃんとわかってるから。」

「……ありがと。」

 そう言って、イリスとロスが後ろに下がる。


 王族が魔人族と交流を持つのは醜聞につながるのだ。太古の昔、魔王に手を貸した種族。おとぎ話の域を出ないのだが、その差別は根強く、今でもノイタの同胞たちを苦しめている。イリスたちがノイタと既知の仲になるのはあまり良くないだろう。

 もちろん、種族関係なく仲良くなれればそれが一番だけども。


それだけに、目の前の少女は珍しい。

日陰をこそこそと歩く魔人族がほとんどなのに、ノイタは白昼堂々と市街を歩いている。それに堂々と付き合うロッソも大した玉ではあるが。


「おう、フィルじゃねぇか。」シュミットさんがニカっと笑う。

「よ、フィル。後ろにいつものちびっこたちもいるな。」とロッソ。

「よ、久しぶり。」と俺も返事する。


「何してるんですか?」

「それがよう、この魔人っ娘が俺に武器作れって言うんだよ。」

「そうなのだ!ノイタは強い武器を所望する!ロッソみたいな思いっきり敵を殴れるやつが欲しい!」

 ノイタが翼で少し空中を浮遊しながら自分の拳を突き合わせる。


「だからもうちょい強くなってこいって。」

「どのくらいなのだ!?」

「さっき言っただろうが!B級まで上がって出直してこい!」

「ずっとこの調子なんだよ。」

 ロッソが肩をすくめる。


「オーケー、把握した。ノイタ!」

「何だ!? 味方してくれるのか? フィル!」

「いやしないけど。」

「そんな!?」


 何か会話がループしてない?


「シュミットさん、ノイタが必要な武器を作るには、どんな素材が必要なんですか?」


 俺の質問に、シュミットさんが一瞬眉をひそめる。

 が、すぐに合点がいったのか、話し始める。


「そうだな。嬢ちゃんは魔人族だ。触れたものを消滅させる魔法が得意なんだっけか。魔人の中でも特に優秀なやつしかできないと聞いたが、嬢ちゃんは出来るんだろう?」

「出来るのだ!」

「天才ってやつか。」


 俺の周り、天才多すぎない?


「その魔法を発動するときに自壊しない武具となりゃあ、かなりの素材が要求されるな。外装にはミスリル。結束する道具にA級以上の魔物の皮が必要だ。ミスリルは根気強く鉱山で探してもいいが、そうなれば数年山籠もりを覚悟しなきゃな。もしくはミスリルドラゴンでも倒すか? A級上位の竜だぞ? 嬢ちゃんに倒せるか?」

「ぐぬ……。」

 ノイタが押し黙る。


「出来ないなら買うしかねぇ。嬢ちゃんにそんな金があるか?」

「……ないのだ。」

「そうだろう? すまねぇな、嫌がらせしているわけじゃねぇんだよ。強い武器よりも、身の丈に合った武器を持った方が生存率は高い。今ここで約束してやるよ。お前も、そこの坊主もB級に上り詰めたらまとめて武具の面倒見てやる。」

「え、俺も!?」

 ロッソが喜びの声をあげる。


「当り前だ。俺は人を見る目はあるつもりだ。坊主も、嬢ちゃんも合格だよ。」

「やった!」

「それでは遅いのだ!」


 喜ぶロッソの横で、ノイタが声をあげる。


「……遅いってぇと、嬢ちゃんは何かしたいことがあるのか?」

「ノイタはたくさんの人を幸せにしたいぞ!そのために強くなるのだ!」

 ノイタが叫ぶ。


 それは少し、悲痛なものに聞こえた。

 彼女の種族を俺は今一度思い出す。日陰を歩き続ける、排斥された種族。

 本当に、彼女には時間がないのかもしれない。


「手伝ってやる。だが、今じゃねぇ。」

「…………。」

 ノイタが押し黙る。


「ノイタ、クエストに行こう。」

「?」

 ロッソの言葉に、ノイタが疑問符を頭の上に張り付ける。


「武器だけが強くなる方法じゃない。シュミットさんがB級になったらいいと確約してくれたんだ。俺たちに出来るのは、一つでもたくさんのクエストをクリアすること。違うか?」

「違わないのだ!」

「よし、行こう。」


 笑いながらロッソが手を伸ばす。

 その手をノイタが、しっかりと掴んだ。


「ごめんな、フィル。そっちのおチビたちも。シュミットさんに用があってきたんだろ?」

「あぁ。」

「俺たちはここらで退散するよ。」

「ロッソ。」

「何だ?」

 俺の言葉に、ロッソが振り向く。


 ノイタは振り向かない。無言でロッソの手を握りしめている。


「今度、俺もクエストに混ぜてくれよ。」

「もちろんだ!ノイタもいいよな?」

 ノイタがこちらを向かずに無言でうなずく。


 二人はそのまま、街角の人混みに消えていった。




「すまねぇな。」

「作ってあげてもよかったんじゃないですか?」

「阿呆、例外を許せば売り込みに来る冒険者が後を絶たねえ。」

「それもそうですね。」

 俺は頷く。


「分不相応の武器を持つと死亡率が上がるってのは、嬢ちゃんを納得させるために話した詭弁じゃねぇ。武器の力を自分の実力と勘違いしちまうのさ。それで実力に見合わない挑戦をしちまう。俺はそれで、多くの冒険者を死地に送っちまった。」

 シュミットさんが寂しそうな顔をする。


 心なしか、顔の皺が増えているように見えた。

 天才ゆえの苦悩ということか。彼が鍛え上げた武器に心を浮かせ、勘違いし、自ら死に飛び込んだ冒険者たちは、死ぬ直前何を考えたのだろうか。


「その割に、俺には初対面で作ってくださったんですね。」


 俺の言葉に、シュミットさんが怪訝な顔をした。


「そりゃあれよ。さっきも言ったが、俺は人を見る目はあるんだ。お前さんは生き残るよ。どんな死地に追いやられようともな。そういう悪運に強い冒険者ってのは、稀にだがいるもんだ。お前さんはその一人さ。絶対そうだ。だから、紅斬り丸を託した。ここ十数年の、俺の最高傑作をな。」


 違うよ、シュミットさん。

 違うんだよ。

 貴方のその、鍛冶師として培った勘は外れる。外れるんだ。


 何故なら、俺にはタイムリミットがあと数年しか残されていないからだ。

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