第179話 ハロー、スミス

「こいつぁ、すげえ。」


 シュミットさんが唸った。


 眼前には、魔力を練り上げているアルの姿。手にはシュミットさん作の長剣。

 工房がビリビリと音を立てて振動している。ディスプレイに置かれた武具が、カタカタと音を立てて動き、机の下に落ちる。


「すげぇ坊主だな。フィル、こいつはどこの坊ちゃんだ?」

「クラージュ家の長男です。」

「あぁ、あのお人よし貴族んとこの倅か。」

「知ってるんですか?」

「金なし政界のパワーなし。その代わり人望がカンストしてるような家だよ。はぁー、たまげたなぁ。俺はフィル、死ぬまでにお前に並ぶ逸材に合うとは思ってなかったんだぜ?」

「俺を買いかぶりすぎですよ。」

「謙虚も行き過ぎると皮肉と受け止められるから、やめときな。」

「……考えておきます。」


「すげぇ、すげぇ。」


 横ではロスが輝いた目で見ている。その羨望の中に、わずかな嫉妬。

 それはイリスやクレアも同じようだ。

 だが、コントロールしている。

 この子たちは、まだ9歳で自分の中にある汚い感情と折り合いをつけている。脱帽だ。


「シュミットさん、本当の天才ってやつはあいつらみたいな人間を言うんですよ。」

「……俺は人を見る目に自信があるが、フィル坊。お前も中々じゃねぇか。」

「そうですかね?……そうかも。」


 俺は脳裏に自分のパーティーメンバーを思い浮かべる。アクの強い面子だが、間違いなく最高のメンバーだ。アクが強いけど。アクが強いけど!すくってもすくってもなくならないけど!


 バツン、と音が聞こえた。その次の瞬間、金属の破擦音がはじける。長剣が砕けたのだ。

 イリスの方へ飛んできた長剣の先を、俺がキャッチする。


「きゃあ!」

「ご、ごめん!」

 アルが慌てて駆け寄る。


「大丈夫だぞ、坊主。フィル坊がどうせ防ぐと思ってたからな。普段じゃあ、危ないからさせないんだぜ?」

 シュミットさんが言う。


「イリス、大丈夫!?」

「大丈夫よ。フィルが守ってくれたから。あ、あのね、フィル。あ、あ。」

「ありがとうフィル!」

 がばっと、アルが俺を抱きしめてくる。


 うわぁ!何だこれ幸せすぎる!寮でも思ったけど、何でこいつ男の子なのにいい匂いするの!?


 アルが少し震えているのが腕の振動でわかった。また人を傷つけるのが怖かったのだろう。

 俺は静かに脇の下に手をまわし、アルを抱きしめる。

 アルの腕の下から、イリスが口をパクパクしているのが見える。手先が何かを掴もうとして止まったようにポーズしている。何だその構え。


「……イリスも混ざるか?」

「しないわよ!馬鹿!」


 イリスがぷいと、あちら側を向いた。


「しかし、こいつは困ったな。展示品の中でも今のは頑丈な方なんだが。」

「すいません。」

 アルが俺から離れてしょんぼりとする。


 もっと抱きしめていてもよかったんだよ?

 ふと、瑠璃と目が合う。

 何だ瑠璃。その何か言いたげな目は。

 俺は静かに腕を開く。その腕の中に入ってくる瑠璃。すぐさま首元をマッサージしてやる。


「お前も抱っこしてほしいなら言えよ、瑠璃。」

 俺はじゃれるふりをして瑠璃に話しかける。


『わが友が察するべきである。』

「仕様がないなぁ、瑠璃は。」


 わしゃわしゃと瑠璃の毛づくろいをする。


「まぁ、先行投資と考えれば安いわな。脆い剣を作った俺が悪い。」

 シュミットさんが言う。


 嘘だ。さっきアルが折った長剣、奴隷の俺数十数人分の値段があったぞ。かなりの力作だったはずだ。

 アルが子どもだから、上手いこと嘘をついてくれたのだろう。値札を俺に見られた瞬間にポケットに隠したのがその証拠である。

 気難しいように見えて、子どもに優しいドワーフである。先ほどのノイタへの対応もそうだ。


「それで、アルは合格なんですか?」

 ロスが言う。


「合格も合格よ。というか、この坊ちゃんが振るえる剣を作れるのが、目下俺だけという時点で合格にせざるをえないな。」

「すげー!すごいなアル!」

 ロスがアルの首に腕を通して、じゃれてヘッドロックをする。


「もう!髪がぼさぼさになるよ!」


 何でそういう女の子みたいなこと言うかな、アル。

 そういえばクレアが静かだな。さっきイリスに剣先が飛んだときは驚いてたけども。

あ、駄目だこれ。目がハートマークになってら。アルの魔力練る姿かっこよかったもんねぇ。凛々しかったもんねぇ。お兄ちゃんとしては妹の恋心を応援したいけど、もう少し愛情表現を円滑にしようか、クレア。


「でも、アルの武器にするには強度が必要よね?」

 イリスが言う。


「お嬢ちゃん、おっと、イリス姫殿下の言う通りでさぁ。」

「お嬢ちゃんでいいわ。都一番の鍛冶師をぞんざいに扱えないわ。」

「そうかい、じゃあお嬢ちゃんで。」


 シュミットさんは切り替えが早い。これもドワーフの種族の特徴なのだろうか。思えば、ゴンザさんも言葉遣いに配慮していた相手はマギサ師匠くらいだった。


「アル坊ちゃんの剣となれば、さっきの魔人の嬢ちゃんと同じ発注になるな。つまりは、ミスリル以上の硬度を誇る金属だ。」

「へぇ、俺の紅斬り丸では要求しなかったのは何故ですか?」

「お前さんは武器強化魔法のスペシャリストだ。それだけじゃなく、金魔法も得意ときた。魔物素材は加工の仕方でいくらでも化けるんだよ。お前さんにはそれが出来た。だからあのレシピなのさ。タラスクの甲羅や世界樹の流木もあったしな。」


 世界樹というワードに、イリスが反応してツーサイドアップの毛先がぴくりと跳ねる。


「それに対して、アル坊ちゃんの要求するものはシンプルに強度のみだ。そうなると、加工云々じゃなく素材そのものの強度が必要になる。だからミスリル以上なのさ。」

「ミスリル以上って、何?」

 クレアが食いつく。


 あ、クレアのやつ。アルに貢ぐつもりだな。

よせクレア。それは重い女の子に思われちゃうぞ。お兄ちゃん心配。


「オリハルコン、アダマンタイト、ヒヒイロカネらへんだな。」

「ヒヒイロカネだとしたら、刀身が赤っぽくなってフィルとおそろいだねっ!」

 アルがこっちをぱっと見て、えへへと笑う。


 何だその笑顔、可愛いなおい。えへへ。

 待てクレア。お兄ちゃんをそんな目で見るんじゃない。そんな憎悪のこもった目で俺を見てもアルは振り向いてくれないぞ。

 それに今は俺のターンだ。アルは俺を見てくれているんだ。並んで順番を待て。えへへ。


「アルにはオリハルコンが似合うと思う。黄金に輝く金属と聞いたわ。アルの髪色にぴったりよ。」

 クレアが言う。


 この妹、おそろい回避を提案してきやがった。


「アダマンタイトは少し緑に光るんだっけ。確かにアルのイメージカラーとはずれるよなぁ。」

 ロスが言う。


「あんたたち、超希少金属をイメージカラーとかで選ばないでよ。そもそも買える財力がないじゃないの。」

 イリスが言う。


「そうだよな。それが問題だよなぁ。」

 ロスが言う。


「いや、買えるぞ。」

「嘘!?」

「本当かよ、フィル!」

「どこにそんなお金が!?」


 お金? そんなものはない!

 いや、割と蓄えはあるんだよ? でもオリハルコンを買えるほどではない。


「ないなら、見つければいいのさ。アル、俺に任せてくれ。」

「出来るの!? フィル!」

「出来るさ。なんせ俺はA級冒険者だからな!」

 ハーッハッハッハと俺が笑う。


「でも、フィルに悪いよ。」

「いや、そうでもない。これは先行投資さ。」

「先行投資?」

「そう。俺には既にパーティーメンバーがいるわけだけども、アルたちとも冒険したいんだぜ?」

 俺は全員を見渡す。


「おいおい、俺はレギアの復興に忙しいから無理だと思うぜ?」

 ロスが言う。


「でも、出来るとしたら?」

「やりたい!」

 ロスが元気よく叫ぶ。


「クレアは?」

「まぁ、一緒なら。」

 クレアがぼそりと言う。


 「一緒なら」のところで、クレアがアルを見た。それにきょとんとした顔で見返すアル。

 拝啓、お母様。貴女の娘は、立派に貴女の血を引き継いでおります。鈍感系男子に見事、引っかかっていますことよ。敬具。

 さて、レイア母さんはカイム父さんに30年片思いしたと言っていた。エルフとしてはその恋愛スパンでいいのかもしれないが、アルは人間だ。何ともいえない。妹は難しい恋をしているなぁ。


「イリスは?」

「は? 何言ってんの? 私は王族よ? 出来るわけないじゃない。」

「じゃあ、よしんば王族じゃないとしたら?」

「よしんばって、たらればはないのよ?」

「イリス。」

「な、何よ。」


 顔を近づけた俺に、イリスがおっかなびっくりした顔になる。近くで見れば見るほど、やっぱり顔が整っているな。このミニマム……今は俺よりも大きいか。このミニお姫様は。


「俺は本心が聞きたいんだよ。冒険したいのか、したくないのか。」

「何であんたに言わないといけないのよ。」

「俺はしたいぞ。イリスと冒険がしたい。」

「————っ、したいわよ!あたしもしたい!これでいいんでしょ!」


 イリスの返事を聞いて、俺は満足して引き下がる。


「で、話はまとまったか?」

 シュミットさんが話を促す。


 暇だったのか、煙管キセルで煙をふかしていた。


「えぇ、まとまりました。俺がいつか、オリハルコンをここに持ってきます。その時にアルの剣を鍛えて下さい。」

「もちろんよ。フィル坊といると飽きねぇなぁ!面白い仕事が舞い込んできやがる!」

「今後とも、ごひいきに。」

「こっちの言葉よ。」


 シュミットさんが豪快に笑った。

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