第180話 学園生活26(vsクレア)
「フィル。言っておくけど、ハンデはなしだからね。」
クレアは流し目で、そう言った。
「いや、クレアと同じ風と光魔法のみにするよ。他の属性を使わせたいなら、俺を追い詰めることだな。」
「……ムカつく。」
踵を返し、クレアが闘技場の中心へ行く。
「フィル君は厳しいわね。」
審判を務めてくれるリラ先生が言う。
今日は約束の決闘の日だ。客席にはいつも通り、アルとロスとイリスがいる。
ちなみに、よく審判を務めてくれたピトー先生は最近「お前ら、俺を酷使し過ぎだ。」と言い、断ることが多くなった。
ピトー先生はどれだけ忙しくても、文句を言いながら生徒のために行動してくれる先生だ。忙しいというのはおそらく方便だろう。
俺は気づいている。
ピトー先生の体が日に日に仕上がっていって、魔力の質も量も高まっていることに。仕事の後、対魔王のために鍛えているのだろう。
「いや、俺とクレアの関係はこれでいいんですよ。これくらいが、丁度いい。」
「うふふ、不思議な絆で結ばれてるのね?」
「そうでしょうか?」
「えぇ。でも、とってもいいわ。」
そう言って、リラ先生がふわりと笑う。
「審判、いつも有り難うございます。」
「いいのよ。貴方達の決闘は見飽きないもの。」
そう言って、リラ先生も位置につく。
俺は、ゆっくり歩きながら闘技場の中心へ向かう。
クレアの方を見ると、目を閉じ胸に手を当てて自分を落ち着けている。そして目を開け、客席にいるイリスに目配せをした。客席のイリスも、両手に拳を作って勇気づける。
彼女がいてくれてよかった。
彼女がいることで、今世の妹は助けられているところが、どうも多いらしい。
正面に立ち、改めてクレアの顔を見る。
初めて会ったのは、もう10年近く前である。まだ目も開いていない赤子だった。あのしわくちゃな顔をしていた妹が、しっかりと目の前に立って、今俺の前にいる。
それの何て幸福なことか。それが何と数奇なことか。
手放さない。
彼女が嫌がろうが、知るものか。
俺は彼女の未来を死守する。文字通り、死して守るのだ。
そのためにも、ここで実力の差を見せつける。
どちらが守られる側かを認識させる。
何故なら、兄に勝る妹など、この世にいないのだから!
「始め!」
リラ先生の号令と共に、同時に動き出す。
「「ウィンドプロモーション」」
高速で闘技場を飛び回り、魔法を撃ち合う。
「
「
クレアに切り傷をつけたくないので、俺は風の刃ではなく風の塊を発射する。
彼女はすぐにそれに気づき、顔を歪める。年若い少女とはいえ、エルフの狩人。プライドが許さないのだろう。
俺は真正面からその鼻っ柱を叩き折る。
クレアの顔に焦燥が浮かぶ。
自分はウィンドカッターを放てない。飛んでくるエアロカノンの数はどんどん増えてくる。
「この!……あ!?」
逃げきれず、クレアにエアロカノンが着弾する。
エルフ耳が肉の弾ける音を拾う。打撲コースだろう。
「くっ!」
クレアは飛行速度を緩めない。ここで緩めたら空気砲の餌食になり、試合終了だと分かっているのだろう。森育ちだ。可憐な見た目とは裏腹に、打たれ慣れている。
「
回復魔法で体を庇いつつ、クレアが継戦する。
戦いながら傷を癒す。これは曲芸のような芸当である。攻撃魔法は空中の魔素に干渉する。回復魔法は自身の体に干渉する。全く別系統の形態の魔法なのだ。上半身と下半身で別のジャンルのダンスを踊るようなものである。
誰もがこれを出来るなら、
特進クラスで最も光魔法を得意とし、繊細な魔法操作を得意とするクレアならではの戦い方。
「やっぱ学園は楽しいなぁ!」
「余裕でいられるのは今のうち!」
魔素の陣取り合戦が突然終わった。
クレアがウィンドカッターの形成を諦めたのだ。
「何?」
空中の風魔法に必要な魔素を、途端に俺が全て掌握する。
クレアが陣取りに完全敗北するのは時間の問題だったとはいえ、諦めることへの思い切りが良すぎる。
どういうことだ?
空気砲がクレアに殺到する。俺は思わず威力を弱めた。
「
クレアの目前に、闘技場の石畳が形を変えて壁が出来た。武器強化まで成されており、俺の空気砲が全て弾かれる。
「三属性か!ははっ、すげぇや!」
「
石畳が次々と隆起し、俺に迫る。
「
それらを全て、俺は空気の弾丸で消しとばす。
「嘘!?」
クレアが驚きながら距離をとる。俺は空気の弾丸を実妹に向かって飛ばし続ける。
風魔法は流体を操るので操作が難しい。その代わり、自由度の高い扱いが可能となる魔法。ただし、実体がないので威力は術者の魔力次第になる。
それに対して、土魔法は石や岩、土。重くて操作に魔力を食うが、一度動かし始めたら操作が簡単で、長い目で見ると魔力を食わない。その上、物体の硬度をそのまま戦闘に用いることができる。
つまり、単純なぶつかり合いであれば、風よりも土なのだ。
俺はそれを正面突破した。
相性を地力で跳ね返す。力こそぱわー!
「もらった。」
俺は土柱が消し飛んで出来た道を、身体強化をフルに活用して駆け抜ける。
「
クレアが二の腕に石畳のシールドを形成する。
シールドバッシュだ。
俺はもちろん、正面からねじ伏せる。岩の盾ごと仕留める!
俺の拳と岩の盾が接触する瞬間、変化が起きた。
俺の腕力が急激に下がったのである。
「身体強化を逆ベクトルに!?」
腕を弾かれ、俺は後退する。
恐ろしい発想だ。身体強化の魔法をマイナス方向に使うなんて。しかも自身ではなく、他者の体をだ。魔力コントロールが頭抜けていたのは知っていたが、ここまでとは!
クレアが追いすがり、シールドバッシュを更に叩き込んでくる。
「よい、しょ!」
「無駄!」
もう一度俺の拳と盾がぶつかる。
バギン。
岩が砕ける音がした。
石畳の上に吹っ飛び、クレアが地面をバウンドする。
「クレア!」
「うわちゃ〜。」
「大丈夫!?」
客席からイリス、ロス、アルの声が聞こえる。
「そこまでね。勝負あり。」
リラ先生が俺の勝利を宣言した。
「何で通じなかったの?」
恨めしそうに立ち上がりながら、クレアが言う。
「それよりまず、腕を治さないと。折れてるんだろ?」
「いい、自分でする。」
回復魔法を使おうとすると、そっぽを向かれてしまった。
俺の手をなるべく借りたくないという気持ちはわかる。だが兄としては頼って欲しいところで拒否されると、何というか、何だろう。死にたい。やばい、俺シスコン拗らせ始めてるかもしんない。
クレアの腕にかざそうとした手の平を見つめて寂しさを噛み締める。
すると、アルたちが客席から降りてきた。
「クレア、フィル!大丈夫!?」
「クレアは自分で治療するんだって!」
「うわわ!」
俺はアルの首元に抱きつく。身長差でいうと、俺の頭がちょうどアルの首元にくるのだ。
もの凄い形相で俺を見るクレア。目が血走っている。美少女がしていい顔ではない。光魔法を使っているはずなのに、白ではなくどす黒いオーラが流れているように錯覚する。
ふふ、マイラブリーシスターよ。兄の真心を無視した報いだよ。
俺はアルの顔の下で、クレアだけに見えるように舌を出す。
「離れて。何で私の魔法、通じなかったの?」
俺とアルを引き剥がし、クレアが言う。
すごい執念だ。その左腕、まだ繋がってないよな?
「簡単だよ。俺も身体強化を使って相殺した。それだけだ。」
つまりゴリ押しだ。力こそ、ぱうわー。
あくまでも正面突破で負かされたことに気づいたクレアは唇を噛む。
「あんた何でクレアにだけは厳しいのよ。」
「確かに、ある意味特別扱いだよな。」
イリスとロスが言う。
「自分を超えんとするやつは、正面から倒すべきだからな。」
「次は私が正面から倒す。」
俺とアル、イリス、ロスが驚く。
クレアは普段、あまり攻撃的なことは言わないからだ。
「ああ、楽しみだ。」
俺は笑いながら言った。
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