第209話 メントゥムドラゴン後始末2

 トウツと瑠璃が湿地帯を高速で駆ける。


 砲丸団子虫アルマージキャノンが彼女達を狙うが、速すぎて捕捉出来ていない。全てかわしてもいいが、砲丸団子虫アルマージキャノンの素材は欲しいので、律儀に切り伏せては瑠璃が吸収していく。


「瑠璃ちゃんは金食い虫さんだねぇ。いや、穀潰しかな? フィオが金策に困っていたわけだよ。魔物をいくら倒しても稼ぎにならないもん」

「わん」


 トウツの率直な意見に、瑠璃が怒りをあらわにする。「わん」の一言に怒りを込めているのだ。

 ちなみに恐ろしいことに、この兎は自分の台詞が悪口であることをあまり認識していない。

 それは彼女の母親が彼女を捨てた事も原因と言えるし、彼女の父親が彼女に施した教育が「殺人マシーンになれ」のみであることも原因と言えよう。

 だが、このトウツ・イナバという元御庭番の娘は、積極的に品のいい教養というものを避けている面倒な兎でもあるのだ。

 その歪んだ価値観は、生来のものか環境が生んだものかは分からない。

 ただ一つ言えることは、彼女は今後も率直な悪口をやめないであろうということである。


砲丸団子虫アルマージキャノン達が、戦闘スタイルを変えたみたいだね~」


 そうトウツが言い、森の奥を見る。瑠璃も強化した耳でそれには気づいていた。草葉をかき分ける大量の足の音。これは多足類の足の音だ。砲丸団子虫たちが鋼刃魔蔦ガンプラントに飛ばされることを諦めて、直接乗り込んできたのだろう。

 鋼刃魔蔦の力を借りれば、剛速球で敵に突撃出来るが、攻撃は直線になる。速さに対応できる相手には効果がないのだ。それが分かるくらいには、彼らには知能がある。


「うっわ、速い。気持ち悪いなぁ。ダンゴムシというよりもゲジゲジじゃない? 足がたくさんあって速いのはほんとう無理。飛翔・斬」


 トウツが珍しく、風魔法で刀の斬撃を飛ばす。普段使わない遠距離攻撃をするということは、本当に気持ち悪がっているのだろう。

 その横で瑠璃は身体からアーマーベアの鋼で出来たブレードを背中に生やす。

 襲い掛かる砲丸団子虫アルマージキャノン達を切り裂いていく。


 それを横で見るトウツは驚いた。

 瑠璃がうっすらと身体強化ストレングスを使っているのだ。瑠璃は種族特性上、魔力が増えない。少ない魔力を器用に使い、無駄なく自分を強化しているのだ。


「それ、フィオと一緒に訓練したの?」

「わん」

「そりゃあそうかぁ。フィオは魔力不足を補う訓練をしてるからねぇ。瑠璃ちゃんも一緒にするのは当たり前か~」

「わん」

「体から生えてる刀も、加工してもらったんだね」

「わん」

「シュミットおじさんの所?」

「わん」

「それもフィオと一緒に行ったの?」

「わん」

「なんかさぁ、瑠璃って何だかんだいって一番フィオを独り占めするの多くな~い?」

「わふっ」


 瑠璃の表情が雄弁にトウツを煽る。彼女はこの顔を、絶対フィオには見せない。

 それを見たトウツの額に青筋が走る。


「決めた。僕が一番このダンゴムシたちを倒して、わからせてやるよ。どっちがフィオにとって大切な存在なのかをね」

「わふっ」

 更に瑠璃が煽る。


「今日はこのエリアの魔物どもは根絶やしだねぇ」


 その日、コーマイの都ミヤストで特定の魔物の納品が立て続けに起きたため、価格暴落が起きることになる。

 無彩色に来たる紅モノクロームアポイントレッドにはエリアごと魔物を根絶やしにする悪魔がいると、まことしやかに噂されることになる。






「いや、違うんすよ」


 俺は必至に手を振りながら弁明した。


 この場にいるのはパーティーメンバーに、カイコガ族のベルさんだ。

 今回のクエストでまたも死にかけたので、パーティー裁判が始まったのだ。ギルドに討伐報告をするのは少し後回しになってしまった。


「何か違うんだい? フィルは強いはずなのに、今回もまた死にかけちゃって。もしかしてそういう性癖なの?」

「どういう性癖だよ!?」


 何言ってんだこの兎!?


「でも、これが続くようだったら心配ね。私も錬金作業に集中せずに、クエストに参加した方がいいかしら」

「した方がいいかもねぇ。どこかの聖女は役に立たなかったみだいだし~」

「それ、わたくしのことを言ってますの?」

「他に誰がいるんだい?」


 ファナの顔に青筋が出来る。それを表情だけで煽るトウツ。本当、人をいらだたせる天才だよな、こいつ。


「……いえ、今回はわたくしの落ち度ですの」

 ファナが少し落ち込んだ様子を見せる。


 その珍しくしおらしい様子に、その場の全員が驚く。


「いや、ファナは悪くない。俺が勝手に死にかけただけだから」

「それもそうだ」

「それもそうね」

「わん」


 君ら、俺を責める時は一致団結するよね。


 隣ではベルさんが甲斐甲斐しく俺の腹に包帯を巻いてくれている。ソア家はカイコガ族だ。幼少期は糸を大量に吐き出して、それを繊維として売っている。その繊維はきめ細やかな衣類を作る材料となるので、高額で取引されているのだ。ソア家がこの国でいう公爵家である理由の一つである。

 彼女は慌ててその糸を取り出して手当てしてくれたのだ。

 それ、高級な繊維だよな? いいの?


「あの、ベルさん。一応ファナの回復魔法を受けたから大丈夫ですよ」

「いえ、この包帯は自己修復の促進作用があるんです。フィル様は綺麗な肌だから、傷が残らないようにしないと」

「あ、ありがとうございます」


 ところで周りのみんなは、何で湿った眼で俺たちを見るの?

 瑠璃が近づいてきたので膝枕を作り、頭を乗せてあげる。


「フィル、残りの大顎暴竜メントゥムドラゴンの群れは~?」

 トウツが問いかける。


「ギルドの報告だと、群れがあと2。でも、もう少しいるかもしれない」

「なるほど。じゃ~パーティーオーダーを申請します。残りの大顎暴竜メントゥムドラゴンの討伐はパーティー全員で行う。おーけー?」

「異論ないわ」

「わたくしもそれでいいですわ」

「わん」

「わかった、わかったよ」

「ほんと~?」


 トウツに覗き込まれて、俺はのけ反る。


「ん?」

 トウツの顔に疑問が浮かぶ。


「どうした?」

「ちょっと待って」


 トウツが俺の頭部に鼻を近づけてすんすんと鳴らす。

 頭皮の臭いを吸引されながら、ファナの言葉を思い出す。トウツは俺に依存していると。こいつが? 本当に? 俺程度に依存しないと生きていけないほど弱いやつには見えないけどなぁ。


「……ファナの臭いが染みついてる」


 おっと。これは不味い流れだ。主に俺にとって。


「……そりゃあ、お前。回復魔法受けるために接触する必要があるだろうよ」

「あら、膝枕もしてあげたし、キスもしたではありませんの」


 え、何で燃料投下するの? 血を見たいの? 俺の。


「ギルドに報奨金貰ってくる!」


 扉に向かって走ろうとする俺をトウツが羽交い絞めにする。


「わー!何するんだ!痛い痛い!主にお腹が!」

「似非聖女に許したんだ!僕にもちゅーさせれ!れろれろれろ!」

「妖怪かよお前!」

「トウツ様!フィル様は傷口が!」


 すったもんだする俺とトウツをベルさんがたしなめようとするが、儚くも彼女の声は無視される。ほんと、この人だけが最近の良心である。

 ちなみに膝枕を邪魔された瑠璃は背中からつたを生やしてトウツを妨害しようとしている。

 うお、何だその魔物!? 俺知らないぞ!?


「ふへへ~、ざ~んね~ん。僕をどうにかするには速さが足りないねぇ、瑠璃ちゃん」


 余裕の表情で蔦を手刀で裁くトウツに、瑠璃がしびれを切らした。

 メリメリと音を立てて首の付け根辺りが盛り上がり、ズボッと白い影が飛び出した、俺の顔に粘液みたいなものがべちゃりと張り付く。うげぇ、何だこれ。

 瑠璃の首の付け根から生えてきたのは、人間の女性の上半身だった。


「「「「え“」」」」


 その場の全員が絶句する。

 瑠璃の首から生えたその女性は、一瞬俺と目が合うかと思うと、俺に絡まっているトウツの手を外す。

 あの……トップレスが俺の目の前にあって大変困るのですが。精通してなくてよかった……。

 トウツも驚きが勝っているのか、されるがままだ。手を外し終えると、トウツの両肩を掴んで押す。あ然とした顔のまま後ろに転がるトウツ。

 その白い肌の女性は、次はベルさんをギロリとにらみつける。

 睨みつけられたベルさんは「ひぅ」と声を漏らして、胸元に自分の手を寄せる。


 この目、見たことある。やけに攻撃的な憎しみのこもった表情。アラクネだ。アラクネ・マザーの上半身を作ったのか。

 本物のアラクネに比べると、目つきが少し優しくなっているのは瑠璃の性格が反映されているのだろうか。

 瑠璃はベルさんを見ながら椅子を指さす。おそらく、「フィルの手当ては要らないからお前は座ってろ」ということなのだろう。

 ベルさんが恐る恐る立ち上がり、借りてきた猫のように椅子に座る。


「あー、瑠璃。目の毒だからその上半身しまってくんない?」

『あいわかった』


 アラクネの上半身がズボンと犬の身体に飲み込まれる。水泳の飛び込み選手の足先着水のように垂直に入っていった。本当、謎生物すぎる。


『わが友。心配させた罰じゃ。わしにブラッシングせい』


 そう言って、瑠璃がまたごろんと転がり、俺の膝に頭を預けた。


「お、おう」


 俺は亜空間ローブからブラシを取り出し、ブラッシングする。


「……これ終わったら、ギルドに報告に行こうか」


 瑠璃の毛並みを見ながら俺が言うと、その場の全員が無言で頷いた。

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