第210話 引率のお兄さんは不良2
「お前ら、つまんねぇな」
ルーグはそう呟いた。
目の前にはオラシュタット魔法学園の子どもたちに、ロッソやノイタ、メイラがいる。ちなみに、この異様な面子でクエストに行く様はギルドで多くの者に見られ、すぐさま噂になった。
曰く、不良が親になった。曰く、いや改心して教師になったんだよ。曰く、ついに焼きが回って誘拐でもしたか。
なお、噂をする冒険者達は射殺すようなルーグの眼力に蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出した。
「つまんないとは、何ですか親方!」
ロスが元気よく返事する。
「死ね」
それに気前よく返事するルーグ。
横では口が悪いルーグに立腹するメイラ。子どもへの対応が雑なルーグにメイラがいら立つのは、もはやこの社会見学クエストが始まってからはいつもの風景と化していた。
「お前ら、普通に優秀すぎてつまんねぇ。10教えたら普通に10出来るし。教える意味がねぇ。もう少し失敗してみろや」
「そんな無茶言わないでよ親方!」
「その親方をやめろクソガキ」
ルーグは投げやりになっていた。相手は他所の国の皇子だが、知ったことではない。自分に依頼したのはこのガキどもだからだ。だから別に粗暴に扱ってもいいだろうと思っている。というよりもむしろ、愛想をつかしてこの依頼を取り下げてほしいとすら思っている。
「でも、見ていて思うことはあるわよね? それを教えなさいよ」
イリスが目を吊り上げて言う。
彼女はルーグのような粗野な人間とは、あまり接したことがない。皮肉ばかり言う貴族よりはましな部類だが、これでは学ぶ意味がない。彼は自身を凡才だと評している。だが、彼には経験がある。それは自分たちにはないものだ。あの自分をよくイラ立たせているが、学年で断然トップの成績のフィルが「良い」と評価している冒険者。何かしらの助言はしてくれるはずである。
「強いて挙げるとすればだな、お前ら10教えたら10出来ればいいと思ってるだろ?」
「言われたことを完璧にこなすことの何がいけないのよ?」
「それじゃ、同等以上の力をもつ魔物と戦ったら死ぬんだよ。それが冒険者だ」
「どうすればいいの?」
横からクレアが尋ねる。
「簡単だ。自分で考えろ。俺が10教えたら最低でも11覚えろ。増えた1はお前らが自分でたどり着くんだよ。言っておくが、俺は凡人にはこの要求はしねぇ。お前らは凡人じゃねぇだろう? あっちのガキは既に出来ているぜ?」
ルーグが顎でしゃくる。
クレア、イリス、ロスがそちらを向くと、アルが静かにゴブリンの方へ歩みを進めるところだった。鮮やかに、すれ違いざまにゴブリンの胴を引きちぎっていく。華奢なアルが、自分よりも大きいゴブリンを紙屑のように千切る様は、出来の悪いB級映画のCGの様である。
「……アルは、11点なの?」
「あぁ、そうだな。俺はあいつに助言したのは、多対一の戦い方だ。ゴブリンは群れで戦う。冒険者と接敵した時は、人数有利を作るよう取り囲む動きをする。見てみろ」
ルーグに言われた通り、ロスたちがアルの方を見る。
アルはゴブリンたちの中でも、人数が少ない方へ自然な足取りで動く。3体の集団と5体の集団がいれば3体の方へ行き、ゴブリン達を引きちぎる。
「あれが10点の動き。それだけじゃない。よく見ろ」
「……ゴブリンを遮蔽物にしている?」
クレアが言う。
「正解だ。ゴブリンにとって人数不利の方へ動いているだけじゃない。ゴブリンの身体を遮蔽物にして、一瞬見失う動きをしている。ゴブリンたちにとっては味方が死んでは索敵のやり直しをさせられるはめになる。そして索敵に夢中になっているころには……」
「ギャギャギャ!」
取り残されたゴブリンたちが悲痛な悲鳴をあげる。
「得意な人数有利を作る戦法すら出来ない頭数にまで減らされている。それだけじゃない。あのガキ、魔力の温存の練習をしてやがるな。ゴブリンよりも強い群生する魔物を頭ん中で想定しているんだろう。ゴブリンを数匹殺すたびに使う魔力が減っていっている。あれが11点、いや、12点だ。わかったか?」
「……わかったわ」
イリスが静かに目を閉じて答える。
腹が立つが、この隻腕の男の言う通りである。自分たちは百点満点の動きをしているつもりだった。
でも、それではダメなのだ。恐らくそれでは、あの少年には追いつけない。ストレガの名を踏襲するなんて、夢のまた夢である。
イリスは自分を叱咤して、考えながらゴブリンの元へ近づいていく。
隣にはクレアとロス。彼らもまた、イリスと同じ感情を抱いている。
悔しさ、嫉妬。
その対象は、今ここにいない小人族の少年と、アルに向けられているものである。
「ふん。まともな助言も出来るじゃないか」
「何言ってんだボケ。騎士様でも教えれることだろうが糞が」
メイラの額に青筋が出来る。
が、彼女は我慢する。苛立たしい男ではあるが、この男に依頼してからイリス第三王女は間違いなく急成長を遂げている。
この男は凡才だ。凡才にして、ゴロツキを集めてB級まで上り詰めた男。元犯罪者をB級相当まで鍛え上げるのは、普通に考えておかしいことなのだ。犯罪を犯す者とは、自己肯定感も自己有能感も根底から低い者が多い。つまり向上心が低いはずなのだ。それをいっぱしの冒険者に鍛え上げた。よほど統率する力や教育する力があるのだ。野良の冒険者にしておくには惜しい。品があれば騎士の教育係にも呼びたいほどである。品があれば。
この男は凡才が故に、上り詰めるために人一倍工夫して冒険者をしてきたのだ。それはおそらく、何となく努力をして里一番の狩人になったメイラには分からない感覚である。
「終わったわ」
イリス達が戦闘を終えて、ルーグの元へ戻る。
メイラは驚愕する。
あまりにも成長速度が早い。ルーグが満点以上の動きをしろと言えば、本当にそれをしてのける。イリスも、ロスも、クレアも、先ほど12点と言われたアルと同じか、それに自分流のアレンジを加えた戦闘スタイルでゴブリンを掃討せしめたのだ。
メイラは里一番の狩人で、エイブリー姫に指名を受けたほどの天才だ。
だが、それでもこの子たちほどではない。自分が10歳の時、これほどではなかった。恐ろしいのはその向上心である。この子たちはこれだけ高い結果を出しているというのに、それ以上を求めている。
それはフィル・ストレガの存在によるものか。それとも、アルケリオ・クラージュの存在によるものか。
何にせよ、この子どもたちはこの国の宝である。大成するまでは自分が守らなければならない。メイラはイリス達の瞳を見つめながら、決心を更に固くする。
「なぁ親方!次は何をすればいい!?」
すっかりルーグに懐いたロスが言う。とても煩雑に扱われているはずだが、皇子であるロスにとっては雑に扱われることが新鮮で楽しいらしいのだ。ショー・ピトーが見ればルーグに殴りかかりそうな場面も幾らかありそうだったのだが、残念ながらショー・ピトーはこの場にはいない。
「そうだな。お前らいっぺん失敗してこい」
「え」
「は?」
「何?」
意味不明なことを言うルーグに、全員があ然とする。
「どういうこと?」
クレアが目を険しくして問う。
「成功したら反省しねぇ。何が上手くいったか、駄目だったのか、反芻しねぇんだよ。お前らは成功しても、それなりに考えてるみてぇだがな。だが、それじゃ駄目だ。それじゃあ足りない」
「でも、俺たちは既に悔しい思いはしてますよ? 決闘で上級生に負けたこともあるし、フィルにはずっと負け越してる。その度に考えて、作戦を練り直してるんですよ?」
ロスが言う。
「へぇ、で? 手前は本当にフィルに勝ちにいったのか? 心のどこかで負けを前提に戦ってなかったか?」
「…………」
図星を突かれたのか、ロスが黙り込む。
目線を下に落として拳を握る。
「だから駄目なんだよ。それは本当の意味での失敗経験じゃねぇ。そういうやつは本当にやばい魔物に会ったら死ぬんだよ。俺もそうなっていたはずだし、俺の前のパーティーメンバーは全員そうだった」
その場にいる全員が、ルーグの左腕があったはずの空間を注視してしまう。
「師匠。じゃあさ、何すればいいんだよ、具体的に」
「そうなのだ。いちいち言うことがねちっこいのだ。さっさと言うのだ、ばーか!」
「
「うわぁー!本気で殴ったのだ!本気で殴ったのだ!?」
ギリギリでかわして地面を転がりながら、ノイタがぎゃんぎゃんわめく。
「そうだな。お前ら、竜を倒してみろ」
「なっ。何を言っているのですか貴方は!イリス様たちはまだ10歳です!」
慌ててメイラが話に入る。
これは駄目だ。修行ではない。自殺行為だ。近衛騎士ですら、5人以上いなければ挑まないというのに。
「心配するな。俺の弟子とそこに転がってる青いクソも付ける」
「ノイタはうんちじゃないのだ!?」
ばっと顔を上げながらノイタが叫ぶ。
イリスとクレアが不安そうな顔でお互いを見る。
「おい、どうする? アル」
ロスがアルに尋ねる。
アルは静かにロスを制して、前にとことこと歩み出る。
「あの、ルーグさん」
「何だ」
アルがやんわりとした雰囲気で、ルーグに話しかける。
「フィルは、もうドラゴンを倒したんですよね」
「そうだな。とっくの昔に倒している。そうでなきゃA級にはなれねぇ。多分、今はソロで倒せるようになったんじゃねぇか」
ルーグのその一言に、アルの目が闘志に燃える。
「じゃあ、僕も倒します。ドラゴン」
「……俺もやるよ」
「私もよ」
「私も」
メイラは子どもたちの様子を見て、合点がいく。
彼らは向上心が高いだけじゃないのだ。当たり前に傍にいる友人が、当たり前の様におかしいことをやってのけている。彼らは必死なのだ。大切な友達と横に並べるようになるために。
「ふん。じゃあ派手に失敗してみせろ。クエストは俺が見繕ってやる」
「残念ですけど、親方」
ロスが下からルーグを見上げる。
「
「ふん。……言ってろ、ガキが」
ロッソにはそう言い返すルーグの表情が、心なしかいつもより柔和に見えた。
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