第109話 学園生活14
「整列しろ。今日も、いつも通り魔力をまとう所から始める。」
そう指示したのは、マギ・アーツ担当教師のショー・ピトー先生だ。レギア皇国の皇子であるロスの護衛兼教師であり、ロッソのホームルーム担任だ。
今日の授業は
面白いのは、将来騎士になる者、冒険者になる者、文官になる者、市井に出て働く者、貴族として統治する者が同じ空間で訓練していることである。学園は実力主義。文官志望の者は座学で敬意を勝ち取れ。騎士志望の者はマギ・アーツで敬意を勝ち取れ。学園でそれが出来なければ社会に出て通用しない、という教育理念である。
文官であれ騎士であれ、それを生業にする人間を直接見なければ、すごさも苦労も推し量ることが出来ない。だからこそ、わざと同じ空間で学べということらしい。
俺は初めて参加した授業で身体強化をしてみせると、ピトー先生にすぐ「お前は騎士志望の連中に混じれ。」と指示された。
横では魔力をまとう練習をしている子どもたちがほとんどだ。騎士志望の子どもたちは、自身の家で入学前に訓練を受けている。既に防護服を着て、組手をそれぞれ行っていた。
ちなみに、俺は入ってすぐに組手で一番になった。それまでは一番手がロス、二番手にイリス、三番手にクレアだったようだ。そして驚くことに、身体強化なしの素での組手はアルが一番だったそうだ。
トップの俺たち5人は全員、騎士志望ではない。ピトー先生はにやにやしながら、授業の度に騎士志望の子どもたちを焚きつけている。厳しすぎやしないかと思うが、騎士志望の子たちは家がガチガチの体育会系らしく、顔を真っ赤にしながら俺やロスに組手を申し込んでくる。
実年齢24歳の俺は、必死に組手の申し出をしてくる子たちに罪悪感が募るばかりである。終わる度にどこが悪かったか指摘すると、次の授業では修正してくる子たちばかりで驚く。やはり特進クラス。能力の高い子ばかりだ。
クラスでは、何故か俺は好かれた。特に男の子に。体術も魔法も、人を選ばずに助言をしているかららしい。ロスは「競争相手にアドバイスするなんて、フィルくらいだぜ?」と言っていた。
この学園特有の雰囲気かもしれないが、決まったグループの中のみで魔法や体術の情報を共有しているようだった。もちろん俺はロスやイリス、クレアから学んだことは他の人には漏らさないが、自分で見つけた技術は普通に流している。この感覚は、少なくともこの世界のこの学園では稀有に映るらしい。
「フィル、頼む。」
ロスとアルの次に体術が得意なベヒト・ハイトマン君が組手を申し込んできた。彼はこの授業の度に、俺とロスに戦いを申し込んでくる。
実家が騎士の大家らしく、親からのプレッシャーが大きいようだ。
立派な子どもだ。俺は責任というものを全く背負わずに前世を終えてしまったので、それだけで彼みたいな子どもを尊敬してしまう。
「もちろん。」
「加減はなしな。」
「もっと強くなったら加減はしないよ。」
「わかってるよ。」
顔をムッとさせてベヒト君が構える。
嘘をついても良かったが、俺は嘘が下手だ。そして、嘘はばれた時に真実よりも人を傷つける。彼のようなプライドが高い子どもには尚更である。
俺は騎士の型を見様見真似で構える。甲冑の固さを利用した、甲冑合戦術。身体強化した手の甲や肩、膝で敵を倒すことに特化した型だ。エイブリー姫がいる宮殿で、近衛の訓練を見学させてもらったのだ。その
「それ、お父様の構えと同じだ。」
ベヒト君の眉がぴくりと動く。
大家とは知っていたが、近衛だったのか。超エリートじゃないか。
「学ぶ機会があったんだ。」
「簡単に真似出来ると思うな!」
ベヒト君が跳びかかる。
速い。が、「子どもにしては」が前置詞に入るだろう。
右のストレートをダッキングしてかわし、空いた脇腹にボディブローを打ち込む。
「ぐっ。」
ベヒト君がうずくまる。
「お父さんの戦いを見てるなら分るよな。この型でいう膝をつくのは、即負けを意味する。」
「わかってるよ。」
「何で大振りにしたんだ? 俺の速度ならかわされるとわかってるだろう?」
「いや、お父様の真似をされたから、かっとなって。」
「戦場でそれはまずいって。」
「わかってるよ。」
「……いいお父さんなんだな。」
「え?」
「いや、真似されて怒ってたからさ。」
「いや、まぁ。」
ベヒト君の顔に朱がさす。
やはりこの学園にトウツは連れてこれないな。俺は更に意思を固くする。
「この授業の残り時間で、一緒にこの型の練習しようぜ。」
「いいのか?」
「もちろん。後、心配しなくてもベヒトは強くなると思うぞ。ロスやアルはわかんないけど、イリスやクレアには食らいつけるかも。女の子の方が身長伸びるの早いし、今は体格差で負けてる気がする。」
「そうか、ありがとう。」
この学園の授業は、間違いなく勉強になる。俺は今までマニュアルなしで魔法の練習をしてきたようなものだった。だからこそ、平均的に押しなべた学習をここで出来るのは大きい。
ただ、当たり前だが一緒に学ぶのは小さな子どもだ。組手の練習相手が必要だ。週末はトウツやフェリ、平日は瑠璃が相手になってくれている。
だが、それでは足りない。
多くの敵に対応できるようになるためには、結局のところ多様な敵との実践が必要になってくる。それが俺には圧倒的に少ない。十代半ばには、獅子族の男と戦うことになる。体躯を見れば、間違いなく近接タイプの敵だった。
そこのところも考えとかなければいけないだろう。
「あんた、週末のグラン・ミザール公爵のパーティーに参加するんですって?」
休み時間にそう話しかけてきたのは、俺が保健室から現れた時に半泣きになっていたイリスである。目元が少し赤い。泣き止んで落ち着いたから話しかけてきたのだろうか。
「グラン・ミザール公爵?」
「イブお姉さまが貴方の紹介で参加するパーティーよ!公爵家の名前くらい把握しておきなさい!」
「はい、すいません。」
先ほどのシャティ先生との会話で、とっさに謝ることが板についてしまった。
「もう。お姉さまから伝言よ。フィルのパートナーの兎人、来場の許可が降りたわ。当日はあたしも一緒に行動するから。」
「マジ?」
「ええ、そうよ。あたしと一緒にパーティーに参加できるんだから、感謝なさい。」
「いや、そっちじゃなくて、トウツの許可が降りたの?」
「な、何よ!あたしと一緒に参加出来るのが嬉しくないの!」
「あ、はい、嬉しいです。嬉しいです。」
前世の姉の面倒くさいモードを思い出す絡み方である。女性がこうなった時は全肯定マシーンになるべし。
「よろしい。というか、何で許可が出て驚くのよ。」
「いや、こっちの問題。なぁ、トウツ・イナバのこと調べて本当に何も問題なかったのか?」
「ええ、白だそうよ? 正確に言えば、さる筋からお墨付きをもらったから調べる必要がなくなったと、お姉さまが言っていたわ。」
なにその「さる筋」って。怖い。
「フィルが同行に選んだ人って、いい人よね? 何かその反応見ると不安になるんだけど。」
「いや、いい人だよ。普通にいい人。多分。」
「多分?」
イリスが顔をしかめる。
大丈夫だ。パーティーにはアルやロスが参加しない。イリスは幼いが、女の子だからあいつの対象外なはず。大丈夫だ。大丈夫大丈夫。だいじょばなかったら、俺は知らん。
「そういうわけだから、当日はよろしくね。」
「ああ、連絡ありがとう。」
「あ、あと、いつもの第3闘技場で魔法の練習ね。」
「了解。」
「使い魔も連れてきなさいよ。フィルだけ対魔物の訓練が出来るなんて卑怯よ。」
「卑怯も何も、あいつは友達だからなぁ。」
「使い魔を友達って言うのね。あんた、やっぱり変。」
「そうか?」
満足したのか、イリスが俺から離れてクレアの方へ行った。一瞬、クレアと目が合う。
向こうは隠れて見ていたつもりだったようだが、残念。君の兄は森で感知能力を鍛えていたのだよ。最愛の妹が、呪いを食らった俺を一日中心配してくれていた事実に多幸感が湧き上がってくる。
妹に心配されるならば、呪いも食らってみるものだ。
週末は社交デビューだ。鬼が出るか蛇が出るか。出来れば瑠璃のような可愛らしい犬が出てほしいものである。
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