第110話 社交パーティー

「これを私に?」


 そう言って目を丸くしたのは、フェリだ。普段はアーモンドのような細く綺麗な形の目をしているものだから、そのリアクションにこちらも嬉しくなってしまう。

 フェリの手のひらの上には、俺が解呪した月をモチーフにしたイヤリング。


「ああ、付けてみてくれ。そして、頭の中に普人族の耳の形をイメージしてくれ。」

「……もしかして、フィルの仮面と同じ?」

「そうだよ。お揃いだ。」

「お揃い……。」


 フェリは耳に着けずに、しばらくイヤリングを眺めている。目に宿っている感情は歓喜か、驚きか。彫像のように固まる彼女をしばらく眺めることになる。

 フェリは鑑賞に堪えるほど美しい女性ではあるが、流石に無言でい続けられると居心地が悪くなってしまう。


「——あの、耳に付けないの?」

「あ、そ、そうね。ごめんなさい。つけてみるわ。」


 そう言って、いそいそとイヤリングを付け始める。


「あれ? これどうすればいいのかしら。耳に装飾なんてしたことないわ。」

「そう言えば、エルフは装飾品を嫌う種族なんだっけ。迷惑だったか?」

「いえ、そんなことないわ。嬉しい。」


 頬に朱を刺しながら、フェリがふわりとほほ笑む。

 こないだのトウツもそうだったけど、最近俺、ときめきすぎじゃない? 不整脈かな。


「ねぇ、付け方が分からないわ。フィオが付けて。」

「俺でいいのか?」

「貴方がいいの。」

「わかった。」


 奴隷印がズキズキする。彼女のお願いを命令と捉えているのだろうか。だが、少しこの痛みが心地いい。

 椅子に座る彼女の後ろに回り込み、背伸びしながらイヤリングを付ける。尖った耳の先端が幻のように消えて、丸いシルエットを形作る。


「出来たよ。鏡を見てみるか?」

「ええ。」

「どう?」

「まるで普人族ね。」

「俺と同じだ。」

「フィオは小人族ハーフリングでしょう?」

「それもそうか。」


 2人で笑う。


「んっんー!」

 突然、扉の横で咳き込んだのはトウツだ。


「何かしら、トウツ。」

 フェリの声色の温度が一気に下がる。


 怖いよぉ。前の兎も後ろのダークエルフも怖いよぉ。


「お客さんだよ、フィオ。僕と一緒に社交デートだ。」

 トウツは親指で出口を示した。




「今日はご足労頂き、感謝いたしますわ。」

「いえ、こちらこそ。私どものような下賤の人間にこのような厚遇、感謝してもしきれません。」


 エイブリー姫の挨拶にそう返したのは、宮殿からドレスをレンタルして着飾ったトウツである。

 俺たちは今、王族専用の馬車に乗ってグラン・ミザール邸へと向かう最中である。

 馬車は豪奢の限りを尽くしたものだった。エイブリー姫、イリス、護衛のイアンさん、メイラさん、トウツ、そして俺。6人の人間が乗っていてもなお、広いスペースが確保されている。魔法で加工されたサスペンションがあるらしく、車内に揺れは全くない。

 そして一番驚いたのは、馬車を引くのが4体のペガサスの使い魔だったのだ。御者がペガサスと共に魔法を行使すれば、空を飛ぶことも可能。悪路を進んだり、暴徒から王族を守ったりする時に空を飛ぶらしい。

 思わず嬉しくなって、フェリと共に馬車に付与されている飛行魔法を解析していたらイアンさんに怒られてしまった。俺はともかく、いい歳して説教されるフェリは随分と可愛らしかった。

 怒られているフェリの耳は丸い形のそれだ。イアンさんも、恐らく気づいていない。師匠に頭を下げて教えてもらった隠ぺい魔法なのだ。元宮廷魔導士のお墨付き。これからも、フェリは外を自由に出歩くことが出来るだろう。


「ねぇ、あんたのパートナー、普通じゃない? 何を心配してたのよ。」

 そう小声で話しかけてきたのは、向かいに座るイリスだ。


「いや、別に。普段は自由人なんだよ。今は猫被ってるからさ。」

「猫被ってるの?」

「そう。兎なのに猫被ってるのさ。」

「馬鹿みたい。」


 そう言って、背もたれに背中をつけて腕を組むイリス。

 だが、耳が赤くなってぴくりと動いている。

 こいつ、笑いをこらえてるな。笑い上戸なのかも。


「しかし、調べてみたら驚きました。トウツ・イナバ。貴方はハポンのお庭番だったんですね。」

「お庭番、ですか?」


 思わず、エイブリー姫に質問してしまう。


「あら、フィル君は同じパーティーなのに知らなかったの?」

「ええ。」

「何それ。仲間なのに、変なの。」

 イリスも会話に入ってくる。


「イリス第三王女殿下。冒険者のパーティーではお互いの素性を知らないのは珍しくありませんわ。むしろ推奨されております。フィル、その開いた口を閉じようか~。」

「いや、すまん。」

「いい加減、僕の敬語に慣れてほしいねぇ。」

「ああ。」

「あら、それが素の話し方ですの? わたくしどもにもその話し方でけっこうですわ。イリスも学友ですし。」

 手を上品に叩きながら、エイブリー姫が言う。


「とんでもありませんわ。私のような下賤の者が王族と対等など。ましてや元とはいえ、私はハポンの王族の従者です。元主と対等の立場には立てません。」

「それは残念。」


 トウツが上手にエイブリー姫の提案をかわす。隣に座っているイアンさんが頷いているから対応としては正解なのだろう。


「お庭番というのはね、簡単に言うとお殿様の護衛や諜報を任されてる仕事のことだよ。ゴライア殿の仕事に近いかな。」


 トウツの言葉に、イアンさんが反応して目礼する。


「え、トウツってそんなエリート職だったの?」

 俺は声を潜めて話しかける。


「お堅い職業出身って、昔教えたでしょう?」

「そっちにお堅いなんて思わないだろ、普通。何で追放されたんだよ。」

「教えな~い。」


 イラッ☆


「ところでフィル君。」

「はい、何でしょう。」

 エイブリー姫が俺に話の水を向ける。


「トウツさんのドレスにノーコメントの様だったけど、それはいけないと思うなぁ。」


 トウツが満面の笑みで姫様を見る。それにウィンクで返す姫様。

 え、どのタイミングで仲良くなったの? それとも女性特有の結束感?


「さぁ、フィル。どこからでも褒めなさい。」

 トウツが満面の笑みで手を広げる。


 とても可愛らしい笑顔だが、何かむかついてしまう。


「……普段から黒い恰好してるから、やっぱりトウツに黒は似合うと思う。身体のラインを隠すデザインが、合ってる。」

「うんうん。他には~?」


 え“。


「えーと。普段は動きやすい恰好をしているから、横に広がるドレスが、新鮮で、綺麗です。」

 気恥ずかしさで、語尾が敬語になってしまう。


「うむ。よろしい。」

 トウツが満足そうに頷く。


「あんた、そんな顔もするのね。」

 イリスが話しかける。


「何が?」

「学園では、いつも澄ました腹立つ顔してるから。」

「いや、済ましてはいないと思うぞ。俺は毎日を生きるのに精いっぱいだ。」

「そうかしら?」

「そうだよ。」


 というか俺、腹立つ顔してるのか。そうか……そうか。傷つくわぁ。


「姫様、そろそろ着きます。」

 メイラさんが言う。


 よかった。やはり女性割合の高い空間にいるもんじゃないな。イアンさんはよく真顔でこの空間に居れるな。流石近衛騎士隊長。俺には無理だ。


 イリスがカーテンを楽しそうな表情で開ける。

 こういう所はしっかり子どもなんだよなぁ。


「見て見て!フィル!あれがミザール邸よ!」

「うお、すげえ。立派だな!」

「ええ、私の国の貴族の家は、立派でしょう?」

 イリスが眩しい笑顔を浮かべる。


 そうか。この子は王族。他人の家でも自国のものが褒められれば、自分が誉められたような気になるのか。


「ああ、とっても。」


 イリスの笑顔が更に華やいだ。

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