第108話 解呪作業

「う~ん。」

「どうしたの? ずっとうなってさ。」


 そう聞いてきたのは、ルームメイトのアルだ。

 デスクに座ってランプをつけ、2つのイヤリングを並べて悩む俺をみかねたのだろう。ちなみにランプは魔力を通さないと点灯しない仕組みになっている。日常生活の中で魔法の訓練をせよという、学園の方針である。


「いや、これをどうすればいいかなって。」

「何それ? イヤリング? お母さんがつけてたの見たことあるけど。」


 アルは人見知りだが、最近は物おじせずに俺に話しかけてくるようになった。彼の中で俺が身内扱いになったことは大変喜ばしいことだ。


「そうだね。」

「誰が使うの?」

「俺のパーティーメンバー。」

「女の人?」

「そうだけど。」

「すごい!」


 何が?


「プレゼントなの?」

「そうだよ。いつもお世話になってるから。」


 家計の管理。借金の留保。魔物の爆散。いつもお世話になっております。


「ふわぁ~。」


 アルが口を綺麗な縦のだ円の形にして、目をキラキラとさせる。こいつ、絶対前世が天使だったから光の魔素に愛されてるんじゃないかな。可愛い。


「でも、何に悩んでたの? ぷろぽーずのセリフ?」

「プロポーズする予定はないし、彼女はそういう人じゃない。これは装備だよ。」

「装備?」

「そう、付与魔法エンチャントがついているんだ。」

付与魔法エンチャント?」

「そう。まぁ呪いもついてるけど。」

「え、呪いもついてるの!?」

「そう。」

「それをプレゼントするの!?」

「そう。」

「フィルはその女の人嫌いなの!?」

「いや、大好きだよ?」

「何で!?」

 

 アルの目がせわしなく回る。俺の周囲で最も愛愛あいあいしい挙動をするのは間違いなくアルだろう。ちなみに、去年までルビーだったけども。


「解呪できないかなって思ってるんだよ。これ、呪いつきだから安く買えたんだ。」

「解呪を教会に任せない人、初めて見たよ。」

「一般的じゃないのか?」

「普通、自分で何とかしようとはしないよ。」


 餅は餅屋か。ちなみにこの世界で餅屋という言葉は通用するのだろうか。トウツには通じそうだけども。


「どう? 出来そう?」

「あと少しで解析が終わりそう。」

「フィルはすごいんだね。」

「いや、アルの方がすごいぞ?」

「僕が?」


 アルが目をぱちくりさせる。


「シンプルにこれを解呪するなら、強力な光魔法で呪いを消し飛ばすのが一番なんだよ。それを出来る人材がいるから、普通は教会に頼むんだろうけど。そして、多分アルにはそれが出来るよ。」


 ちなみに、今の俺には出来ない。


「僕が? 教会と同じことを?」

「ああ、出来るよ。アルはなんたって、天才だからな。」

「そうかな、僕はそう思わないけど。」


 アルの顔に影がさす。

 彼が自信を取り戻すには、まだ時間が足りないのだろう。変にプレッシャーをかけない方がいいと感じた。


「今はそれでいいけど、俺がアルはすごいと思っていることは、心に留め置いてくれ。」

「うん、わかった。フィルはどうするの?」

「俺はアルほど出力のある光魔法が出来ないから、消し飛ばすというよりも、解く感じになるのかな。」

「ほどく?」

「そう。黒い魔素の配列に、決まったパターンで白と青と緑が少しずつ入っているんだ。おそらく、黒以外のこれらの魔素が繋ぎになっているんだ。そこを黒い魔素を刺激せず、取り除いてやれば勝手に呪いが自壊すると思う。」

「——よくわかんないけど、フィルはすごいや。」


 アルが思考を放棄してニコっと笑う。

 7歳児にしては、かなり話に付いてきてくれた方である。

 俺も笑みを返す。


「そういうわけだから、いつも通り頼むよ。」

「また倒れるまで魔力使うの?」

「うん。」

「はぁ、嫌だなぁ。」


 数時間後、解呪に白熱した俺は魔力を全てつぎ込むことになる。

 翌日、登校する時間になっても起きてこない俺を不審に思ったのか、デスクに突っ伏した俺を起こそうとアルが抱き上げた。

 そこにはリバウンドした呪いを食らって泡を吹いていた俺がいて、アルはまた号泣しながら管理人のザナおじさんを呼ぶはめになったのだった。




 目を覚ましたらそこは学園の保健室で、隣にはシャティさん——シャティ先生がいた。

 目が合うと、とても険しい目つきをして俺を見てきた。

 この目は見たことがある。前世でインフルエンザにかかった俺を看病するために、デートがキャンセルになった姉の目だ。


「すいません。」

「第一声がそれなら、重畳。」

 シャティ先生がため息をつきながら言う。


「私、フィルを看病するの二回目。」

「何度もすいません。」

「三回目はなし。」

「はい、努力します。」

「駄目、確約。」

「はい。確約いたします。」


 怒った女性は怖い。美人ならば尚更である。


「ルームメイトのクラージュ君から聞いたわ。貴方、呪いのリバウンドを受けたって。」

「はい、すいません。」

「何で、一人でそんなことしたの。」

「はい、すいません。」

「せめて大人の近くでしなさい。」

「はい、すいません。」

「適当な謝罪は無用。」


 では、何と言えと?


「そんなことより——。」

「そんなことじゃない。」

「はい、すいません。」


 何か前世のお母さん思い出してきた。辛い。


「保健のヒル・ハイレン先生は、今日はお休み。代わりに私。何でかわかる?」

「非番ですか?」


 頭を魔導書で叩かれた。これ、前にもされたことあるぞ。というか、司書がそんなことしていいのだろうか。


「……痛い。」

「フィルの治癒を担当して魔力切れ。今日は慰安休暇。」

「……すいません。」

「ヒル先生に直接言うように。」

「はい。」

「それはそうと、フィルに付いてた呪いだけど、あれ何?」


 シャティ先生の目に興味の色が濃く映えた。この人もエイブリー姫や師匠の同類である。魔法ジャンキー。知識が好きで好きで仕方ない人種。


呪術器具カースドアイテムです。」

「装備しちゃったの?」

「いえ、解呪には成功したはずです。」

「成功したのに貴方は呪われてた。」

「でも死んでないんですよね? だったらあれについてた呪いを全部受けてはないはず。」


 また魔導書で頭をはたかれる。


「いって。図書の先生が本で殴っていいんですか?」

「これは戦闘用に付与魔法がある。」

「どんな魔導書ですかそれ……。」


 流石ファンタジー。本でも鈍器になる。


「中途半端な呪いだけがフィルを襲ったってこと?」

「そうなります。」

「解呪アプローチの過程を説明。」

「はいはい。」


 しばらく、俺はシャティ先生に事の顛末を話した。黒い魔素の中から僅かな白い魔素を摘出する様子を臨場感たっぷりでノリノリで話した。シャティ先生は教師と生徒という立場を忘れて、詳細をカルテに書き込んでいく。それ、俺の病状のメモ用だと思うんだけど、いいのかな。


「——それ、解呪には至っていない。」

「え“。」


 一通り話し終えた後のシャティ先生の感想に、思わず変な声が出た。


「どういうことですか。」

「フィル、自分で言ってる。呪いを消滅させたのではなく、解いただけ。繋ぎの役割をしていた魔素を取り除いたことで、イヤリングから呪いを離すことは出来ている。でも、イヤリングから離れた呪いはどうするの?」

「あ————。行き場を失って俺の方に来た?」

「……今度から中途半端な知識で事に及ばないように。」

「すいません。」

「いい。私も勉強になった。」


 いいのか。教え子が死にかけたけど、いいのか。

 師匠もそうだけど、行き過ぎた魔法使いは知識欲のために割と簡単に自身の命を賭けるベットする傾向にある。


 「魔法がかったおかしな死に方」という、魔法使いが研究で頭の悪い死に方をした全集なるものを学園の図書館でこないだ読んだ。それは「こんな変な魔法実験をすると死にますよ。やめましょうね。」と、子どもに警鐘するための本だ。ただ、締めくくりは「知識欲のために彼らは死ねたのだ。本望だろう。」という、本気なのか皮肉なのか判断に困るセンテンスだった。

 シャティさんはそれを地でいった人だ。流石は他に例のない雷魔法の体系者。まともに見えるけど、この人も何だかんだネジがどこか歪んでいる。


「それと、授業は大丈夫?」

「どういう意味ですか?」

「三日寝てた。今日はもう、水曜。」

「げ。」


 その後、教室に行くと爆笑したロスと号泣したアルに出迎えられた。視界の隅には、胸をなでおろした最愛の妹と、半泣きのイリスがいたのだった。

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