第26話 初めてのお使い6
「君らのパーティーはいつまでここにいるんだい?」
村の外れまで同行してくれているウォバルさんが言う。
「僕らはそうですね。あと二週間は様子を見てここに滞在します。ワイバーンの収入もかなり入ったし、しばらくは休養でいいと思います。何よりも、またワイバーンが暴れたら出番が来ますからね。」
ロットンさんが爽やかに答える。
「そうか、助かるよ。ここでワイバーンとまともに戦えるのは僕とゴンザくらいしか残っていなかった。君らが来なければ、嫁が森に突撃するところだったよ。あれはリタイアしてから長い。もし戦ってたら危なかったかもしれない。礼を言う。」
ウォバルさんが紳士然として頭を下げる。
「いえいえ。こちらもいい収入になりました。それにしても、パワフルなお嫁さんですね。」
ロットンさんがほほ笑む。
「
ロットンさんの影になりがちなミロワさんも会話にまざる。
「今度遊びにくるといい。リコッタも現役の回復役と話せるのならば、よろこぶ。」
「ぜ、ぜひっ。」
ウォバルさんの誘いにミロワさんの顔が喜色ばむ。
「俺もここで少し鍛えとかないとなぁ。ワイバーンの鱗に決定打が少なすぎた。手数が重要な
ライオさんが赤い髪をゆらしながら話す。
ルビーは上空で呑気に浮遊している。ウォバルさんとミロワさんの感知に引っかからないためだ。いつもは俺の鼻先にいるので、遠くを飛んでいるルビーを見る機会は、実はあまりないので新鮮だ。
「ここの森にはエルフが住んでいるんだろう?お近づきになれねぇかなぁ。弓の名手が多い種族なんだろう?」
ライオさんの言葉に心臓が跳ね上がる。と同時に、正体を明かせない罪悪感が少し芽生える。
「閉鎖的な種族と聞くからね。難しいんじゃないかな。」
とロットンさん。
「冒険者に数名いたけど、片手で数えるくらいしか見たことないねぇ。」
とウォバルさん。
みんなの話を聞いていると、ふと俺の体が軽くなった。
わきの下に手がある。どうやら誰かに抱き上げられているらしかった。俺は慌てて後ろを見る。アーモンドのような水色の瞳が俺を覗いていた。綺麗な鼻筋。細く小さな顎。白磁のような肌。シャティさんだ。
「……あの。」
俺は困って話しかける。
「私も、この村で修行を積む。」
冷たい、凛とした声でシャティさんは話す。
「はぁ。」
「できれば、貴方の師に教えを乞いたい。」
「えっと。」
返答に困る。マギサ師匠が弟子をとるとらないに関しては、俺にどうこう言う権利はない。
ギルド内では弟子をとらないことで有名らしかったし、何よりも師匠は人に構う暇があるなら自分の研究を優先する人だ。
俺も基礎的なことを教えられた後は基本、放任されている。魔法に関するうん蓄は語りたがる人なので、会話の中で盗んでいるようなものなのだ。
「どうなの?」
シャティさんが俺を見る。
よく見ると、瞳が不安で曇っている。直線的な言い方しかできないだけで、いい人なのだろう。
「それは、師匠に聞かないと、わからない、です。」
「そう。」
シャティさんの顔がさらに曇る。
「あと、勝手に学べという人だから、何かを教えてくれることはあんまりないと思います。」
「なるほど。押しかけて迷惑じゃない?」
「俺も押しかけてるようなものだから、大丈夫かも。厳しい人だけど優しい人だから。」
「厳しいけど優しい?」
「あ、師匠に言わないでくださいよ!」
俺は慌てて訂正する。
「秘密にする。その代わりに。」
「その代わりに?」
「私をマギサ・ストレガ氏に紹介して。」
「————師匠は自分の研究を邪魔されるのが嫌いです。」
「……うん。」
「師匠が喜ぶ魔法の研究資料を持っていけば、話を聞いてくれるかもしれません。」
「なるほど。ちょっと考えてみる。」
シャティさんが思案顔になって俺をおろした。
ミロワさんがシャティさんを羨ましそうに見ていた。何故だろう。
「そうなると、不思議だね。」
ウォバルさんが会話に入る。
「何でですか?」
俺が聞き返す。
「あのマギサ・ストレガ氏は弟子をとらないことで有名だった。君が今言った通り、人と会話するくらいなら研究に時間を割く人だったことは僕の耳に入るくらいは知られた話だったよ。そうなると——。」
ウォバルさんが僕を一瞥する。
「フィル君は何故、かの師の弟子になれたんだろうね?」
ウォバルさんが優しく俺の頭をフードごと撫でる。
「そりゃ、孤児だったからじゃねーの?」
ライオさんが答える。
「ライオ。」
「配慮、足りない。敬意も。」
ロットンさんとシャティさんがたしなめる。
「はは、構わないよ。僕はもうセミリタイアした身だからね。人から敬意を示してもらうような人間じゃない。」
ウォバルさんが気さくに笑う。
「すいません。」
ロットンさんが謝る。
隣でライオさんもぎこちなく謝っている。何となくこのパーティーでロットンさんがリーダーを務めている理由がわかってきた。
「大丈夫?」
シャティさんが俺に問いかける。
「泣いて親ができるわけではないので。」
無難に俺は答える。
すると、シャティさんがまた俺を抱き上げた。何故だ。
ミロワさんがちらちらと恥ずかしそうにこっちを見る。何故だ。
上空でルビーが怒っている。何故だ。
「とと、話に夢中になってしまったな。もう森の入り口近くだ。」
ウォバルさんが呟く。
見ると、森の近くに数軒のみ家が建っている。ほとんどは魔物が村に入ってこないように監視するための衛兵たちが住む民家のはずだ。
ここに住んでいるということは、ウォバルさんは衛兵たちの一員なのだろう。
木の柵で囲っている家の前で、子どもと手を繋いだ女性がこちらを眺めている。
あれがリコッタさんだろうか。
「寄っていくかい?」
ウォバルさんが親指で示しながら、ミロワさんを誘う。
「ひゃ、ひゃい!」
ミロワさんが今日一番大きい声を出して返事をする。
「僕は念のためにミロワに付いていくかな。」
ロットンさんが言う。
ここは森の近くで、魔物が出る可能性もある。
そしてミロワさんは後衛だ。A級冒険者とはいえ、後衛をソロで行動させるのはリスクである。
ロットンさんはセオリー通り前衛と後衛のペアで動くことを考えているのだろう。シャティさんもライオさんも後衛だが、
よくよく見ると、このパーティーの構成はロットンさんを中心に据えてあることがわかる。
「私は村に戻って、自分がもってる研究の内容をまとめる。」
シャティさんが言う。
「じゃあ俺はそれに付き合うかね。」
ライオさんがあくびをしながら応える。マイペースな人だ。
「フィル。」
シャティさんが俺を見る。
「はい。」
美人に見られると思わず背筋が伸びるよね。え、伸びない?
「次、村に来るのはいつ。」
「予定は未定ですけど、皆さんにはまた会いたいので近いうちに来ます。」
「わかった。今日中に資料をまとめる。」
シャティさんは家に来る気満々である。
「はい、楽しみにしてますね。ところで。」
「何?」
「そろそろおろしてくれませんか?」
「……森の入り口まで。」
シャティさんが俺をおろしてくれたのは、少し森に入ってからだった。
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