第27話 訪問者

『面白い人たちだったね!』


 森を一人で歩き始めると、すぐにルビーが話しかけてきた。


「ああ、いい人たちだった。」

 俺も肯定する。


『まとってる魔素がやわっこい人ばっかりだった!』

「魔素って柔らかいとかあるのか?」

『人殺したことがある人はギンギンなの!あの人たちはふわ~ってしてる!魔物とたくさん戦ってるのにあんな感じの人は珍しいんだよ!ウォバルさんとかいう人はその中にちょっとピリッとしたのが混ざってたけど!フィオはねぇ!あったかいの!ポカポカだよ!』

「ルビーは魔法を教えるのに向いてないかもしれないね。」

『えー!なんでさ!』

 ルビーが空中でバウンドしながら怒る。


 どうして空中でバウンドできるんだ?


「何ででも。それよりも、ウォバルさんとミロワさん、気づきそうだったね。」

『ん!そうだね!でも人間で僕らに気づける人は限られるから、あんまり気にしなくていいと思う。』

「でも対策はしないといけないよな。」

『僕が魔素をなるべくいじらないようにすればいいだけだよ。神語を話すとどうしても魔素に干渉しちゃうから、あの人たちの前では耳元で小声で話すね。』

「そうしてくれ。それと、一つ楽しみが出来た。」

『僕ら以外の妖精とペアの冒険者のこと?』

「そう、その人だよ。」

『何て名前だったけ。えー、えー?』

「エイダン・ワイアット。」

『そう!その人!』

「いつか会いに行こう。7歳を過ぎても君と話せるかも。」

『うん!そうだね!楽しみだ!』

 ルビーが満面の笑みで俺の周りをくるくると回る。


「よし、そろそろかな?」

 後ろを振り向く。


 森に入ったところまで付いてきていたのは、シャティさんとライオさん。シャティさんは魔法使いだし、ライオさんは弓兵アーチャーだ。どちらも探知には長けているはず。

 だが、このくらい森の奥に入れば魔法を使ってもいいだろう。


身体強化ストレングス。」

 俺の周りを魔力が覆う。


「ルビー。家まで競争だ!」

『いいね!負けないよ!』


 俺とルビーは、弾丸のように森の中を駆け抜けた。




 家に戻ると、人がたくさんいた。

 正確に言えば、フルメイルの鎧を着た人たちが8人ほど師匠の家の前に立っている。

 俺は驚く。師匠の家の周りには、森の地形を利用した認識阻害魔法がかけられている。簡単にたどり着けるわけがないのだ。

 俺は師匠に許可をもらっているから迷わずにたどり着くことができる。

 ただ、許可がなければ確実に迷うだろう。それをこれだけ大所帯の集団が通り抜けて師匠の元へ来ている。

 俺が五歳になるまでに数名師匠を尋ねる人たちはいたが、全員個人で来ていた。彼らは優秀な魔法使いだった。

 ということは、今見えているこの人たちは全員彼らと同じかそれ以上の手練れということだ。格好からして魔法使いというわけではないようだけども。


 ゴンザさんやウォバルさん、ロットンさんたちのように、今の俺では確実に敵わないと思わせる魔力の質と量。

 鎧の男たちは、俺の存在に既に気づいている。

 俺が敵意を飛ばせば、すぐに首が胴体とさよならするだろう。

 特に一人、異常に強い男がいる。

 一人だけ鎧の頭をとってこちらを注視している男。ブラウンの短髪をオールバックにしている。人種は白人だろうが、焼けて小麦色の肌をしている。顔に少し皺がついて見えるのは年齢のせいか、それとも彼の戦歴からくるものか。鳶色の鋭い瞳から強いプレッシャーを感じる。


『……できるだけ魔素をいじらないようにするね。』

 感知される可能性を感じ取ったのか、ルビーが警戒する。


『ああ、そうしてくれ。』


 鎧の連中の中には獣人もいるかもしれない。念のために神語で返答する。


『ここで留まったら逆に警戒される。普通に帰宅しよう。』

『そうだね。』

 ルビーが不安げにうなずく。


 俺が近づいていくと、今気づいたかのように男たちが顔を上げた。

 よく見ると鎧のシルエットが女性の者もいた。白銀のプレートが太陽に反射して眩しい。

 目立つので森を歩くには不便なはずだが、それを無視できるくらいに彼らは強靭なのだろう。


「初めてまみえる。ここに来たということは、貴様が件の弟子か?」

 ブラウンの髪の男が、渋いバリトンボイスで話しかけてくる。


「マギサ師匠の弟子という意味であれば、そうです。」

 嘘をつく理由もないので正直に答える。


 他の鎧たちの肩がぴくりと動く。

 やはり、マギサ師匠の弟子という肩書は、この国にとって大きいのか。


「ふん。貴様の名は?」

 高圧的に質問してくる。


 俺を脅しているというよりも、立場が上であることが板につきすぎているように感じる。


「フィルです。フィル・ストレガ。」

 師匠やルビーと相談した偽名を名乗る。


 俺の名前をフィオと呼ぶのはルビーと師匠と両親。今のところはそれだけでいい。


「そうか。私はイアン・ゴライアという。宮廷騎士団の部隊長を務めている。」

 イアンさんが簡潔に名乗る。苗字があるということは、貴族か。


 ということは、この人たちは騎士か。宮廷ということは、国王に近い所で仕事している人たちなのだろう。身分が高い集団なのが見て取れる。


「質問してもいいですか?」

 勝手に話すのはいけない気がしたので、許可を求める。


「構わん。自由に話せ。」

 イアンさんは仏頂面を崩さずに話す。


「今日、師匠を尋ねた理由は何ですか?」


 俺が師匠と共にこの森で過ごし始めて五年も経っている。

 これだけ大掛かりな訪問、この五年の間にいつでも出来たはずだ。

 何故今なのか。俺はそれを知りたかった。


「無論、都に帰ってもらうためだ。」

「何故です?」

「貴様!隊長の言葉に異を唱えるつもりか!」

 イアンさんの隣にいた男が声を荒げる。


「よせ。ここは宮中ではない。」

 イアンさんがたしなめる。


「何か失言がありましたら申し訳ありません。森育ちなもので、都の常識がわからないのです。」

 そういって俺は深々と頭を下げる。


「この少年もこう言っている。ドルヴァ、下がれ。」

「はっ。」


 ドルヴァと呼ばれた男が後ろに下がる。鎧のサイズが横に広い。体格がいい人なのだろう。


「どっちが子どもなんだか。」

 ぼそっと、騎士団唯一の女性が呟く。


 俺がエルフ耳だから聞こえたが、他の騎士には聞こえていないはずだ。


「だが、顔を見せないのは森の中だろうと失礼に値するだろう。その面を外せ、少年。」

 イアンさんが俺に命令する。


 これは提案でもお願いでもなく、文字通り命令なのだろう。


「出来ません。」

「何故だ?」


 質問を重ねるイアンさんの後ろで、騎士たちから怒気が漏れ出た。


「見せられる顔ではないのです。」


 変な嘘をついても、ほころびが出る。

 俺は簡潔な理由を述べた。

 嘘はついていない。嘘は。本当に顔は見せられないし。

 女性騎士の肩が少し揺れた。他の男性の騎士たちも少し動揺しているようだった。


「貴様はそういえば孤児だったな。よい、構わん。」

「ありがとうございます。」

 俺は深々と頭を下げる。


 よかった。ミスリードに引っかかってくれた。

 というか、やっぱり俺が孤児ということは知っているのか。


「だが、危険はないか確認はさせてもらう。」

 イアンさんが俺の顔の前に手をかざす。


 お面にイアンさんが操る魔力が降りかかった。探知魔法だろう。


「ふん。破損防止と自動修復の魔法、ついでに魔除けか。ストレガ元宮廷魔導士の弟子なだけあって、まともな付与魔法が出来るようだな。」

「ありがとうございます。」

 褒められたようなので、一応俺を言う。


「……ストレガ氏に都へお越しいただきたいのは、あの方がこの国になくてはならない方だからだ。この国で最も魔法を修めた方。その知識は国宝にも値する。王との約束で十年の猶予は与えられた。後は後進の育成に努めてもらいたい。」


 あまり多弁な人ではないのだろう。イアンさんの話す言葉は簡潔だ。


 俺は無言で考え込む。あのばばあ師匠がおとなしく人に教育など出来るだろうか。

 いや、出来ない。出来るのならば、今頃俺はここにシャティさんを連れてきている。

 俺は便宜上弟子という扱いをされているが、基礎を叩き込まれた後は放任である。時々俺が模擬戦を頼むことはあった。だが、俺が成長したと確信しなければあの人は手合わせしてくれなかった。弱いままの俺を相手に模擬戦をしたところで、自分の研究にならないからだ。

 質問しても、自分が興味のあるテーマしか教えてくれなかった。俺は話を伸ばすために、自分の出身世界の化学の話をたくさんした。

 あの師匠のことだ。俺の知識を元に新しい魔法の一つや二つは開発しているところだろう。

 「人から教えられた知識に何の意味があるんだい。自分で学びな。」とは、師匠がよく口にしていた言葉だ。


「どうかしたか、少年。」

 黙り込んだ俺にイアンさんが話しかける。


 隣でルビーが不安げに見つめてくる。


『大丈夫。』

 俺は神語で話しかけてイアンさんに向き合う。


「失礼を承知で申し上げます。」

「構わん。話せ。」

「師匠は、人にものを教えるような人ではありません。おそらく、それが王様相手であってもそうだと思います。」


 怒られるか、と思ったらそうではないらしい。

 イアンさんは眉間に手を当てて困った顔をした。

真顔以外で初めて見る表情だ。

他の鎧騎士の人たちからも緊張感が霧散した雰囲気を感じた。


「それを知ったうえで勧誘しに来たのだ。」

 ため息のようにイアンさんが言葉を吐き出す。


 あ、師匠ってやっぱり宮中でもここと同じだったのか。

 自分の魔法研究が一番。他のことは知らぬ、存ぜぬ。

 俺が住むまでは家もゴミ屋敷だった。食事も酷く不味いものだった。

 イアンさんたちの様子を見ると、変わらず振舞っていたことがわかる。


「どうしてわかってくださらないのですか!」


 師匠の家から女性の叫び声が聞こえたのは、丁度その時だった。

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