第28話 訪問者2
「どうしてわかってくださらないのですか!」
女性の叫び声が師匠の家から聞こえてきた。
「メイラ、姫様の様子を。」
イアンさんが命令すると、女性らしき鎧の騎士が頷いて家の方へ向かった。
やっぱりあの人、女性だったのか。
「貴様も帰路だったのだろう。家に戻るとよい。ただ、おいそれと下賤のものを姫様に謁見させるわけにはいかん。私もついていこう。」
「はい。」
「武装した者を姫様の前に連れて行くわけにはいかん。武器は取り上げる。亜空間リュックも一時的に預かる。よいな?」
「構いません。」
逆らえば即、死だろう。周囲の騎士たちからはそれをしかねないすごみがある。
後ろに回ったフルメイルの騎士が、俺の身体検査をする。
数種の感知魔法をかけられた。毒物を調べるものと、呪いを調べるものは分かった。
だが、いくつか知らない感知魔法もあった。変に解析すると怪しまれるから我慢する。
うう、知りたい。
身体検査が終わると、イアンさんが俺の前に立つ。
「貴様が今から謁見する御方のことを説明しておこう。」
「はい。」
「今、ストレガ元宮廷魔導士亭におわすのはエイブリー・エクセレイ第二王女様だ。外交に直接出向くことが出来る王族では一番高位であらせられる御方。無礼のないようにせよ。」
「わかりました。」
王族かぁ。予想はしていたけども、そりゃいるよね。まさか自分が関わることになるとは思わなかったけども。
俺はイアンさんと共に師匠の家に入る。ルビーも無言で帯同する。
「何度も申し上げているではありませんか!我が国にはマギサおばあ様が必要なのです!早急に
ドアを開けると、驚くほどの美少女が師匠に啖呵を切っていた。
森のエルフたちを見てきたから目が肥えたかと思っていたが、遜色ないほどの美少女である。
俺が元いた世界だったら、パパラッチがついて回るような王族になっていたことだろう。
長いウェーブのかかったピンクの髪に透き通ったような肌。宝石が散りばめられた豪奢だが品のいいヘアクリップで髪をまとめている。
今は興奮しているからか、頬がさくら色になっている。目の色は淡いさくら色で、猫のように丸い瞳をしている。
いいものを普段から食べているのだろう。顎のラインがシャープで、肌に艶がある。
「五月蠅いね、小娘が。わたしゃあんたの親父と約束したんだよ。隠居して自由に魔法の研究をさせてもらうと。」
マギサ師匠は面倒そうに返答する。
というか、エイブリー姫を見てすらいない。
調合している手元の薬を見ている。
「猶予は10年だったはずです!今日がその10年目ではありませんか!」
エイブリー姫は綺麗な顔を端正に歪ませて訴える。
「10年という約束は私が10年で寿命が来て、死ぬ予定だったから決めた数字だよ。」
「10年は10年です!約束通り来ていただかないと!」
師匠の背を見つめながら。姫は訴え続ける。
「様子は?」
「はっ。ずっとこの調子です。折れる気配もありません。」
イアンさんとメイラさんが、二人の言い合いを背景に連絡をとる。
メイラさんは鎧の兜を脱いでいた。
黒人のように見えるが、エジプシャンのようなエキゾチックさもある容姿だ。短く白い髪に、エメラルドの瞳が肌とのコントラストになっている。
「ただで連れて帰るのは無理のようだな。」
「私もそう思います。」
「よし。」
イアンさんがマギサ師匠に近づく。
「姫様。差し出がましいとは存じますが、ここは交渉役を私に代わっていただきたく存じます。」
「……イアン、頼みます。」
先ほどの熱弁がなかったかのように、姫の声が落ち着く。
なるほど、これが人の上に立つことが当たり前の人間の度量か。
切り替えが早い。
「マギサ様、交換条件だけでも提示いただけますか?」
イアンさんが切り出す。
「ないね。エクセレイ王国にある書物庫の魔導書は全て私が読み漁った。それどころか私が訂正した文献も多くある。この国の書物で私の解析が終わってないものはないよ。」
今更だけど、俺が今いる国の名前ってエクセレイ王国だったのか。
森暮らしが板につきすぎて考えてなかった。
俺が不勉強なだけじゃなく、師匠が何も教えてくれなかったというのもあるが。
「では、外国の書物はどうでしょう?」
「同盟国のジュンター国とハポン国かい? とっくの昔に解析したよ。ハポン国は体系化されてない魔法が多いから極めるには留学するしかないがね。」
齢を考えると留学なんて無理さね、と師匠が続ける。
「…………。」
イアンさんが黙り込む。
次の手がないのだろうか。
「では、研究費用を以前よりも増やしましょう。潤沢な資金と助手の提供。いかがでしょう?」
「金は貯えがあるからいらないね。助手も足りてる。」
その場にいる師匠以外の人間が俺を見つめる。イアンさんがしばらく俺を見つめて思案気な顔をしている。
おや、嫌な予感がしてきたぞ?
「————では、どうでしょう。お弟子さんに貴方の研究の続きをしていただく。エクセレイ王国の宮廷魔術研究室で、です。」
「……ふん。決めるのはそこの小僧さね。」
師匠が俺を一瞥して作業に戻る。
「イアン、ここは私が。」
「はっ。」
姫様が俺の前に出てくる。
「ぼく、初めまして。」
「……お初にお目にかかります。フィル・ストレガです。顔を隠し接することをご容赦ください。」
出来る限り、丁寧にお辞儀する。
日本とは違い、この国のお辞儀は腰ごと低くし、相手から目線を外さないことだ。確か、師匠が以前言っていた。
「まぁ、丁寧にありがとう。」
姫様の顔がほころぶ。
「私の名はエイブリー・エクセレイ。この国の第二皇女よ。よろしくね、小さなお弟子さん。」
姫様は彼女の配色に合わせたピンクのスカートを指でつまみ、優雅にお辞儀をする。
「よろしくお願い致します。」
俺が返答する横で、ルビーがむくれている。何故だ。
「今あった話の通りよ、フィル君。王国は力のある魔法使いが必要なの。君はまだ幼いけど、元宮廷魔導士のマギサ・ストレガおばあ様が認めた唯一の弟子。できれば私がいる王宮へ来てほしいの。」
猫のような瞳が俺を上からのぞき込む。
「申し訳ありませんが、私は師匠ほどの使い手ではありません。そして、師匠の研究を受け継いでいるわけでもありません。エイブリー姫殿下のご期待にそえる働きはできないでしょう。」
つらつらと俺は答える。
「マギサおばあ様。この子、本当に五歳なの?」
姫がマギサ師匠の方を向く。
「心配しなくていいよ。言葉使いが綺麗なだけで、中身はちゃんとガキさね。」
師匠は魔導書を開き始めた。
ばばあ師匠、会話から降りる気だな。
「私の研究はそいつのローブに魔法陣ごと練りこんである。今宮廷にいる連中で解析でもするがいいさ。」
師匠は眼鏡をかけ、目をこすりながら言う。
「本当ですか!? これが!?」
姫様が俺のローブの裾をつかむ。水をさらうかのような優雅な手つきだった。
後ろではイアンさんから微力の魔力を感じた。ローブを解析しているのだろう。
「うそ、どんな工程の妨害魔法を使ってあるの。全然わからない。でも情報量が膨大なことはわかる。魔素の編み込み方が本当繊細。魔法陣が二次元じゃなくて三次元構造で編み込んである? これでローブに内包できる情報量を増やしているのね。でも属性の種類が多すぎるわ。私が得意な水と金魔法だけじゃほとんど解析できない。なんとなく察することはできるけども。これってもしかして、並列化してる? しかも七属性全部? ということは個人で七属性全て使える魔法使いじゃないと解析できないってこと? おばあ様が広く深く魔法を研究していることは知っていたけども、裾野がここまで広いなんて。困ったわ、私の部下には多くても三属性使えるのが限界。実質、誰も解析できないってこと? いやでも、複数の魔法使いがパスを繋いで解析すれば可能性はあるかも。でもパスをどうやって繋ぐのかが課題ね。兄弟や双子、長年連れ添った夫婦や冒険者は可能と聞くけども。人材確保のために予算を確保しないと。最悪私のお小遣いを切り崩すしかない。いや、それでも厳しいわ。二属性以上魔法を使えてかつ複数の魔法使いを雇用するなんて、お金がいくらあっても足りないわ。」
ぶつぶつと姫様が呟く。
俺もこの世界にきて魔法というファンタジーに触れて、かなり好きになった。
だが、この姫様は俺の比じゃない。
かなりの魔法ジャンキーのようだった。
もしかしたら、師匠を連れ戻す役を自ら買って出たのではないだろうか。
「姫様。宮廷に持ち帰れば解析はいつでもできます。」
「はっ。そうね。」
イアンさんが、終わる気配のない姫様をたしなめる。
「ねぇ、君。」
猫みたいな瞳が、俺の方を向く。
ローブを見るために姫様が屈んでいたので、至近距離で見つめあう形になる。近くからのぞき込まれると、美人って何か怖いな。
「はい。」
「使える魔法の属性は、いくつ?」
ドキッとする。
師匠は何も言わないが、俺にローブを与えたということは俺に必要な時に解析しろということなのだろう。俺が今複数の属性魔法を使えるのは、おそらく師匠が意図的にそう教えたからだろう。何のことはない。師匠も人なのだ。自分が追及した研究を後世に残したいのだろう。
そして、エイブリー姫はローブを見ただけでそれを察している。
俺はちらりと師匠を伺った。
師匠を本に目を落としたまま、小さく頷いた。
「——三属性です。」
本当は四属性だけど、とっさに嘘をついた。
「まぁ。」
姫様の顔がほころぶ。髪の色も相まって、華が開いたかのような笑顔だ。
「ほう。」
「……天才?」
後ろでイアンさんとメイラさんも驚いているようだった。
カイムも驚いていたけど、やっぱり多いのか。何となく察してはいたけども。
師匠は意図的にそれがすごいことを教えていなかったように感じる。「私が出来るからお前も出来るだろう。」の精神だったのではないだろうか。
「まぁ。まぁまぁまぁ!5歳児で三属性!? 素晴らしいわ!マギサおばあ様は私を含めて誰も弟子をとらなかったのに、貴方だけはとった!その理由がわかったわ!こんな原石、磨かざるを得ないわ!」
口を開くたびに、姫様が上機嫌になる。
性根の綺麗な人だ、と感じた。
日本人に比べると成熟して見えるが、おそらくこの人はハイティーンですらないだろう。
自分の弟子入りを断った人が受け入れた人物。先ほど自分で使える魔法は二属性だと言っていた。それに対して俺は三属性。
普通は嫉妬や羨望が先に来るはずだ。
しかし、彼女は先に称賛した。俺にはできないことだ。
「嬉しいわ、こんな原石に会えて!これだから魔法はやめられないのよ!」
姫様は俺を小脇に抱える。
え?
「マギサおばあ様!本当に感謝します!こんな子を見つけてくれて。では失礼いたしますわ!」
笑顔でそのまま歩き始める姫様。
え?
「二度と来るんじゃないよ。」
送り出す師匠。
え?え?
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺が待ったをかけたのは、姫様がドアの取っ手を握った時だった。
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