第145話 教会へ行く無神論者

「何て? 回復役ヒーラーば雇いたかと?」


 そう南部なまりで答えたのは、我らが学園長シュレちゃん先生である。

 俺がこの学園に来たばかりの頃はクラスでも一番背が高かったのだが、最近は一番小さくなってしまった。アルにも最近抜かれてしまい、とても悲しい思いをしている。

 なので、自分より少し小柄なシュレちゃん先生を見ると謎の安心感がある。


「はい。先のクエストで痛感しました。うちのパーティーには役割担当が足りません。現状、斥候と回復役とタンクがいません。斥候は何とかなります。タンクも、瑠璃がしてくれることになりました。ですが、回復役だけはどうにもならないんです。専門性のない俺の回復魔法やフェリのポーションだと限界があります。」


 師匠のポーションという虎の子があるにはあるが、これは常に手元にはないものとして扱った方がいいだろう。ジョーカーは手元に常に一枚あるからこそジョーカーたりえるのだ。


「下手な回復役よっかは、お主の腕の方がいいばってんがのう。」

「知識も含めての専門家が欲しいですね。俺は回復魔法以外にも、学ぶことが多すぎる。」


 この世界の常識とか。


「わいちゃ~。お主の回復魔法以上の腕とフェリファンのポーション以上の回復魔法の使い手となると、限られるばい。教会に行くしかなかね。」

「教会、ですか。」


 神父やシスターが多く所属する組織だ。この国が信仰する神はテラと呼ばれている。シンプルに、この星の名前だ。自然崇拝から始まり、自然そのものをそのまま神と置き換えた宗教。

 この世界で最もスタンダードな宗教と言えるだろう。

 星そのものの名前ということもあり、足元の神様と呼称されることもある。なので、この世界の熱心な宗教家は足をとても清潔にしている。神様に触れる体の部位だからだ。


「教会に行けば、人材がいるんですか。」

「フィル君たちみたいな人材がその辺に転がってるわけなかろうもん。教会でも限られた人材しかおらんね。フィル君は自分の立場が上がっていることを自覚すべきたいね。A級やよ? 都にも数えるくらいしかおらんとやけんね?」

「はぁ。」


 そうは言われても、ウォバルさんやロットンさん、ルークさんやナミルさん。その希少な人材とやらによく出会っているので、ピンとこない。


「それと、回復役を探していることはパーティーメンバーに話してあると?」

「いえ、話してません。」

「何でね?」

「いえ、嫌な予感がするので。」

「そういう時、単独行動するのはフィル君の悪い所やと思うばい。」

 シュレちゃん先生がジト目で見上げてくる。


「どうせ綺麗目の年上のシスターでも引っかけて保護者2人に怒られるんじゃなかと?」

「俺が年上の女性ばかり引っかけてるみたいな物言いですね。」

「違うと?」

「違います。」


 シュレちゃん先生が肩をすくめる。

 おのれ。


「次のメンバーくらいは男性にしますよ。男女比のバランスが悪いんです。俺の居心地が悪い。瑠璃も女の子だし。」

「なんや、苦労してるんやね。」

「本当ですよ。」


 うちの女性陣はコントロールが難しい。俺の味方に付いてくれる人を1人見つけて、出来れば人数比を常時1対1以上にもっていきたい。


「ただ、それは難しいかもよ?」

「どうしてです?」

「この国は変わりつつあるが、まだまだ女性は出世しづらい環境たい。私は結構例外的な存在とよ?」

「存じてます。」


 先の大戦の活躍が認められた、と聞いている。シュレちゃん先生の活躍は、マギサ師匠やS級のエイダン・ワイアットを除けばトップレベルだったらしい。


「そいでな、教会も例にもれず男性の方が出世しやすい。フィル君が望む男性の人材は、簡単に放棄できない立場まで昇進してる人間がほとんどやと思うよ? 最低でも司教以上やね。」

「うへぇ。」


 シュレちゃん先生からもたらされた情報に、思わず変な声が出た。

 社会的に立場が固まった人をヘッドハンティングする。俺はそういった人材に、交換条件を提示できるのだろうか。




 週末になると、すぐに動き出した。教会へ出向くのだ。百聞は一見に如かず、百見は一行に如かず。まずは教会という組織の実物を見るべきである。

 隣には瑠璃。トウツやフェリはお留守番。パーティーメンバーの誰かと行動しなければいけないという盟約を守ると考えると、どうしても瑠璃を優先することになる。

 仕様がないよね。場合によっては敵に回るトウツやフェリが悪い。


 学園での最近の生活は相も変わらずである。学んで、鍛える。その繰り返し。子どもたちはその繰り返しの毎日の中で、新しい発見を次々としている。大人になったとはいえ、まだ自分は若いと思っていた。だがこうも吸収力の違いを見せられると、自分も歳をとっているのだと実感してしまう。もっと若い感性を残さなければ。感動する心を失ってはいけない。そういった焦りというものが心の底から湧き上がってくる。


 そうそう。

 アルが魔法を使い始めた。

 死霊高位騎士リビングパラディンとの一戦を経験して、アルは自信を取り戻しつつある。今は教師か俺がそばにいるという条件付きで魔力を毎日練っている。並の魔法使いが魔力を練る様は小川のせせらぎを想起させるが、アルは桁違いだった。災害時の津波である。それほどの膨大な魔力が渦を巻いていて、これは確かに暴走したらリラ先生でも腕の一本は覚悟するだろうということは想像に難くなかった。

 魔力を練るアルは楽しそうだ。瞳がキラキラしていて眩しい。人柄だけで人を動かせる人物というものを、前世ではほんの数人出会ったことがある。アルは間違いなくそれだろう。一緒にいるだけで居心地のいい人間である。そういった人柄も含めて、アルは勇者候補なのだろう。


 などとつらつら考えながら歩いていると、教会に着いた。

 練磨された光沢のある大理石と白いコンクリートで作られた建物だ。俺がいた世界の現代的なコンクリートとは違い、石灰岩の白が濃く残っている。この世界のシンボリックな建物はどれも魔法が使われており、教会も例外ではない。

 四方を囲む柵が宙に浮いていた。教会の真上にあるサークルアンドクロスのレリーフも宙に浮いていた。なんだこのエキセントリックな見た目。何か意味があるのだろうか。

 魔力視の魔眼マギ・ヴァデーレで注視すると、そのまま防御魔法として成立していることがわかる。魔を払い、敵影があれば宙に浮いている柵が槍として襲い掛かる。

 慈悲と救いの施設であるはずなのに、ガッチガチの戦闘要塞である。


「えげえつねぇ構造してやがる。」

「おや、ここの防衛魔法がわかるのですか?」


 独り言をしていると、一人の神父が話しかけてきた。好々爺という言葉がぴったりと当てはまる、白髪の老人だ。背骨が曲がっているが、表情は若々しく明るい。


「すいません、ぶしつけに見て。」

「いえいえ。貴方は——小人族ハーフリングで赤茶けたローブに黒髪。翡翠のような目。もしや、フィル・ストレガ氏では?」

「あ、はい。そうです。」

「これはこれは。今日は何の御用でしょうか?」

「パーティーに回復役ヒーラーが欲しいんです。アポなしで来てしまい、申し訳ありません。」

「いえ、構いませんよ。むしろ歓迎いたしますとも。伝説の宮廷魔導士の弟子のパーティーに私らの教会からメンバーが入る。こんなほまれはありません。」

 老人が顔中のしわをくしゃっと緩めて笑う。


「ありがとうございます。」

「いえいえ。それではようこそ、テラ教総本山、オラシュタット教会へ。」


 宙に浮いている柵が、歓迎しているように円形に広がる。

 俺は老人の神父と瑠璃と一緒に、柵の下を通って教会へ入っていった。

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