第336話 魔軍交戦33 ロプスタンの奮闘

土柱形成サンドメイクピラー!」


 コリトフの着地点に、ロプスタンが足場を作る。片足でクラウチングスタートを切ったコリトフは、一瞬で距離を詰めて獅子族のスィンの顎を上腕でかちあげる。


「あっが!?」


 スィンがたたらを踏んで後退するが、即座に持ち直す。


「ネコ科がルーツなのに、顎も鍛えてるのかよ!?」

「当たり前だ。弱点は克服するもの。獅子族の掟である」


 顎に滴る血を拭い、スィンがジリジリと距離を詰める。

 コリトフは竜人だ。普人族に比べれば頑丈だが、獅子族ほどではない。捕まったら終わる。爪か牙により、バラバラにされるだろう。それをロプスタンが補う。コリトフが動きやすい足場を作りつつ、後退するときには両者の間に壁を作る。

 ヒットアンドアウェイが成功し、スィンへダメージを与えることはできている。

 だが、火力は足りない。


「狙うべきは、そっちだったか」


 ぐるりと、スィンがロプスタンの方を見る。


「やっぱそうなるよな!」


 身体強化ストレングスをかけて下がる。それに追い縋るスィン。


「させるかよ」


 コリトフのハイキックがスィンの頭部を狙う。

 後ろに目があるかのように、スィンはコリトフの足を掴んだ。ミシミシと音を立て、アキレス腱が握り潰される。


「あ、が!」


「後衛が狙われる瞬間に、隙ができると思っていたわ。たったの2人で冒険者のような連携ができるわけがないだろう」

「つかま、えたぁ!」


 足を握りつぶされながら、両腕で肩から反対の腰にかけて斜めに抱きつく。さらに尻尾を両太ももに絡ませて、足を封じる。


「ぬ!?」

円錐岩突ハードロックランス!」


 ロプスタンが突っ込む。

 ほとんどの魔力を岩の槍に注ぎ込み、スィンの脇腹に突き刺す。

 フィルの螺旋突貫ドリルライナーを自分流にリメイクした魔法である。


「が、あぁぁああ!?」


 ロプスタンの手元に、骨を砕き肉を割く感触が返ってくる。並外れた身体強化ストレングスを貫通してからは、面白いほど簡単に肉体を貫いた。


「いってぇ!」


 反動を受けて、スィンと共にコリトフが吹っ飛ぶ。


「大丈夫か!コリトフ!」

「坊っちゃん!残心を!」


 ロプスタンの顔前を、獅子の爪が通り過ぎる。前髪を風圧で切り裂かれる。額が切れ、血が流れる。

 視界を真っ赤にさせながら、リプスタンは慌てて下がる。

 コリトフの忠告がなければ、頭が飛んでいた。


「がふっ。かはっ」


 スィンが血を吐き出しながら、立ち上がる。


「胴体が千切れてるのに、立ってる」

「ヤベェ種族だな、本当に」


 スィンはほぼ死に体である。

 それだというのに、追い詰めているはずのロプスタンとコリトフが焦っている。

 感じているのだ。手負いの獣ほど厄介なものはない。何故ならば、彼らには後がない。後がないからこそ、先のことを考えずに自暴自棄な戦いが許される。この男は、もう命を諦めているだろう。

 つまり、次来る攻撃は命をかけてくる。


 加えて、2人はスィンを囲む形で位置取りしている。

 これは2人が前衛である場合は有利な陣形である。挟み撃ちができる。


 だが、先ほどまでロプスタンがコリトフに援護魔法をかけながら戦っていた。もう一度コリトフに援護魔法をかけようにも、中継地点にスィンがいる。ロプスタンが魔法を使う瞬間にスィンが魔法を使えば、魔素の奪い合いになる。そうなれば、魔法は阻害し合う。フィルやマギサのように陣取りゲームを恐ろしく得意としているならば話は別だが、ロプスタンはまともにコリトフへ援護魔法を放てないだろう。


 白兵戦は後衛魔法使いには不利。


 そう言われるのはこれが原因である。

 あらゆる地点、あらゆる方向への魔法が飛び交う場所では、意図せぬ形で魔素を取られ魔法がキャンセルされるのだ。

 だからこそ、障害物を土魔法で形成して各個撃破する形をとった。竜人の援護魔法が機能しやすいように。


 コリトフは速いが、タイマンでスィンに勝てるほどの頑強さはない。

 ロプスタンはほとんどの魔力を先ほどの一撃につぎ込んだ。ポーションを飲めば回復するが、その猶予を許してくれる相手ではない。


「そうか。そちらの皇子は後衛特化ではなかったか。まだ無意識に低く見ていたようだ。そっちの健脚ではなく、お前が鉾であったか」

 スィンが血を吐きながら呟く。


 ロプスタンは身を固める。

 この男は次に、自分を狙う。足が速いコリトフ。多くの竜人をバックアップできる魔法を持つ自分。こっちを狙った方が、この後の戦況が好転する。この獅子族はそう判断したのだろう。


「こっち見ろや」


 ロプスタンの方を見ていたスィンに、コリトフが突っ込んだ。


「馬鹿!」

 叫びながらロプスタンが魔力を練る。


 コリトフは片足が使い物にならない。上腕で地面を弾き、弾丸のように低いタックルを敢行した。スィンはそれを受け止め、上からの肘打ちと下からの膝蹴りで胴を潰す。


「あ、が」

「ぐ」


 胴体が潰れたコリトフが血を吐き出す。スィンもまた、自身の腹筋がブチブチと千切れる嫌な音を体内から聞いた。


「コリトォフ!」


 ロプスタンが湾曲刀を取り出し、スィンの首を斬りつける。

 が、スィンの身体強化ストレングスを貫くことができない。首の筋肉だけで刃が押し返される。スィンは命を燃やしながら防御している。ロプスタンは魔力が残り少ない。


「大人しく斬られとけ」


 スィンの首横を竜鱗の腕が通った。ロプスタンの湾曲刀の刀身を掴み、胸へと引き寄せる。薄皮一枚、刃が首に沈む。


「貴様!死に損ないが!」

「お前もな!」


 スィンが刀を掴み、押し返そうとする。手のひらが骨ごと切断されるが、構いなしに押し返す。

 ロプスタンが残りの魔力を注ぎ込む。


「あぁああああ!」

「ぬぅうううぅおああ!」

「いけぇええええ!」


 三人の叫び声に呼応して、周囲の砂地を震わせる。

 じわじわと刀身がスィンの首に沈み込み、動脈を斬る。血が吹き出す。それでもスィンは止まらない。死ぬ直前まで、ロプスタンとコリトフを道連れにしようと足掻く。


 スィンの腕が脱力した。

 首が胴から離れ、地面を転がる。ロプスタンとコリトフが倒れ込む。


「げほッ。がっは! 1人倒すだけでもこれですかい。獅子族はおっかねぇですね」

「コリトフ!お前!」


 ロプスタンが這って駆け寄る。

 すぐにコリトフの状態を確認するが、足がだらりと脱力している。肘と膝打ちをくらった瞬間に、背骨が潰れたのだ。下半身は機能を失っている。最後にスィンの首を引っ張る時は、上半身のみの力で加勢していたのだ。


「待ってろ!ポーションを!」


 懐から瓶を取り出そうとするロプスタンの手を、コリトフが抑える。


「坊っちゃん、わかっているはずです。そのポーションじゃあ、俺の潰れた胴は治せません」


 ロプスタンは歯噛みする。

 そんなことはわかっているのだ。それでも、治さずにはいられない。足は使い物にならないだろう。ポーションを使えば、生き延びることはできるのだ。


「俺の治療に人員を割くわけにはいきません。そのポーションは、使うことで戦線復帰できるやつに残しておくべきだ。坊っちゃんは他の兵士とすぐに合流して、自身の安全の確保をすべきです」

「お前を見捨ててか!?」

「あんたは皇族だろうが!」


 叫ぶロプスタンに、コリトフが怒鳴り返す。


「俺は土地を!国土を奪われる瞬間を見てきたんだよ!見捨ててきたんだよ!みんなが殺されるのを!その上、皇族の身を守ることすらさせてくれないのか!? 頼むよ、生き延びてくれよ!俺のために生き延びてくれよ!国のためにこれくらいさせてくれよ!そうじゃないと、心が壊れちまいそうだ!俺を見捨ててくれよ!俺がそうしたように!」


 吐血して、コリトフが咳き込む。


 ロプスタンは黙って、ポーションを振りかける。


「ふっざけんな!」

「コリトフ!」


 苦悶の声をあげるコリトフに、ロプスタンが顔を近づける。


「獅子族を全員退けたら、迎えにくる」


 ロプスタンは、脇の下に手を伸ばしコリトフを持ち上げる。

 引きずりながら、言葉をつむぐ。


「俺の友達なら、こうしたはずだ。俺もこうする。俺は皇族だ。誰一人、臣民が目の前で死ぬことは許さない。足がなくなっても、お前はレギアに必要だ。生き残ってもらうぞ。お前は俺に恨みごとを言いながら、レギアのためにこれからも働くんだ。どうだ、怖いだろう?」


 建物の死角に、コリトフを横たえる。


「最悪っすね、それ」

 コリトフが、仕様が無さそうに笑う。


「ここはお前の死地じゃないよ。俺がそうさせない」

「坊っちゃん」

「?」

「ご武運を」


 ロプスタンが笑う。

 魔力回復ポーションを一気にあおる。ドーピングでは、魔力が全て回復することはない。疲労は確実に嵩んでいくのだ。それでも、ロプスタンは歩みを止めない。

 同胞がまだ戦っている。

 それならば、自分も戦地に足を運び続けるのだ。

 それが、レギアの皇族のあり方なのだから。


「かっこいいにゃん」

「シーヤさん」


 いつの間にか、すぐそばに猫人族のギルドマスターがいた。

 各兵士は、戦闘を終わらせたらドラキンやロプスタンのところへ足を運ぶよう指令を出されている。シーヤはレギアの部外者であるが、エクセレイとレギアの外交を考え、忠実にめいを守ったのだ。


「流石フィル君の同級生にゃん。肝が据わってるにゃ」

「シーヤさんは、俺たちよりも先にフィルに会ったんでしたっけ」

「そうにゃ」

「戦いが終わったら、聞かせてくださいよ。小さい頃のフィルの話」

「お安い御用にゃ」


 シーヤが尻尾をピンと伸ばす。


「それとシーヤさん。俺はかっこよくなんて、ない」

「どうしてにゃ?」

「あいつ、先に触れた方を道連れにするつもりだった」


 ロプスタンは、つい先ほど殺し合いをしたスィンの目を思い出す。

 最後まで戦士として、1人でも多く殺そうとした決意の目。


「俺は動けなかった。自分の命が惜しかった。コリトフは動いた。多分、先に俺が動けば、俺がああなっていました」

「……コリトフは戦士として正しいにゃ。仕えるべき主君よりも先に、自分の体を敵へ差し出した。そしてお前も正しいにゃ。皇族は生き延びることも仕事にゃ」

「だから皇族は嫌なんですよ。早く戦いを終わらせて、学園で過ごしたい」


 身分も階級も関係ない、あの場所へ。

 つい最近まで過ごしていたのに、ロプスタンには学園での日々が昔のことのように思えた。


「この戦争、勝ちますよ。コリトフのためにも」

「当たり前にゃん。勝って、またクソみたいなギルドマスターの仕事に戻るにゃん」

「勝ってもクソみたいな生活なんすね」


 ロプスタンは、小さく笑った。







「やはり、自動命令オートオーダーでは、できることに限界があるか」


 戦況を外壁の上から除いた魔王が呟いた。

 北西のキリファ。西のライコネンと獅子属。南のトト。

 四天王と自身の近衛を中心とした主戦力は、その猛威を順当に振るっている。

 だが、数だけ集めた魔物たちは冒険者や騎士たちの連携に無力化されている。敵の戦力を分散させるだけでも役立っているが、魔王にとっては好ましい状況ではない。

 もっと着実な勝利を。

 彼はそう望んでいる。


「敵の雑兵の練度が妙に高い。指揮系統が整いすぎている。やはり、第二王女をもっと早く殺すべきだったか」


 トトを通じて、こちらの傀儡にしていた近衛騎士には命令していた。第二王女を優先して殺せと。確か、名前はドルヴァ。

 しかしそれは叶わなかった。


 あの王女は、この戦いが始まるまでに汚職貴族をほぼ全て殺して回っていた。その中には、自分の息がかかっている貴族も少なからずいた。どんな殺し屋を雇ったかは知らないが、国内の誰にもバレずにやってのけた。


 普通の王族がすることではない。


 戦場において最も脅威とするところは、有能な敵ではなく無能な味方である。ことそれが貴族であると、権力があるだけに命令系統に噛んでくることになる。それを全て、前もって潰していた。

 敵の連携が取れているのは、それが要因だろう。

 統率が取れているのはこちらも同じ。だが、魔物やゾンビには知能がない。その差で数の優位を潰されている。

 魔王は冷静に戦況を眺める。


「戦が始まってしまったからには、第二王女は優先して狩るべき敵ではない。あれは単体では無力な王族だ」


 魔王は下を睥睨する。


 壁内へ侵入した魔物で、広い範囲を攻撃しているのは数種類の魔物のみだ。足の速いバトルウルフやタラント。そして数が多いタイラントアントだ。

 速度が遅いオークやオーガは、これから乗り込むだろう。大型の魔物が大量に参戦すれば、戦況はこちらへ傾くはずである。


「思った以上に魔女の帽子ウィッチハットの侵攻が遅い。トトめ、自分の手駒を出し渋っているな。まぁ、よい」


 あれはあれで、自身が出張って南の戦力を一手に引き受けている。期待している仕事はきっちりこなしている。


「ストレガの元へ行く前に、少々細工をしてやろう」


 魔王がタイラントアントと、鉄竜への指令を自動オートから手動リモートへ切り替える。


 鉄竜が編隊を組み、単純な軌道から不規則な飛行を始める。都の鳥人族の冒険者や、ペガサスライダー達がそれに混乱して打ち落とされていく。

 一方、タイラントアントは規則的な行進を始める。

 近づいた人間を無作為に襲うのではなく、同じ目的をもち動き始める。その行進は地獄を作り出す。蟻地獄という、渦の形をした地獄を。


「こんなものか。くだらない細工だが、ないよりはマシだろう」


 航空戦力を一気に押し返す様を眺めながら、彼は呟く。

 そして歩き出す。

 東へ。

 獅子と老魔女が戦う場所へ。







地獄の行進ヘルアントミルだ!」


 冒険者が叫んだ。


 周囲の騎士たちが何事かと彼に言いよる。


「な、何だそれは!?」

「温室育ちの騎士様はそんなことも知らないのかよ!あれを見ろ!」


 冒険者の男が指さす先には、行進するタイラントアント。直進ではない。少しずつカーブし、円を描いている。その直径は2キロ近くにわたる。


「ただ歩いているだけではないか」

「馬鹿いうな!止まらないんだよ、あれは!タイラントアントが死ぬまで、決して止まらねぇんだよ!」

「なっ!?」


 地獄の行進ヘルアントミル

 本来は人為的ではなく、自然発生するタイラントアントの不可思議な行動である。タイラントアントは仲間の臭いを辿って行進する。先導するアリが獲物を発見したとき、後続へ伝えるために臭いを残す。その時に、先導がミスをして円形に臭いを残すことで、このエラーは発生する。障害物である小高い丘などを避けたときに、間違って円形に歩いてしまうなどして起こる現象である。

 そして死ぬまで円形に行進し続けるのだ。

 目的地ゴールのない臭いをたどり続け、餓死するまで行進し続ける。


 その地獄の行進には、運悪く近くにいた冒険者や魔物、野生動物たちを道連れにする。

 タイラントアントが避けた小高い丘。そこにいる生き物はタイラントアントの渦に取り込まれてしまい、決して出ることはできない。何故ならば、体の構造が単純なタイラントアントは、人間や他の魔物よりも行動時間が長い。彼らが餓死するよりも先に、渦の中にいる人間や魔物、動物たちが餓死するのだ。

 逃げる方法はただ一つ。

 無数にいるアリを殺し尽くして、強行突破するのみ。

 だが、数が多すぎる。ほとんどの冒険者は突破する前に魔力が尽き、アリたちに踏み潰されて死にゆくのだ。


 地獄の行進ヘルアントミルに出会った時は、餓死か誇り高き戦死を選べ。

 冒険者であれば、一度は聞く言い伝えである。


「どうするのだ!」

「あんたらが突っ込んで、円の中にいる連中を助けてあげるかい?」


 冒険者が親指で蟻地獄の中心を指す。

 騎士たちがたじろぐ。

 タイラントアントは、単体であれば倒すのは容易い魔物だ。何故ならば、知能が低いからだ。だが、体が大きく数が多い。それがあれだけ規則だった動きをしている。まともに相手しようとは思わない。普通であれば。


「……雷撃隊の出動を要請しよう」

「頼む」


 騎士が絞り出した結論は、シャティ・オスカ率いる雷撃隊の要請。

 妥当な案だろう。

 だが、冒険者たちはその提案に絶望する。

 何故ならば、おそらく雷撃隊が地獄の行進ヘルアントミルを優先して出動する可能性は極めて低いからだ。

 彼らはもうしばらくしたら、魔力が回復し切る頃だ。

 そして王族が彼らに次に命じることは、おそらく「西の獅子」か「北西の金魔法使い」か「南の屍の王」への攻撃だろう。タイラントアントという、単体では討伐レベルの低い魔物に使うには、余りにも勿体無い。王族はそう考えるだろう。

 つまり、今彼らにできることはない。

 渦の中心に囲まれてしまった冒険者や傭兵、騎士たちは見殺しだ。


「最悪だ。畜生」


 冒険者が地面を拳で叩く。

 騎士たちもまた、同僚が渦に巻き込まれて死ぬのを眺めているほかなかった。

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