第346話 魔軍交戦43 vs死霊高位騎士3

全て飲み込む蒼オリハルコンフリュウ


 アルケリオの4発目の斬撃が飛び出した。

 攻撃モーションを既に見切っているのか、死霊高位騎士リビングパラディンは最小限の動きでかわされる。


「肘の動きで反応されている気がする。もっと振りをコンパクトにしないと。フィルは、トウツさんは? ロットンさんはどうしていた? 手先だ。肘よりも先に剣先を。そうすれば振りは軽くなる」


 ぶつぶつ呟くアルケリオが、凄まじい速度で再度魔力を練り上げる。

 それを横目で見るシュレは焦っていた。

 撤退戦は難航していた。逃げる側の人間は、敵に背を向けなければならない。通常の戦いとは違う戦闘スキルが要求されるのだ。それが、経験の浅いアルケリオに負担がかかる結果となった。

 普通に戦うよりも、アルケリオの消耗が早くなっている。

 この少年の保有魔力はとてつもない。

 だが有限だ。

 自陣に逃げ込むのが先か。鎧騎士に絡めとられるのが先か。時間との勝負になっていた。

 そしてその原因となっているのは。


「足引っ張ってんのはわしだな。置いてけ」

 ザナが言い放った。


「出来ません!」


 ザナがそう言うことを、何となく見越していたのだろう。アルケリオが大声で即答する。


「何いってんだ坊主。撤退が遅れているのは、足が遅い儂のせいだ。置いてけ。お前、最近冒険者登録したんだろう? だったら不文律くらい守れ」

「不文のルールなら、破っていいはずです!」


 言い争いながら、アルケリオが足を止める。

 今度はコンパクトに剣を振るう。それは限りなくフィルの居合いに近づいていた。この場にフィルがいたら、「俺は5年かかったのに!?」と文句を言うところだろう。

 反応が遅れた鎧騎士に斬撃が触れるが、体を捻り、呪いを斬撃にぶつけて相殺する。


「もっと速く振れる。もっともっと。速く、矢継ぎ早に、息をすることも忘れて、一心に」


 居合いの角度が多彩に広がった。

 横一文字。袈裟切り。下からの斬り上げ。振った剣を返し、2連の斬撃。

 シュレは驚愕する。肉体強化と武器強化の魔法の連動率が上がり続け、限りなく一つの魔法へと近づいている。

 真剣一体。

 彼が聖剣と呼ばれる領域に秒速で踏み込んでいく様を、まざまざと見せられている。

 が、彼の成長速度でも、この戦いには間に合わない。

 エクセレイ建国時にも、このレベルの剣豪はいたのだろう。鎧騎士は適応して剣を返し始めた。


「何やっとるんじゃ阿呆!逃げるのを優先せい!」

「全員で帰ります!」

「君の魔力の方が先に尽きるぞ!」

「構いません!」


 シュレは歯噛みする。

 魔王軍がこの国へ来るのが、あと3年遅ければ。

 彼は間違いなくマギサやルーク以外の切り札として、使える戦士になっていたはずだというのに。


「このままじゃあ、全員行き倒れたい!うちとザナおじを置いて逃げんさい!」

「そうだ!置いていけ小僧!」

「フィルが来ます!」

「はぁ!?」


 アルケリオが歯を食いしばり、鍔迫り合いしていた死霊高位騎士を押し返す。

 バネ仕掛けの人形のように、鎧騎士が弾む。


「フィルはいつでも僕たちを助けてくれたんです!初めてこの人と会った時だって!いつでも!今日だってきっとそうだ!だから僕はフィルを信じて、ここを抑えるんです!それが僕の覚悟です!」


 フィル・ストレガは来ないだろう。

 彼が投入されるとしたら、西の激戦区だ。もしくは、最後まで温存するはず。戦闘が始まった時点では、需要な拠点とされていなかった北へ彼が参加する可能性は薄い。

 シュレもザナもそう考えている。

 が、一瞬を奪い合う戦闘を演じる中で彼を説得する言葉を見つけることができない。


「学長!もうちょい従順に育てるべきだったんじゃねぇか!?」

「うちの校風は自主性を重んじとるけんね!」

「生き死にに校風も糞もあるかボケェ!」


 ザナが放った矢は空をきる。ショートレンジですら完全に見切られている。


「お前みたいな死霊がいるか!昔の騎士はみんなこんなバケモンだったのかよ!?」


 正確には、この死霊高位騎士のみが特別である。

 初代の王を最も近い位置で守り続けた人物。自然と当時の騎士の中では、踏んだ場数が段違いに多くなっている。恐ろしいほど戦争慣れしている。

 その忠義と任務遂行への執着。不死鳥フェニックスに寵愛された所以である。呪いとも言えるかもしれないが。


「おい学長」

「わーっとるよ!」


 二人の決断は早かった。

 この博愛主義の少年に最期まで付き合うこと。もし失敗したとしても、シュレかザナのどちらかが殿しんがりになり逃せば良い。それでどちらかが死んだとして、それは彼にとって良い経験になるはずだ。

 彼の才能は間違いない。

 ないものは経験。成功体験。そして失敗体験だ。

 それを今積めば良い。


 中央部へ逃げて援軍に来てもらうことを考えていたが、逆に援軍が中央から来ることに期待して継戦していく。

 おそらく来ないだろうが。


「アル君!」

「はい!」

「うちが前衛!君は一歩下がる!ザナ!距離7を維持!」

「はい!」「おうよ!」


 シュレが前進する。アルが一歩後退する。

 その隙間。

 間隙を縫って、鎧騎士が割って入り加速した。


「え!?」

「な!?」


 慌てるが、二人はすぐに敵の狙いを察した。

 ザナだ。

 敵は後衛を潰そうとしている。


「ザナさん!」

「させるか阿呆!」


 アルケリオとシュレが慌てて追いすがろうとした瞬間、鎧騎士が振り向きざまに呪剣を振るった。

 シュレは反応できた。アルケリオは間に合わなかった。

 戦闘にはマルチタスクが要求される。彼は思考のリソースを「ザナを救うこと」に割きすぎたのだ。


「くっ!」


 剣が弾ける音がする。

 防御が間に合ったのだ。

 判断の遅さを才能と反射神経でカバーしきったのだ。

 だが、鎧騎士にとってはそれで十分。


 アルケリオが膝をつくのにゼロコンマ一秒もなかった。シュレがアルケリオを助けるために、迷わず足を止める判断をする。彼女のつま先が。膝が。大幹がアルケリオに向いた瞬間。


 死霊高位騎士リビングパラディンはザナの懐に飛び込んでいた。


「糞最悪じゃわい」


 ザナがボウガンを向けるが、銃身を横一文字に切断される。ボウガンごと、指が切断される。

 ザナは自身の命がここで尽きることを瞬時に確信した。呪いが恐ろしい速度で身体に浸透していくことを感じる。

 ならば。


「死ぬんなら、派手に花火上げにゃあな」


 指のない拳にありったけの魔力を込める。どうせ死ぬのだ。次の瞬間、指一本動かせなくてもいいくらいに。

 死霊高位騎士はあっさりと、それをスウェーしてかわす。


「お前そこは、食らっとくところだろうに」


 老獪な寮長が膝をつく。

 鎧騎士は、アルケリオとシュレの方を向く。

 この老人は終わりだ。そう確信したのだろう。


「おじいちゃん。テラ神へ御見通しするにはまだ早いですよ。もっと学園のために死ぬまで働いてください」


 真っ黒なスーツの男が、いつの間にかそこにいた。

 男がザナの肘から先を、躊躇なく切断する。地面にザナの腕が落ちる。行き場を失った呪いが、腕の断面から血と共に噴き出る。


「いってぇ!? おい管理職!下々の扱いがなっちゃいねぇんじゃねぇか!?」

「それだけ元気なら、あと二十年は寮長できそうですね」


 そう言って、フィンサーが笑った。

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