第347話 魔軍交戦44 南部戦線
「アンプルールと魔王様が動き始めましたカ」
トト・ロア・ハーテンは、聖女ファナやラクタリン枢機卿の攻撃を捌きながら呟いた。
「ワタシに運気が向いていますねェ。聖女、恐るるに足らズ。いい感じにヴィリコラカスが体力を削ってくれまシタ」
太平然といった様子でトトが構えている間も、ファナは苛烈に攻撃をしていた。十字架と銀のリングによる波状攻撃。そして聖火。
それらの攻撃は有効ではあるが、決定打にはならない。
単純に、トトの質量が大きすぎるのだ。
「面倒ですわっ!天に滅しなさいな!テラ神も望んでおられますわ!」
「ハーハハハ!面白いことを言いますネ!セイントジョークですカ!? ワタシが何不自由なく現世でこうやって
トトの首にまとわりつくヘドロが伸びて、装飾された骸骨がファナの目の前に現れた。
「神などいないからデスよ」
「近づきましたわね」
十字架の角がジェット噴射した。
ここまでファナは十字架のハンドルを握り、腕力で振り回していた。トトは腕の振りを見極め、攻撃範囲の外からヘドロで持久戦をけしかけていたのだ。
不意を衝く大振りの一撃。
「おっと」
髑髏がヘドロと化して弾ける。
「またですのね!?」
ファナが地団駄を踏む。
トトは本体を巧妙に隠している。おそらく地上に現れて戦っている骸骨は
「本体はどこだ!?」
ラクタリン枢機卿が叫ぶ。
「オヤ、バレていましたカ。まァ、カラクリが解けたことで、出来ルことはたかが知れ————ン?」
トトは違和感を覚えた。敵の南の戦力は、ほぼ自身へ集中している。歯応えは確かにあるが、何かが抜けているのだ。
「ガァア!」
聖火がトトを襲う。
ワイバーンだ。
上空からヒットアンドアウェイでこちらを攻撃してくる。放置していてもいいが、ヘドロ攻撃の範囲を完全に見切られている。
翼が生えた蜥蜴にしては、頭が良すぎる。
「やはり、羽付きの魔物は面倒ですねェ。吸血鬼をいくらか借りるべきでしたカ。もしくは、
違和感に気づいた。
この大蜥蜴がこちらへの攻撃へ専念しているということは、こいつを脅かす存在が消えているということだ。
「しまっタ!あのキメラに逃げられていたのデスか!都合よく擦り付けられたか!」
擦り付け。
自然界でも冒険者の世界でも、往々にしてある自己保存の方法だ。自分が戦っている敵を他人へ擦り付ける。敵同士が戦っている間に自身は戦場から離脱する。
瑠璃は自身とワイバーンとトト・ロア・ハーテンが三つ巴になっていることを利用したのだ。ヘドロ攻撃を食らったワイバーンのヘイトがトトへ向きつつあることに気づき、徐々に撤退していたのだ。
「最初は巨大な亀でシタが、少しずつ小さくなっていったのはこういうことデシたか。ワタシの攻撃をかわすために小型化していたわけではなかったのですね」
意識を
「魔王様が動いていましたカ。やはり恐ろしい男デス。ワタシの作品だというのに、命令権を奪われるトハ。魔物に愛される男デスね。本人は魔物を愛していないようデスが」
「独り言する暇がありますの? 丁度良かったですわ。わたくしに付き合ってくださいな」
トトの胴体が消し飛ぶ。
すぐさまヘドロが集合して身体が再生される。
「フム。貴女は戦闘センスがありすぎますネ。持久戦以外で倒せる気がしません」
「近くにいるんでしょう? 本体が。そうでなければ、ここまで緻密に魔法を操作などできませんわ」
「さて、どうでショウね?」
こいつはすぐに殺せない。最後に殺す。
トトはそう判断した。
であれば、最優先に殺すべきは。
「あの神父が教会の有象無象共の心的支柱のようデスね。それと、空を飛ぶ蜥蜴」
トトが近くを飛ぶ鉄竜をヘドロで捕まえた。あっという間に鉄竜の車体が飲み込まれて、表面がグロテスクな紫がかった黒にコーティングされていく。
「活用させてもらいマス。魔王様とキリファ君の合作デスが、これでお相子デスね? 魔王様。貴方も勝手にワタシの作品を使ってイルのだかラ」
トトの呪いにコーティングされた鉄竜がワイバーンの方へ突っ込む。慌ててワイバーンが聖火にて片翼を吹き飛ばすが、マシンガンを放たれて翼に穴が複数空いた。
「ガアァ!?」
初めて経験する兵器に、ワイバーンは驚く。
自然界では見ることがない、魔力がこもっていない金属の塊の弾丸。都の魔法使い達は慣れて対処し始めたが、からくりを理解するほどの知能が、まだワイバーンにはない。
赤い蜥蜴が更にトトから距離をとった。
「フム。仕損じましたが、十分厄介払いはできましたカネ? ム」
よく見ると、教会の退魔師達が川岸に整列している。ヘドロ津波で簡単に飲み込めてしまいそうだ。妙である。先ほどまでは、一網打尽を割けて、教会の人間はゲリラ戦を仕掛けていたはずだ。
手には石を持っている。
「投石……デスか? 何百年前の戦争デスかねェ」
トトはせせら笑っていたが、突然自身の体積が一割減ったことに気づく。
「どういう、ことデスか?」
肩に石が直撃し、上腕骨と鎖骨、肩甲骨が弾け飛ぶ。
「そんなバカな。あんな雑兵に、ワタシを退魔する力などないハズ。ム?」
弾け飛んだ自身の肩口が、シュウシュウと音を立てて溶けていく。明らかに浄化されている。
質の高い浄化魔法だ。川岸で怒鳴るラクタリンとかいう男よりも、高純度かもしれない。
石に浄化魔法が込めてある。ただの路傍の石に。名匠が打った剣でも槍でもない。ただの石ころに、これほど高等な
トトは、起きた事象に理解が追い付かなかった。
「聖女以外に、こんな浄化魔法を使える人間ナド……ストレガか!」
「半分正解ですわ」
骸骨の上半分が吹き飛ぶ。
じゅるじゅると音を立てながらトトの頭部が復元されていく。
「半分正解————トハ?」
「ストレガの弟子、ですわね。わたくしの愛する人。フィルはオラシュタットに住み始めてから5年間。毎晩石に自身の魔力をつぎ込むことを欠かしませんでしたわ」
「魔力切れにヨル、魔力量の底上げ」
「正解
トトは内心で毒づく。
彼の生前は戦乱の世だった。国の地力を引き上げるために、兵士達にその訓練を課す国も、数は少ないが、あった。だが、魔力コントロールに秀でた人間でなければ命を落とす訓練法。魔力切れによる訓練で生まれる強力な戦士と、その訓練で命を落とす戦士の数。それを天秤にかけた時、後者を優先した国が結局生き残ったのだ。
つまり、時代に淘汰された訓練法だ。
それを現代に実行する人間がいるとは。
予想外だ。
「ストレガという名は、この国では気狂いが冠する名なのデスねェ」
「間違っていませんことよ? だって、わたくしが愛する殿方ですもの」
ファナが十字架を構える。
5年間、浄化魔法の
「これは、撤退デスかねェ」
相性が悪い。
ファナ・ジレットやラクタリン枢機卿以外に、敵が攻撃方法を手に入れてしまった。そもそも、死霊である自身が教会と敵対するのは相性が悪いのだ。西へ安全に吸血鬼達が強襲するために南へ出張ったが、これ以上あの高慢ちきな種族に恩を売る必要はない。
「逃がすと思っていますの? わたくし、目の前に現れた死霊を逃したこと、生涯一度もありませんのよ?」
ヘドロを操舵して逃げようとするトトを、ファナが
「……小娘ガ」
「そうそう、その顔ですわ。死霊は憎しみの籠った顔をしてこそですの。潰し甲斐がありますのよ?」
ファナが凄惨に笑った。
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