第320話 魔軍交戦17 夜戦7
「パープルヘイズデスサイズ」
「
ファナとレイミアの武器が衝突した。
反動でレイミアはドレスをはためかせ高度を落とす。
対するファナは
「
銀の輪がレイミアを追撃する。
地面でもあるかのように、レイミアは踊るように回避する。
「
ファナの火炎放射をレイミアがドッグファイトしながらかわす。ファナの下では、指示もなしにペガサスが吸血鬼の女を追いかける。
銀の輪がUターンしてきたのか、背後からレイミアを襲う。
背中に目があるかのように、ゆらりと上半身のみを傾いでかわす。吸血鬼の超音波による反射位置把握能力。眷属である
「ふふ、いい子ね。倒すべき敵をしっかりわかっているわ。それとも、貴女は非処女なのかしら? だとすればこの子のモチベーションが高い理由もわかるというものですわ」
「戦闘中に下品な私語は慎んでくれないかしら」
「あら、それを言うなら食事中でなくて?」
「間違ってないわ。私が勝って、貴女の血肉を食らうもの」
「それもまた、
「食材のくせによく喋るわね」
「生憎、わたくしはずっと捕食する側でしたの」
ファナの十字架をレイミアがデスサイズで弾き、
飛んできたレイピアをファナが素手で掴み、投げ返す。
空中で縦回転しながらレイミアがギリギリかわす。
「何ですって!?」
「流石にこれだけ披露されれば、目視で掴めますわ」
「貴女、人間やめてるわよ」
背後から、銀の輪が再び襲う。
「しっつこいわね!」
デスサイズを振り下ろして銀の輪を叩くが、両断はおろか傷がついた様子もない。下方向に弾かれた銀の輪が弧の字を描き、自分の方へ飛んでくるのが見える。
「
目の前の女は、この武器を
いつか?
対となる武器、十字架でデスサイズと打ち合った時である。
レイミアは即座にデスサイズを霧状に分解して、
「あら、気づくのが早すぎましてよ?」
「見た目の割に、狡い魔法を使うのね」
「あら、勝利への渇望欲が高いのは貴女だけではなくてよ?」
ガチンと、銀の輪が漆黒の十字架にはまる。
「……でも、ある程度からくりがわかったわ」
「何が、ですの?」
「その大きな十字架と銀の輪をセットにしているつもりでしょうけど、
「…………ご明察ですわね」
ファナが肩をすくめる。
「ですが、こちらも気づいたことがありましてよ?」
レイミアの眉間がぴくりと動く。
「こちらの光魔法を無効化しているのは、その紫のドレスですわね?」
「……………」
「沈黙は肯定とみなしますわ」
ファナの頭上で、銀の輪が空気を振動させながら高速回転する。まるで天使の輪のようだ。
自分が断罪される側だと誇示するかのような聖女の佇まいが、レイミアを苛立たせる。
「不思議に思いましたの。浄化魔法をキャンセルする方法があるならば、もっと多用すればいい。でも貴女は回避できる攻撃は回避して、攻撃を無効化してこなかった。それ、
「ご名答」
「それは、魔王とかいう男のためですの?」
「……フィルだったかしら。貴女こそ、その男のためならば寿命くらい躊躇なく捨てるでしょうに」
「それはないですわね」
レイミアのポーカーフェイスが、初めて崩れた。
「フィルはわたくしが傷つくのをよしといたしませんわ。そんなものに頼らずとも、貴女くらい倒してみせましてよ? というかそんなものを渡されるなんて貴女、魔王とやらに信頼されてないのではなくて?」
お前と違って私は信頼されている。
そう、ファナの表情が物語っている。
「……頭きたわね」
「挑発に乗ってくれるくらいには、可愛げがおありですのね」
レイミアが、再びデスサイズを顕現してファナに襲い掛かった。
「舜接・斬」
「あいたぁ〜!いタ!痛い!いててテテ!」
トウツに刻まれたトトが、地面を這いつくばる。
だが、あっという間に骨と骨が繋ぎ合い修復していく。
「う〜ん、参ったなぁ。あの手の輩でよくあるのが、修復にも魔力を使う場合。うん。それなら簡単だ。向こうが力尽きるまで刻み続ければいい。でも」
トウツの視線の先では「指どこ!? 私の指ハ!?」と、必死に地を這い回るトト。軽薄で誇りもへったくれもない姿。見れば見るほど、豪奢なマントや過剰なほどの装飾品に身を包んでいることに疑問がわく。
「ア!あった!私の指!プリティな私の指!」
心なしか、空洞のはずのトトの頭蓋が笑っているように見える。
「あれ、どう見ても修復に魔力を消費してる感じしないんだよな〜。フィルみたいに魔力が見えるか、光魔法が使えればいいんだろうけど」
勝手に骨が繋がれる。勝手に骨のひびが修復する。そこに何かしらの魔法が介在しているようには、どうしても見えなかった。
ちらりと瑠璃の方を見る。トレントの幹を槍に加工したものを矢継ぎ早に飛ばしている。2年かけて準備していたものだ。貯蔵が一気に底をつきそうだが、躊躇が見られない。
いい子だ。
フィルのためならば後のことなど考えない。
「あの子を守るのが、今回の僕の任務。ま、倒せなくてもい〜や。そもそもあれの専門はファナちゃんでしょうに」
「ふ〜、お待たせしましタ!」
先ほどまでゴミ箱の下を漁っていた屍の王が、大仰に両手を広げた。
頭と肩に魚の骨が乗っているのが、最高に恰好ついていない。
「さテ、お遊びはここまでデス。貴女に地獄を見せなけれバ。私、実は
「知ってる〜」
「たまには王らしく、地獄を顕現しなけれバ。さてさテ、どんな生き地獄を見せてあげましょうカ? あぁ、わかっタ。こうしましょウ。まずこうします。捉えタ貴女の記憶を押しつぶしまス。そうですネ。フィルと言いましたカ。貴女にとって大事な存在のようデスねぇ。彼を消しまス」
一閃。
トトの頭が吹っ飛んだ。
「あ〜!話の途中に酷いデスよ!」
飛んだ頭をトトの胴体がジャンプしてキャッチ、し損ねる。手元から滑って弾んだ頭部がゴミ箱へホールインする。
「そんナ!酷い!私の高貴な頭がゴミだめ二!」
ゴミ箱に手を突っ込み、トトが苦言を呈する。
なお、声はゴミ箱の中から聞こえている。
「ねぇ。骨のおじさん」
「お、おじさん!? 私のことは屍の王!もしくは
ゴミ箱からトトが、頭蓋を取り戻す。
「今度、そのゴミみたいな顎でフィルの名前を呼ぶなよ」
「ひひ、怖いですねぇ」
ずるりと。
コールタールのような黒いヘドロがトトのマントから吹き出した。滝のように流れ出るそれが、地面を黒く染め上げていく。その液体には一切の明度がなく、あらゆる光を通さず反射せず、まるで路地裏の空間をトトが黒で切り取っているかのようだった。
トウツは気づく。
あの黒い液体は全て呪いの塊であると。
フィルでなくとも気づく。ファナでなくとも。あれが触れればすぐに命を落とすであろうということ。
「あぁ、言いそびれてましタ。消すのはフィル君じゃありませんヨ」
またもフィルの名を述べたことに、トウツが血管を浮き立たせる。
「消スのは貴女の記憶でス。頭の中から。フィル君に関する記憶を。ゴッソリと。そして上書きしまス。貴女は確か、暗殺家業もしていたんでしたっけネ? その頃の貴女に戻してあげまス。そして命じまス。フィル・ストレガを殺せと。そぉ〜しィ〜てェ!殺した後に戻してあげますヨ!貴女の記憶ヲ!愛する者を手にかけ、絶望した貴女の魂はさぞや美しく輝くことでショウ!あぁ、いじりタイ!早く貴女の頭をいじり、タイ!」
どす黒い呪いがトトの周囲で吹き出す。
「へぇ。面白いことを考えるね」
「そうでしょう、そうでショウ!流石私が見込んだ
「不可能ってことに目を瞑れば、だけどね〜」
「へぇ?」
ぞわりと、トウツの産毛が逆立つ。
父親と死合った時の感覚が蘇る。
異質だ。こいつは強くはないが、間違いなく自分を殺す手段を多く持っている。今まで会った、どの敵よりも。
腰だめに、刀を構える。
「全てを呪え。液状化呪物・濁流」
どろりと黒いヘドロが波のように、トトの頭上で蠢いた。
その瞬間。
ワイバーンが空から降ってきた。
5階建ての民家を押し倒すワイバーン。反動で崩れる民家。
その民家にヘドロごと押し潰されるトト。
瓦礫に潰される瞬間、トトの肋骨がへし折れて吹っ飛ぶ。
カラカラと転がり、肋骨の先端がトウツのつま先の手前にたどり着く。
「えぇ……」
瓦礫の前で、トウツの間が抜けた声が虚しく響いた。
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