第319話 魔軍交戦16 夜戦6

「大方、わかりましたわ」


 突貫するレイピアをかわし、ファナがつぶやく。


「わたくしの攻撃が効かない理由はまだ掴めない。ただ、向こうが攻撃に転じる時だけは通じる。攻撃する時だけ、不浄臭いですわ。何かしらの方法で浄化魔法が効かない細工を施しているけど、わたくしにダメージを与えるためにはそれを一時解除せざるを得ない。束縛する愛レストリアモレを嫌がるのは、設置型の魔法だからですわ。持続する魔法に捕まっているときは、攻撃に転じることができない」

「あら、バレたのね。だから何? 貴女は私を捕まえることができないわ」

「いいえ、捕らえますわ。もう秒読みですのよ」


 ファナが口元でチクタクチクタクとつぶやく。


 レイミアが無言でレイピアを掲げる。それが変質し、巨大な鎌になる。

 デスサイズ。

 黒光りする刀身が、わずかに赤茶けている。それは原料が彼女の血液である証だ。

 身体強化、そして武器強化。魔法使いは近接格闘において、これらの魔法を駆使することが基礎中の基礎である。吸血鬼があらゆる種族の頂点と考えられているのは、その不死性だけが要因ではない。

 彼らは常日頃から体内にある血液を強化しているのだ。

 決して基礎魔法を疎かにしない。

 武術も勉学も同じだ。

 同じところまで卓越したものが戦う時、最後に物を言うのは精神力と身に染み付いた基礎なのだ。


 ファナは即座に、「あれはそのままぶつけられたら、破壊されるのは十字架の方だ」と確信する。


「あら、造形が美しくなくってよ?」

「えぇ、そうね。これは大雑把で、無骨すぎて、美しくないわ」

「?」


 肯定されると思わなかったのか、ファナが首をかしげる。


「でも、仕様がないわ。見て頂戴、この形。貴女の首を落とすのに丁度いい」

 レイミアが刀身に頬を沿わせる。


「それと、この世で一番美しいものは何だと思う? 今代の聖女」

「神ですわ。いえ、フィルかもしれませんわね」

「違うわ」

「あ“?」


 ファナが、聖女がしてはいけない顔でメンチを切る。


「勝利よ」


 レイミアがデスサイズをクルクルと回す。それが描く狐が、背景の満月の輪郭を綺麗に沿う。

 夜は自分の時間だと誇示するかのように。


「形、色、容姿、流儀。それ以外の要素なんて、勝利に比べれば些事のようなもの。そうでしょう?」

「一理。いえ、万理ありますわね!」


 ペガサスが躍動するのが、腰を通してわかる。

 あれは食らったらまずいと、即席の相棒も気付いているようだ。


 レイミアの周りを時計回りに飛びながら、ファナが火魔法で炙る。

 レイミアは着火する部位を霧に変えながら、デスサイズを構えてファナに追い縋る。

 股下のペガサスが悲鳴をあげる。馬の背筋が千切れるようにうねり、伸縮を繰り返す。


「フィルの見様見真似、ですが」


 ペガサスの背に手を乗せる。

 ずるりと、自身の魔力が白馬に伝播するのがわかる。

 ミシリ、と腰がものすごい速度で持っていかれる。腹筋とハムストリングに力を入れ、空中に放置されないように白馬の背中に捕まる。


「加速しすぎですわ!わたくしでなければ腰が折れてましてよ!」


 ぞわりと、襟足が逆立つ。

 ファナの瞳孔が縮む。顔の側面に、命を刈り取る刃が迫っていた。


「あ“ぁ!」


 ギリギリでスウェーしてかわす。


 が。


 かわしたはずの刃が再度、目の前に現れていた。


「こんの!」


 金属の衝突音が鳴り響いた。

 デスサイズを弾き、ファナが押し返す。


「……確実にったと思ったのだけれど」


 ホバーするように、後ろへ浮遊するレイミアが述べる。


「出す順番を間違えましたわね。その悪趣味な鎌を先に見せて、浄化魔法の消去魔法と武器の霧への変換を今初めて見せれば危なかったですわ」

「『危ない』であって、『負ける』ではないのね」


 レイミアは、かわされたデスサイズをすぐさま霧状に変換。逃げたファナの手前に再度顕現させた。大量の血液を一時的に消費した。それでも倒せなかった。

 聖女であること関係なしに、強い。

 彼女はデスサイズを握る力を強める。


「で、それは何なの?」

 レイミアが指さす。


 ファナの胴周りに、浮遊する物体があった。

 それはフラフープのような、銀の円輪。高速回転しながら、彼女の周囲を守っている。


「これですの? 嫌ですわ。わかっていませんこと? テラ教のシンボルは何ですの?」

「…………『サークル』アンド、クロス」

「そうですわ。わたくしの武器がまさか、十字架だけとでも?」


 ファナが十字架を上に掲げる。

 銀のフープが高速回転し、空気を震わせながら十字架の周りに位置する。

 円の中に、十字。多くの教会関係者が装飾品として身に着ける、シンボルマークだ。


「真・重すぎる愛シュヴィエドゥアー


 改めて、ファナが武器を構える。


「その非効率な形を武器にする意味、あるの?」

「愛ゆえに、ですわ」

「何言っているのか、意味がわからないわ」

「大雑把なデスサイズを振り回す淑女に、言われたくありませんわね」

「……それもそうね」


 フープが弧を描き突貫する。

 ペガサスが高度を下げ、下から強襲する。


 今度はレイミアが防衛に回る側になった。






『着火』


 ワイバーンの周囲で爆弾魚ボマーフィッシュが爆発する。

 空できりもみ回転しつつ、ワイバーンがかわす。体躯が巨大ゆえに完全に回避できていない。それでも関係なく進む。その戦い方は、もはや保有魔力の多さでゴリ押す竜種のそれになっていた。


『あっさり侵入を許したか。困ったのう』


 ワイバーンが防壁の上を通過する。

 射手や魔法使い達が慌てて対空攻撃するが、意に介さない。やつにとっては攻撃のうちに数えられないのだろう。


「ギイアアアアァ!」


 ワイバーンの口内に魔力が充満する。目には闘志。執着。憤怒。


『わしには我が友の匂いが擦り付いているからの。当然こちら狙いか。しかし』


 瑠璃がワイバーンの口元を見る。


『あれはどう考えても、紅蓮線グレンラインではなく、吐息ブレスじゃのう』


 瑠璃の甲羅に紅蓮吐息グレンブレスが多段ヒットする。

 甲羅を通して衝撃が全身へと響く。金属の容器に閉じ込められて、外から金槌でガンガンと叩かれているかのような感覚がする。足腰に下向きの重圧がかかる。踏みしめる石畳が陥没する。

 吐息ブレスを放つワイバーンも反動で上空へホップアップする。


『地面に押さえつけられるようじゃ。食らっている間はまともに動けんの。じゃが、痛くはない』


 瑠璃はタラスクの甲羅の本当の強度に感心する。初めてフィル達と出会った時は、甲羅の繋ぎ目が劣化していた。それゆえ、アーチやハニカム構造の衝撃を体表全体へ逃す構造が完全に仕事をしていなかった。

 だからこそ、ウォバルの斧やロットンの長剣を通していた。

 今、自分の体に綻びがある感覚はない。


『お主も深層を降りる過程で強くなったのじゃろうが、わしも強くなったんじゃぞ?』

「ギイイイアアアアア!」

『会話にならんのは寂しいのう』


 ワイバーンが瑠璃の甲羅に乗り、真下へ向かって火球を連弾で放つ。

 否、吐息ブレスの連弾だ。

 吐息を分割して放つという発想は竜種にはない。彼らはスタミナ管理が必要なほど魔力量が貧弱ではない。

 竜種に追いつく力量を持ちつつ、戦いの発想が弱者のそれ。


『我が友と戦い続けて、変な知恵をつけたか。妙な親近感を覚えるのう』


 少ない魔力を活用しつつ戦うというスタイルは、瑠璃の真骨頂である。深層で多くの魔物を倒したフィルは、その課題をクリアしつつある。

 だが、瑠璃は種族の特性上、魔力不足という弱点は残り続ける。

 だからこそ腹立たしい。

 巨大な力を得てもなお、弱者の闘い方を捨てないワイバーンに。

 もしフィルが自分ではなく、こいつをテイムしていたら。

 きっと、自分よりもいい働きをする。

 それが許せない。断じて。


『成程。これが嫉妬か。中々心地いいのう』


 トレントのつるを甲羅の隙間から生やし、ワイバーンの足を捕まえる。

 足首の周囲に、炎を纏い蔓が焼き切られる。


『ふむ』


 火魔法を使ったインターバルを狙い、今度はクラーケンの足でワイバーンを捕らえる。狙いは足ではなく、羽。


『ほぼ魔力の力で飛んでいるとはいえ、羽を鯖折りされては飛びづらかろう』

「ガアアアアア!」


 ワイバーンが身体強化ストレングスをかけてもがく。

 羽を締め付けたまま、瑠璃は縦方向にフルスイング。すぐ側の民家にワイバーンを叩きつける。

 轟音が鳴り、民家が爆発する。


「瑠璃ちゃん。下に僕がいるの、忘れてなぁい?」


 跳躍して甲羅に乗ったトウツが不満を言う。

 瑠璃はクラーケンの足をクネクネさせて返事の代わりにする。


「ガアァアアア!」


 民家の瓦礫を弾き飛ばし、ワイバーンが立ち上がる。


『そりゃそうじゃよなぁ。そのくらいで死ぬのならば、深層で我が友と逃げ続けた意味がない』

「瑠璃ちゃん、火力不足でしょ? 僕が切ろうか?」

 トウツが言う。


『ふむ。問題ない』


 瑠璃が甲羅の隙間から、オリハルコンブレードをチラリと覗かせる。

 自分に火力はない。それを見越して、フィル達が最高の準備をしてくれている。ワイバーンを消耗させ、機をみて喉元にこれを突き刺す。


『深層では逃げ続ける日々じゃったが、もうお主とわしの力関係は対等じゃよ』

「何言ってるかわかんないけど、大丈夫っぽいねぇ。じゃ、僕はまた下に控えるから」


 トウツの言葉に、瑠璃は触手で返事をする。


「で、お前は誰」


 地面に着地し、トウツがぼそりとつぶやく。


「おや!おやおやおヤァ!参りましたネ、隠密はカンペキなはずだったのですガッ!」


 民家の陰から、黒いヘドロが湧き出す。それが黒い豪奢なマントを羽織った骸骨人間を浮き立たせる。


「初めましテ!私の名はトト・ロア・ハーテンと申しまス。魔王軍四天王兼、魔王近衛隊長兼、魔王軍研究室室長で?」


 するりと、トトの背骨を日本刀がすり抜けた。

 あっさりと骨の繋ぎ目が外れて、トトの上半身がすとんと下半身の隣に落ちる。


「ちょちょちょ!自己紹介の途中じゃァあ〜りませんか!礼儀というものがないのですか!? 獣人族の雌ハ!」

「僕、長い話苦手なんだよね」


 横一閃。

 トトの頭蓋骨が綺麗な断面を作り出した。


「アァ!私のグレイトフォルムな頭骨がぁ!」


 シャカシャカとゴキブリのように、トトの上半身が地面を這って、上半分の頭蓋骨を追いかける。


「改めまして、トトでございまス」

 頭蓋の上半分を取り付けながら、トトが述べる。


「続けるんだ。自己紹介」

「当たり前ですトモ!」


 トトが下顎をカタカタと鳴らして笑う。


「これから私と貴女は末長い付き合いになるのですヨ? 自己紹介は大事でしょう?」

「ど〜ゆ〜こと?」


 抜刀。

 同時に、金属音。


 トトがナイフでトウツの斬撃を弾いたのだ。

 トウツが目を見開いて、後退する。


「貴女の肉体ボディは興味深い。どうやって加速しているのです? その細い腕で今の剣圧。卓越した魔法の使い手だとしても、説明が尽きませン。知りたい。知りたい知りたい知りたい知りたい知りたァイ故にィ!貴女のバァディイはァ!私の研究室でいじくりまわすことが決定!事!項!なのデス!」


 トトの陰からヘドロが飛び出す。

 それが斬撃を生み出し、隣の家屋を真っ二つに切断する。


 トウツはちらりと、民家の切断面を見る。

 ジュウジュウと音を立てて、酸が壁を溶かし続けている。滴り落ちた酸が、地面を穿って穴を作る。

 あれは受けたらダメな攻撃だ。

 瞬時に判断する。

 そして、こいつは本気で自分を鹵獲する気でいると確信する。

 その証拠に、今のヘドロ攻撃を初見で自分にぶつけなかった。本気で殺さずに勝てると思っている。

 わずかに残る、トウツの武士もののふとしてのプライドがボルテージを上げた。


「気に入らないなぁ。というか、僕を捕まえるって嘘でしょ? 骨おじさんの狙いは僕じゃなくて瑠璃ちゃん。そうでしょ?」

「おじ!?…………瑠璃? あぁ、あのキメラの名前でスカ。バレちゃいましたか。しかし妙ちきりんなことしますねェ。畜生に名前をつけるなど。思えば魔王様も変なお方だった。私の実験動物モルモットにノイタなどと名前をつけていらしタ」


 トウツの目端がぴくりと動く。


「でもマ、良きデス良きデス。良きデストモ。私の手元に来れば、名前はただの記号になりまス。脳をいじった頃には、貴女は記号も認識できなくなりマス。愛する人はアイドルに。憎きあいつもシンボルに。見知らぬ隣人はピングドラムに。楽になりますヨ? 悪いことは言いません。私の研究室は天国でス。永久就職しませんカ?」

「悪いけど、永久就職先は間に合ってるんだよねぇ」


 怪獣戦争を背景に、トウツが再度抜刀した。

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