第30話 魔女の駄目だし
「お前さん、阿呆だね。」
とは、エイブリー姫たちが帰った後の師匠からの言葉である。
「あんな口達者な五歳児がいるかいね。十中八九転生者だと気づいていたよ。あのピンク姫は。」
「ピンク姫って、不敬では。」
「あんな魔法狂い、ピンク姫で十分だよ。」
酷い言いようである。
ただ、小娘呼ばわりしてもイアンさんが注意しなかった以上、ある意味この人の立場は王族以上なのかもしれない。
転生したのは俺なのに、やっぱチートはこの人だよなぁ。
「エイブリー姫は昔からあんな感じだったんですか?」
「あんな感じとは、あんたも存外に不敬だねぇ。私の研究室に侵入してちょろちょろしていたのは覚えているね。間違いなく才媛だよ、あの娘は。文字を覚えたてなのに、初心者向けの魔導書を理解していたからねぇ。」
「師匠が出会ったのって、彼女が六歳くらいの頃ですよね。俺みたいなパチモンと違って、本物の天才じゃないですか。」
「そうさね。お前くらいの魔力があれば、英雄にもなっていたかもしれないね。」
「師匠が人をそこまで褒めるって珍しいですね。」
「褒めちゃいないさ。事実を言ったまでだよ。ただ、あれは良き魔法使いになっても、良き為政者にはならんだろうね。」
「確かに。」
色んな政治業務がストップしそうだ。
「だからこそ私の交渉役に放り出されたんだろうがね。」
「罰ゲームか何かですか……。」
自分を罰ゲーム扱いする師匠に思わず閉口する。
「国王も阿呆じゃないさ。私が首を縦にふらないことなんざ知っていただろうよ。あれは魔法には秀でていなかったが、頭は悪くなかった。」
言われてから気づく。
師匠は最年少で宮廷魔導士になったと聞いた。師匠の年齢を考えると、王宮にいた人間の中で最古参になるのだろう。
それは王様を含めてもだ。
師匠からすれば、現国王も決して上の立場の人間ではないのだろう。
「面倒な一族だよ。治政に秀でた父親は血が薄いのに、女で生まれておよそ政治は出来ないであろうあの小娘の方が、血が濃いんだからね。」
「血が濃いとは?」
「エクセレイ家の初代があの娘と同じ髪色なのさ。どういう原理かはわからないがね、あの髪色に生まれた王族は魔法に秀でている。初代も言ってしまえば、為政者というよりも魔法で成り上がった市井の人間だったようだからね。この国はそうやって生まれたのさ。魔法で統治し、魔法で振興した。私が文句言いつつもこの国に留まったのは、この国が魔法の探求に対して最も貪欲だったからだよ。」
「なるほど。」
「で、あんたはどうすんだい?」
「どうする、とは。」
「約束通り、二年後に都へ行くのかい?」
「行くも何も、約束しましたからね。」
王命を無視するほど、俺の心臓は強くない。
「そうかね。嫌なら逃げればいいのに。」
「逃げれるわけないだろ!?」
「わたしゃ何度も逃げたよ。」
「あんたやりたい放題だな!」
「私の研究を邪魔するあいつらが悪い。」
「何なんだよあんたもう……。」
恩義を感じてはいるが、こんな人間にはなりたくないものである。
「エイブリー姫が言ってたけどさ、そんなに自分のことだけしたい師匠が何で魔法の体系化なんてしたのさ。」
「あの娘の祖父がね、面倒なやつだったのさ。」
「どんな風に?」
自分語りをする師匠が珍しいので、思わず俺は疑問を重ねる。
「私の研究を国の利益にするために、それこそ使える手は全て使ってきたね、あの男は。研究に必要な助手をある日突然王命で休ませて『返してほしくば僕の言うことを聞け。』だの。金魔法に必要な素材を市場操作して値段を吊り上げて買えなくした挙句『予算が欲しければ僕の言うことを聞くことだね。』とか抜かしやがったあの爺。今思い出してもはらわたが煮えくり返るよ。」
師匠が珍しく憎しみに目をギラギラとさせる。
「わたしゃあいつに邪魔されながら研究するのに疲れたからね。十年ほど前から本当の意味で好き勝手させてもらってるのさ。魔法インフラを整えたのも、あいつが文句を言えないくらいの功績を作って堂々と逃げるためさ。」
「堂々と逃げるって、言葉として矛盾してない?」
「何言ってんだい。この上なく筋の通った言葉だよ。」
「さいですか。」
「お前さんも、自分の生きたいように生きればいいさ。」
「なるべくそうするよ。」
「ま、お前さんは私のようには生きれないだろうがね。」
「出来るわけないだろ。師匠みたいに俺はわがままじゃない。」
「そうだね。あと十年もすれば、お前もわがままが言えなくなるだろうね。」
「ん? そりゃまぁ、この世界で15歳といえば、成人もいいとこだろうけどな。」
俺は適当に返事をする。
部屋の隅ではナハトとジェンドがくつろいでいる。
何というか、師匠とこうやってのんびり話すのも久々な気がする。
「なぁ、師匠。」
「なんだいクソガキ。」
「師匠は本当に戻らなくて良かったのか?」
「いいともさ。ここが私の墓だよ。」
「そうか。王族とも知り合いみたいだったし、助手とかもあっちに残してるんだろう?」
「あいつらは勝手に手伝って勝手に学んでいってるだけの人間さ。どうも思わないね。」
「……俺、師匠みたいに色んなことを割り切って生きていたいなぁ。」
妹のクレア。母のレイア。父のカイム。エルフたちの掟。都で待つエイブリー姫。全て背中からおろして魔法のことだけを考える。
それはある意味、一つの幸せの形かもしれない。
「さっき言った通りだよ。お前さんは私にはなれないよ。お前はお前にしかなれないのさ。誰だってそうやって生きている。」
「肝に銘じておくよ。」
「そうしておきな。」
師匠が伸びをした。
「話しすぎたね。魔法以外のことでこんな喋るなんて。私も齢だねぇ。」
「普通の人は、これよりかは他人と話すと思うけど。」
「私が対話するのは魔法だけで十分だよ。」
そう言って、マギサ師匠は寝室へ消えていった。後ろにナハトとジェンドが着いていく。
無性に、その時の師匠の背中が小さく見えた。
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