第31話 魔法訓練

 森に絶叫が響き渡った。


 首を寸断されたワイバーンが空中から落ちる。

 俺が水刃ウォーターカッターで切り落としたのだ。


『ナイスショット。』

 隣で観測していたルビーが声をあげる。


 俺は今、魔法の練習がてらワイバーンの討伐をしている。

 はぐれたワイバーンの残党狩りクエストがあったので、受注したのだ。

 とはいっても俺は正式な冒険者ではない。師匠の名前を借りて活動しているに過ぎない。あくまでも俺は五歳児。ギルドに登録できる年齢ではないのだ。


「だいぶ飛距離が伸びたな。飛んでいるワイバーンも撃ち落とせるようになった。火魔法の方が得意なのは変わらないけど、水魔法も安定してきた。」


『火・水・土・風の四属性はそれなりに伸びてきたね。この分だと五属性は約束通り二年後にいけるかも。』


「問題はどの属性にするかだよなぁ。」


 俺が金・光・闇属性を後回しにしているのは理由があるのだ。金魔法は、要は錬金術。つまり、座学が出来なければ体得の難しい分野なのだ。俺は元の世界で特別成績が良かったわけではない。

 光魔法は浄化や回復がメインの魔法。この辺にアンデッドの魔物はいないので検証できない。怪我の回復も、自分を傷つけて検証するわけにはいかない。

 闇魔法は独特すぎて手が出ない。


「師匠がそばに居る以上、金魔法を優先すべきなんだろうな。」

『おばあちゃんのポーションを食いつぶしてるから、光魔法も優先した方がいいと思うけども。』

 隣でルビーが付け足す。


「そうだよなぁ、俺って普通に穀潰しだよなぁ。」


 ワイバーンの墜落地点に到着し、解体の準備をする。


『わーい。フィオのニート!』

 隣でルビーが笑う。


「やめてくれ。割としゃれにならない。」

『でも、ワイバーン討伐の褒賞金は家に入れてるよね。』

「実家暮らしの大学生みたいな生活してんな。」

『だいがくせい?』

「俺がいた世界の学園みたいなところ。俺もまだ行ったことないけど。」

『へー!』


 その後は、ワイバーンを解体しながらルビーに大学の話をした。

『個として生きる種族なのにぎゅうぎゅう詰めて集まって勉強するんだ!変なの!』とルビーは笑っていた。


「日が落ちる前に、このワイバーンも村に持っていこう。アキネさん、喜んでくれるかな。」

『むぅ。最近、フィオは受付のお姉さんと仲良すぎ!』

「いいことだろ?」


 社交性は大事だ。


『いいことだけど、駄目なの!』

「俺にどないせっちゅうねん。」

 むくれるルビーをあやしながら、俺は足を村へと向けた。




「わあ!またワイバーンを持ってきてくれたんですね!今週だけでアーマーベア二体。コボルトも七体。ゴブリン二十体です。素晴らしい仕事ですよ。フィルさん!」

 アキネさんが嬉し気に俺の偽名を呼ぶ。


「はい。師匠が頑張ってくれたみたいです。」

 いないのをいいことに、手柄を師匠に押し付ける。


「いつもお使い偉いね。」

 アキネさんがお面の上から俺の頭をなでる。


 エルフ耳が見えてしまうか心配してしまう。


「ありがとうございます。」


「やぁ。今日もワイバーンを討伐したんだって? やはり元宮廷魔導士はすごいね。」

 ロットンさんが後ろから話しかけてきた。


「ええ、師匠はすごいです!ロットンさんは、最近は調子いいですか?」

「ああ、ワイバーンを三体討伐したよ。おかげ様で儲けさせてもらってるね。ただ、そろそろ種の保存のために乱獲を止められるだろうから、僕らも村を出ないといけないね。」

「シャティさんはどうしてますか?」

「まだ森の迷宮魔法を攻略できてないね……。」

 ロットンさんは苦い顔をする。


「ワイバーンを倒すにはシャティの魔法が不可欠なんだ。彼女には悪いけど、ワイバーンを討伐するときはいつも通りパーティーで行動してもらっている。空いた時間は全て迷宮魔法の攻略に当たってるようだけど、五里霧中って感じさ。」


「なるほど。」


 師匠はシャティさんを弟子にとる条件として、迷宮魔法の攻略を課した。

 エイブリー姫でも山育ちでマッピングが得意なメイラさんに協力してもらって突破した迷宮だ。A級冒険者とはいえ、シャティさんがソロで突破できるとは思えない。


「最近はライオも手伝っているみたいだけどね。あいつは弓兵アーチャーだが、うちのパーティーでは斥候スカウトも兼ねている。地形を見る目はうちで一番だ。」


「多芸なんですね、ライオさん。」

「だからスカウトしたのさ。」

「ライオさんはスカウトしたんですか?」

「冒険者ではよくあることさ。解散することもあれば合併することだってある。元々は僕とミロワが幼馴染のペアで冒険者をしていたのさ。同じ孤児院出身でね、ミロワは施設のシスターに憧れて光魔法を独学で勉強していた。」


 人に歴史あり。興味深い話である。

 俺が聞き入っているのに気付いたのか、ロットンさんが親指でテーブルを指し示す。

促されるまま、俺は席に座る。


「お互い魔物の査定待ちだろうからね、ここでのんびり食事でもどうだい。」

「ご一緒します。」

「ありがとう。」


 お礼を言うのはこっちの方だと思うけども。

 一挙手一投足が好青年じみている人である。

 隣にミロワさんがいつもいなければ、女性が放っておかないだろうに。ミロワさんが横にいても声かける人は何人かいたけども。そのたびに頬を膨らますミロワさんは可愛らしかったのを覚えている。


「何の話までしたかな。」

「ミロワさんの話までは。」

「ああ、そうそう。ミロワが独学で光魔法を学んでいてね、僕は彼女に触発された形になるのかな。」

 ロットンさんは懐かしそうに目じりを下げる。


「運が良くてね、僕らには才能があった。地元のギルドはすぐに僕らへ投資した。もう少し功績を積んだら、地元に帰って常駐上級冒険者になるつもりだよ。孤児院への寄付も続けないといけないからね。」

 楽しそうにロットンさんは話す。


「しばらくは僕が戦って、ミロワが回復だけでよかった。でもそれだと限界があってね。そこで探したのがライオとシャティさ。ライオは器用大富豪みたいなやつでね。才能はあるけど出来る幅が狭い俺たちには渡りに船みたいなやつだった。」

「そんな人が何故、パーティーに所属していなかったんですか?」

「特徴がない冒険者は敬遠されがちだからね。ライオは色んなことが出来るけど、火力がいかんせん足りない弓兵なんだ。仲間に恵まれなかった期間が長かったんだそうだ。一番の苦労人だろうね。けど、俺たちのパーティーで一番替えが聞かないのはライオだろうな。」

「何でですか?」

「世間と金の価値を一番知っているのがあいつだからさ。あいつが入ってから、僕とミロワがどれだけ商売相手から下に見られていたのか痛感したよ。」

 ロットンさんが顔をしかめる。


 珍しい顔だ。よほど嫌な思いをしてきたのだろう。


「僕ばかり話してるけど、いいのかい?」

 ロットンさんが俺の方を見る。


「いえ、聞いてるだけで楽しいです。」


 事実だ。俺は楽しんで聞いている。


「ずっと師匠と一緒に森の中だったから、人の話は楽しいです。」

『僕もいるよ!』

『わかってる。』

 ルビーをロットンさんが怪しまない程度にあやす。


「ありがとう。次はシャティの話だったかな。うちのパーティーはライオが入ってバランスが良くなったけど、火力がやっぱり足りなかった。体躯の大きい魔物やゴーレム類からは逃げる選択しかできなかったからね。シャティは都の魔法学園出身なんだ。即戦力と太鼓判を押されて卒業している。」

「よくそんな人捕まえられましたね。」

「ミロワが女の子をパーティーに入れたがっててね。珍しく押しが強かったんだ。」


 何となく想像がつく。

 シャティさんは男衆には塩対応が多かったが、ミロワさんをいつも丁寧に扱っていた。


「シャティさんと、今度話せますか?」

「何でだい?」

「今度、俺も魔法学園に通わないといけないみたいなんです。」

「そっか、君の才能なら行くべきだろうね。」

「驚かないんですか?」

「この国は能力がある人間は奴隷階級だろうと活用する国さ。仮に君がストレガ氏と関係なくても、誰かが投資していただろうね。」

「そんなものですかね。」

「そんなものだよ。」

 ただし運が良ければだけども、とロットンさんが付け足す。


「シャティとはいつ話す?」

「そちらの都合で構いません。」

「助かるよ。そろそろこの村を出ないといけないから。」

「そうなんですね。」

「元々ここは通り道だったんだ。それがワイバーンの異変に巻き込まれて長居しているだけだからね。」

「なるほど。」

「シャティがストレガ氏の迷宮魔法攻略に拘っているから、わざと予定をゆっくりにしているけどね。」

「……では、どちらもまとめてやってみては。」

「どういうことだい?」

「一緒に森へ行きましょう。実は俺も自力では師匠の迷宮魔法を突破できていないんです。」

「へぇ。」

「シャティさんと協力して突破して、ここを出立というのはどうでしょう。」

「いいね。面白い。せっかくだから一緒にクエストも受注しようか。」

「ですが、俺はまだ十四歳ではありません。」

荷物持ちポーターとして参加すればいい。荷物持ちはライセンスなしで入ることができるんだ。もちろん、冒険者と契約し、ギルドからの許可は必要だけどね。」


 俺は少し考える。ふと横を見ると、ルビーがニコニコ笑っている。

 そうだな。思い立ったら行動だ。

彼らはA級冒険者。学ぶことはいくらでもある。


「よろしくお願いします。」

 俺は右手を差し出した。


「こちらこそ。」


 握り返したロットンさんの手は、見目麗しい容姿とは対照的にゴツゴツとしていた。

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