第32話 初めてのクエスト

「だったら丁度いい。湖の主を倒してくれよ。」


 そう言ったのはギルドマスターのゴンザさんだった。


「湖の主ぃ?」

 ライオさんが腕を組みながら返答する。


 ロットンさんと昼食を取った後、俺たちはロットンさんのパーティーと合流していた。

 そこで迷宮魔法攻略ついでに受注するクエストを考えていると、ゴンザさんが話に加わったのだ。


「おうよ。ワイバーンの騒動で後回しになっていたクエストよ。何しろ身体がでけえ魔物だからな、近接担当のウォバルだけじゃ難しい案件だったのよ。普段は湖の底に潜ってるし、討伐が難しいんだ。」

 ゴンザさんが言う。


「水生かぁ。僕らも経験はないな。」


 ロットンさんが頬をかく。隣でミロワさんもふんふんと頷いている。


「都は水が多かったけど、あそこは魔物が入り込まないよう整備されてたから。」

 シャティさんも経験はないようだ。


「昔いたパーティーで、一度だけやったことあるぜ。」

「ライオ本当かい?」

「助かるぜ。」

 ロットンさんとゴンザさんが反応する。


「おうよ。魔法使いが必須ではあるけどな。」

 ライオさんがちらりと、シャティさんと俺を見る。


「そりゃ助かる。念のためにウォバルもつけるからよ、頼む。」

「ウォバルさんもいないといけないくらい危険なんですか?」

 言葉は丁寧だが、ロットンさんの目が少し険しくなる。


「そんな怖い顔すんなって。お前さんは仲間思いだなぁ。」

 ゴンザさんがロットンさんをたしなめる。


 ロットンさんの気持ちもわかる。ウォバルさんをつけるということは、それだけ危険な相手ということだ。

 リーダーとして、パーティーメンバーを案じているのだろう。


「ウォバルをつけるのは保険だ。俺も念のために現地に行くし、何なら戦うぜ?」

 ゴンザさんが肩をすくめる。


「わかったよ。貴方の仕事は信頼している。話を聞かせてくれ。」

「あいよ。アキネ!」

「はーい!」

 呼ばれたアキネさんがぱたぱたとこちらへ来る。


「アスピドケロンの討伐クエストだ。資料を持ってきてくれ。」

「あ、あれを倒すんですか!?」

「おうよ。」

「ずっと放置してたのにですか!?」

「今はA級パーティーがいる。俺やウォバルみたいな元ではなく、現役のな。この機会を逃すわけにはいかねぇ。ウォバルも呼んでくれ。いつもの飲み屋にいるはずだ。」

「——わかりました!」

 アキネさんがまた、ぱたぱたと走って受付の裏へと姿を消した。


「ギルド内では有名なんですか?アスピドケロンとは。」

 ロットンさんが聞く。


「俺も聞かねぇな。」

「私も。」

 ライオさんとシャティさんも返答する。ミロワさんは無言でふんふん頷いている。


「あまり内陸では見ない魔物だからな。普通は海に住んでいる。ここの森の深層は魔素が濃い。だから例外的に住み着いてしまっているんだよ。より厳密に言えば、こいつはアスピドケロンではないが、他に呼び名がないのでこう呼んでいる。そこはまぁ、後で説明する。」


「やはり、ここの森は特別なんですね。」

 ロットンさんが返答する。


「ああ、もっと奥地に行くと魔界もかくやの怪物だらけだぜ。」

「そんな危ない森なのに、常駐上級冒険者はウォバルさんだけでいいのですか?」

「わざわざ魔素の薄い下界に下りてくる魔物はいないんだよ。あそこまでの奥地になると、物理的な食事よりも空気中の魔素を優先するやつらばかりだ。エルフたちが森の奥に住むのは、そういった魔物を他の種族が刺激しないようにするという役割もあるんだ。」

「連中が高飛車になるのもわかる気がします。」


 ロットンさんはエルフと交流したことがあるのだろうか。

気にはなったが、話に入ることができない。


「実際、特別な種族だからな。とと、話がそれた。アスピドケロンについてだな。」

「ギルドマスター、資料はここでいいですか?」


 アキネさんが丁度きた。

後ろにはウォバルさんもいる。優雅に右手を上げて挨拶してくる。


「おお、いいタイミングだ。ギルドマスター室に移動するぞ。」


 俺たちはぞろぞろと連れ立ってゴンザさんの後を歩いていく。


「おい、あのストレガの弟子、やっぱりウォバルさんたちと同行してるぞ。」

「くそ、やっぱ上級パーティーにつばつけられたか。」

「早く声かければよかった。」

「手籠めにしておけばよかった。」


 おい。最後の兎人の女、聞こえてるぞ。


「アキネ!茶いれてきてくれ!」

 ギルドマスター室につくとすぐにゴンザさんは座ってアキネさんに指示を出す。


「ぶー!女性職員だからってお茶くみ係は差別ですー!この部屋の備品はギルドマスターが一番わかってるんだから、自分でいれてください!」

 アキネさんがすぐに言い返す。


「ふふっ。くく。」

 隣でウォバルさんが静かに笑う。


「ぐぬ。誰の入れ知恵だ!?アキネ!」

 相変わらずの声量でゴンザさんが言う。


「ロベリアさんです。」

「あのお局ばばあ!」

「あ!言いましたね!ロベリアさんに言いつけます。」

「おいやめろ俺が悪かったお茶くみます。」

「よろしい。」


 このギルド。トップがこの扱いでいいのか?

いや、隣のウォバルさんが笑っているのだからいいかもしれないが。


「え、えっと、始めていいのかい?」

 ロットンさんが困惑しながら話す。


「構わんよ。俺は茶をいれるから勝手に話してくれ。アキネ!」

「はい!」

 アキネさんが部屋の中央にある広いテーブルに資料を広げる。


エルフの森の地図。その奥地にある沼の特性データ。そこの周辺に住む魔物の情報。

そして、アスピドケロンの全体図。


 全員が資料を囲むように、各々座っていく。


「これは、亀?」

 ロットンさんが呟く。


「いや、ドラゴンだろ。」

 ライオさんも言う。


「クラーケン?」

 シャティさんも眉をひそめて言う。


「魚みたいな鱗もありますね。シーサーペント?」

 俺も話に加わる。


「その、どれもだよ。」

 ウォバルさんが答える。


「どれも?そりゃどういうことだ?」

 ライオさんが頭の後ろに腕を組む。


「こいつはキメラさ。」

 ウォバルさんが魔物の名前を言う。


「キメラ?僕が聞いた特徴と全く違うけども。」

 ロットンさんが言う。


「私もそう。獅子の頭、羊の胴体、蛇の尻尾と聞いた。」

 シャティさんも付け加える。


「え。俺のところは違うぜ。馬の下半身に、人間の上半身から翼が生えた異形と聞かされた。」

 ライオさんが言う。


「本当かい?僕とミロワのところは頭は猿、体は犬、尻尾が蛇で手足が虎だったよ。」

 ロットンさんの隣でミロワさんもふんふんと頷く。


「マジかよ。気持ち悪!」

「どこも大差ないだろう。気持ち悪いことに変わりはない。」

 ライオさんの反応にロットンさんが返答する。


「そうさ、そしてキメラに関してはその全てが正解なんだよ。」


 説明を始めるウォバルさんを、その場の全員が注視する。

 ゴンザさんは火魔法でポットを加熱していた。


「キメラというのは、元々の姿は誰も見たことがないという。伝承だとただの犬のような魔物とも言われているけどもね。所説あるからこれという姿はない。重要なのはその魔物としての特性さ。殺した敵の部位を剥ぎ取って、自分に付け替えることができるのさ。」


「剥ぎ取って付け替える。」

 ロットンさんが復唱する。


 本当かよ。だとしたら最強生物じゃないか。強い魔物をどんどん吸収していけばいい。

そして俺は気づく。先ほどロットンさんが言ったキメラの特徴が、日本の伝承として残っている妖怪である鵺に酷似している。

もしかしたら、俺が気づいていなかっただけで、元の世界もファンタジーしていたのかもしれない。


「そんなこと出来るなら、最強。A級の私たちが詳細を知らないようなマイナーな魔物にはならないはず。」

 シャティさんが言う。


「そう、その通りだよ。字面だけ見るとこの魔物は強力だ。シャティ君が通っていた魔法学院の魔物生態学で必修だっただろうね。」


「では、何か欠点があるんですね?」

 ロットンさんが質問する。


「そう。こいつは部位を付け替えこそ出来るものの、自分が生来もつ魔力の量は変わらない。」

「なるほど。それなら有名じゃないのも納得だぜ。」

 ライオさんがうなる。


「元々もっている魔力の量は大きい犬型の魔物程度だ。つまり、どれだけ強力な武器や体躯をしていても、魔力はその辺の魔物と変わらないということさ。」

「では、何故A級冒険者のロットンさんたちが戦わないといけないんですか?」

 俺も質問をはさむ。


 魔力が通常の魔物程度であれば、ギルドにたむろしていたB級の冒険者たちに任せてもいいかと思えるのだ。

 初めて俺がギルドに来た時に難癖をつけてきた大男、魔法使いの青年。先ほど俺にセクハラ発言をしていた兎人など、倒せる人材はいくらでもいたはずだ。


「いい質問だね、フィル君。」

 ウォバルさんが優し気に俺を見る。


「フィル君の言う通り、本来は君らが出張るほどの魔物じゃないんだ。もちろん、僕もね。だが、こいつは色んな魔物を取り込みすぎた。大きくなりすぎたんだ。」


「大きくなりすぎた、というと?」

 ロットンさんが先を促す。


「こいつのこの亀の形をした胴体、タラスクさ。」

「は!?嘘だろう!?だとしたらA級パーティーどころかS級が必要になるぞ。もしくはA級以上が寄り合ってクランを作らないと不可能だ!」

 ライオさんが声を荒げる。


「落ち着いてくれ。それは生きたタラスクの場合だ。こいつの場合は張りぼてだよ。タラスクの死体を被っているだけなのさ。キメラの素体がタラスクを倒せる可能性っていうのは、万が一にもない。おそらく死体とたまたま遭遇して自分のものにできたのだろう。」

「他の部位はどういうことです?」

 ロットンさんが質問する。


「それには俺から答えよう。」

 ガチャガチャとお茶を並べてからゴンザさんが言う。


「ああ!ギルドマスター、自分だけお酒ついでますね!?」

 隣でアキネさんが声をあげた。


「五月蠅いわい!普通の人種と違って俺はドワーフだから大丈夫なの!」

「勤務中ですよ!」

「仕事の能率は変わらんもんね!」

「ロベリアさんに言いつけますよ!」

「ぐ……言ってみるとよかろうもん!」


 酒のためにそこまで開き直るのか。

 はす向かいを見ると、シャティさんが冷めた目でギルドマスターを見ている。

ゴンザさん大丈夫だろうか。商売相手が不信感をもってますよ。


「とにかく、だ。他の部位に関しても本物よ。足はクラーケンのものだし、頭は大型のワイバーンだろうな。ちなみに尻尾はバジリスクだ。」

「毒龍タラスク、海の王クラーケンに、蛇の王バジリスクか。それだけ伝説級をそろえておいて、頭はワイバーンなのな。ちぐはぐすぎんだろ。死体だから鮮度が落ちるとはいえ、これは素材の値段は半端ないことになるな。」


 ライオさんが喉を鳴らす。彼の周りの魔素がびりびりと鳴る。興奮しているのだろう。

 周囲を見ると、ライオさんだけでなく全員の周囲にある魔素が震えていた。引っ込み思案なミロワさんと、いつも落ち着いているウォバルさんまでもだ。

血がたぎっているのだろう。

 俺はロットンさんやミロワさんを見誤っていたのかもしれない。二人とも虫も殺さない優しい人間だと思っていた。欲望とは無縁の人間なのだと。

 だがしかし、二人を纏う雰囲気はどうだろう。剣闘士のそれである。彼らはA級冒険者なのだ。欲望、渇望、熱望。あってしかるべき人間なのだ。


 俺?

 もちろん俺にもある。初めてワイバーンを討伐した時に感じた快感。その熱量。今も忘れていない。

そしてきっと、これからも忘れない。


「やる気は十分みてえだな。よし、じゃあ対策会議を始めるぜ。」

 ゴンザさんが笑みを浮かべて俺たちを見た。

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