第33話 初めてのクエスト2

「その作戦、僕も参加させてよ。」

 そう言って入室してきたのは、先ほど俺を手籠めにするとか言っていた兎人だった。


 白い肌に白い兎耳。丸くて赤い目。紺のフードを被っているが、そこから綺麗な白髪が流れている。膝下まであるコートの下から剣の鞘が見える。日本刀のようだ。黒の漆に金の装飾が施されている。茶色いブーツが床をコツコツと叩いている。


「トウツ・イナバか。おい、こいつを通したのは誰だ?」

 ゴンザさんが言う。


「私です。」


 トウツさんの後ろから入ってきたのは、ギルド職員の女性だった。細い丸眼鏡をしており、長い髪を清潔に後ろで縛っている。


「ぐ、ロベリア。」

 ゴンザさんがうなる。


「ゴンザさん、ロベリアさんが苦手なんですか?」

 俺が隣のウォバルさんに問う。


「苦手もなにも、奥さんだからね。あいつは尻に敷かれてるのさ。」

 くくく、と笑いながらウォバルさんが言う。


 驚いた。ゴンザさんはドワーフだ。ロベリアさんは普人族に見える。異種族でパートナーを選ぶのはタブーではないのだろうか。


「異種族で結婚するのは、稀だね。」


 俺が顔に出していたのだろう。ウォバルさんが付け足す。


「何か理由があるのか?」

 ゴンザさんが問いかける。


「理由もなにも、そこの子はまだ五歳でしょう? 時々ここに来ているようで、ギルド職員は喜んでいるようだけども。」

 綺麗な抑揚をした声でロベリアさんが話す。


「え、喜んでるんですか?」

 思わず問いかける。


「むさ苦しい男ばかり相手してるからね。変なお面を被っているとはいえ、子どもは癒しなのよ。坊やが来たときは誰が受付するか競争している職員もいるね。」

 ロベリアさんが答える。心なしか、声色が優しい。


「ね~。僕座っていい?」


 兎人の女性……女性だよな?胸あるし。かなり大きいのが。というか転生してみた中で一番でかい。何だあれ。

 まぁ、いいや。

 彼女はかなりマイペースな人のようだ。兎人はみんなこうなのだろうか。


「ちょっと待て。ロベリアがお前を連れてきた理由を聞いてからだ。」

「そこの子の護衛よ。あんた、いくら将来有望とはいえA級の依頼に帯同させるなんて正気じゃないよ。」

「こいつは特別だよ、ロベリア。マギサ・ストレガの弟子だぜ?実力も俺が保証する。」

「そういうことを言ってるんじゃないの。その子が特別なんて、一部のギルドの人間や冒険者しかわからないわ。貴方、いい加減世間体というものを覚えなさいな。」

「ぐ。」

「見る人が見れば、五歳の子どもを囮用に連れていく鬼畜ギルドよ。ここでは見ないけど、他の地域では奴隷の子どもを囮用に連れていくなんてこと、よくあるからね。トウツはその子の護衛という形で付けます。報酬は他の冒険者よりも少し落ちるくらいでよいと、本人からも了承を得ています。その子は後衛。トウツは前衛。バランスがとれるはずです。」


 ロベリアさんが、ちらりとテーブル上にある酒を見る。

 ゴンザさんがばつの悪い顔をする。


「ぐ。わかった。彼女も攻略メンバーに入れよう。」

「分かればいいんです。」

「実力の程は?」

 ロットンさんが口を挟む。


「こと対人に限ればウォバルの次くらいの実力よ。あくまでも、ここの近郊での話ですけど。ソロでB級まで来てるからね、この子。」


 ロットンさんのパーティーメンバーが彼女をまじまじと見る。

 本人は笑顔で「ぶいぶい!」と言ってピースサインをしている。能天気な人だ。


「じゃあフィル君、くれぐれも気を付けてね。」

「はい。ありがとうございます。」

 俺は席を立ち、頭を下げる。


 ロベリアさんは手をひらひらさせて退室していった。


「私これもーらい!」

 トウツさんが酒をとる。


 ゴンザさんが悲しい顔をするが、ロベリアさんにばれた手前、強く出れないようだ。


 トウツさんが俺の隣に座る。

 距離が近い。怖い。

 俺はウォバルさんの方に少し席をずらす。足が地面に届いていないので、魔法で少し椅子をずらす。距離を詰められた。身長の問題で大きな双丘が目の前に来る。

 何この人、ぐいぐい来る。怖い。

 俺はギルド内での手籠め発言を思い出し、戦々恐々とする。

 隣ではルビーは『ふー!』とか『しゃー!』とか言って威嚇している。おい、ウォバルさんに見つかるぞ。


「あんたソロでB級なのかよ。ぱねえな。」

 気さくなライオさんが話しかける。


「えへへ~。それほどでもある。」

 トウツさんが腕を組む。腕に双丘が押し上げられる。


 目に毒なので、思わず視線をそらす。

 トウツさんが俺の肩に手を回した。

 何故だ、怖い。隣の妖精もついでに怖い。

 ちなみにライオさんは胸を凝視していた。同じ男として頭が下がる。


「あの、ソロでB級ってすごいんですか?」

 さりげなく回された腕を外しながら話をふる。


 外したら背中に腕を回されて抱き上げられた。怖いよ。

 ルビーが空中で変な軌道で暴れ飛んでいる。


「ああ、すごいね。僕らは四人でA級まで上り詰めた。その娘は一人だ。この違いはわかるかい?」

「なるほど。」


 トウツさんの膝に乗せられながら俺は答える。

 抵抗するのが怖い。


「階級を上げるために必要なのはクエストの討伐成果。本来複数のメンバーで上げる功績を一人であげている。そういうことですね?」

「そうなのさ。それだけじゃない。ソロは魔力切れがほぼイコールで死につながる。ポーションが切れたら回復も出来ない。相性が悪い魔物と接敵したら逃げるしかない。制約が本当に多いんだ。儲けを独り占めしたくてソロに挑戦するやつは多くいるけど、そのほとんどは何の武勲もあげずに死ぬことが多い。」

「なるほど。」


 言われてみると、俺はけっこう危ない橋を渡っているのだと再確認できる。

 隣でルビーが『お前のことやぞ。』みたいなしたり顔をしている。むかつく。


「あの。」

 俺はトウツさんを見上げる。


「なぁに?」

 赤い目を肉食獣のように煌めかせて、トウツさんが俺を見下ろす。


 気分は草食獣。

 背中のクッションだけは極上で大変よろしいと思います。


「日本という言葉に聞き覚えはありますか?」

 意を決して質問する。


 俺は彼女の腰にかかっている日本刀をちらりと見る。


「二ホン?なにそれ?」

「国です。国の、名前。」

「知らないなぁ。僕の出身はハポンだよ?」

 きょとんとした顔でトウツさんが答える。


「いえ、ありがとうございました。」

 俺は少し気落ちして返事をする。


「話の腰を折っちゃったかな? ゴンザちゃん続けて?」

 トウツさんがぱっと顔を上げてゴンザさんに先を促す。


「ちゃんって……。ウォバル、簡単にまとめてくれ。」

「わかった。今回の攻略に関しては私が便宜上リーダーとして一任される形となる。ただし、報酬は平等に分け与えられることを約束しよう。保証人はここにいるギルドマスターだ。構わないかい?」

 ウォバルさんがロットンさんを見ながら言う。


 今いる面子を見ると、ウォバルさんでなければロットンさんがリーダーを務めることになる。「私でいいか?」という確認なのだろう。

 ロットンさんが無言で頷く。

 普通に考えれば、攻略に参加するメンバーのほとんどはロットンさんのパーティーメンバーである。

 であれば、ロットンさんのパーティーの戦い方にウォバルさん、ゴンザさん、俺、トウツさんが合わせるのが、一番効率がいいのだ。ロットンさんがリーダーをするのが一番自然だろう。

 おそらく、ゴンザさんはそれよりも長年の信頼とここの地形を知っている地元民であるウォバルさんの経験をとったのだろう。

 そして、ロットンさんたちはそれを尊重した形となる。


「攻略のメインはロットンパーティーの戦い方で行う。確か、導き手の小屋ヴァイゼンハッセというパーティ名だったかな?」


「はい。」

 ロットンさんとミロワが頷く。


 どんな意味の名前なのだろう。少し気になる。


「本来、冒険者は手の内を見せないことが通例だが、今回は何分全員の命がかかっている。出来るだけ詳細な情報交換を求めたい。」

 ウォバルさんの言葉に全員が頷く。トウツさんが頷き、双丘が後頭部に押し当てられて、なんか、こう、悪い気はしませんね。


 少し脇道にそれてしまったが、俺たちのアスピドケロン討伐が始まる。

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