第93話 学園生活5

 しばらくすると、フィンサー先生が教室を訪れて、嗚咽をもらすクレアを別室に連れて行った。

 教室には数人の子どもたちがクレアに釣られて泣き出している。

 リラ先生はそれの対応にひたすら奔走して、まともなホームルームにはならなかった。


「よう、転校生。お前、クレアのなんなんだ?」


 休み時間になり、そう話しかけてきたのは、勝気な見た目の少年だった。隣にはおどおどしたアルがいる。友達だろうか。

 身長はクラスで一番高いだろう。俺よりも高い。年齢は一桁もいいところのはずなのに、身体が鍛えられていることが見て取れる。幼い顔と、その締まった体にアンバランスな印象を受けてしまう。

 褐色の肌。元いた世界のエジプト人みたいなオリエンタルな印象をもたせる佇まい。髪色も瞳の色も、絵具の原色のような赤だ。

 エクセレイ王族の二人を見ても思ったのだが、この世界の人間はけっこうカラーリングが豊かだ。


「えっと、君は?」

「そうだよ、ロス。自分から名乗らないと。」

 アルも俺に追従する。


「ごめんごめん。俺はロプスタン・ザリ・レギアってんだ。種族は竜人族リザードマン。よろしくな!」

「俺はフィル・ストレガ。種族は小人族ハーフリング。よろしく。」

「ロスって呼んでくれ。」

「俺もフィルでいいよ。」


 俺とロスは握手する。

 竜人族か。直接関わるのはピトー先生に続き2人目だ。気さくで元気のいい少年である。

 それにしても、レギア? 何処かで聞いたような。


「な、な。それでさ。クレアとはどんな関係なんだ?」

「ねえ、初めて会うのにそういうこと聞くの、やめようよ。」


 ぐいぐい来るロスを抑えようとするアル。

 意外だ。

 優しいアルが人にものを言っている。気のおけない友人なのだろう。


「そっか、ごめんよ。気を悪くしたか?」

「いや、構わないよ。」


 考えが足りないだけで、根はいい子なんだろう。

 この世界の子どもは妙に大人びている。アルシノラス村のことを思い出すと、小さい子どもも身銭を稼ぐために働くことが当たり前のように暮らしていた。言葉遣いも含めて大人びて見えるのは、そういうことなのだろう。

 この世界の子どもは、体が小さいだけの大人のような扱いを受けている。


 だからこういった率直な物言いをされると、やはり子どもなんだなと安心してしまう。

 ずけずけとプライベートなことを聞いてくるが、俺はこの少年に悪い感情は抱かなかった。


「すまないけど、俺もあの子とは初対面なんだ。あの子が何で泣いたのか、俺にも分からない。」


 実妹をあの子と呼ばなければならないことに、胸がちくりとする。


「そっかー。クレア、どうしちゃったんだろう。あんなに泣いてるの、初めて見たぜ。」

「というか、泣いてるの自体、初めて見たよ。」

 アルも続いて言う。


「そっか。あの子、クレアっていうんだね。」

 白々しく俺も答える。


「おう、クラスで一番光魔法が上手いんだ!」


 ロスが有益な情報を教えてくれる。

 そうか。クラスで一番か。

 お兄ちゃん、鼻が高いぞ。


「クレアさんって、エルフだよね。珍しいなぁ。何で学園にいるんだろう。」

 それとなく聞いてみる。


「だよな!珍しいよな!俺たちも初めて見たときびっくりしたもん!」

「それを言うなら竜人のロスも、初めて変身した時、とても驚かれてたでしょ。」

「たはー!」


 アルに突っ込まれたロスが元気よく笑う。

 大人しめのアルに、元気がいいロス。珍しい取り合わせだが、いいコンビである。


 竜人族は苦労の多い種族と聞く。変身して二足歩行の爬虫類のような姿に見た目を変えることができるのだが、特定の爬虫類型の魔物に似た姿になってしまう。早くから人種ひとしゅとして認知されたが、被差別の歴史が長い。

 結果として竜人族は他の人種と戦うことよりも和平を優先し、普段は普人族と同じ姿で過ごすことになる。


「確かリラ先生が留学って言ってたぜ。エルフもたまには森から出て外の世界の勉強がなんとかかんとか。」

 ロスが説明する。


 なるほど。

 だが、多分それだけじゃないだろう。まだ理由があるはずだ。

 巫女という、代えの効かない人材を外に出しているのだ。相応の理由があるはずだ。


「ちょっと、ロス。そいつはあたしが予約してるの。勝手にとらないでくれる?」

 イリスが会話に混ざってきた。


「別にいいじゃん。お、というかそろったな。」

「そろったって?」

 ロスに俺は聞き返す。


「プリンセスファボリだよ。」

「プリンセスファボリ? 何だそれ?」

「エイブリー第二王女のお墨付きという意味さ。アルは貴族だけど貧乏、俺は他所の国の出身だけど、特例で入学させてもらったんだ。イリスは姉のお墨付きがなくてもよかったみたいだけどな!」

「姉様は過保護なのよ!」


 イリスは怒って見せてはいるが、頬が緩んでいる。姉妹関係が良好なのだろう。

 ん?


「なあ、イリス。」

「話しかけないで。あんたは敵よ。」

「イリスと呼べって言ったのお前だよね!?」

「おお。学園のきまりで対等とはいえ、王族をお前呼ばわりって、フィルすげえな!」

 ロスが笑う。


 いや、違うねん。俺は悪くない。突っ込みポイントを作ったこのミニマム姫様が悪い。

 というか、エイブリー姫もそうだけど、王族はみんな自分勝手なのか?


「で、なに?」

「イリスとエイブリー姫って、姉妹なの?」

「いいえ、違うわよ。従姉妹よ、従姉妹。というか自分の国の王族の家系図くらい頭に入れときなさいよ。」

 大人の貴族だったら不敬罪よ、とイリスが付け足す。


「ごめんごめん。」


 なるほど。それでエイブリー姫は師匠のことをお婆様と呼んでいたのか。自分の家に仕える食客の魔法使いだけでなく、親戚のお婆ちゃんだったのだ。

 というか師匠。そのくらい教えてくれよ。

 あの婆さんのことだ。結婚は黒歴史だったとか言いそう。


「それとこれ。」

「何だこれ。」

「決闘の許可証よ。さっきリラ先生にサインをもらったわ。立会人の先生はフィンサー先生よ。決闘の立ち会いででフィンサー先生が出てくるなんて、とても珍しいのよ。あんた、何かしたの?」

「俺は何もしてないよ。」

「あ、そう。」


 何かしたとしたら、フィンサー先生だ。

 入学試験で俺を騙し、実力の底を見ようとした人。ウォバルさんたちの元パーティーメンバーなのだ。もっと警戒すべきだった。


 結局、帰りのホームルームまでクレアは戻って来なかった。

 気持ちが沈んだ。心配事も大いにある。

 だが、これから妹の近くで過ごすことが出来るのだ。正体を隠すのが大変だが、期待の方が大きい。

 兄として、彼女の気持ちが上向きになるよう尽力しなければならない。


 さて、問題はこのミニマム姫様だ。

 決闘でどう料理してやろうか。




 放課後、俺たちは闘技場に到着する。

 もらったばかりの戦闘用の服に着替える。

 マギ・アーツ用の服らしい。マギ・アーツは魔法を使った戦闘の総称のことだ。つまりこの服は、現世でいう体操服のようなものだろう。

 色は黒。白いラインでちょっとした模様もついている。よく見ると、付与魔法の魔法陣のようだ。長袖長ズボンで、可動域は柔らかく作ってあり動かしやすいが、皮のように頑丈な材質だ。おそらく、体表を硬質化できる哺乳類の魔物の素材だろう。付与魔法は防御力向上。とはいっても、量産品だからそこまで強力な付与魔法ではないが。

 いや、俺にとっての付与魔法の基準って、ゴンザさんや師匠になってしまうので、これはこれで良い付与魔法なのかもしれない。


「着心地はどう?」

「動きやすいです。ローブとは違った良さがありますね。」

 フィンサー先生の質問に答える。


「クレアはどうしていますか?」

「泣き疲れて眠っていましたよ。そのまま女子寮に引き渡しました。」

「……そうですか。」

「後で、フィル君にも事情を聞きますね。」

「はい。俺も聞きたいことがあるので。」


 魔王は復活する。

 それは、夢に出てきた獅子族の男が言っていたことだから、確定事項なのだろう。

 問題は、その未来予測をフィンサーさんに教えて良いのかということ。ウォバルさんの元パーティーメンバーだ。信頼は出来るはずなのだが、俺一人では判断がつかない。

 シュレ学園長に関してもだ。

 師匠は信頼に値する人物と評価していた。

 それもそうだろう。信頼していなければ、俺を学園に送ったりはしないはずだ。

 いや、あの婆さんなら敵の懐にも俺を送り込みそうではあるが。


 託宣夢の話をした時、師匠は驚かなかった。

 むしろ、やっと来たのかという顔をしていた。

 あの人も何か知っているのだろう。この世界で何が起きているのかを。それでも俺に何か話すことがないということは、今は俺が知る必要ないことだということだ。


 俺の夢の話が出来るならば、学園長やフィンサー先生にクレアのことに関して協力を申し出ることができる。

 見極めないといけない。この学園で味方につけるべきは誰かを。

 そのためには、トウツやフェリにも相談しなければ。

 独断出来るほど、俺は頭も良くないし決断力もない。


「フィル。準備はいい?」

 イリスが聞いてくる。


「もちろんさ。いつでもいいよ。」

 俺は屈伸しながら答える。


「では準備をしようか。二人ともこちらに。」


 フィンサー先生が俺とイリスを決闘場の中央に立たせる。

客席ではアルとロスが俺とイリスに手を振って応援していた。よく見ると、近くにシャティさんも見学に来ている。

 上級生や教師も多く座っていた。

 ストレガのひ孫と弟子の戦いだ。魔法のメッカであるこの学園において、注目度は高いのだろう。身をもって師匠のネームバリューというものを見せつけられる。

 

「なんだい。貴族と決闘する予定でもあるのかい?」


 いつかの師匠の言葉を思い出す。

 師匠。貴族どころか王族だし、あんたの血縁者だったよ、くそ婆。


「運動服の上から、これを着てもらうよ。」


 渡されたのは、動きやすいがゴツゴツした軽めのプレートメイルだ。防御魔法だけでなく、対ショック魔法、裂傷防御、刺突防御、炎症防御魔法まで付与してある。

 何だこれ。どんだけ金かけてるんだろう。


「流石に児童生徒の人数分はないからね。数クラス分くらいしかないよ。」


 俺が表情に出していたからだろう。フィンサー先生が補足する。


「それと、普通の子どもはその付与魔法には気づかないから気をつけなさい。目立ちたくないんでしょう? 顔に出過ぎですよ。」

 耳元でフィンサー先生が言う。


「は、はい。」

 何も言えねぇ。


「もう!早く始めましょうよ!」

 イリスがきゃんきゃんわめく。


 彼女は既に、闘技場の戦闘位置についていた。

 ラインが対面するように二本引いてある。距離は10メートル。入学試験の時にフィンサー先生が言っていた、魔法使いが最低限とらなければならないアドバンテージとしての距離だ。

 これ、近距離戦が得意な魔法使いはどうしてるんだろう。


「了解。」

 俺も位置につく。


「上手く手ほどきしてあげてね。」

「……わかりました。」


 フィンサー先生は気づいているのだろう。

 この勝負、ほぼ俺の勝ちが決まっている。

 あの教室の中で、間違いなくイリスは抜きんでた魔力をもっていた。身体から流れる魔素も、エネルギッシュで質が良い。才能にあぐらをかかず、この歳で努力しているのだろう。

 だが、あくまでも7歳児の域である。

 3歳から魔物が巣くう森で育った俺と、比較対象になるわけがない。


 正直、難しい。

 貴族相手にしてはならない負かし方は知っている。

 だが、この少女はおそらく、俺が手を抜くのを一番嫌うだろう。

 色んな意味でやりにくい相手だ。


「始め!」

 フィンサー先生が開始の宣言をした。


水刃ウォーターカッター!」


 イリスが水魔法を飛ばす。

 魔素の演算も魔力の浸透も早い!

 軽く体をひねってかわす。


「く、水刃!」


 イリスは手数を増やして水の刃を量産してくる。

 俺は走りながら悠々とかわす。

 魔法そのものは上手い。魔素の観測も演算も、魔力の出力も早い。今すぐ冒険者を初めても、浅いところなら安全に魔物を狩れる実力があるだろう。

 だが、判断が甘い。

 通用していない魔法を何度も使っているし、自分の魔力のリソースを考えずに連続攻撃を仕掛けている。

 おそらく今までの決闘では、このごり押しで勝てたのだろう。


「ちょこまかと逃げんな!浮遊水球フロートウォータースフィア!」


 闘技場に水の塊が浮遊する。

 よく見ると、ただの水の塊ではなく水泡バブル状になっている。泡にすることで軽くして、魔力を節約しているのか。泡の表面には緑色の魔素。風魔法で圧縮した空気を内包している。

触れて割れたら爆風でダメージを受ける魔法か!

 しかも風魔法の詠唱はしなかった。大声で水魔法を叫んでいるのもブラフか!

 俺は彼女への評価を上方修正する。


「ふふ、くく。」

 俺は笑いながら泡の間をすり抜ける。


 そりゃ、あの婆さんのひ孫だ。凡庸なわけがないよな。


「何が面白いのよ!この!この!」

 怒りながら水刃を飛ばすイリス。


 その間にも、泡はどんどん増えていく。そして逃げられるスペースが狭められていく。

 相手が逃げるのが得意ならば、逃げる範囲を限定する。

 なるほど、森に出てはフィールドに合わせて戦ってきた俺にはなかった発想だ。

 闘技場という、決められた環境で戦っているからこそ思いつく戦い方。自分に有利なフィールドを作る試行錯誤。


「この!」


 水の刃が俺のすぐ近くの泡を切断する。泡が爆発し、空気の塊が飛び出す。


「よし!あれ!?」


 俺が風魔法で空気の塊をいなすと、イリスが慌てた声を出した。

 駄目だなぁ。やられたらすぐに次の手を出さないと。

 俺は身体強化で加速する。


「くっ。」

 慌ててイリスが水刃を飛ばす。


 遅い。その距離でアウトレンジ攻撃は意味がないよ。

 姿勢をさらに低くして加速し、彼女の懐に入る。

 胸倉をつかみ、つり込み足をして地面に引き倒す。

 小さい女の子を投げるのは気が引けたが、プレートメイルの対ショック付与魔法があるから大丈夫なはずだ。

 俺は馬乗りになって彼女の動きを封じる。


 ——何か赤い魔素が周囲でびりびりしている。ルビーが何か叫んでるのだろうか。


「どうする? 続ける?」

「……参った。」


 ものすごく不服そうな顔でイリスは降参した。

 俺は上から退いて立ち上がり、彼女に手を伸ばす。

 彼女は黙って俺の手を取り、立ち上がる。

 泣いていない。意外だ。


「何よ。」

「いや、泣かないのかなって。」

「あんた、あたしを何だと思ってるの。負けたのはあたしが弱いから。悪いのはあたし。こんなんで泣く必要なんてない。」

 唇を震わせながら、彼女は言う。


 強い子だ。


「いやぁ、いい決闘だったね。中等部でも今の戦いに着いてこれる子はあまりいないよ。二人とも流石だ。」

 フィンサー先生がにこやかに拍手する。


「どうも。」

「ふん。」

 負けたので、イリスは不機嫌に返事をする。


「帰る。」

「うぇ?」


 イリスはすぐにプレートメイルを脱ぎ、女子寮の方へ向かう。


「ちょっと待ってって。」

「何よ。負けたあたしに何か話すことなんてあるの?」


 据わった目で、彼女が俺を見る。

 まだ7歳なのに迫力あるなおい。これが王族か。


「反省会しようぜ。さっきの魔法について。お前の魔法、水と風の複合だろ? すげえな。」


 イリスが目をぱちくりとさせる。


「気づいてたのね。あたしの魔法。イヴ姉さまに相談しながら作った魔法なのに。」


 あの魔法ジャンキー姫が参謀だったのか。なるほど。


「空気を圧縮して泡に閉じ込める発想はいいけどさ、あれじゃダメージソースになんねぇでしょ。もうちょいアレンジできない?」

「どうしてアレンジする必要あるのよ?」


 表情を見ればわかる。これはカチンときているな。

 大好きな従妹の助言を蔑ろにされたと感じたのだろうか。


「いや、あの魔法の発想はいいんだよ。むしろすげえよ。俺には思いつかなかったもん。」

「そ、そう。」

 イリスが顔を赤らめる。


「何を話し込んでるんだ?」

「もう皆帰り始めてるよ?」

 ロスとアルも客席から降りてきた。


「いや、イリスの魔法の話。こいつの泡の魔法さ、闘技場向けじゃないと思うんだよね。」

「どういうことよ。」

「普通に考えて泡に殺傷能力はないわけだろ? 純粋な浮遊水球であれば捕まったら窒息死の危険があるけども。だから、敵は確実にこれが罠だって気づくと思うんだよな。これ、正々堂々と戦う決闘に使う魔法じゃなくて、不意打ちアンブッシュ用の魔法じゃないか?」

「あっ。」

 イリスが手で口を抑える。


「そういえば、姉様もそう言ってた気が。」

「だろ?」


「へぇ、じゃあどうすればいいんだ?」

 ロスが会話に混ざる。


「俺は風魔法をもっと前面に推していいと思うんだよね。泡にあれだけの空気を圧縮できるくらいには操作できるんだろ、なんなら————。」


 その後、俺たち四人はイリスの魔法の改善案を夢中になって話し合った。

 話が終わるころには、闘技場には誰もいなくなっていた。

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