エルフ転生
円仁(えんじん)
第1話 プロローグ
「相馬先輩って、いつもニュートラルですよね。」
そう言ったのは、俺の高校の後輩であり、恋人でもある茜だった。セミロングの髪に人懐っこい丸い瞳。生真面目にも意思が強そうにも見える流線形の眉。口元は小さく桜色をしている。
俺と彼女はおそらく、成り行きで付き合い始めたカップルだ。同じ男女グループに属していて、少人数で話すときはあぶれてしまうから、結果的によく話すようになった二人。
「なんでしょう。恋人として大切にされてるのはわかるんですよ。でも先輩って義務的なんですよ。義務的で事務的、的な?」
「何で韻を踏んだの?ラップの練習?」
「私、真面目な話してるんですけど。」
彼女が桜色の唇を引き結ぶ。
彼女は世間一般でいう、美人の部類に入るのだろう。だが、彼女は一直線すぎた。真面目であり、善を愛し、悪を許さない。
そして「許さない」の度が過ぎたのだろう。人として良くできているのは周囲の人間は認めていたので、友達は多かった。が、親友はいなかった。そして彼氏もいなかった。そこにたまたま凡庸な俺が収まったのだろう。
俺としては見目麗しい彼女ができたのは世間体的に嬉しいものであるのだが、彼女がどう感じているかは今ここで初めて知った。
そうか。俺、事務的に彼氏しているように見えたのか。
「真面目な話なので、真面目に答えてください。先輩。」
「おう。」
俺なりに真面目な声色で返事する。
「というか、先輩って何かに夢中になったことありますか?」
「今はお前に夢中だろ。」
「はいはい。」
彼女は全く取り合わず、おざなりに返事をする。
付き合い始めは初々しい反応を返してくれたというのに。
「そこですよ、先輩。先輩って本心からそう思っていますか?私が喜ぶからそういう言葉を選んでるだけなんじゃないですか?」
図星だった。
彼女のことは付き合い初めから賢い子だとは思っていた。だが、こうまで見事に俺の本心を言い当てられるとは思っていなかった。
俺はいつでもそうだった。自分で決断しない、考えない。学校の勉強は、親が「した方がいい。」と言ったからとりあえずしていた。部活動も友達に誘われたからなんとなくやっていた。今の彼女とだって、告白を断れば彼女が傷つくかもしれない、それは面倒だと思って付き合った。
生きるのは面倒だけども、死ぬよりはたぶん辛くはないから、ただ漫然と漠然と生きてきた。
何にも熱くなれない。俺の人生に目標というものはなくて、何者にもなれずに大人になっていくのだろう。なってしまうのだろう。
その予感があった。
「もう少し、能動的に考えてほしいです。自動的にじゃなくて。」
「何だよそれ。俺がロボットみたいじゃん。」
「あっ。今拗ねましたね。やりい!」
彼女がほほ笑む。
ああ、もしかしたら、俺は彼女のこういうところを能動的に好きになったのかもしれない。そう思えた。
ふと見ると、信号が青になる。
「今日はこの辺で勘弁してあげましょう。先輩、また明日。」
彼女が俺を見ながら小さく手をふる。
俺も手を小さくふる。今の俺は、能動的に手をふれているだろうか。表情は?笑顔が歪になっていないだろうか?
ふいに。
ふいに見ると、白い大きな影が猛スピードで彼女に突っ込んでいくのが見えた。
それがトラックだとわかった瞬間、俺は駆け出していた。
彼女の目が、茫然と俺を見る。「何を焦っているんだろう?」と、疑問を呈している。そしてその目が、今度は右を向く。彼女が目を剥き、表情が驚愕に変わる。
俺は彼女の手を握り、引き寄せた。
入れ替わるように車道に俺の半身が飛び出た。
体がねじ切れる感覚がした。押しつぶされる感覚がした。目の前が真っ暗になった。
俺はたぶん、この日、死んだ。
耳には「先輩ごめんなさい!酷いことを言ってごめんなさい!私なんかのために!」という彼女の叫び声がこだまする。
ああ。
私なんか、なんて言わないでくれ。俺は君のおかげで、生まれて初めて自分の意志で何かを始めようとしていたのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます