第354話 魔軍交戦51 地下戦線2
トトの頭蓋には、まるで角が生えているかのようだった。
否、後頭部からナイフで一突き。結果として、額から角が生えているように見えている状態であった。
背後には人影。完璧に気配を消しての一撃だった。
「馬鹿、ナ。ワタシの本体の位置がバレた? どうやって? 待テ。そもそも、何故ワタシはここまで接近を許シタ? 防衛システムは? 護衛の
背骨を軋らせながら、トトは後ろを振り向く。
「久しぶりなのだ。お父様」
そこにいたのは、見知った少女。否、女性だった。
魔人族の中から無作為に選んで、
「ア、ア、アァアアア!貴様ァあアあア!この!木偶の分際デ!ワタシの
トトは全てを理解した。
自分の位置が分かるはずだ。いつもでも自分の元へ戻れるよう、自分の手駒として自由に動かせるよう、そう作った。防衛システムが機能しないわけだ。殺意を持たず、悪意を発さずに人を殺せる。自分がそう作った。
「やっと親孝行できるのだ。ノイタ、頑張ったよ? お父様の言いつけ通り、たくさんの人を
一人前の女性といった風体と、愛くるしい笑顔が致命的にかみ合っていない。
自分でそう作ったはずだというのに、トトはその笑顔に恐怖を覚える。
「ヒ、ヒィ!? や、ヤメロ!創造主を殺すつもりデスか!?」
「? お父様はもう死んでるよね?」
「馬鹿が!死してなお、この世に現存するからこソ完璧な生命なのだ!命持つ下劣なお前らには分からないデショウねぇ!」
「言っていることがよく分からないのだ。ノイタは考えることが苦手。考えることは、ノイタの仕事じゃないのだ。今まではお父様がしてくれてたけど」
青肌の女性、ノイタが後ろを向く。
「なぁなぁ、ロッソ。約束通り、やっていいのだ? お父様は、幸せにしていい人間?」
「人間ではないけど、いいよ。その人は幸せにしよう」
下水道の暗闇から、高身長の青年が顔を出した。
学園にいた時よりも、体には凹凸ができ、肌は旅でがさついている。目が険しい。トトに憎しみの籠った目を向けている。
彼は我慢していたのだ。地上でトトが虐殺している様を歯噛みしながら見送り、この機会をうかがっていた。
「だって!」
「だって、ダト!? 貴様、何様の分際でワタシの命令を無視しているのデスか!? ワタシの手中から逃れると思うなヨ!後ろの男を殺せ!青肌の死にぞこない種族が!」
「それは無理なのだ」
「何ダト!?」
驚愕するが、トトはすぐに事態を察する。
ノイタの胸元に、奴隷紋が見えたのだ。強い反応を示している。彼女は今、トトの命令と奴隷紋の強制力に苦しんでいるはずだ。それを全く表情に出さない。
彼女にとって苦痛とは、これまで隣人であったからだ。
「あ、アァアア!ワタシの教育を上書きしたというのデスか!? ふ、ふざけるな、ふざ————」
トトの頭蓋が吹き飛んだ。
掌で触れた物を破壊する。魔人族の固有魔法だ。
「あ、眼鏡スーツのおっさんに貰ったナイフ!」
ノイタが慌ててナイフを拾い、刀身の汚れを手で払う。
フィンサーがノイタを仮死状態にした
「ノイタ。彼を殺して、どう思った?」
「……別に? 幸せになってよかったなぁって!」
「そうか」
ノイタが笑う。
ロッソは言いようのない笑顔を返す。憐憫と、慈愛と、悔恨がないまぜになった混沌とした笑み。
「でも」
「でも?」
「鍛冶屋のおじさんを思い出すと、胸がちくっとするのだ。商人のおじさんを思い出してもそうなるのだ。変なのだ。幸せにしたのに」
「そっか」
ロッソの笑みに、ほんの少し陽気が混ざる。
彼の笑顔を見て、ノイタもまた破顔する。
「なぁなぁ、地上に人がたくさんいるのだ。そして減ってる!みんな幸せになってる!ノイタも混ざっていいか!?」
「それは駄目」
「なぁ~ぜぇ~な~の~だぁ!」
「僕ら、お尋ねものだよ?」
「お尋ねものってことは、探されてるってことだよな!」
「そうだね」
「手伝わないと!地上に行こう!見つかりに行こう!」
「見つかったら、殺されるから駄目」
「えぇ~。ノイタ、ロッソと一緒に幸せになれるなら一番嬉しいな~。幸せになる時は、ロッソと一緒がいい!一番の幸せ!」
「嬉しい提案だけど、もっと君の意識改革をしてからその言葉は受け取るよ」
「いし、き、何?」
「君がシュミットさんやタルゴさんを殺したことに、涙を流してくれたら考えようかなってこと」
「何言ってるのかわかんないのだ」
「少しずつわかればいいよ」
ロッソがトトの屍をちらりと見る。
完全に沈黙している。
自分たちの役割はこれで終わりのようだ。
出来る限りは手伝いたいが、お尋ね者ゆえに出来ることに限りがある。
「ルーグ師匠やフィルへの恩返しで出来ることと言えば、これが精いっぱいかな」
「ルーグ!ルーグ幸せにしよう!あいつ厳しいしケチだけど幸せになるべきなのだ!」
「師匠は殺したらいけない人類です」
「じゃあフィルは!?」
「駄目」
「イリスやロス、クレアは!? アルは!? メイラでも可!」
「不可だよ!?」
地下水道に、ロッソの突っ込みが木霊した。
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