第354話 魔軍交戦51 地下戦線2

 トトの頭蓋には、まるで角が生えているかのようだった。

 否、後頭部からナイフで一突き。結果として、額から角が生えているように見えている状態であった。

 背後には人影。完璧に気配を消しての一撃だった。


「馬鹿、ナ。ワタシの本体の位置がバレた? どうやって? 待テ。そもそも、何故ワタシはここまで接近を許シタ? 防衛システムは? 護衛の魔女の帽子ウィッチハットどもハ?」


 背骨を軋らせながら、トトは後ろを振り向く。


「久しぶりなのだ。お父様」


 そこにいたのは、見知った少女。否、女性だった。

 魔人族の中から無作為に選んで、洗脳きょういくした少女。青い肌。金の目。露出の多いボンテージのような黒い服。エクセレイに刺客として送った時よりも、手足がすらっと長くなり、胸部も豊満になっていた。トトの手元にいた時よりも、栄養状態がいいのだろう。


「ア、ア、アァアアア!貴様ァあアあア!この!木偶の分際デ!ワタシの実験動物モルモットの分際でェ!?」


 トトは全てを理解した。

 自分の位置が分かるはずだ。いつもでも自分の元へ戻れるよう、自分の手駒として自由に動かせるよう、そう作った。防衛システムが機能しないわけだ。殺意を持たず、悪意を発さずに人を殺せる。自分がそう作った。


「やっと親孝行できるのだ。ノイタ、頑張ったよ? お父様の言いつけ通り、たくさんの人を幸せ・・にしたのだ。ずっと思ってたのだ。いつかお父様も、幸せにしようって!」


 一人前の女性といった風体と、愛くるしい笑顔が致命的にかみ合っていない。

 自分でそう作ったはずだというのに、トトはその笑顔に恐怖を覚える。


「ヒ、ヒィ!? や、ヤメロ!創造主を殺すつもりデスか!?」

「? お父様はもう死んでるよね?」

「馬鹿が!死してなお、この世に現存するからこソ完璧な生命なのだ!命持つ下劣なお前らには分からないデショウねぇ!」

「言っていることがよく分からないのだ。ノイタは考えることが苦手。考えることは、ノイタの仕事じゃないのだ。今まではお父様がしてくれてたけど」


 青肌の女性、ノイタが後ろを向く。


「なぁなぁ、ロッソ。約束通り、やっていいのだ? お父様は、幸せにしていい人間?」

「人間ではないけど、いいよ。その人は幸せにしよう」


 下水道の暗闇から、高身長の青年が顔を出した。

 学園にいた時よりも、体には凹凸ができ、肌は旅でがさついている。目が険しい。トトに憎しみの籠った目を向けている。

 彼は我慢していたのだ。地上でトトが虐殺している様を歯噛みしながら見送り、この機会をうかがっていた。


「だって!」

「だって、ダト!? 貴様、何様の分際でワタシの命令を無視しているのデスか!? ワタシの手中から逃れると思うなヨ!後ろの男を殺せ!青肌の死にぞこない種族が!」

「それは無理なのだ」

「何ダト!?」


 驚愕するが、トトはすぐに事態を察する。

 ノイタの胸元に、奴隷紋が見えたのだ。強い反応を示している。彼女は今、トトの命令と奴隷紋の強制力に苦しんでいるはずだ。それを全く表情に出さない。

 彼女にとって苦痛とは、これまで隣人であったからだ。


「あ、アァアア!ワタシの教育を上書きしたというのデスか!? ふ、ふざけるな、ふざ————」


 トトの頭蓋が吹き飛んだ。

 掌で触れた物を破壊する。魔人族の固有魔法だ。


「あ、眼鏡スーツのおっさんに貰ったナイフ!」


 ノイタが慌ててナイフを拾い、刀身の汚れを手で払う。

 フィンサーがノイタを仮死状態にした付与魔法エンチャントつきの魔剣である。


「ノイタ。彼を殺して、どう思った?」

「……別に? 幸せになってよかったなぁって!」

「そうか」


 ノイタが笑う。

 ロッソは言いようのない笑顔を返す。憐憫と、慈愛と、悔恨がないまぜになった混沌とした笑み。


「でも」

「でも?」

「鍛冶屋のおじさんを思い出すと、胸がちくっとするのだ。商人のおじさんを思い出してもそうなるのだ。変なのだ。幸せにしたのに」

「そっか」


 ロッソの笑みに、ほんの少し陽気が混ざる。

 彼の笑顔を見て、ノイタもまた破顔する。


「なぁなぁ、地上に人がたくさんいるのだ。そして減ってる!みんな幸せになってる!ノイタも混ざっていいか!?」

「それは駄目」

「なぁ~ぜぇ~な~の~だぁ!」

「僕ら、お尋ねものだよ?」

「お尋ねものってことは、探されてるってことだよな!」

「そうだね」

「手伝わないと!地上に行こう!見つかりに行こう!」

「見つかったら、殺されるから駄目」

「えぇ~。ノイタ、ロッソと一緒に幸せになれるなら一番嬉しいな~。幸せになる時は、ロッソと一緒がいい!一番の幸せ!」

「嬉しい提案だけど、もっと君の意識改革をしてからその言葉は受け取るよ」

「いし、き、何?」

「君がシュミットさんやタルゴさんを殺したことに、涙を流してくれたら考えようかなってこと」

「何言ってるのかわかんないのだ」

「少しずつわかればいいよ」


 ロッソがトトの屍をちらりと見る。

 完全に沈黙している。

 自分たちの役割はこれで終わりのようだ。

 出来る限りは手伝いたいが、お尋ね者ゆえに出来ることに限りがある。


「ルーグ師匠やフィルへの恩返しで出来ることと言えば、これが精いっぱいかな」

「ルーグ!ルーグ幸せにしよう!あいつ厳しいしケチだけど幸せになるべきなのだ!」

「師匠は殺したらいけない人類です」

「じゃあフィルは!?」

「駄目」

「イリスやロス、クレアは!? アルは!? メイラでも可!」

「不可だよ!?」


 地下水道に、ロッソの突っ込みが木霊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る