第197話 コロニー攻略

「…………」

「……何? フィル」

「いや、何も」




 俺たちはクエストに出かけていた。

 魔暴食飛蝗グラグラスホッパーの数は間違いなく減っている。コーマイの冒険者が自由に討伐に出かけることが出来るくらいには、街道の風通しがよくなった。

 だが、大元をたたくことは出来ていない。イナゴどものコロニーだ。それを落とすことが今回の目標。

ギルドからは最優先でこのクエストをもらうことが出来た。カプリさんはリップサービスではなく、本当に俺たちを好待遇で迎えてくれたみたいだ。

 「援護が必要か?」と聞かれたので、気心が知れたハンミョウ族のパスさんたちに帯同してもらった。彼らもA級冒険者なので、実力的にも申し分ないだろう。

 というか、俺って最近上級冒険者とばかり付き合ってる気がするな。受けるクエストのレベルを考えると、仕様がないのかもしれないけども。


 フェリとぱちりと目が合う。


「どうした?」

「いえ、何でもないわ」

 ふいと、目を逸らされる。


 昼からずっとこの調子である。

 パーティー会議にて、フェリがトウツやファナにやり込められたあと、フェリはひたすら俺に「違うのよ」と繰り返していた。


 あれって、どう考えてもキスしようとしてたよなぁ。

 彼女が俺に恋愛感情を持っているのだろうかと問われると、それは何か違う気がする。彼女自身も自分の感情に驚いているようだった。それに普人族の母親を老衰で看取っているのである。俺と彼女の年の差を考えると、恋愛対象に入るとは考え難い。

 いや、以前フェリは「ダークエルフとしては小娘の年齢」と言っていた。長寿種からすると、50年や100年の年の差って誤差なのだろうか。うーむ、わからん。


「今日は輝いてないなぁ、フィル!」

「そうですね、気分は輝いていないかもしれません」

「ちょっとパス、ぶしつけすぎるわよ!」


 元気に話しかけるパスさんに返事する俺。ムカデ族のムナガさんが気にしてくれている。この女性ひと、やっぱり優しいよなぁ。国境のギルドで困っている俺に話しかけてくれたのも、ムナガさんだった。


「だがフィル、気分が落ち込んでいてクエストに影響するようでは輝いていないと言える!」

「おっしゃる通りです」

「おいおいパス。フィルはあのストレガの弟子だぜ? 大丈夫だろう」

 カマキリ族のファングさんも話に入ってくる。


 少し後ろにはバッタ族のラウさんと、クワガタ族のリュカヌさん。2人は寡黙な男なので、規則正しく歩調を合わせて歩いている。リュカヌさんは、元々が騎士の家系ということも相まって凛々しく見える。ラウさんは何か、こう、特撮が始まりそう。


「で、俺たちはそっちの黒狐のお面の女性を守ればいいんだな!?」

「そうですね。彼女の金魔法がかなめなので」

「はは!輝いてない役回りだなっ!」

「クエストに輝くも輝かないもないわよ馬鹿」

「そうだぜパス。場合によっちゃ、ぼーっと突っ立ってるだけでクエスト完了さ!」

「いえ、俺が受けるクエストって不測の事態がセットのことが多いから気を付けた方がいいです」

「本当かフィル!? 輝いてるなっ!」


 え、そこは輝いてる判定なの?




 魔暴食飛蝗グラグラスホッパーたちが大挙して襲撃していたのはレギアとコーマイの国境付近と、コーマイの草原地帯である。国としては瀕死であるはずのレギア皇国が被害を受けなかったのは、砂漠地帯が多いからである。先祖が竜種と混ざったと言われ、爬虫類の特性をもつ竜人族だからこそ適応できた環境なのだ。流石の魔暴食飛蝗も適応できなかったらしい。

 コーマイは大きく分けて3つのエリアがある。森、草原、土塚である。その中でも草原のエリアがイナゴたちに占拠されていたのである。今は虫人族ホモエントマたちが慌てて植物を植えなおしている。


「しかし、ここまで馬鹿みたいにイナゴどもが増殖したのは未曾有の事態だったな」

「そうなんですか?」

 ファングさんに俺が聞き返す。


「そりゃそうよ。あいつらも馬鹿じゃないからな。自分たちの食い扶持がなくなるまで増殖するなんて、今まではなかった」

「他の魔物まで不味いと思ったのか、積極的にイナゴどもを殺していたわね」

「だな、異常な事態だった」


 異常、そして異変。ファングさんとムナガさんが話す横で俺は考え込む。


「どう思う?」

「こっちの国もうちと似たり寄ったりだねぇ」

「エクセレイは異変を水際で止められていた方でしたのね」

「マギサおばあちゃんが作った、魔法防衛システムのおかげ」

 それぞれが俺の質問に応える。


 自分たちが食うに困るほどの増殖。思い出すのはガン細胞だ。宿主が死ぬことも厭わず、ただただ増えることだけを目的とした行動原理。それは感染症のウィルスにも言える。

 それと同じ「ただ増え続ける」という行為をし続けたイナゴたち。誰かが手を加えたと考えるのが自然だろう。自然の反対は人工だ。いや、魔王が大元の原因なのだから魔工とでも言うのだろうか。


『あいつら不味いから、もう食べたくないのう』

『すまない瑠璃。ストックが十分ならもう食べなくてもいいから。というか、魔物を吸収するときに味覚って働いてるのか?』

『舌の感覚とは少し違うのう。感度の低い味覚器官が全身に渦巻いていて、何となく苦いであるとか、辛いであるとか感じるのう』

『ちょっとよくわかんないな』

『フィオと契約する時は、とびきり甘かったのう』


 ますますわかんねぇ。

 瑠璃の存在って身近すぎて忘れそうになるけど、謎がまだ多いんだよなぁ。そもそも平均寿命が犬型の魔物とほぼ同じなのに、何でこいつ、世紀単位で生きてるんだ? 今度ちゃんと調べないと。


「リーダー」

「何だ? リュカ」

 珍しくリュカヌさんが言葉を発した。


「自己紹介」

「はっ!そう言えばフィル以外にはしていなかったな!輝いているぞリュカ!」

「そうだなぁ!黒光りだ!」

「五月蠅い」


 陽気なパスさんとファングさんに、リュカヌさんが顔をしかめる。

 あ、同じパーティーだけどやっぱり五月蠅いとは思うのね。


「自己紹介をしておこう!フィルにも言っていなかったな!俺たちのパーティー名は鎧虫の逆鱗デルゥ・ポカ・レピだ!輝いているだろう!?」

「えぇ、まぁ」


 ハイテンションに付いていけないので、おざなりな返事になってしまう。

 その後、それぞれが自己紹介ついでにパーティー内での役割を説明し合った。そのまま作戦の話に移行する。本当はこういった高難度クエストは綿密に作戦を立てて挑むのが吉なのだが、今回は放置した時間だけイナゴが増殖するのでスピード勝負なのだ。都周りのイナゴを何故かトウツとファナがほぼ全滅してくれたので、すぐ出立ということになった。ちなみに二人は後ろで目に隈を作ったまま付いてきている。徹夜明けなわけだが、大丈夫か? あの二人。


「わたくしの勝ちですの。討伐数はわたくしが上」

「何を言ってるのさファナちゃん。巨大種や強い個体はほとんど僕が斬ったんだ。僕の勝ちだ」

 剣呑とした目つきで二人が言い合っている。


 何か怖いよあいつら……。何で俺って、定期的に自分のパーティーメンバーに恐怖を感じなければいけないのか。意味が分からない。


「もう引き分けでいいから、このクエストを早く終わらせたいですわ」

「さんせー。もうとにかく寝たい。フィルゥ~、膝貸して~」

「えぇ……」

「わたくしも所望いたしますわ」

「えぇ……」

「2人とも、フィルが困ってるわ」

「フェリちゃんに言われたくありませ~ん」

「全くですわ。貴女にはしばらく発言権はありませんの」

「…………」

「あー、膝は貸してやるからフェリを許してやってくれ」

「本当!? 許す許す!」

「神はおわした」


 お前聖女の割に神を軽々しく言いすぎじゃない?


「何というか、面倒なパーティーね?」

「分かっていただけますか」

「困った時はうちに来なさいな。男所帯だから気が楽よ」

「時々、顔を出しますね」

「はいストップ」

「軽々しく女性に付いていくって言わないの。まだフィルは10歳でしてよ?」

「「「え!? 10歳!?」」」

 ムナガさんとパスさんとファングさんが驚きの声を上げた。


 後ろではラウさんとリュカヌさんも静かに驚いている。

 何となく虫顔の表情というものが読めてきた気がするぞ。




「と、いうわけで。パス、斥侯スカウトお願いね」

「ぐ、嫌なのだが……」

「いつもやってるでしょ。何で毎回抵抗するのよ。ほら、しゃんとなさい」

「う、うむ……」


 パスさんの七色に輝く硬質な羽が、鈍い茶色に変色していく。どういう構造しているんだろう、あれ。


「はぁ、死にたい」

「生きるの。このクエストが終わったら報酬がたんまりよ」

「そうだぜリーダー。あんたの敵情視察にかかってるんだ」

「リーダーはコーマイでナンバーワンの斥侯だ。頑張ってくれ」

「某もそう思う」

「でも、王族の近衛には俺くらいのはごろごろいる……」

「何言ってるのよ。いるとしても片手で数えるくらいよ」

「そうだぜ、元気だそうぜリーダー」

「その近衛の家系から出てきた俺も、保証する」

「某もそう思う」


 俺たち以上にエキセントリックなパーティーじゃね?

 すっかり体色と一緒に落ち込んでいるパスさんをカウンセリングする面々を、俺たちは困った感じでただ待つ。


「わかった。行けばいいんだろう。はぁ、嫌だなぁ。路傍の石になりたい」

 そう言って、幽鬼のようにパスさんが掻き消えた。


「すごい気配遮断だな。トウツレベルだ」

「生来もつ影の薄さ考えると、僕以上かもねぇ」

「マジで?」


 化け物じゃないか。ルアーク長老からもらった気配隠しのストール使えば、彼と同等くらいには俺も気配が消せるだろうか? うーん、難しそうだ。餅は餅屋だな。


「そう言えば、作戦とか考える時はパスさんとムナガさんが中心なんですね」

「どうしてだ?」

「いえ、ファングさんは多弁なのに入らないんだなって」

「俺は、頭脳労働は無理だからな。ラウも脳筋だから同じく参加しない」


 横を見ると、静かにラウさんがうなずく。この人、挙動がいちいち厳かなんだよなぁ。


「リーダーは阿呆に見えるけど、判断力があるんだよ。それをムナガとリュカヌが知識面でカバーする感じだな。うちのパーティーはずっとそれでやってきた」

「なるほど」

「俺とラウは暴れる担当」

「なるほど」

「ちなみにエースはラウな」


 ラウさんが腕を組んで頷いた。やっぱり強いのか、この人。

 そう言われてみると、俺たちのパーティーの方が異質で歪だと思えてくる。だって、何故か平々凡々優柔不断な俺に決定を委ねてくるんだもん、あいつら。


「終わった」

「うわぁ!」


 突然横に現れたパスさんに驚く。

 心臓に悪いわ!


「そうだよな。輝いてない俺に隣に立たれるのは嫌だよな」

「嫌じゃないです!嫌じゃないです!」


 めんどくさいなこの人!


「パス、輝いていいから報告」


 ムナガさんが言うと、パスさんの外骨格がみるみるうちに輝き始める。

 俺、輝くことを人に許可する人、初めて見た。


「ふーはははー!輝いてるぅー!輝いてる俺はコロニーを!見つけましたぁ!」

「うんうん、わかったから報告」


 あ、ポジティブなパスさんは雑に扱うのね。


「フェリファン殿の爆破魔法であれば、南西の方角の小高い山から攻めるがよろしっ!」

「オーケー。私らは?」

「そちらの女性2人は何故か疲労しているので待機!」

 ズビシ、と擬音が聞こえそうな勢いでパスさんがトウツとファナを指さす。


「お言葉に甘えて休むね~」

「そうしますわ」

 2人とも大人しく従う。


「心もとないのでぇ、リュカヌも護衛!」

「わかった」

「ムナガ、ファング、ラウ、そこの面妖な犬!そしてフィルゥウ~、ストレガァア!」


 何故叫んだし。


「我々はコロニーが爆破されたのち、特攻!」

「よくわかんないけど、そういうシンプルな作戦好きです」




 魔暴食飛蝗グラグラスホッパーのコロニー攻略が、始まる。

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