第198話 コロニー攻略2
「あぁ!何て、何て美しい小高い山なのかしらっ!美しい、美しすぎるわ♡」
目の前でハイテンションにぴょんぴょん飛び跳ねてるのは、断じて年端の行かない娘ではない。我がパーティーで二番目の年長者であるダークエルフ、フェリファンである。
ちなみに一番手は瑠璃。ルビーはなんだろう。あれ、どうカウントすればいいんだろう? 妖精に年齢という概念ってあるのか?
「どこが美しいんだよ」
「見てわからないかしらフィル!」
フェリがビシッとコロニーを指さす。
コロニーは黄土色だった。硬質な泡状の塊が、小高い山になっている。そこには直径1メートル程度の横穴が大量に開通しており、そこからイナゴたちがわらわらと飛び立っていく。
うへぇ、気持ち悪い。虫が好きな俺でもあれは無理だぞ。
単体で見るとかっこよく見えるけど、足がたくさんある虫が大量に密集している姿って心理的にくるものがあるよな。だからこそホラー映画とかでも演出に使われるんだろうけども。
「あの
「うんうん、一応国境を救ったんだから、あそこは火薬を総動員して正解だったと思うぞ」
「あんたんとこの金魔法使い、こんな人だったのね……」
「はは、俺より輝いてる……」
そうだね、漆黒に輝いてるね。
「じゃあさ、あのコロニーを納得できる爆発させるには、どのくらいの時間が欲しい?」
「そうね。2時間といったところかしら。フィルたちの防御魔法を考えると、500メートル地点で待機してほしいわ」
「500? 遠いな」
「今日はそのくらい派手に吹っ飛ばしたいの。見て、フィル。コロニーの周りはやつらが食いつぶしたせいですでに土が死んでいるわ。どうせしばらく緑が戻らないんだもの。私が更地にしてもあまり変わらないわ」
「その発想がこえぇよ」
「フィル。ローブ内にある錬金用の素材を頂戴」
「そんなにかっ!?」
「えぇ。確実に根絶やしにしないと、でしょう?」
「……そうだな」
「可燃性の気体を送るから、風魔法で手伝って」
「お前の発想、えぐすぎてこえぇよ」
可燃性の気体とは、恐らくガスのことだろう。フェリが喜び勇んで臭いをかがせに来たことがあるから覚えている。新しい香水を自慢する彼女みたいなテンションでガスをかがされた。一体何だったんだあれは……。
彼女は基本室内に籠って研究をしているが、突然ソロでクエストを受けてはそういう素材を発見してくる。俺がいた世界にいたら、マッドサイエンティスト認定まっしぐらだったんじゃないかなぁ。
コーマイの都ミヤストでは、路上に餓死者が転がっていた。今は民間人の人々に食料が供給され始めたので、路上の死体が撤去され始めている。あんな光景、出来れば今後見たくないものである。
フェリの言う通り、徹底的に潰した方がいいだろう。
「盛大に爆破してくれ」
「任せて」
「ふむ。では、我々は移動しよう!」
パスさんの号令で全員が動く。
ラウさんとファングさんがムナガさんに乗った。
「ムナガさんに乗るんですね」
「私らムカデ族は
「はい、初めて聞く役職です」
「でも、そっちにも頼りになりそうな
「え?」
見ると、瑠璃が俺の隣で伏せをしている。
瑠璃色の綺麗な瞳で「乗らんのか?」と促してくる。イルカのような尻尾が地面をぺしぺしと叩く。
「……そうですね。頼りになるんです、こいつ」
ムナガさんがギシギシと笑った。
「よし、行くぞ。爆発を確認したら我らは特攻だ!ゴーゴー!」
パスさんの号令で、俺たちは一斉に動き出した。
俺を乗せた瑠璃がその後ろを颯爽と走る。
『わが友を乗せるのは久々じゃのう』
『ああ、頼むよ瑠璃』
『あの、馬車とかいう無駄なものには乗る必要がないぞ、わが友』
『お前、ペガサスにガンつけてただろ。やめろよそういうの』
『それは無理じゃの』
『うちのパーティー、わがままなやつが多くない?』
『お主もじゃよ、わが友』
『マジ?』
「行ったか、よろしく頼む」
「うわぁ、喋った!」
「貴方、喋れましたのね」
フィルたちが森の奥へ移動するのを確認して、クワガタ族のリュカヌが喋り始めた。それにトウツとファナが驚く。
ちなみに、フェリファンは無言モードに入っている。彼女は基本的にコミュニケーションをとらないのだ。
「必要があれば私も喋る。そこの聖女はともかく、異国の忍びよ。お主、人を殺しすぎているな?」
「……そうだねぇ」
「お主のような人間を迎え入れている辺り、あの小人族の少年は信頼に足る人物なのだろうな」
「何がいいたいのさ~」
トウツの表情が剣呑になる。
「いや、なに。私も人に拾われた身でな。お互い運が良かったなと言いたかったのだ」
リュカヌのその言葉に、トウツとファナが肩透かしをする。
「それ言うためだけに、登山している間全く喋んなかったのに、今口を開いたの~?」
「まぁ、そうであるな」
「不器用だねぇ~。うちのリーダーとどっこいだ」
「ふむ、あの小人族の少年が普段どれだけ苦労しているか窺い知れるな」
「はいはい」
トウツが雑に返事する。
「言っておきますが、わたくしたちは徹夜明けですの。体力はともかく、魔力は心もとないですわ。ポーションを飲みはしたものの、長くはもちませんことよ?」
「自分たちの不備を堂々と言うのだな、エクセレイの聖女は。いや、まぁそれで都周りのイナゴがほぼ全滅したのだから助かってはいるのだが」
「そういうわけでさ、今からフェリちゃんも魔力切れになるだろうし、クワガタのお兄ちゃん頑張ってよ」
「うむ」
「身近に弱った女性がいるからって、変な気を起こさないで下さいまし。わたくしの柔肌はフィルが予約済みですの」
「岩みたいな筋肉つけて何言ってんだか」
「燃やすぞ性悪兎」
「堕天しろ糞聖女」
「よくわからぬが、フィルとやらに早く帰ってきて欲しいな」
少し離れた位置で、フェリファンは同じようなことを考えていた。
が、いい感じにリュカヌが面倒な連中の相手をしてくれているので、自身の作業に集中するのであった。
「お、きたきた」
「何が来たって?」
「企業秘密です」
爆発する空気です、なんてことは言えない。フェリの魔法はブラックボックスであるべきだ。そして科学という技術も。この世界は魔法で上手く回っている。師匠の言う通り、彼女の魔法は流布されるべきではない。
ムナガさんも冒険者だから、他人の魔法のことについてとやかく言うつもりはないらしい。追及せずに頷いてくれた。優しい人だ。
俺は宙を漂うガスをイナゴのコロニーに送り込み、供給していく。俺の魔力が染みついたガスがコロニーに充満していくことでわかる。この巣の中だけで、成虫も幼虫も卵も、万以上はいる。すぐに来て正解だった。ギルドマスターのカプリさんが、異国人の俺たちにすぐにゴーサインをした理由もわかるというものだ。これは動ける人間がいればすぐに潰しておきたいクエストだろう。
コロニー内部に、異常に質の高い魔力をもった魔物が2体いる。片方はこのコロニーのマザーだろう。
俺は以前戦ったアラクネマザーを思い出す。
こいつは大丈夫だ。何とかなる。アラクネマザーと違い、出産子育てに特化した個体だ。戦闘はおろか、脆弱な生き物だ。爆発に巻き込まれれば確実に消滅する。
問題は……。
「パスさん」
「なんだい? フィル」
流石に敵前だからか、パスさんも静かな声で返答する。
「このパーティーは、ドラゴン
「あるな。だからこそA級に上り詰めている」
「サイズや討伐ランクは?」
「Aの下位だ。大きさは中型だったかな」
「そうですか。それよりやばいやつがコロニー内部にいるかもしれません」
「なんだって? よく気づいたな。輝いてるぞ、フィル」
「ありがとうございます」
「だがしかし、まずいな。であればリュカを連れてくるべきだったか」
「そうなんですか?」
「うちで対竜として通じる遠距離魔法が出来るのはリュカくらいだ」
「クワガタ族なのにですか?」
「クワガタ族なのに、だ」
え、あの鎧のような太い体、頑強な2本の角をもった風体でビーム撃てるの? あの人。なにそれかっこいい。
「どうやって遠距離魔法なんて使うんです?」
「2本の角があるだろう?」
「ありますね」
「あの角の間に魔力を収束させて、ビームを撃てる」
「意味わかんないくらい輝いてますね、それ」
「だろう?」
パスさんがギシギシと笑う。
「で、フィル。コロニーは爆破できそうか?」
ファングさんが聞いてくる。
「出来ます。ただ、爆発から逃れたイナゴが大量に報復に戻ってくるでしょう。後、コロニー内部にいる大物が恐慌状態で暴れると思います」
「恐らく、フィルの見立てでは竜なんだね?」
「はい、たぶんそうです」
「おーけー」
ムナガさんの顔に緊張が張り付く。
「突っ立って花火鑑賞で終わるわけにはいかないかぁ」
「当り前だ、ファングよ。それは輝いているクエストとは言えない」
「危険じゃないに越したことはないと思うけどなぁ」
「俺もファングさんに同意ですけど」
「え」
「え」
「え?」
ムナガさんたちに何言ってんだこいつという顔をされる。
「騎士たちとイナゴどもの衝突のど真ん中に特攻するやつが安全思考をのたまうとは、英雄ってやつは頭のネジがどっかいってら」
「ふふ、流石異国の英雄。輝いている」
「あの、これ褒められてるんですか?」
「心配しなさんな。たぶん褒められてるよ。男ってやつは、みんなあんたみたいになりたいのさ」
「はぁ、ありがとうございます?」
よくわかんないけど、ムナガさんの笑顔が見れたから良しとしよう。
遠方から岩が飛んできた。フェリの
「着火しますね。瑠璃、防護体制」
『あいわかった』
瑠璃が変身して、アーマーベア製の巨大盾を俺たちの前に構える。
「うわっ!」
「なにこれ!」
「エクセレイの犬は金属製の盾を瞬時に作れるのだな!輝いているな!」
「いやパス。絶対違うと思うぞそれ」
「ファングさんの言う通りです。うちの自慢の使い魔は、ちょっと普通じゃないですからね」
俺は自信満々の顔で友人自慢をする。
「ではいきます。着火」
目の前の空気が圧縮され、まるで鋼鉄の壁のように俺たちを圧縮しようとした。全員が対ショックの準備をして
遅れて白い煙が眼前を覆いつくし、突風が吹き荒れる。
ロスト、ロスト、ロスト。
俺の
「オオオオオォン!」
爆発して、しばらく静寂の後、巨大な咆哮がグラウンドゼロから聞こえた。
煙によって閉じていた視界が開いた。
その竜は鎧だった。その竜は鋭利な刃物だった。その竜は虫だった。その竜は、圧倒的なまでに捕食者だった。
カマキリの鎌のような腕。地面を踏みしめる頑強でメタリックな4本の足。蝙蝠のような翼の被膜が、蜻蛉の羽のようにクリアで筋張っている。トカゲの様に見える相貌だが、よく見ると複眼であり、頭に生えている角のようなものは触覚だ。腹は爬虫類然としたそれではなく、昆虫のようなグロテスクな腹をしている。
「なんだよあれ、かっこいいじゃないか」
「おいおい、輝いてんな」
「まさか、私らがあれと戦うことになるなんてね」
「ついてない」
寡黙なラウさんが喋ったということは、本当に俺たちが「ついてない」敵なんだろうなぁ。
「あれ、何です?」
「
始終余裕の顔をしているパスさんの複眼が、曇った。
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