第62話 後始末4
「最後までありがとうございました。」
「いいってことよ。」
「またどこかのクエストで会えるといいね。」
「体調、気を付けて。」
「そこの変態兎にも。」
魔力切れから起きた俺は、
「変態とは失礼だな~。僕は淑女だよ。」
どの口が言ってるんだ。
「ところで何で、変態兎はフィルを抱き上げているの。」
シャティさんが言う。
そうなのだ。俺は後ろから脇のしたに腕を通され、トウツさんに抱き上げられている形になっている。
「のっぴきならない理由があるといいますか。清算といいますか。恩を返しているんです。」
俺がトウツさんの代わりに答える。
そう。これは受けた恩の清算である。トウツさんはアスピドケロンの攻撃から俺をかばい、矢が肩に突き刺さったのだ。
俺はそのお礼として、一日トウツさんに触られることを拒否できない。ただし、公序良俗に反しない範囲である。
シャティさんは眉を潜めて俺たちを見た。そうだよね。そんな顔になるよね。俺もシャティさんだったらそうなると思う。
「予定通り、残りの素材は査定が済んだら金を都の方のギルドに送るぜ。そのまま欲しい素材は送り付ける。」
「ああ、いい値がつくと助かるよ。」
「任せろ。」
ゴンザさんとロットンさんが朗らかに商談する。
「ありがとうよ!」
「また来なよ!」
「酒代ありがとうな!!」
「また宴会してくれ!」
「ミロワちゃんは置いてけ!」
ギルドの冒険者たちがそれぞれ叫んで送迎している。というか最後のやつは何だ。
討伐後の二日と契約による魔力切れの一日、俺は気絶していた。その間、村の飲み屋は宴会の連続だったらしい。
アスピドケロン討伐によって特需が吹き荒れたのだ。
上級冒険者には大きなクエストを達成したら酒代をおごるという習わしがあるらしい。決して守る必要はないが、たいていのパーティーは守るらしい。気前のよさを見せると多くの味方がつく。冒険者の中には換金した後の冒険者を襲撃する輩も多いが、こうすることで味方をつけ、面倒ごとを減らしているらしい。
もちろん、
俺が寝ている間に
たいていの村もこういった催しは推進するようだ。誰かの羽振りが良くなると、それを地域全体に広めたいと思うのは経済を考えると当然なのだろう。村の飯屋や酒屋は急な特需に嬉しい悲鳴を上げていたらしい。オーバーワーク査定などで瞬間的に給料を上げられたギルド職員たちも宴会に混ざり、どんちゃん騒ぎだったらしい。仕事のし過ぎでハイになった連中もいたとか、ゴンザさんは徹夜しながら仕事と宴会を反復横跳びしてたとかなんとか。
俺も参加したかったと言ったら、「酔った勢いでストリップ始めた連中もいたから、寝ていて正解。」とシャティさんにたしなめられた。
彼女は多分、俺がストリップという言葉を知っていることを知らない。
ちなみにゴンザさんは「すまん!お前の取り分から酒代抜いた!」と爽やかに謝ってきた。あまりにも爽やかなので、勢いで許してしまった。
「変な犬も、さようなら。」
シャティさんが瑠璃をわしわしとなでる。
もしやとは思っていたが、この人は子どもと動物が好きなのかもしれない。
「シャティさん、瑠璃です。この子の名前は瑠璃。」
「瑠璃。わかった。さようなら、瑠璃。」
瑠璃は恐怖に顔を引きつらせている。
そういえばこいつ、シャティさんに体のほとんどを爆散させられたんだった。忘れていた。
元の世界の動画投稿サイトを見たときも思ったけど、イヌ科の生き物って表情が人間以上に雄弁な時があるよな。
「フィル君は7歳になったら都の魔法学院に来るんだよね?」
ロットンさんが横から話しかける。
隙を見て瑠璃が俺の後ろに隠れる。身体が大きくて隠れきれていない。それを見たシャティさんが「あっ。」と小さく呟き、名残惜しい顔をする。可愛いかよ。
「はい、その予定です。」
「それは嬉しい。今生の別れにはならなさそうだね。僕らも当分は都でクエストを続けて引退の予定だ。ぜひ来たら声をかけてくれ。」
「私の母校でもあるから、案内もできる。」
「はい!必ず挨拶に参ります!」
俺は子どもらしくはきはきと答える。
四人はそのまま馬車に乗り込み、帰っていった。
俺は馬車が点になるまで手を振り続けた。また二年後、都でともにクエストを受けることが出来たらこんなに嬉しいことはない。彼らとのクエストという経験は、俺にとってまさに値千金だった。
「さて!客人も帰したし、フィル坊。少し、付き合えや。」
「?はい、わかりました。」
「そこの犬っころもついて来い!」
「瑠璃です。ゴンザさん。」
「瑠璃っころも来い!」
何故それを混ぜたし。
「私は家に帰るよ。流石に女房と子どもを放置しすぎた。」
「リコッタ怖えもんなぁ!助かったぜウォバル。あばよ!」
「ありがとうございました!」
俺はゴンザさんと一緒にウォバルさんを送り出す。
「僕はもう少し付き合えるよ~。」
トウツさんが頭の後ろで手を組む。
そのポーズは何というか、胸が強調されすぎてですね。はい。まぁ。とてもいいと思います。
俺たちはゴンザさんについていく。
ついた場所は査定所だった。少し前にゴンザさんが職員を休ませたのだろう。アスピドケロンの素材が床に広げられていて閑散としている。
「瑠璃っころ。どうしても必要な素材だけ戻すことを許可する。持っていけ。」
ゴンザさんが顎でしゃくる。ゴワゴワした髭がわずかになびく。
俺は驚いた。隣にいる瑠璃も目を少し丸くしている。まさか自分の素材が返してもらえるとは思っていなかったのだろう。
「どうした? 驚いたのか? 瑠璃っころ、いいか? 俺が認めたフィル坊がお前の存在を許したんだ。だったら俺はこいつが所属するギルドの長として、お前を認めないわけにはいかねぇ。証拠に、ウォバルやトウツにもわざと監視を緩める期間を与えた。その間にお前は怪しい行動を何一つもしていないし、フィル坊にも危害を加えていない。フィル坊と契約してからのお前は安全そのものだ。どんな契約かはわからんがな。」
ゴンザさんは言葉を切る。
瑠璃はそれを困ったような目で見た後、俺の方を向く。
『この人は優しい人だから、本当のことを言っていると思うよ。』
俺が「優しい」と言ったタイミングで瑠璃が眉をひそめた。何枚もタラスクの甲羅を割られた記憶が蘇ったのだろう。
『コノドワーフハシンジナイ。ダガ、トモハシンジヨウ。』
そう言って、瑠璃は一直線に歩く。
「そっちは古代種のエリアだな。」
ゴンザさんが呟く。
瑠璃が向かった先には、前世で見た博物館みたいな光景が広がっていた。巨大な魚類や爬虫類のような魔物たちの死体、剥製、ミイラ、骨組み。
それらはのほとんどは俺が見てきた魔物のどれとも違う。ねじれた牙。八本の前足。長い首。太すぎる腕。身体の構造を見れば見るほど、どういった原理で生まれたのかよくわからない数々の魔物たち。
その中に、ぽつねんとそれはあった。俺がわずかに瑠璃から引き出した記憶に合致する。
巨大な魚のような、鯨のような魔物。尾の先が無くなり、目だけががらんどうになっていた。
『そうか。彼が君の友達なんだね。』
『ソウダ。ワレノ、ハジメテノトモ。』
今考えてみれば、瑠璃の喋り方はこの魔物の真似をしているように感じた。
「そいつだけでいいのか?」
ゴンザさんが言う。
『カマワヌ。』
「はい。瑠璃はそれでいいと言っています。」
「欲がないこって。」
ゴンザさんが肩をすくめる。
瑠璃が鼻の頭をその魔物の額につける。すると、その魔物はぐにゃりとねじれて、圧縮されていく。そのまま瑠璃の顔にへばりつき、ずるずると吸収されていく。
「すげえな。どんな構造になってんだこいつぁ。」
ゴンザさんの言う通りだ。物の圧縮される様子が俺のもつ亜空間リュックにそっくりだ。もしかしたら近い原理なのかもしれない。リュックといい、ポーションといい、このファンタジーの世界は、俺には解せないことだらけだ。
あっという間に瑠璃は魔物を平らげた。
『オチツク。モハヤカラダノイチブノヨウニオモッテイタカラナ。』
瑠璃は尻尾をパタパタとふる。耳もバサバサと動いていてそよ風を作っている。
「嬉しいようで、何よりだよ。」
「喋れなくても、嬉しいのは俺にもわかるぜ。犬とかわんねぇな!」
隣でゴンザさんがガハハハッと笑う。
「ゴンザさん、あの区画が俺の取り分の素材ですか?」
「ああ、そうなるな。」
「瑠璃、行っておいで。」
ゴンザさんと瑠璃が怪訝な顔をする。
「おいおい。そりゃお前の取り分だぜ? こいつもお前に負けたんだ。文句は言うまいに。」
ゴンザさんの隣で瑠璃が頷く。
「元々は瑠璃のものです。大丈夫。欲しいものは自力で手に入れます。」
「そうかい。良かったな、瑠璃っころ。」
瑠璃は何度か俺の方を振り返りながら素材の方へ向かう。俺はそれに頷くだけで応える。
瑠璃が素材をまとめて吸収し始める。タラスクの甲羅が斜めに突き刺さって体に吸収されていく様は、B級ホラー映画を思い出させた。
「それにしても、古代種の魔物の力まで使われたら危なかったな。知識にない攻撃はまずい。」
「今朝、それは瑠璃とも話しました。自分の理解が及ばない部位は使えないそうです。吸収したのはいいけど、用途がわからない部位を持つ魔物が多かったそうですよ。」
「なるほどなぁ。少ない魔力といい、色んな制約があるやつなんだな。」
ゴンザさんが髭をなぞる。
「おう、そういや思い出したわ。」
「何ですか?」
俺はゴンザさんを見上げる。
「さっき、ウォバルとトウツにわざと隙を見せて瑠璃っころの様子を見ろという話をしたよな?」
「はい。」
「瑠璃っころはお前を攻撃しなかった。だけど引っかかった間抜けはいたな。」
「誰ですか?」
「そこの発情兎だよ。」
「え~。そこばらすかなぁ。」
「ウォバルの口止めできても俺は出来んぞ。俺はスピーカーだからな!ガハハハッ!」
俺が起きた時、
「トウツさん……。」
俺は生ぬるい視線で彼女を見る。
「あ、ごめん待って。その視線最高。もっと僕を見て。」
『フィオ。コイツハミカタデイイノカ?』
吸収を終えた瑠璃ですら困惑していた。
「味方でいい……はず。」
俺は新しい友達に自信をもって言うことが出来なかった。
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