第367話 魔軍交戦64 獅子奮迅2

 魔力を解放した瞬間、体の全ての関節が焼けるように痛んだ。


「え?」

「は?」


 俺とライコネンの口から同時に魔の抜けた声が漏れ出た。


「おい、お前。なんだぁそりゃ」

 ライコネンが俺を指差す。


 やつと俺の目線が、さっきとは違う高さでぶつかる。

 3m以上の巨漢と、1mちょっとの小人。もちろん、今でも見下ろされているのだが、視界が高く感じる。前世の身長に戻ったかのようだ。いや、前世よりも10cm以上大きい?


「いやぁああああぁあぁあ!」


 近くから悲痛な悲鳴が聞こえる。


「え、何? 何?」


 慌てて振り返ると、絶叫の主はトウツだった。


「フィオが!僕のフィオが気色悪い大人になってるぅ!」

「いつ貴女のものになりましたの……」

「え、普通に酷くない?」


 というか何?

 俺今。大人になってるの?


「一体何が、あ」


 ルビーの力を借りて溢れる赤い魔力と引き換えに、するすると抜け出るものが三つ。

 一つは神錆びた、何かの祈りを凝縮したような魔力。恐らく、巫女の力だろう。俺の魂の受け皿となってくれた力。風のように流れて、クレアが逃げたであろう方角へ飛んでいく。

 もう一つは、茜の加護だ。俺が窮地に陥るたびに、運を拾ってくれた加護。萎むように、掠れるように消えていく。彼女との縁が完全に切れたのだ。

 そして最後は、不老の薬の力。


 妖精の魔力が外へ押し出したのだろう。

 結果として、本来の年齢の姿に戻ったのだ。


「なるほど。なるほどなるほど」


 指を動かして感覚を理解する。その場でキックを放ち、リーチや振る時の遠心力を確かめる。身動きする度に、後ろから汚い叫び声が聞こえるが、気にしないことにする。というか、美人な女性がしていい悲鳴じゃない。


「あらあら。とっても立派になったわね、フィオ」

「レイ……母さん」


 いつの間にか、カイムとレイアが横に立っていた。お互いに肩を支え合っている。

 流石だ。俺とライコネンが喋っている間に回復に専念していたのだ。


「本当は、大きくなった息子をもっとよく見たいのだけれど。それ、長く保たないのでしょう?」

「え、あ、うん」


 この人と話すと、どうも調子が狂ってしまう。肉体は彼女を母親として認めていて、油断すると甘えたくなる。でも、俺は前世も含めるといい歳したおっさんなのだ。アラサーだぞ。アラサー。

 まずい。うっかりすると、妖精の魔力が漏れ出そうだ。

 本当に燃費が悪いモードだと実感する。


「でもね、お母さん。命を賭けた戦いにも最低限の気品が欲しいと思うの」

「え?」


 レイアの目を見る。彼女は意識してどこかを見まいとしている。隣のカイムも気まずそうにしている。後ろのトウツは汚物を見るかのように目から血涙を流している。怖ぇよお前。妖怪かよ。

 そして唯一、熱視線を送っている人物が一人。

 ファナ・ジレットである。

 視線が少し低い。明らかに俺の下半身を見ている。


 というか俺、ワイバーンのマント以外全裸じゃん。


「何故に!?」


 慌ててマントを腰布のようにして巻き付ける。


「ちッ」

 ファナのいる方向から舌打ちが聞こえる。


 舌打ちすんなや。お前本当に余裕あるなぁおい。


 というか、何で服が弾け飛ぶの。そこは普通ファンタジーなサムシングで服も大きくなるところじゃないの?


「あ〜。茶番はもう終わったか?」


 いつの間にか胡座あぐらをかいていたライコネンが面倒そうに呟く。


 何だろう。このロボの合体が終わるまで待ってくれる空気読める悪役感。

 何というかな。本当、魔王軍にいなければ仲良くなれたんだろうなぁ。


「オッケー、オッケー。待たせたな。待たせたついでに、もう少し待ってほしい」

「は? ふざけるなよ。これ以上待てるほど俺は穏便じゃねぇぞ」


 突然の圧に、膝が崩れそうになる。

 俺が到着するまでに、こいつが戦った面子を思い出す。丸一日戦い続けているはずなのに、この闘気。本当に規格外なやつである。


「周りを気にしていたら、本気で戦えないんだ」


 ライコネンが俺の目線の先を追う。その先にはトウツ、ファナ、カイム、レイアがいる。


「……勝手にしろ」


 本当こいつ、心が広いやつだな。

 いや。全力の俺と戦いたいだけか。


「何言ってるのかなぁ、フィオ。僕はここにいるよ。たとえ君がきっしょい大人になろうがね」

「息子が戦っているというのに、父親に逃げろというのか?」

「はいはい。痩せ我慢はやめなさいな」


 トウツとカイムが抵抗するが、ファナとレイアに連れていかれる。

 二人は顔を顰めるが、強く抵抗しない。

 分かっているのだろう。残ったところで、自分達が戦力にならないのだと。


 四人の人影が都の建物の向こうへ消えていく。


「ふぅ。やっと行ったか。30秒か。30秒ね。丁度いいな。あっちも終わりそうだからな」


 ライコネンの目線の先には、王宮の横で激しくぶつかり合っている魔力の塊がある。片方の魔力はよく見知ったものだ。師匠だろう。相手は十中八九、魔王だ。拮抗している。早く援護しなければ。


「考えていることは同じだな」

「あぁ。待たせたな」

「いいぜ。とことんやり合おう。メインディッシュが増えた気分だ。最高だぜ」

「そりゃどうも」


 同時に、俺とライコネンの拳が顔面に突き刺さった。

 頭蓋骨とは思えない鈍い音が時骨に鳴り響く。


 耳の奥底にゴングが鳴った。

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