第278話 大ベテラン、ベテランをこき使う

「それにしてもあの婆さん、無茶振りもいいところだなおい!」


 アトランテ海底宮殿で、海にハウリングするかのような大声を出したのはゴンザである。


「うるさいにゃん。耳に響くにゃん。獣人族は耳が良すぎるから近くで叫んじゃ駄目って、ドワーフの学校では教えてくれなかったにゃんか?」

「ふふっ」


 シーヤ・ガートの取ってつけたような「にゃん」に、ウォバルが思わず笑ってしまう。


「俺は孤児だからガッコなんて行ってねぇよ」

「私もウォバルも根無し草だったからね。申し訳ない、シーヤ嬢。育ちが悪いんだ」

「ウォバルは紳士にゃん。そこのドワーフはウォバルと同じパーティーなのに爪の垢をを煎じて飲まなかったのかにゃん?」

「人の爪を煎じて飲むとかきしょいわ!」

「例えの話だにゃん!」

「あまり叫ぶと空気がもったいないんだけどなぁ」

 二人のやりとりを見てウォバルが苦笑する。


 海底国家であるアトランテは空気が薄い。もちろん海中から空気を引っ張っているのだが、そもそもが魚人族マーフォークは両生類である。肺呼吸もえら呼吸もできる。他の種族が必要なほど空気を引っ張っていないのだ。とはいえギルドマスターと常駐冒険者である。彼らはここで、大声で叫んで息切れするようなやわな体はしていない。

 それでもウォバルが空気の薄さを気にしているのは、今から討伐する対象が一筋縄ではいかないからだ。挑戦する前に、わずかでも無駄な体力を浪費したくない。


 マギサ・ストレガからのクエスト。


 海底に巣食う怪物、タラスクの討伐である。


「ウォバル殿。兵力はこのくらいでよろしいか?」

 屈強な魚人族の男が話しかけてきた。


「ああ、十二分じゅうにぶんだよ」

 ウォバルは紳士然として頷いた。


 背中には背丈の2倍以上長さがある三又槍。地面がない海中だからこそ、これだけの長物を装備できる。振り回したときに遮蔽物がないからである。

 後ろには同じく、屈強な魚人たちが列をなしている。

 魚人族の強さはここにある。

 武力の集中が容易であること。

 彼らは生き残るためには自力で魚を獲ることが最低条件である。老いた者や引退者は同じ村に住むものが養うが、自分や家族の食い扶持は自己責任が普通である。

 彼らにとっての大きなタンパク源は群れで生きる回遊魚だ。それらは普段30キロ前後で海を移動し、外敵から逃げるときは100キロもの速度になる。つまり、魚人の下限泳力は時速100キロなのだ。狩ができる年齢層は全員それが出来る。

 つまり、女王が集合の信号を出せばあっという間に国の全武力が集まる。時速100キロで一斉集合だ。

 その上、彼らは海から決して出ない。ホームアドバンテージを絶対に手放さない。これがこの国が今まで生き残ってきた所以である。


 それでも、脅威を感じるニュースが海底にまで届いた。

 レギアの滅亡である。

 竜人族の強さは彼らも知るところであり、それが手も足も出なかった存在。それが魔王軍である。

 アトランテとしては、文字通り水際で奴らの侵攻を止めて欲しいことが本音である。当然、エクセレイは交渉を持ちかけた。「奴らを海まで侵攻させない。陸地のエクセレイで確実に討ち取ろう。その代わり、武器や物資の融通をして欲しい」と。その交渉に乗っかって注文をふっかけたのがマギサである。


 問題はそのふっかけた内容である。

 タラスク。海洋に生息する魔物では、おそらく最も硬い生物。甲羅を背負った真龍。その討伐難度はAの上位であり、Sに片足突っ込んでいるとも目されている。アトランテはこと海中に関しては無類の強さを誇る国だが、これを討伐するとなると被害は軽くでは済まない。そこで派遣されたのが水中でも戦えるエクセレイの上級冒険者や傭兵たちだ。ウォバルたちはそのまとめ役を担っている。


「大体、何で私にゃんだ。猫人族は水が苦手なのに」

「前のアトランテ交渉もできてたからじゃないか?」

「はっ!実績が評価されて面倒な仕事が舞い込んでくるパターン!? 何てこったにゃ!これのせいでやりたくもないギルマス押し付けられたのに!私はあほにゃ!」

「そうだな!お前はあほだ!ガハハハ!」

「ふしゃー!」

「うお!いてぇ!おい、ばか、やめろ!爪で髭を引っ張るな!千切れる!」


 ドワーフと猫人族の二人が取っ組み合う様を、ウォバルはにこやかに見る。

 ふと後ろを振り向くと、不安そうな魚人や冒険者たちが自分たちを見ていた。


「あの、ウォバルさん。大丈夫なんですか? こんな感じで俺たち、タラスクに勝てるんですか? 伝説にもなるような魔物ですよね?」

 普人族の男が尋ねる。


 B級冒険者の中でもより抜きの実力者だが、相手が相手である。しかもリーダーたちは和やかに緊張感なく会話している。不安にもなるというものだ。

 ウォバルは苦笑する。男がゴンザたちを見ながら「こんな感じ」と言ったからである。適度な緊張は必要だが、どうも集まっている冒険者や魚人たちの緊張は過度に見える。ビッグゲームハントが失敗する多くの原因はこれである。敵を必要以上に恐れすぎること。もちろん正しく恐れることは大事だが、それが行き過ぎると命に関わる判断ミスをすることもある。

 ゴンザもシーヤもそれがわかっているので、わざと頭の悪い会話をしているのだ。

 わざとだろうか? 素ではないよな?

 と一瞬思うが、ウォバルはその疑問を頭の底に蓋する。


「大丈夫さ。我々と君たちがいれば、問題ない。竜を倒したことがある私が保証しよう」

 優雅な笑みを浮かべながら言う。


 さりげなく拡声魔法で周囲の人間に聞こえるようにする。目の前の男を中心に、戦士たちの表情が明るくなり始める。

 リーダーの資質で最も大事なことは決断することとブレないこと。ウォバルは長い冒険者経験でそれがわかっていた。彼らは安心を欲した。だからそれを与えた。それは自信に繋がり、パフォーマンスに昇華される。

 元気を取り戻した彼らを見て、満足げに微笑む。


「さて、かの伝説の宮廷魔導士も大した課題をくれたものだね。まさかセミリタイアの身分で真龍を倒すことになるとは」

「いいんじゃないのか? 俺たちらしくて」

 横に立つゴンザが不敵に笑う。


 髭にシーヤをぶら下げているので格好つかない。


「全くだにゃん。マギサ・ストレガは傍若無人とは先の大戦で見て知っていたにゃ。でも、タラスク倒せといきなり言うほどとは思ってなかったにゃ」

「でもこのクエスト、どう考えても瑠璃っころのためだよな?」

 ゴンザが言う。


「あー、あの得体の知れないキメラにゃんね」

 シーヤが目線を上に上げながら言う。


「そう考えると、傍若無人でもないのかもしれないね」

「何でにゃ? ウォバル」

「このクエストは、あのキメラのためというよりもフィル君のためだろう。ということは」

「意外と弟子思い?」

「子煩悩にゃ?」

「過保護、とも言うね」


 ウォバルは上品に、シーヤは垢抜けに、ゴンザは豪快に笑う。


「そう考えると、やる気が出てきたにゃ。あの少年には、不備のあるクエストをふっかけてしまったことがあるにゃん。罪滅ぼしに丁度いい」

「そうだな。フィルと瑠璃っころのために一肌脱ぐか!」

「お前は頼まれなくとも、いつも上半身半裸にゃん」


 ベテラン冒険者たちが軽口を言い合いながら、泡で体をコーティングし次々と入水していく。

 伝説の怪物と、エクセレイアトランテの総力戦が始まろうとしていた。




『瞬接・斬〜浄化魔法をそえて〜』


 死霊人形レイスマリオネットを両断した。


『何じゃその料理店にありそうな技名は』

『オレ、マモノ、キル。マモノ、キッテ、マモノノチカラテニイレル』


 もはや、最近の俺はどうかしていた。

 森の奥でも、溶岩窟でも、雪山でも。そしてここ、死霊の谷でも。ひたすら魔物を倒し続ける日々。自分の脳みそがどこか欠けてやしないだろうかと思うほど、思考が野生化している気がする。


『……まぁ、強くなるなら何でもよいな』


 瑠璃がため息をつきながら、俺の後ろをのんびりと歩いてついてくる。


 それにしても、死霊の谷での討伐は順調だ。

 気味が悪いくらいに。

 そして自分の討伐が最初から最後まで順調だったことは、ほとんどない。塞翁が馬。一寸先は闇。勝たずとも兜の緒を締めよ。

 俺は強くなったけど、本質は決して強くはないんだから。


 そうだよな?

 ルビー。

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