第277話 レギアは2
「どうしよう!どうしようイリス!私のせいだ!私のせいでレギアが、ロスの国が早く滅んでしまった!どうしよう!」
クレアはイリスに泣きついて泣いていた。
その場にはエイブリーとその護衛、カイムやレイアもいる。
彼らには巫女の背にかかるプレッシャーを推し量ることは出来ない。今のクレアの状況を見ると、気軽に「気持ちはわかる」などと声をかけることは出来ない。国境で軽い小競り合いが起こることが歴史上何度かはあった。それでも比較的友好な関係を保っていた国だった。その国の滅亡、その引き金を彼女は引いてしまったのだ。
否、レギアの滅亡はほぼ確定事項であった。
それを早めただけである。
託宣夢の予言よりも半年近く早い。
レイアが静かに近づき、クレアをイリスごと抱きしめる。
横にエイブリーがしゃがみ、レイアの顔をじっと見る。クレアは涙で顔をくしゃくしゃにしながら彼女を見返す。
「クレアちゃん。貴女だけの責任ではないわ」
「でも、でも、私が決めたのよ!巫女であることを明かしたのも、レギアの滅亡も、魔王のことも!私のせいよ!私が決断しなければレギアはこんなに早く滅びなかったのに!」
「勝手に一人で背負わないで。貴女がそう決断するように仕向けたのは私よ。任せて。レギアは滅んでいないわ」
「……どういう?」
「取り返すの。奴らから。クレアちゃん。その手伝いをしてくれる?」
「……するわ!何だってする!ロスの国を取り戻すためなら、私は何だってする!」
柔らかい髪を振り乱しながらクレアが叫ぶ。その眼はもはや、子どもではなく狩人のそれだった。
エイブリーはその表情を見て、寂しさを覚える。
幼少期にストレス過多な生活を続けた者特有の顔つき。まるで子どもの時に見た鏡に映った自分のよう。
「貴方の決断を英断だと保証するのは私の仕事よ。待っていなさい、取り戻して見せるわ。イアン、メイラ」
「「はっ」」
踵を返したエイブリーに近衛たちがついていく。
「あたしも、クレアの味方よ」
「イリス」
桜色の瞳が、翡翠の瞳を見つめる。
それを眺めていたアルが、静かにその場を後にする。
「アル君」
「ロットンさん」
家を出ると、そこには剣客のロットンが立っていた。
「組手だろう? 今日は真剣でやってみようか」
ロットンの提案に、アルが目を丸くする。
「いいんですか? 今日は僕、ロットンさんにも勝てるかもしれません」
「やっと生意気になってきたね。いい兆候だ。戦士は敵を馬鹿にするくらいが丁度いい」
「そうですかね?」
「あぁ、慇懃無礼なところがフィル君に似てきた」
「えへへ」
ロットンの言葉に、アルが笑った。
「クレア!」
ドアをけ破るように一人の少年が屋内に入ってきた。
ロスだ。
クレアはロスの姿を見ると、怯えたような表情をする。
それを見たロスが、やれやれといった顔をした。
「クレア」
「ごめんなさい、ロス。あぁ、ごめんなさい。私はなんてことを」
少女は少年に目を合わせることが出来ない。イリスの肩に顔をうずめて隠している。
「クレアのせいじゃない。魔王がこっちの動きに気づいて侵攻を早めたってことだろう? どの道こうなってたんだ。むしろ感謝してるんだ」
「……どうして?」
「レギアに残っていたのは軍人だけだ。クレアは守ったんだよ。俺の国の一般人を。ありがとう、クレア。……レギア皇族として、巫女殿に御礼致す」
ロスが優雅に礼をする。
普段は気安く接してもらうために、わざと所作を崩しているロスが美しい所作を見せた。これは彼の本心でありクレアへの気遣いでもある。
ロスが拳を突き出す。
竜人らしく、ゴツゴツした力強い手。
クレアはおっかなびっくり、その拳に自分の拳を合わせる。
ロスはニカっと笑った。
クレアは涙を流しながら、くしゃっと笑った。口元を不格好に歪ませて。
「よし!じゃあ俺、することあるからまたな!」
すぐさまロスは踵を返し、ドアから飛びだす。
「待ちなさい」
「?」
駆け出そうとするロスを、カイムが止めた。
「クレアの親父さん? どうしました?」
「私の娘を気遣ってくれてありがとう。国の訃報を聞いて、すぐに駆け付けてくれたのだろう?」
カイムがロスを見る。上手く隠しているが、息が上がっている。全力で走ったのか、足も張っている。森のハンターである彼にはすぐわかることだった。
カイムが風魔法を行使する。
ロスの足回りに気流がまとわりつく。
「これは?」
「すぐに行くのだろう? レギア自治区に。出来る限りの魔力をつぎ込んだ。行ってきなさい」
「……ありがとうございます!」
ロスは頬を張って、走り始めた。
「……強い子だな」
走り去るロスの頬から、涙が光っていたのを彼は見逃さなかった。
「俺が生きている!」
静まり返っていたレギア自治区に、変声期を過ぎたロスの声が鳴り響いた。
「皆、間違うな!レギアは滅んでいない!」
ロスの叫び声に、レギア難民たちが顔を上げ始める。
「俺達がレギアの民である根拠は何か!それは住んでいる土地だけではないはずだ!」
声に導かれるように、屋内から外へ人々が出てくる。
「土地の地だけではない!俺達には血が流れている!先人たちの知恵という知も!3つの『ち』の内1つを今日失った!でもまだ2つ生きている!それに俺がいる!まだ皇族がいる!何度千切れようと、何度潰されようと、俺達皇族が何度でも君たちを束ねる!何度でも君たちを集めて、何度でも立ち上がる!」
ロスが、ロプスタン・ザリ・レギアが難民たちを見つめる。
難民たちの眼に、光が戻りつつあるのを確認する。
「俺は今日欠けた地を取り戻す!あんた達がこの地に逃れたのは、その力を蓄えるため!そうだろう!?」
ロプスタンが竜化した。
成人にも負けないほど力強い体格。
難民たちが国難を一瞬忘れるほど、流麗な鱗が生えそろっていた。
若き皇子が吠えた。
それに呼応するように、難民たちが次々と竜化し始める。
若き皇子に続くように、竜と人の末裔たちは吠え続けた。
それは夕刻になるまで続き、エクセレイにとって戦が始まる警鐘の代わりとなったのであった。
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ロスの名前の由来を近況ノートに載せます(2020.12.22)。
興味ある方はどうぞ。
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