第309話 魔軍交戦6

「ペースが上がっている。おかしい」


 壁をよじ登ってきたタイラントアントを矢で穿ち、ライオが呟く。針の城からソムやボウに狙われているのは承知だが、タイラントアントの装甲を破れる騎士や冒険者は少ない。壁を踏破されてしまった場合、B級以上の冒険者が対処しなければならないのだ。

 危険を承知で、矢の打ち合いを一瞬中断してタイラントアントを打ち抜いたのだ。

 もちろんそれを見逃すボウではない。

 すぐに重たい矢が剛速球で飛んでくるが、シャーフ達が盾ではじく。


「腕がもっていかれる!」

「すまねぇ!」

「もうもちませんよ!盾のストックも尽きそうだ!というか、敵の城が接近したらその分、矢の威力も上がる!あと数百メートルも近づけばこの盾も貫通されます!」

「その時は何とかする!」

「どうやって!?」

「たぶん思いつかないから撤退だな!」

「えぇ!?」

「仕様がないだろ!打つ手は全部打った後なんだよ!」


 シャーフの素っ頓狂な声にライオが叫び返す。


「というか、ペースが上がってるって何ですか!?」

「魔物が壁を越える頻度が上がってるんだよ!どんなに魔物の数が多くとも、壁の広さは変わらない。一度に魔物が登れる数は限られてるはずなんだよ!」

「はぁ!? 今以上に魔物が早く登ってくるんですか!? 死にますよ俺達!」

「あっ!」


 狩猟せし雌犬カッチャカーニャ斥候スカウトが小さく声を漏らす。


「どうした!? 何か気づいたか!?」

「あれ」


 周囲の冒険者が彼女に近づく。

 彼女は壁の下を指さす。

 そこには大量のタイラントアントの死骸が山積みされていた。

 それらが足がかりとなり、他の魔物達の足場になっている。50メートルはある壁が、蟻の死骸の山により45メートル程度に短縮されていたのだ。


「マジで命が軽い軍勢だな!紙切れみたいだ!」


 ライオ達の背後では、新しい魔法信号弾が発射されていた。

 増援が追い付いていないのだ。

 序盤にあった「魔力を温存せよ」という指令は、もはや現場の人間の脳裏から消え去っている。




「まずいね」

「ライオさんのところですか? ロットンの兄貴」

「いや、ライオなら上手いことやり過ごすだろう。問題はあっちだね」


 目を細めたロットンを怪訝に見た後、その視線の先を追った斥侯達が青ざめる。

 見ると、針の城から大量の飛翔体が群をなして飛び立っている。


「気づきこそしたものの、僕は斥侯じゃない。みんな、あれらが何の魔物かわかるかい?」

 ロットンが冷や汗を流しつつ尋ねる。


「ちっこいのはインプだ!」

吸血鬼の魔使いイビルレーダーマウスだ!」

「吸血鬼どもの先兵か!」

「血を吸われるぞ!全身鎧フルメイルの連中を前に出せ!」

「俺たちは肉盾かよ!」

「うるせぇ!何のための重装備だよ!」

「少なくとも手前らの盾になるためじゃねぇ!」


 文句を言いつつも、全身鎧の人間が前に出る。

 この国はここ最近戦争こそないが、実力主義の国家のため小さい紛争は起こっている。その紛争経験者は、こういう時に恩を売っておけば自身の危機の時に返ってくることを知っている。

 逆に適材適所の動きをしない者は見捨てられる。

 戦争はシビアなのだ。敵にも味方にも。


 吸血鬼の魔使いイビルレーダーマウスとは、コウモリ型の魔物である。小型のものは10センチにも満たないが、大きいものは3メートル近くのものもいる。体長の幅が広いのは、育成している吸血鬼達の趣味嗜好に影響を受けるからだ。小さく、多くの数を飼育する者。巨大な個体を一体のみ飼育するもの。様々である。

 大きさにより戦闘能力は異なるが、共通するのは超音波による索敵能力の高さと、吸血能力エナジードレインである。遠距離であれば風魔法や超音波攻撃もできる。

 空を飛び、索敵も遠距離攻撃も近距離攻撃もできる。

 吸血鬼が恐れられているのは、その種族自身の戦闘能力もさることながら、こういった厄介な眷属を育成する能力も原因としてある。


「グリフォンだ!」

「まずい!家畜を隠せ!」


 騎士達が慌てて馬を宿舎に連れていく。


 グリフォン。

 普段は森の奥深くに住んでいる魔物である。数は少なく、滅多なことでは人里へ降りてこない。

 その理由は至ってシンプル。

 自身の種族が分布を増やすと、結果として同族の食い扶持ぶちがなくなることがわかっているのだ。森の奥の、生態系の頂点を担っている一種である。

 もう一つの特性としては、その性豪さだ。

 馬を始めとして、四足歩行の大型動物であれば種族を選ばず犯す。

 犯された生き物はほぼ確実に着床し、グリフォンの子どもを宿すことになる。生まれたグリフォンは雑種なので、生殖能力はない。

 が、当然凶暴性の高さは純粋なグリフォンと変わらない。生まれてすぐに生みの親を殺し、死ぬまで周囲の人間や生物を食い荒らす。

 森の下へ降りてこないのは、グリフォン達自身がこの嗜虐性をコントロールできないところにもある。

 余りにも不完全な生態。だからこそ、神聖な見た目をしているというのに魔物指定をされた怪物である。


「来たな。奴さんの、例のカラクリ兵器」

 ライオが呟いた。


 魔物達の後方から、鉄の翼を持つ竜が大量に飛び立った。

 フィオには見慣れた姿だが、翼を全く動かさずに水平に飛ぶゴーレム達は、現場の人々には不気味に見えた。







「来てしまったか」

「いいえ、好都合です」


 予想以上の魔物による物量戦。そして早い航空戦力の投入。

 悲観論に入りそうな会議室のメンツに冷や水をかけたのは、またもエイブリーである。


「航空戦力を投入したということは、向こうにとっても不都合なことが起きているということです。本来、夜に投入すべき吸血鬼の魔使いイビルレーダーマウスを日没前に出したことがいい証拠です。カイムさんやレイアさん、他にも都に常駐していたエルフ達が援護してくれています。射手や魔法使いで制空権を取れていないことが主な要因でしょう。ここを凌げば、夜の戦いは有利にもっていけます。伝令」

「はっ」

「インプは単体での力は弱い。ですが、数が多い。広域魔法を使える魔法使いと、撃ち落とせる技量の槍使いランサーを配備。9小隊出しておけばいいでしょう。吸血鬼の先兵対策に退魔師も9班。1人につき護衛の騎士を3人配備。グリフォンと鉄竜には、水魔法の使い手を12班。防壁の内地に侵入したものは、ペガサス隊を」

「は!」

「それと」


 伝令に走ろうとした騎士のうち1人を呼び止める。


「待機している冒険者、無彩色に来たる紅モノクロームアポイントレッドのフィル・ストレガをここに。あのヒコーキとかいうゴーレムについては事前に彼から聞いています。ですが、よりよい対策のためには彼の眼が必要です」

「は!」







「何で俺は参加できないんだー!」

「どうどうどう」


 憤る俺の肩をトウツが羽交い絞めする。ついでに太ももやお腹をさりげなくさすられたが、今はそれに頓着している場合ではない。


「フィル。自分の立場をわかっていますの?」

 十字架を手入れするファナが目を細めて俺を見る。


「わかっているさ」

「いいえ、わかっていないわね」

 俺の返答に、フェリが即座に反応する。


「貴方はエルフの巫女よ。この国が失ってはいけない最重要人物。投入する戦力としては、当然最後になるわ。下手な王族よりも重視されているはずよ?」

「そんなこと、わかってるって」


 そわそわする俺のズボンの裾を、瑠璃がくわえる。


「ほれ。瑠璃ちゃんも心配してる」

「ぐぬ」


 その止め方はずるい。

 瑠璃に甘えられたら、めったなことでは断れない。禁止カードである。他に禁止カードがあるとすれば、クレアとルビーとアルと……けっこうあるな。禁止カード。ゲームバランス崩壊してそう。


「何をそんなに焦っているんだい? フィルは時々向こう見ずだけど、考えなしではないだろう? 参戦したら、まず間違いなく敵にマークされるよ? 魔王の拠点を幾つか潰したのと、今回敵にいる吸血鬼の同胞を始末したのは僕たちだって、向こうは間違いなく気付いている」

 トウツが俺の頭に顎を乗せて呟く。


「強くなったら、誰かを守るためにそれを振るうべきだ。俺はそのために強くなったんだよ」

「誰かって、それはエクセレイの国民? 元々フィルはエクセレイの人間ではないのに? そんなに国への忠誠は大事?」

「これは忠誠の問題じゃない。俺自身の納得のためだよ。それを言うならトウツやフェリだって、よそ者だろう? それに、俺はもうエクセレイ人だよ」

「ふぅん。それ以外に、戦う理由があるだろう?」

「……わかった。大人しくするよ」


 トウツの腕をするりと抜けて、降りる。

 これ以上話すのはまずい。この場にいる3人はするどい。会話を続ければ粗が出るのは俺の方だろう。クレアを守るためにも、戦いに参加しなければならない。それは最低条件だ。

 もしもの時は、瑠璃だけは味方になってくれるかもしれない。

 が、それも確実ではない。

 瑠璃は俺の願いよりも、俺の安全をとるかもしれない。使い魔とはいえ、瑠璃の自由意志を俺は縛っていない。

 全てはクレアのため。

 今は我慢だ。


「フィル様!」


 扉を強く押し開けてきたのは、ベルさんだった。

 虫の国コーマイの使者である、カイコガ族の女性だ。


「エイブリー姫がお呼びです。鉄竜について、お知恵を貸してほしい、と」

「わかった。行く」


 することがあるというのは、いいことだ。

 ただ待っているだけだと、気疲れするだけである。


 ここへ転生する前は、暇を存分に教授していたというのに。

 今は一分一秒も動きたくて仕様がない。

 この世界が、俺にそうあれと望んでいるような気がする。


 気のせいかもしれないけども、そう思うんだ。

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