第310話 魔軍交戦7 鉄竜攻略

「結論から言うと、魔王は俺と同じです」

「転生者ってこと?」


 俺の回答に、エイブリー姫が即答した。

 ここは彼女のレストルームだ。

 いくら王族といえど、俺の情報を不特定多数の人間に流布すべきでないという姫の計らいである。

 というのは建前で、自分のお気に入りを他の王族や貴族に知られたくないというのが本音だろうけども。


「何というか。気づかれていたのは重々承知でしたけども、こんなあっさり言い当てられると釈然としませんね」

「だって貴女、嘘が下手じゃない」

 姫がベッドに仰向けに倒れながら言う。


 何というか、その、イヴ姫のドレスがけっこう肌の露出が多いというか。格好が扇情的に過ぎるというか、眼福ですありがとうございます。

 ちなみに隣ではパルレさんが眉根を顰めている。一般的に婚前の王族がするような格好ではないのだろう。幼少まで森に引きこもっていた俺でも分かることだ。


「あのヒコーキとかいうゴーレム。フィル君がいた世界の技術なのよね」

「そうですね。ただ、ちぐはぐなんです」

「ちぐはぐ? どこが?」

「完成度の高いところと低いところの程度の差が激しいんですよ」

「あの兵器が不完全だと?」

「俺がいた世界の技術でいうと、そうです」

「……高い強度と重量を誇り、機動力も火力も遠距離攻撃も出来る兵器が? うちのペガサスライダーの部隊でも、ツーマンセルで一機落とすのがやっとなのよ? ペガサス育てるのはとてつもなくコストかかるから、5個小隊しかいないのに」

「むしろあの種族を5個小隊も準備できるんですか」


 ペガサスって、処女童貞が数ヶ月森をさまよって会えるか会えないかの希少な使い魔のはずなんだけど。

 改めてやばいな。うちの国。

 俺が生まれた場所がここでなければ、魔王との戦いは早々と詰んでいただろう。


「で、どこが不完全なの?」


 パルレさんの目力に「わかったわかった」と、手をひらひらと振って、イヴ姫がベッドに腰掛ける。


「遠目で見た分の印象ですが、操作性が悪すぎます」

「あんなに速く飛べるのに?」

「俺の言う操作性は、方向転換や静止ですね」

「あれが曲がったり止まったりするの? 空中で?」

「前世の国ではそれが出来ました」


 イヴ姫が黙り込む。


「もしそうなれば、どうなってました?」

「制空権は確実に取られていたわね。国費をかなりかけて編成したペガサスライダーも数十分ともたなかったでしょう」


 そいつぁ、やべぇや。

 俺が参加する戦いって、どうしてこうも綱渡りなんだろうな。


「あれがどう曲がるの? あんな速く動いているのに、止まれるわけないじゃないの」

「物が速く動けば、それだけ空気が強い力で押し返してきます。それを揚力として利用するんです」

「……衝突する力を浮力に変えるのね」

「そうです」


 理解力高すぎない? この世界、科学ないはずだよね?


「その揚力や浮力を翼の形などを変えることで調整します。急停止する時は、放出しているエネルギーを逆噴射すればいいです」


 俺は懐から紙を取り出し、魔法を使い空中で紙飛行機を折る。風魔法で紙飛行機に風を当てつつ、空中で滑空させる。魔法で翼の形を少し変形させると、その場をくるくると回り始める。魔力を逆噴射。途端に紙飛行機が静止する。


「なるほど。おおよその仕組みはわかったわ。実現できないのは何故?」

「強度と可変性の両立が出来ないからですね。これは紙だから簡単に浮かせることも形を変えることもできます。ですが」

「強度を上げるためには重くなる。硬いものを変形させるには、操作するための魔力燃費も悪い」

「そうです」


 そうなのだ。

 俺がいた世界では、レアメタルを化合させて、より軽く強靭な金属を作っていた。炭素を圧縮や加工させて軽いカーボン素材も開発していた。

 この世界では、素材はそのままだ。研磨、錬磨などはする。

 しかし、最も大切なのは付与魔法だ。

 元いた世界と違い、加工せずとも有用な素材を魔物がもたらしてくれたことも大きいだろう。有用なものがあるからこそ、逆に発展の妨げになる。難しいものである。


「では、そこから導き出される結論は、何?」


 桜色の瞳が俺の目を覗き込む。

 エメラルドの瞳がピンクに侵食されそうな気分になる。


「あの鉄竜と呼ばれている飛行機は、結局のところこの世界のゴーレム製造技術の常識的な範囲を超えることが出来ていないんです。他所の世界の技術を用いたところで、基本骨子は変わらずこの世界の魔法です。つまり、弱点は普通のゴーレムと同じです。コアを破壊すれば、簡単に倒せる」

「そのコアはどこかわかる?」

「わかります。俺の眼を使えば」


 すっと、イヴ姫が離れる。

 頭の中で算盤を弾いているのだろう。この世界に算盤はないけども。


 俺は言外にこう要求したのだ。

「戦場に連れていけ」と。

 彼女の立場からすれば、巫女である俺は切りたくないスペードのエース。もしくはジョーカーだろう。

 それでも提案する。

 クレアが生き残る可能性を少しでも上げるためには、序盤にできる限り敵戦力を落とさなければならない。

 それだけじゃない。

 あの場には、ロットンさんを含めて既に知り合いが多く参戦している。こうしている間にも、誰かが死ぬかもしれない。それをのうのうと座して待とうと思うほど、俺の肝は太くない。

 ……パーティーメンバーは反対しそうだけども。


「……どのくらい接近すれば核の位置は確認できますか?」


 やはり俺の安全圏を確保する提案をしてきた。

 抜け目のない人だ。


「500。いや、600メートル程度です」


 嘘である。

 本当は1キロくらいまで接近すれば何とか観測できるはずだ。

 あわよくば防壁を突破しているであろう、タラントやタイラントアントをまとめて駆除する腹積りである。


「駄目ですね。敵影への接近は1キロまでしか認めません」

「姫。俺の頭の中でも覗いているんですか?」

「貴方の顔が分かりやす過ぎるのよ。イリスの婿に来ても政界デビューは難しいわね」

「まだ言うんですか。それ」


 従姉妹を溺愛しすぎだろ。

 あ、待って。今何て言った?


「行っていいんですか? 偵察」

「いいわ。許可します」

「流石姫様!今度レポート5枚出しますよ!」

「2人の時は、イヴね」

「はい!イヴ姫!」


 おそらく俺は、今日一番の笑顔を浮かべていることだろう。表情筋がぐわーっと動いている感覚が自分でわかる。

 彼女の肩越しで、メイドのパルレさんが「私もいるんだけど」と言いたげな表情を浮かべる。


「今は猫の手も借りたい状況よ。奥の手は使わないに越したことはないけど、切るべき時には切るべきだわ」

「借りてるのは猫じゃなくて巫女ですけどね」

「パルレ。今のはジョーク?」

「はて。何のことでしょう」


 この世界の女性、基本的に俺に厳しくない?


「ただし、条件があります」

「はい!飲みます!飲みます!」

「フィル君、エルフの森深層に篭って頭が少し弱くなったかしら?」

 イヴ姫が眉間に中指を当てる。


「護衛をつけるわ。貴方の身内は禁止」

「それは無理ですね」

「命令するのは私よ?」

 彼女の表情に剣が宿る。


「自慢じゃないけど、俺はパーティーメンバーから基本的に離れられません。あいつらから離れると、大体死にかけるんですよね。だから、あいつらは俺を他の人間に任せるのを良しとしないでしょう。例えそれがエクセレイの精鋭だとしてもです」

「本当に自慢でも何でもないわね」

「ですので、うちのパーティーメンバーからも護衛を。俺の身柄がエクセレイに所属することは納得しています。誰をつけるかは、貴女が選んでください」

「トウツ・イナバね」

「……即答ですね」

「貴方を死なせないという一点に関しては、彼女と私の考えは一致しているわ。実力も折り紙付き。そういう意味ではファナ・ジレットも捨て難いけど、彼女はエクセレイよりも教会に所有権があるから私は動かしづらいの」

「フェリは?」

「彼女は後衛よりだから、貴方と役割が被るわ。というよりも、未だに彼女が何者かわかっていないの。エクセレイの情報網でもね。出身地も。生い立ちも。何故ダークエルフになっているのかも。王族の私がどこの誰ともわからない人間を使うわけにはいかないもの。フィル君は彼女が何者か、知ってる?」

「いいえ、知りませんね。知っていても教えませんけど」

「最後の一言は余計よ。忘れているかもしれないけど、私は王族よ。他に聞いている人間がいれば不敬ととられるわ。気をつけて」

「分かりました」

「よろしい。いい子ね」


 イヴ姫が俺の頭を撫でる。

 この人、俺が転生者だと知っているということは年上だとわかっているんだよな?

 子ども扱いは不服である。プラチナむかつく。


「あ、でも」


 ふと気づいたので、言葉が漏れる。


「生い立ち不明といえば、トウツもそうなんじゃ」

「彼女の身柄は、ハポンから公式に説明をもらっているわ」

「公式に? あ」


 細い目の黒髪の兄ちゃんが思い浮かぶ。

 トウケン・ヤマト。彼の協力を得たのだろう。

 あの人もここにいるらしい。ハポンからすれば文字通り対岸の火事だというのに。不思議な人である。


「使い魔のキメラの子も駄目ね。あのキメラこそブラックボックスの塊みたいなものだから」


 それもそうだ。

 瑠璃に比べれば今から偵察する鉄竜なんて、謎でも何でもない。


「なるほど。ちなみに、王宮から付ける護衛は誰です?」

「まずはメイラね」

「あぁ」


 あの人か。

 例の魔王に洗脳された騎士が暴れた時、最も忠誠心の高さを発揮したと言える人だ。アマゾネスみたいな褐色肌に、しなやかな筋肉。実力も申し分ない人だ。


「もう一人は、イリスよ」

「…………エイブリー姫」

「なぁに?」

「貴女は、本当に初めて会った時から俺の使い方を心得ていますね」

「フィル君は相変わらず優しいわ。性格が悪いとは言わないのね」

「いいえ、貴女は優しい人ですよ」

「そ。ありがとう」


 イリスはくさびである。

 俺が無理しないための。

 彼女は強いが、俺やトウツの戦いに追いついていけるかというと疑問が残る。イリスがそばにいる以上、魔物の群れに突っ込むのは難しい。俺に何かがあった時、彼女を守る人間はメイラさんを除いていない。トウツは恐らく、イリスには目もくれず俺だけを守るよう動くだろう。

 目的を遂行するためには、溺愛する従姉妹すら使ってみせる。

 本当、最高の為政者だよ。貴女は。


「じゃあ、偵察お願いね」

「えぇ、任せてください。あ」

「なぁに?」

「これ、クエスト扱いですか?」

「……A級相当のクエストとして、私の個人名義で発注します。ちゃっかりしてるのね」

「これでも、冒険者の端くれなんですよ」


 そう言って、レストルームを後にする。

 やはり冒険者というのはいい。

 クエストもらう。オレ、タタカウ。カネ、もらう。

シンプルだ。

 元いた世界も、この世界も、このくらいシンプルな方がいいのに。

 上手くいかないものである。







「首尾はどうです?」


 会議室に戻り、開口一番エイブリーが問う。


「航空戦がギリギリです。水魔法の部隊やペガサスライダー部隊が奮闘してくれていますが、壁内に次々と爆撃を」

「参ったわね。夜になれば吸血鬼も動くのに」


 そして、獅子族もまだ動いていない。

 そう、心中で吐露する。

 敵戦力はまだ、ボウ・ボーゲンやソム・フレッチャーを除けば雑兵しか出ていないのだ。


「フィル君、頼むわよ」


 不安げに、桜色の視線が空を仰いだ。






「で、あたしにお鉢が回って来たわけ?」


 イリス・ストレガ・エクセレイは不機嫌であった。それはもう、ツーサイドアップの髪先から熱線でも出るのかというほどに。

 彼女は地頭がいい。俺とは比べ物にならないほどに。イヴ姫から命を受けた俺が、ベルさんと共に報告した瞬間、事情を察したのだ。

 自分がフィル・ストレガの「重し」として選ばれたのだと。


「すまん」


 ここで為すべきことを、処世術として知っている。コミュニケーションは苦手な方だが、前世で姉がいた俺にはわかる。

 瞬時徹頭徹尾問答無用で謝罪である。

 お冠な女性相手に言い訳など通じない。

 求められているのは理屈ではなく、誠意なのだ。


「あたし、あんたのお守りじゃないんだけど」

「すまん」

「何で振られた相手にそんなことしないといけないのかしら」

「すまん」

「まぁ、出来ることがあるのはいいことよね。あんたのお守りとはいえ」

「すまん」

「お姉さまも本当、人が悪いわ。フィルに効果的な一手なのがいっそう腹たつ」

「すまん」

「フィル。てきとうに謝ってない?」

「すまん。あ」

「あんたね……」


 イリスの額に青筋が浮かび上がる。

 すげえ目力。目からピンク色の熱線が撃てそう。

 イリスの後ろに控えるメイラさんに「助けて」とアイコンタクトを送る。

 即座に「出来るわけがないだろう」と渋面が返ってくる。

 横のベルさんに目線で助けを求める。


「そ、そんな可愛らしい上目遣いされても無理ですっ」

 と、4本の腕をふりふりと横に振ってベルさんが救助要請を拒否する。


「あんた。この戦争が終わったら、あたしの言う事一つ聞きなさい。拒否はさせないわ」

「はい」


 えぇ、こわ。

 どんな恐ろしいことをさせられるんだろう。

 メイラさんは何でガッツポーズをしているの?


「ラブコメの波動を感じるねぇ。フラグを破壊しなきゃ」


 うさぎ型の妖怪が現れた。ハポン産だ。


「げ。トウツ・イナバ」

「何で出ただけでお化けみたいな扱いされるかなぁ。僕の方がお化け苦手なんだぞっ」

「何の張り合いをしているんだよ……」


 とりあえず面子はそろった。


 行こうじゃないか。

 鉄竜もどき退治に。

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