第311話 魔軍交戦8 鉄竜攻略2

「雷撃隊、下がれ!」


 アルク・アルコの号令で、騎士たちが一斉に退路を作る。

 ディザ川から雷耐性を持つ魔物が溢れ出したのだ。


「対策されたとは思ってたけど、これほどとはね。あんの裏切り者のトレッタめ。学園の面汚しよ!」


 シャティの雷魔法を盗んだ男を思い出し、歯噛みする。もっとも、その男はすでにこの世にいないのだが。

 だが、やつに盗まれなければここまで対策されなかったのも事実である。


「アルク様!」


 騎士の声に反応したアルコが見たのは、変異していく魔物達だった。

 巨大雷鯰イカヅチジガンテシルーロの腹部から、鱗がびっしりと生えた太い足が生える。始めはピンク色のテラテラと光る脂肪が、硬度を増して黒に近い灰色を帯びる。それが岩のような肌質になり、頑強な足へと変貌する。

 河岸の縁に足をかけ、上陸する。

 その隣では、シーサーペントの背中に翼が生えていた。青く頑強な鱗が、柔らかな白い羽毛へと姿を変える。それが一直線に伸びたかと思えば、横に面積を広げていき真っ白な美しい姿に変わる。


「魔王の手先のくせに、無駄に芸術点高いビジュアルしてるわね。貴方達、撤退」

「アルコ様は!?」

「私は殿しんがりよ」

「ですが!」

「聞きなさい。あいつらは明らかに貴方達らいげきたい対策メタで造られた魔物よ。向こうの思惑に付き合う必要ないわ。というか、オスカ婦人からの借り者だもの。あんた達に死なれたら監督責任が問われるわ」


 呑気に話すアルクの前では、魔物達が次々と足と翼を生やし進化していく。


「任せなさい。私を誰だと思っているの? 小人族ハーフリング最高の魔法使いにして勇者パーティーの一員、アルク・アルコよ。この戦争での貴方達の役割はまだたくさんあるわ。行きなさい」

「……はっ!」


 雷撃隊の面々が退路から脱出を始める。


「ふぅ。騎士は冒険者と違って上司命令を遵守じゅんしゅしてくれるから助かるわね」

 アルクが膝の埃を払い、ため息をつく。


「で、これ。どうしようかしら」


 目の前では、魔物が次々と体の一部を肉塊に変えて体積を膨張させている。


「うへぇ、グロい。魔王ってのは悪趣味ね。どうしたもんかしら。シーサーペントほどの大物、大体ルークが突っ込んでなんとかしてたんだけど」

「「舜接・斬」」


 一陣の風が吹いた。

 陸に上がろうとした魔物達がまとめて切り刻まれる。


「何!? いや、あいつらね」


 アルク・アルコが振り向いた時には、白髪の兎人族と黒髪の同族ハーフリングが防壁の方へ走っていくのが見えた。

 何故か、第三王女をお姫様抱っこしている。


「えぇ。なんでイリス様があそこに?」

「アルク様!3人はどちらへ!」

「貴女、近衛の」


 慌てた顔をして、近衛騎士のメイラが現れた。


「あっち」

「恩に着ます!」


 メイラが慌てて通り過ぎた2人を追う。


「彼女、近衛の中でも瞬足の部類に入るはずなんだけど。まぁ、いいわ。いや、よくないわね」


 見ると、シーサーペントと他数体の魔物は生き残っている。


「辻斬りでは鱗を貫通できなかったのかしら。というか、一番強いの残さないでくれる? こいつくらい一人で倒せるだろうってこと? 何なのあいつら。私を煽ってるの?」


 悪態を吐きつつも、アルクの口角が僅かに上がる。

 そうでなければならない。自分が競うべき同族は、生半可な人間では困るのだ。


「いいじゃないの。この戦いで最も武勲を上げるのは私よ。それを証明してみせるわ」


 彼女は、楽しげに杖を掲げた。







「ちょっと、ねぇ!さっき刀抜く時あたしの胸触ったでしょ!」

「不可攻略です!不可攻略です!」


 胸元でイリスが足をバタバタさせる。

 あの。暴れないでください。うっかりまた触っちゃうじゃない。

 ちなみに俺は紳士なので「暴れるな。重い」などとは言わない。女性に「重い」は禁句中の禁句なのだ。俺は賢いから知っている。


「あたし王族なんだけど!婚前なんだけど!もうちょっと丁重に扱いなさいよ!」

「じゃあ自分で走ればいいのにねぇ。僕もフィルに抱っこしてもらいたいのに。僕が抱っこしようか?」

「嫌よ!なんか貴女怖いもの!」

「酷くない?」

 トウツが俺に目配せする。


 いや。

 お前イリス達の前で散々性癖ショタコン披露してるやん。そらそうなるよ。


「あたしが遅いんじゃなくてあんた達が速すぎるのよ!あたし一応同年代の学園では最速の部類に入るのよ!クレアには少し負けるけど!」

「マジで? 流石クレア」


 俺の妹は優秀だ。文字通り死ぬほど推せる。


「というかねぇフィル!なんか青いドラゴン斬り残してなかった!?」

「いやトウツがやってくれると思ったんだよ!俺じゃ魔力練るのに時間が足りなかったんだ!あんな硬い鱗一瞬で斬るとか、人間辞めてるじゃん!」

「まるで僕が人間辞めてるみたいな言い草だねぇ」

「実際そうじゃん」

「あんたのパーティー、時々仲がいいのか悪いのかわからなくなるわね」

「何言ってるのさ、イリスちゃん。僕とフィルは愛し合っている仲さ」

「ちゃんって。あたし王族なんだけど」

「お前なら余裕で斬れただろう!? トウツ!」

「いやぁ。深層から帰ってきたフィルがいい感じに戦闘民族化してたからさぁ。やってくれるかなって思ってて」

「えぇ!? そんな理由で斬らなかったの!?」

「ねぇ。あそこにいたの。アルクさんだと思うんだけど」

「ま、まぁ。アルクさんなら何とかするでしょ」

「ねぇ。こっち見なさいよ。ねぇ。おい。目を逸らすな」


 だ、大丈夫のはずだ。イヴ姫のことだし、アルクさん含め重要な戦力はきっちり警護できているはず。川沿いだから武装した神父や修道女がいつでも駆けつけるだろうし。


「見えた。からくりのドラゴン」

 トウツが空を仰ぎ見る。


 そこには、壁内戦力を空襲する飛行機もどきが飛翔していた。白いペガサスが何度も蛇行して火魔法を回避し、戦線を維持している。


「ありゃ、数十分と保たないねぇ。ペガサスが一体でも落とされれば一気に陣形に穴ができて突破されるよ」

 他人事のようにトウツがつぶやく。


 こいつの場合、本気で他人事と思ってそうに見えるのが怖いところである。


「それを止めるのが、俺たちの仕事だろう」

「ねぇ。降ろしてほしいんだけど」

「あ」


 俺の腕の中で、イリスが顔を真っ赤にさせて睨みつけていた。


「すまん」


 ぱっと彼女を降ろす。

 とはいっても、俺の方が小さいので降ろすというよりも体の角度を変えるだけといった感じだ。


「何か腹が立ってきたねぇ。この怒りを何にぶつければいい? あれにぶつけよう」


 空中で鉄竜が両断される。


「彼女、今抜いたの?」

「あぁ、そうだな」

「あんたは見えるの?」

「見える」

「あたしも腹が立ってきたわ」


 イリスが俺のふくらはぎをゲシゲシと蹴る。

 この世界の女性、情緒不安定すぎない?


「おんやぁ。あれはどういうことかなぁ?」

「?」


 トウツの言葉に、俺とイリスが空を見上げる。


 そこには両断されたはずの鉄竜が変形しながら空を飛び続けていた。両断された尾翼は墜落したが、残りの半分が変形して、また飛行機の形を形成して飛び続ける。


「自動回復か。ゴーレムではありがちな機能だけど、あれだけ複雑な構造をしてるのに出来るのか。フェリ。いや、それ以上の金魔法使いが向こうにはいるのかもな?」

「フェリちゃん以上? そんなのいんの〜?」

「いるんだろうさ。魔王軍には」

「世の中は広いねぇ」

「嫌になるくらいに、な」


 ため息をつく。

 だが、悪い状況ではない。

 同じ脅威でも、知らないよりも知っている方が百倍マシだ。


「でも、それを何とかするために俺がきた」

「出来るの?」

 イリスが聞いてくる。


「出来るさ」


 魔力視の魔眼を開き、空を見上げた。

 解析を始める。


「核に動力源の魔力も封入されている。ということは、核がある限りプラナリアのように再生するということか。ただし、核がない部分は魔力を送ることができないから、ただの鉄塊に成り下がる。結果として、質量を小さくせざるを得ないということか。でも、軽くなるということは、速く動けるということでもあるし、弱体化ではないのか?」


 上空では、小さくなり更に速度が増した鉄竜に、ペガサスライダー達が手を焼いている。


「トウツ。援護して。あのままじゃ、ペガサス達がやられる」

「えぇ、嫌だよ。あんな処女厨使い魔。守らなくてもいいって」

お前ショタコンが言うな。いいからやって」

「へ~へ~」


 トウツが斬撃を飛ばし続け、鉄竜を刻む。

 向こうもやられているだけではない。こちらを向いたかと思えば、火魔法を放ってくる。


氷漬けの盾アイシクルシルト


 頭上で炎が周囲に霧散する。


 イリスだ。


「あたし、お客さんじゃないわよ。ちゃんと戦力としてここに来たんだから」

「……助かる」

「礼を言う暇があったら、解析を終わらせて頂戴」

「あいあい」


 もうミニマムではない姫の仰せのままに。


「……見えたな」

「どこ?」

「核はあれだな。コックピットのところだ」

「コック……何?」

 イリスが眉をひそめる。


 あぁ、なるほど。

 ゴーレムという使い魔の最大のメリットは、術者が安全な場所で操作できるところにある。

 だから、そのゴーレムにわざわざ搭乗するという発想はない。

 つまり、この世界ではコックピットという言葉は生まれていない。


「いや、こっちの話」

「どっちの話よ」

「トウツ」

「へ~い」

「鉄竜の体長前から三分の一の部分。そこを打ち抜いて」

「はいな」


 トウツが斬撃を飛ばす。


 研ぎ澄まされた風が鉄竜の胴体を通過する。

 しばらくそのまま空中を滑空していた鉄竜は、やがて高度を落とし墜落していく。都の民家に突っ込んで爆発する鉄竜を見て、確信する。


「ビンゴ?」

 トウツが俺を見やる。


「あぁ、見えた。メイラさん」

「任せろ。すぐに騎士団の連絡網へ回す」

「お願いします」

「姫様を頼む」

 メイラさんが走り出した。


 メイラさんの言葉に、目を丸くする。

 彼女はイリス付きの騎士のはずだ。それをストレガの弟子とはいえ、ただの冒険者の俺に託していってしまったのだ。

 それなりに信頼されているとは思っていたが、ここまでとは。


 ぱちりと、目が合う。


「言っとくけど、あたしは護衛される側じゃなくてする方だからね? 自分の立場をわきまえて」

「可愛げがないなぁ」

「…………もう少し可愛げがあったら、あんたはあたしを選んだの?」


 熱を帯びた目つきでイリスがこちらを覗き込んできた。


「…………」


 危ない。

 うっかり愛の告白するところだった。

 クレアとアルに負けないくらい俺の心を動かすとは。

 イリス。恐ろしいっ!


「学園ラブコメはそこまでにしてさぁ。どうする? ピンク姫のクエストはこれで終了でしょ~?」

 トウツが刀をくるくると回して言ってくる。


「……少し暴れようか」

「いい感じに蛮族だねぇ、フィル。僕そ~いうの、好き」


 あぁ、俺も大好きだよ。トウツ。


「ちょ、ちょっと!これで仕事は終わりでしょ!あたし、あんた達を出来るだけ早く連れて帰るようにお姉さまに言われてるんだけど!ねぇ!ねぇ!聞け!」

「オレサマ!ゴーレム!ゲキツイ!」

「あんたその頭の悪い振りするの、持ち芸にしてんじゃないわよ!」


 わめくイリスをよそに、俺とトウツは鉄竜に斬りかかった。


 減らすのだ。

 一体でも多く。


 クレアに近づく脅威を。

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