第67話 エルフ村への潜入
『瑠璃、ここでいい。おろしてくれ。』
俺は瑠璃の脇腹を優しくたたく。
周囲に見つからないよう、念のために神語で話す。
『承知した。』
音もなく瑠璃が減速し、静止する。
『わしが近づけるのはここまでか。エルフの狩人は警戒の範囲が広いのう。これ以上進んだら射抜かれるわい。』
瑠璃の黒目が肥大化する。
瑠璃が今使っている目はイビルストラウスのものだ。羽が鋭利な刃物になっている、ダチョウの姿に近い魔物だ。イビルストラウスは魔物の中では弱く、鳥型の魔物なのに空も飛べない。その代りに発達したのが視力と気配察知能力だ。百メートル先の蟻の動きも視認できるとの研究もあるらしい。瑠璃にこの目を吸収してもらうために、本当に苦労したものだ。
あいつら逃げるまでの判断が滅茶苦茶早いもん。
だがおかげで今、索敵能力の高いエルフを一方的に観察することが出来ている。
俺にもエルフの様子は見えているが、目は多い方がいい。
ちなみに俺は、水魔法で即席の望遠鏡を作っている。透明度の高い水が必要なため、以前までは出来なかった魔法だ。
今の俺は光魔法の心得もある。水を浄化することで、清潔な水を生成することができるようになった。これにより光と水魔法で望遠鏡が出来るわけだ。
ちなみに強力なアンデットを浄化するほどの力は、まだない。
『もう少ししたらルアークが見張りを少しの間、人払いするはずだ。』
『うむ。見張りが消えたら合図をしよう。』
『帰りにお前がいると助かるな。俺が潜入を始めたら移動開始。巨大樹のエリアで待っていてくれ。』
『承知した。』
しばらくすると、見張りの男のところへ別のエルフが現れた。なにやら話すと、物見やぐらの上から二人とも降りていく。
『今だ。』
俺は行動を開始する。
隣にいた瑠璃も、音もなく消えた。
この半年、トウツさんと行動を共にしたのは正解だった。セクハラされるけど。俺も瑠璃もスニーキングが本当に上手になった。セクハラされるけど。この森のほとんどの魔物は気づかれることもなく倒すことができる。セクハラされるけど。
俺の貞操が守られているのって、割と奇跡なんじゃないだろうか。
魔法を行使すれば、エルフには感づかれる。俺は身体強化をせず、経験のみで土音も葉音もたてずにエルフの村に潜入した。A級冒険者たちと共に行動した経験が生きている。
村を覆う柵には感知魔法が引かれていた。空中に魔力の糸が張り巡らされているのがわかる。上空には光る球体の感知魔法がふわふわと浮いている。風に合わせて動いているように見えて、いくつかの球体はランダムに動いている。夜の帳に光る球体が浮遊する様は、元の世界で見た蛍を思わせるようで幻想的だった。
魔法の糸、魔法の球体、そしてエルフという人的資源を使った三重の警戒網だ。
『有事でもないのに、厳重すぎんだろ。ルアークは手心を加えてくれないのかよ。』
そう思ったが、変に手加減をするとルアークが村民から疑われる。人払いが最大限の譲歩ということなのだろう。早く侵入しなければ、見張りが戻ってくる。俺は目の前の光の線に集中する。
風に反応しないということは、物体に反応するということだ。俺は姿勢を低くして観察している。風にゆれる雑草。虫、ねずみ。それらが光の線に触れているが、感知魔法は反応していない。これは推測だが、一定以上の体積と魔力をもつ生き物、もしくは魔物を感知する魔法だ。
くそ、ルアークのやつ。こんな魔法があるなら前もって教えてくれればいいのに。
俺は村の中を注意深く観察する。民家の近くには、それぞれの家庭が小さな菜園を作っているようだった。獣害は見られない。ということは、畑を荒らすサイズの動物も警戒網に引っかかる可能性が濃厚だ。それなりに体のサイズもあり、魔力も高い俺は確実に引っかかるだろう。この線には絶対触れてはならない。
俺は目に魔力をためて線を凝視する。魔素の配合を読み取る。青と緑と光、わずかに茶色い魔素が混ざっていることもわかる。俺は宙にある魔素を魔力で捕まえ、同じ配合の魔力に作り替える。出来た魔力を小さな球体にして押し固め、手のひらの上に顕現する。
『お願いします。上手くいきますように。』
俺は優しくその球体を手のひらから離す。
球体はふよふよと線に重なる。俺は念のため、いつでも全力で逃げれるよう体勢を整える。
俺が作った魔力の球体に、線は反応しなかった。成功だ。
『やっぱりだ。全く同じ魔法には反応しない。いける!』
俺は自分が通れる穴を作るために球体を作る。球体が線と重なる度に、線が途中で途切れていく。あっという間に子ども一人が通れる隙間が完成した。俺の窃盗スキルが上がった。
『お邪魔しま~す。』
『いらっしゃ~い。』
俺が侵入すると、先に穴の隙間を通っていたルビーがにこやかに返事をする。
挨拶、大事。
音を立てずに俺は村の中を進む。赤子の時の記憶を頼りに奥へと進んでいく。確か、村の東の隅にカイムの家はあったはずだ。
隣にルアークがいた。
『ひうっ!?』
変な声が出た。肉声が出るのをギリギリのところでこらえる。
『いきなり出てくるんじゃねぇよ!』
神語だが、念のため小声で怒る。
『すまぬ。カイムには流石にばれるかもしれぬのでな。これを渡そう。』
ルアークはそういうと、ストールを俺の上にふわりとかける。
黒くてすけすけのストールだ。大人でも全身すっぽり入る広さがある。視界が少し黒でかすむが、向こう側が見える。ただ、その景色に違和感があった。
『魔素が見えない?』
『魔力を遮断する
『いただけるので?』
思わず敬語になる。この世界での金銭感覚が身に付きつつあるので、これがべらぼうに高価なものであることが何となくわかるのだ。
『やろう。依頼料ということにしておこうかの。』
冒険者として雇ったという形にしてくれたのか。報酬というのであれば、遠慮する理由もない。俺はありがたく頂戴する。俺の窃盗団レベルがまた上がった。
『カイムを連れていったら入りなさい。』
『了解した。』
ルアークは魔法のランタンに灯をつけて、カイムの家の玄関を叩いた。カイムと玄関で少し話と、二人で村の中央へと消えていった。おそらく長老宅だろう。
俺はそれを確認すると、静かに家の壁に張り付いた。
ここ、一応俺の家でもあったんだよなぁ。自宅に不法侵入する日がくるとは思わなかった。人生何があるのかわからないものである。
俺は音もなく壁を駆け上がり、窓のサッシを開ける。換気をするためだろうか。鍵は閉まっていない。するりと足から体を滑り込ませ、入る。
「誰?」
すぐに横合いから声がかかった。
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