第122話 死霊騎士は
「あ、いた!ちょっとそこの貴方!こっちに来なさいよ!」
そう叫んでいたのは、一人の
一体だれを呼んでいるのだろう。
そう思いながら、俺たちはギルドの窓口でアースドラゴン輝石種の討伐依頼を続行した。
「いや、無視しないでよ!貴方よ貴方!」
ずんずん進みながら小人族の女性がこちらへとやってくる。
え、もしかして俺たちに用があるのか? この人。
「人に無視されるなんて何年ぶりよ!もう!貴方、ストレガ様の弟子でしょう? ちょっと質問があるからギルマスの部屋に来なさい!」
少し苛立ちながら女性が言う。
「はぁ、初めまして。どちら様でしょうか?」
俺がそう言うと、周囲がざわつく。
「マジか。」
「勇者一行の魔法使いを知らない?」
「流石ストレガの弟子。」
「俗世に染まってねぇ。」
げ。この人、都の勇者一行のうち一人か。そういえば、魔法使いの一人は小人族だったな。いい加減、人の名前と顔を覚える癖をつけなければ。
「な、な。私の名前を知らない!? この私の名前を!?」
「申し訳ありません。森暮らしが長かったもので。」
「ぐ、そういえば生まれてからずっとストレガ様と引きこもって生活していたと聞いたことがあるわ。羨ましい。」
羨ましいか? あのDVお婆さんと一緒に暮らすことが? そりゃまぁ、魔法使いにとっては最高の環境なんだろうけども。
「そういうわけで。えっと、俺はフィル・ストレガと申します。お姉さんの名前は?」
「アルクよ。アルク・アルコ。今代の勇者パーティーの魔法使いの名前くらい、覚えてなさい!」
短い金髪を揺らしながら、アルクさんが言った。
「はい。よろしくお願いします。」
「よろしい。じゃ、こっちに来てもらうわ。」
「何故ですか?」
「私たちのクエストに関係があるの。例の
「なるほど、わかりました。」
「僕らはどうすればいい~?」
横合いから、ぼんやりとトウツが尋ねる。人見知りのフェリは少し、後ろに下がっている。
「貴方たちは兎人族と……そっちは普人族? 人種バラバラのパーティーね。私らが言うことでもないけど。一応、一緒に来てもらうわ。フィル・ストレガは年齢で評価をするなとはギルマスに言われたけど、人は多い方がいいわ。」
「お~け~。」
トウツの後ろでフェリも頷く。
アルクさんの後ろを付いていくと、ギルマスの部屋には既に今代の勇者がいた。流石にこの人の名前は知っている。ルークさんだ。金髪碧眼。およそ異性にもてるであろう要素が詰まっている男性という印象を受ける。
この世界でいう勇者というものは、伝説に書かれているもののみを示すのだが、その伝説にあやかって色んな国で勇者なるものを擁立している。
要は、国を盛り上げるためのアイコンのようなものである。よろしくない言葉を言うとプロパガンダと言えるだろう。
「やぁ。えぇと。君がフィル・ストレガ君かい? 初めまして。ルーク・ルークソーンです。今日は急に声をかけて済まないね。君たちのパーティー、あんまり手紙や呼び出しに応じないらしくて。」
俺はちらりとトウツとフェリを見る。
「いや、この時期に呼び出しとか、若様に捕まるかもしれないじゃん。」
「無理よ。私に来客対応なんて無理。普通に考えてフィルやトウツ以外と話せるわけないじゃない。」
何というか、うちのパーティーの社会的なポジションってどうなっているんだろう。一度考え直した方がいいかもしれない。
「ま、まぁ、見つかってよかったよ。」
ルークさんが消え入りそうな声で言う。
幸薄そうな人だな。顔がとても整っているのに、存在感が希薄であることに強烈な違和感がある。
何か、以前彼らの凱旋帰郷を見たときはキラキラしていてカリスマ性を放っていたのに、個人で会うとしおれている感じがする。
「ねぇ、彼、大丈夫なの? この国を代表する冒険者よね?」
「僕も思った~。頼りなさげだねぇ。」
両脇の女性陣が好き勝手言う。
いや、気持ちはわかるけどさ。本人の前でそれはやめてあげよう?
「もう!ルークが頼りなさげにしてるから早速なめられてるじゃん!」
「えぇ、そんな。僕はいつも通りしているだけなのに。」
「いつも通りじゃ駄目に決まってるじゃないの!ただでさえ頼りないんだから!」
「そんなこと言われても……。」
「貴方この国の代表よ? いい加減、自分に自信もってよ!」
「う、うん……。」
「そんなんだから勇者役押し付けられるのよ!」
「そんなぁ。」
えぇ。この国の勇者役って、押し付けられるものなの?
「あの、それは俺たちの前で話していいんですか?」
「いいのよ。貴方、ストレガ様の弟子でしょう? ある程度は話していいとギルマスからも許可を得ているわ。」
「そうなんだ……。」
何というか、妙なシンパシーをルークさんから感じてしまう。
ぱちりと彼と目が合う。苦笑して会釈する今代の勇者。
頑張れ……頑張れ!
俺は思わず心の中で応援の念を送ってしまう。
「済まない。遅れた。」
ラクス・ラオインギルドマスターが現れた。
今日も猛禽類の顔が最高にクールに決まっている。
「やっとフィル君が捕まったようだな。急な呼び出しで済まない。」
「いえ、構いません。」
「確認したいのは、死霊騎士の見た目についてだ。フィル君が見た死霊騎士の鎧の詳細について、詳しく話を聞きたい。」
「あの死霊騎士がどうかしたのですか?」
俺は全力で逃げに徹した、あの共食い死霊騎士を頭に思い浮かべる。
「それがな。あの死霊騎士だが、討伐ランクがAに引きあがった。」
「え。」
「うそ。」
「そんなことってあるの?」
両隣でトウツとフェリも驚く。椅子の下では、瑠璃が怪訝な顔をする。
この場の全員が驚くのは当たり前だ。死霊騎士の討ランクは単体でD、群れてC級なのだ。種族の能力差というのは簡単に埋まるものではない。普通に考えて、D級の魔物がA級に上がるプロセスが思いつかない。
「残念ながら、実際に起きている。フィル君が逃げに徹したのは正解だったな。おそらく、君が出会った時点でB級上位はあった。しかも、闇魔法にも精通しており、呪いまで使える死霊になっている。」
「そんなことが……。」
「あの後、ずっと共食いし続けたということですか?」
隣からフェリも言う。
「ああ、そうなる。我々もただ指をくわえて見ていたわけではない。これ以上やつが強化されないように、他の死霊騎士のレイド討伐を実施した。」
俺はトウツたちに目配せする。
二人とも「見覚えがある。」と目で語る。
なるほど。共食いで強化されるならば、餌がなくなればいいということか。
「それにより、成長自体は打ち止めに出来たはずだった。」
「はず?」
「こちらのレイド討伐も完璧ではない。死霊系の魔物をとてつもない勢いで吸収している。それだけじゃない。生前の剣技まで思い出しているようなのだ。」
「……生前の?」
「そうだ。フィル君、君が見た鎧はこれで間違いないか?」
ラクスさんが一枚のイラストを俺に見せる。
そこには、品のよい綺麗な鎧があった。どこかで見たことがあるような規格のフルメイルだ。どこだろう。
ただ、それに確かに見覚えはあった。錆びて朽ちかけてはいたが、間違いなくあの死霊騎士の鎧だ。
「はい、これです。間違いありません。」
「そうか。——では、最悪な事態かもしれないな。この鎧は、王の近衛騎士の鎧だ。」
「近衛騎士……。」
思い出した。エイブリー姫が初めて森を訪ねた時の騎士たちの鎧に似ているんだ。少し型は古いようだが。
「先の大戦での、名のある騎士のようだ。今日まで供養されなかったことが悔やまれるほどの武勲のある人物のようだな。力のある冒険者も返り討ちにしている。正直、私に打てる手はこれが限界だ。死霊騎士の討伐依頼をするのは、ほとんどが貴族だ。過去、自分たちの家のために戦った臣下の供養という意味あいが強い。ゆえに、今回死霊騎士にレイド討伐をしかけたギルドは王権派や平民に睨まれている。貴族に恩を売ったと思う人間が多く出てきたのだ。私らギルドは中立だ。貴族に取り入るなどあり得ないというのに。」
ラクスさんが目を抑える。
「大がかりな討伐は難しくなった。現状は、B級やA級に個別で動いてもらい、討伐してもらう他ない。
「ルークさんとアルクさんがツーマンセルなのは?」
「私が説明するわ。」
アルクさんが言う。
「A級の魔物は強力だけど、
「なるほど。」
「まぁ、でも安心してほしいな。僕がちゃんと、討伐するから。」
ふわりと、ルークさんが話す。
自分に自信がない人かと思ったが、腕には確固たる自信があるようだ。ふにゃりとしていた瞳が、今は鋭い光を放っている。これがこの国を代表する冒険者。
俺はこの人に追い付くことが出来るだろうか。いや、追い付き追い越すんだ。そうでなければ、夢に出てきた獅子族の男に勝てるとは思えない。
「そういうわけだ。今後、我々はこの死霊騎士の名称を変えようと思う。」
「名称?」
「死霊騎士という魔物の進化は過去、報告されていない。当然だ。少し実力をつけた冒険者であれば討伐できる魔物。数百年生きて力を蓄えることなど、本来出来ない魔物だからな。だが、こればかりは進化と呼ばざるを得ないだろう。」
ラクスさんが渋い顔をする。
「どんな名前にしたの?」
アルクさんが言う。
「
「私らに討伐されるくせに、無駄にかっこいいわね。」
ふんすと、アルクさんが鼻を鳴らす。
「君らもB級パーティーだ。出来ればやつを見かけたら討伐してほしい。私の見立てでは、君たち3人パーティーであれば倒せるはずだ。」
「もちろん、助力します。」
「任せて~。」
「えっと、頑張ります。」
俺たちはそれぞれラクスさんに応える。
「ちなみに、次大きなクエストをクリアすれば君らのパーティーをA級に引き上げようと考えている。死霊高位騎士を倒しても、然りだ。」
「そうなんですか?」
俺と一緒に、トウツやフェリ、瑠璃も驚く。
「今は冒険者の不審死が多く、民衆も不安がっている。希望の光は多い方がいい。」
なるほど。ストレガの苗字を使って、俺を担ごうという魂胆か。
だが、これには乗っておいた方がいい。巫女として、いざという時に発言力はあった方がいい。目立ちはしたくなかったが、こればかりは享受せざるを得ない。
「わかりました。」
「君らは確か、アースドラゴン輝石種の討伐だったな。受理しておこう。やつのことも頭の隅に常に置いてもらうと助かる。」
ギルドマスター室での会議が、終わった。
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