第323話 魔軍交戦20 夜明けと崩壊

ったわ!」

「しまッ」


 デスサイズが天馬ペガサスを切り裂いた。

 ファナが翼を失い、地面へと落ちていく。


「わたくしを狙うと見せかけて天馬を!ずっと天馬を無視してわたくしばかりを攻撃していたのは、このため!?」

「将を射んと欲すればまず馬を射よという言葉は、誰が言ったのかしらね。ハポンの諺だったかしら」


 勝った。

 レイミアはそう確信する。

 航空戦力は魔王軍側が有利。空を駆る力を失ったファナ・ジレットは上からの攻撃を一身に浴びるだろう。その中で互角の戦いをした自分と戦う。

 不可能だ。

 仮に歴代最強と名高い聖女でも。


「それって例え話であって、言葉そのままのシチュエーションでも使えるものでしたかしら?」

「何ですって!?」


 何故浮いている!?

 一瞬気が動転するが、レイミアは冷静に振り下ろされた十字架をデスサイズで弾き返す。


「それに、わたくしは将ではありませんわ。聖女ですの」

「知ってるわよ。そんなこと」


 気づく。

 聖女の真下に銀の輪が浮いている。そのフープの上に彼女は仁王立ちしている。


「なるほど。貴女のペンダントと魔力で接続ペアリングされているその銀の輪は、貴女を核にして自在に操ることができる。さっきまで天馬に乗っていたのは、それを隠すためね」

「その通りですわ」

「でも」


 それは実質、飛行魔法。魔力効率が悪いはず。欠点がなければ天馬に乗る必要がないはず。

 この聖女は強がっているが、まだ自分の方が有利だ。

 そうレイミアは頭の中で算段をつける。

 もう日の出が近い。


 この聖女おんなを始末はできない。

 が、退却までに魔力を消費させて朝の戦いに参加させない。それはできる。


「ここから先は私たちが有利よ」

「そのようですわね」


 レイミアの後方。

 空に大量の斑点が見えた。

 魔暴食飛蝗グラグラスホッパー

 長年コーマイを食糧難に陥れていた、増殖し続ける魔物。


「あれが貴女に敵うなんて、露にも思わないわ。でも、下のお仲間さんはどうかしら?」

「問題ないですわ。我らが神テッラに代行し、わたくしが全て滅します。欠片も残さずに!」

「やってみなさいよ!紫霧の大釜パープルヘイズデスサイズ!」







「嘘でしょう? あんなの、対処できるわけない」

「するしかないだろうね」


 魔暴食飛蝗グラグラスホッパーの群れを見て、タヴラヴが表情を曇らせる。

 彼女の言葉に、ウォバルが応える。


「出来ないじゃなくて、するんだ。冒険者やってれば、こういうことは人生に2、3回はある」

「この戦場で貴方達以外にも、魔物の大氾濫スタンピード経験者を何人か見たけど、肝が据わりすぎよ。どうにかできるの?」

「そりゃお前、簡単よ!いなくなるまで殺すしかねぇ!」

「ゴンザ、彼女はそういう回答をほしくて聞いたんじゃないと思いますよ」


 フィンサーがワーウルフの首を弾き飛ばしながら言う。


「このタイミングでバッタを出す? 鉄竜を出すタイミングで出せばいいのに? 航空戦力を一度に出さなかったのは何故?」

「タヴラヴさんの言う通りですね。普通、戦力の逐次投入は悪手です。確実に敵戦力をる時に必要な軍勢をまとめて動かすはず」

「そんなもん、夜戦で疲れた俺たちへの駄目押しだろうよ」

「それだけでは、説明がつかないかもしれない」


 ウォバルが言う。


「あのバッタは、一匹ずつだと非力だ。C級の冒険者でも1人で簡単に倒せる。だが、数は多い。私たちを殺すほどの脅威ではない。でも」

「非戦闘員を大量に殺すことは出来る」

死体ボディか!」


 ゴンザが叫ぶ。


「吸血鬼は精鋭だ。でも、一度に多くの人間を殺すには、大量の魔物、それこそ数が多いバッタに任せた方がいい」

「そして、死体を魔女の帽子ゾンビに変えて自軍に補充する」

「えげつねぇ考え方をするなぁ、奴さんよ!」

「夜戦じゃなかった。こっちが本命ね」


 タヴラヴが思案する。

 だが、本当にそれだけだろうか?

 違和感がある。強烈に。

 敵が魔女の帽子ウィッチハットを中心とした物量戦でくることは最初からわかっていた。

 向こうも、こちらがそれに対して準備していることくらい承知しているはずだ。

 本来は、物量戦という情報すら隠してこちらへ攻めるはずだった。作戦の修正ができなかったのだろうか。


「も〜、嫌になる〜。私たち今まで運よく生き残ってきたけど、流石に年貢の納め時かなぁ」

「それ、犯罪者の言い回しじゃないの?」

「え、そうなの?」

「というか首疲れた!ずっと来る敵来る敵、空から来るんだもの!」


 若手のメンバー達が愚痴をこぼすのを、タヴラヴは見る。

 そして、違和感の正体に気づく。


「違います!視線誘導です!鉄竜も、吸血鬼も、魔暴食飛蝗グラグラスホッパーも!私達の視線を上に引き付けるためのもの!」

「何!?」


 タヴラヴの言葉に、ゴンザが叫ぶ。

 周囲の冒険者を無視して、防壁のへり先に顔を突き出す。パーティーメンバーが「危ないですよリーダー!」と叫びながら服の裾を引っ張るが、無視する。

 見る。獣人の視力を駆使し、真下を見る。

 タイラントアント、バトルウルフ、ゴブリン、ワーウルフ、オーク、タラント、コボルト、魔女の帽子ウィッチハット。魔物の軍勢が下にはひしめいている。

 その中に、いた。

 エクセレイの大地と同色の、黄土色のローブに身を包んだ人間。バトルウルフに跨っている。周囲にはレッドキャップのゴブリン達。

 バトルウルフから軽やか降りた人間は、なぞるように防壁に手をつく。


 タヴラヴは直感する。

 バトルウルフが運んでいたのは、レッドキャップ達ではない。ワーウルフでもない。あの男こそ本命だったのだ!


「北西の防壁です!あの人間はまずい!1人だけ魔物でないやつがいます!何をするのかはわかりません!でも止めないと!私の斥候スカウトとしての勘が言っています!」

「わかった」

「えぇ!?」


 ウォバル、ゴンザ、フィンサーが防壁の外へ飛び出した。

 何の躊躇もなく。


「嘘!?」

「おじさん達正気!?」

「マジかよ!?」


 自分のパーティーメンバーや他の冒険者達が口々に叫ぶ。

 防壁の下に着地したウォバル達が、次々と斧で魔物を薙ぎ払いながら、北西の防壁へと全力疾走していく。


「おい、狐耳の姉ちゃんが言ってたのはあれだな!?」

「そのようですね!」


 フィンサーが投げ斧で侵攻方向の魔物を吹き飛ばしていく。撃ち漏らしをゴンザとウォバルが薙ぎ倒しながら進む。

 まるで障害物がないかのように、敵の方へ直線に進む。

 侵攻方向には、壁に手をつくローブの人間。


「あいつ、防壁をいじってるぜ!感知能力がからっきしの俺でもわかる!あいつは防壁に何かするつもりだ!」

「大丈夫だ、間に合う。あれを作ったのはマギサ・ストレガ!ものの数十秒で破壊されるような作りをしていない!」


 ゴンザの叫び声に、ウォバルが叫び返す。


「私の射程圏内です。った!」


 フィンサーが斧を投擲する。

 ローブの人間が一瞬、こちらを一瞥する。褐色の肌がちらりと見える。


「ギャギャギャ!」


 ローブの手前にレッドキャップが飛び出し、斧を弾き返そうと剣を振るう。


「私の武器強化ストレングスを甘く見ないでほしいものですね」


 レッドキャップが剣ごと切断される。

 不可避の切断。体から離れた武器をこの練度まで強化出来るのは、エクセレイではフィンサーのみである。


「距離あと100メートル切った!フィンサーその調子で斧を投げまくれぇえ!接近戦に持ち込めば俺とウォバルであいつを殺れる!」


 壁が歪んだ。

 地面に垂直・・に立っているはずの壁が波打つように形を変形させる。


「な!?」


 続いて、歪みはひび割れに変質した。

 そして、爆発が起きる。


「何だってぇ!?」

「あんな短時間で壊したのか!? ストレガの魔法防壁を!?」

「まずい!ぬぅ!?」


 崩壊が始まった。

 瓦礫がウォバルたちの行き先を堰き止める。


「ふっざけんな!あと少しだったのによ!」

「壁が破られました!壁内の皆が危ない!学園の子どもたちが!」

「ゴンザ、フィンサー。人の心配をしている場合じゃないようだよ」


 目の前に、大量の魔物が所狭しと並んでいる。

 ゴンザとレッドキャップオーガの目が合う。


「はは!最悪さいこうだなぁ、おい!」

魔物の大氾濫スタンピード以来、ですかね?」

「それ以上、かもね」


 三人が陣形を組んだ。

 前衛にウォバルとゴンザ。そして後衛にフィンサーが立ち、防壁を背にする。


「一匹でも多く、魔物を殺す。壁に出来た穴に少しでも魔物が行くのを防ぐ!」

「おうよ!」


 ゴンザがオーガに飛びかかった。

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