第65話 魔女への相談
「ルアークが? いいんじゃないのかい?」
師匠はどうでもよさそうに返答する。
「適当ですね……。」
「エルフの種族ってのは基本的に善生な種族だよ。疑ってかかる方が馬鹿さね。そりゃ、お前さんは出生が特殊だからエルフに対して思うことはあるだろうがね、エルフの長老という立場に悪評はあってはならない。ルアークはあれで面倒な立場のじじいなんだよ。」
「お言葉ですが師匠。」
「なんだい。」
「師匠は人に対してじじいと呼べる歳ではあだだだだだだだ!」
何かビリっとした!体がめっちゃビリっとした!?
「何ですか今の!? 雷魔法!?」
「そうだよ。」
「そんな馬鹿な!今までお仕置きにこんなレパートリーなかったのに!……は!」
シャティさんか!
心の中のシャティさんが真顔でぶいぶいとピースサインを作る。師匠の迷宮魔法を突破して、ライオさんトウツさんと一緒に会っているのだ。そこでどんな話があったのか、俺は知らなかった。
「あの小娘はいい仕事をしたよ。」
「ずるい!自分だけ雷魔法教えてもらったんですね!?」
「教えてもらっちゃいないよ。見て覚えたのさ。」
「やっぱあんたチートだろ!」
転生したのは俺なのに!
「ふん。時間をかければお前もできるさね。」
「む……。」
そりゃ、何となく想像はつくさ。
「お前さん、あの魔法をどう考えた?」
師匠が老眼鏡をかけ、魔導書を読む。
「どうって……、水魔法と風魔法の二属性複合魔法ですよね?」
「そこまでわかってんなら問題ないさね。じゃあ空気中の摩擦はどうやって作るんだい?」
「え、そりゃ空気中にある小さい水やごみを使って?」
「それだけじゃエネルギーが足りないんだよ。」
「え、じゃあそのエネルギーってどうやって作るんですか?」
「わかっているだろうに。お前がいつも使っている魔法さね。運動エネルギーを増やす魔法さ。」
「
「それを無自覚で出来るからこそ、あの小娘は天才なんだろうねぇ。」
「……天才。」
「まさかお前さん以外にこの言葉を使うことになろうとはね。無駄に長生きしたが、世界は広いもんだよ。まさか、自分が住む国にこんな天才がいたとはね。四人組のパーティーじゃなきゃ、S級パーティーにいても違和感のない子だよ。あの子は。」
「えらく評価しますね。」
べた褒めだ。
師匠は自分に厳しいだけ人にも厳しい人だ。魔道を志す人には特に。
いるよね。大学生のふわふわしたサークルでガチのアスリート根性もってくる空気読めない人。
「あれを評価しなきゃ、誰を評価するってのさ。お前さん、法則がわからない魔法に自分の一生をかけられるかい?」
「それは…………無理ですね。諦めて別の魔法を極めます。」
「そうだろうよ。それが普通さ。だがあの小娘は雷魔法に手を付けた。それは何故かわかるかい?」
「……わかりません。」
「それだからお前は天才だがつまらないのさ。」
「ひでえ!」
「答えは好奇心さね。誰もが持っているのに、持ち続けることが難しい。わたしゃ常日頃から思っているよ。好奇心がない魔法使いは死ね。」
「怖えよ。」
過激派すぎる。
「クソガキ。お前さんは、好奇心はある。だが、無駄に合理的だ。その合理性が無駄なんだよ。無駄を楽しむんだよ。あの小娘は無駄を楽しんだ結果、他の人間にない魔法を作り上げかけている。お前さんはなんだい。人の魔法を中途半端につまみ食いしてそこの犬っころみたいに継ぎ接ぎしおって。面白さも糞もありゃしない。」
言いたいことはなんとなくわかるが、言いすぎじゃない? 俺泣くよ?
隣では瑠璃が既に「きゅうん。」と鳴いているし。泣いているのか鳴いているのかわからん。
俺は何となく瑠璃の頭をなでる。隣からルビーがしゅばばばっと出てくる。俺はルビーにもエアなでなでをする。
「あの小娘の魔法が何故特別なのかわかるかい?」
「いえ、わかりません。」
「もう少し考えてからギブアップしなクソガキ。」
「考えこんだらあんたいつも怒るだろ!」
理不尽だ!
「集中力を高めて一時間分の思考を三秒に収めるんだよ。脳にあるエネルギーを圧縮すれば出来る。」
え、何それ怖い。あんた人間かよ。
「あれは試行回数のたまものさね。」
「試行回数。」
俺は反復する。
「普通の魔法は、大多数の人間が体得しやすいように、どうなっている?」
老眼鏡を指で支えつつ、師匠が言う。
「体系化されています。」
「そうさね。あの小娘の雷魔法は?」
「されていません。」
「それだよ。」
ああ、何となくわかった。
シャティさんの魔法は体系化されていない。当然だ。使える人間がそもそも少なすぎて、体系化されることなく今日まで来ているのだ。
ということは出来るまで試すしかない。どういう原理かはわからない。でも成功した。じゃあ似た方法でやってみよう。失敗した。何が悪かったんだろう? ここを変えてみよう。それを延々と日夜し続けるのだ。想像を絶するほどの根気強さが必要なはずだ。
「あの小娘の魔法へのアプローチは、例えるならばこれだね。」
師匠は一本の小さな小瓶を取り出す。
「それは、ポーションですか?」
「そうに決まってるだろ。お前の眼は節穴かいね?」
「このばばああばばばばば!」
痛い!痛い!痺れる!
「ふん。成程ね。エネルギーが大きければいいわけじゃないのか。流れやすさも大事なのかね。」
この人、感覚で電圧と電流と抵抗が分かるのか。やっぱりチートじゃねぇか。
「それ、俺の世界の科学で説明がつくんですけど。」
「教える必要はないさね。」
「師匠、話は聞くけど、いつも原理までは聞かないですよね? なぜです?」
「この世界はこの世界の原理で動かすべきなんだよ。そっちの世界では魔法は伝承でしか残っていないんだろう? ということは淘汰された可能性もある。魔法の徒として、魔法を消しかねない文化の継承はしたくないねぇ。」
「なるほど。」
言われてみればそうである。この世界にはこの世界の法則があって、ルールがある。俺はそこに間借りして居座っているのだ。変な手を加えてはいけない。
「お前さんも、下手なことはおよしよ。この世界の法則にないものを人前で見せてみな。色んな国の武闘派異端審問官がお前の首をとりにくるよ。」
「……やめておきます。」
なにそれこわい。
「話を戻すよ。あの小娘の魔法はこのポーションと同じさね。」
「ポーション? 何がですか?」
「その
いちいち煽るんじゃねぇこのばばあ!
「ぐ……。……あれ、そもそもポーションって何で体力が回復するんですか?あれ、何でこれで魔力も回復するんだ?」
「なんだい。少し考えれば出るじゃないか。」
師匠が
「そうか、これも試行錯誤の商品なのか。」
「その通りだよ。お前さんの眼ならよく見えるだろう。魔素をよく見てごらん。」
俺はポーションの小瓶をじっと見つめる。
目の神経に魔力を集めて穴が開くほど見る。ポーションの周囲にはわずかに魔素の流れが見える。
だが、それは普通の静物と全く変わらないのだ。俺と師匠が座る椅子とも変わらない。部屋が味気ないからと、俺が置いた花瓶とも全く変わらない。
その花瓶に刺してある生け花の方がまだ魔素の流れがある。何故生け花には魔素の流れがある? 生きているからだ。じゃあ、この魔素の欠片もない液体で魔力が回復するのは何故なんだ?
「魔力を大して感じないのに、これを飲んだら魔力が増える? どういうことだ? これ、小瓶の色が紫だから魔力回復用のポーションですよね?」
「ああ、間違いないよ。魔力回復用さね。」
「ますますわからん。」
「お前さんの言う通りだよ。今世の中に流通しているほとんどのポーションは効能があり作り方が体系化されているから使われているに過ぎない。原理はわかっていないんだよ。」
「え、そんな不確かなものを俺たちは使ってたんですか!?」
「でも必要だろう?」
「いや、必要だけど、でも。いや、
俺は唸ってしまう。
「つまりそういうことさね。ポーションは、原理はわからないが色んな薬草を混ぜたら何故か出来た。薬草を発酵させたら何故か魔力が回復する。この配分で配合したら何故か傷の治りが早くなった。理屈はわからないが使える。だから使おう。それを地で行く商品なのさ。」
「ううん。ううむ。う~ん?」
俺は首を何度も回転させて机上の小瓶を見つめる。両脇でもルビーと瑠璃が小首をかしげている。
『ルビー、瑠璃、知ってたか?』
『知らなかった!』
『考えたこともなかったわい。』
二人ともうなる。
「あの娘は好奇心だけを原動力に、はるか昔ポーションを作った第一人者たちのように試行錯誤したんだろうね。私が例外として助言したのはそれが理由さね。」
「どんなアドバイスをしたんですか?」
「さっき言ったことに、少し付け加えただけさね。あの娘はお前と違って地頭がいいね。恐ろしい早さで紙に走り書きをして礼を言うや出ていったよ。」
そうか。シャティさん、研究が進んだのか。
俺はしかめっ面が多い美人を脳裏に思い出し、ほっとする。
努力する人は報われるべきだ。この世界で才能に恵まれすぎてしまった俺は、一層そう思うようになった。
「付け加えるとね、エリクサーが市場で頭の悪い値段を付けられるのもそういうことさね。」
「体系化すらされていないポーション。」
「そういうことだよ。あれを作るには頭が狂うほど試行錯誤を重ねるしかない。それも国家予算規模の高級素材を湯水のように使ってさね。そんな気狂い、世の中にそうはいないよ。一昔前はエリクサー作るために国家の財産使いきって国を潰した王族もいたねぇ。」
「それは、何というか。」
救えねぇ。
「私が口酸っぱく光魔法の回復魔法を覚えろというのはそういうことだよ。ポーションは間違いなく使える。が、99.9999%効能があるだけで、お前さんが0.0001%を引くことがあるかもしれない。それなら原理まである程度解明されている回復魔法を使えるようになれる方が得さね。お前さんみたいな複属性の魔法ができる希少な人材はなおさら手を出すべきだ。」
まさか先に契約魔法を覚えるとは思わなかったけどね、と師匠が瑠璃を見る。
「……わかり、ました。」
「与太話はここまでだよ。お前さんの母親に会うかどうかはお前さん自身が決めることだよ、クソガキ。わたしゃ人様の家庭事情に首突っ込むなんて面倒なことはしないよ。ルアークの爺は悪意をもって人をだますようなことはない。これだけは言っておくよ。」
「分かりました。ありがとうございます、師匠。」
「ふん。」
そう言うと、師匠は魔導書にまた集中し始めた。
何だかんだ付き合いのいい人だ。俺を拾った人がこの人で本当に良かった。
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