第275話 模擬戦(アルケリオvsロットン)

 青い連撃が奔った。


 王宮内の闘技場にいる人々は、二人の人間を除いて沈黙し、食い入るようにそれを見つめている。

 二人とは、ロットンとアルケリオ・クラージュのことである。闘技場の中央で剣を結び合っている。ロットンは岩のように動かず攻撃を捌いている。アルは常に足を動かして青薄刀せいはくとうを振るっている。動きが速過ぎて、その場にいるほとんどの人間には青い軌跡がギリギリ見えるくらいである。剣が触れるたびに、ロットンが踏み締める地面が陥没する。それほどに重い斬撃。ただ、速いだけの攻撃ではないのだ。

 アルはもはや、技術を除けばパワーもスピードも国内では両手で数えるほどの実力者になっていた。裏を返せばそれを技術で押し返すロットンもまた、人外とも言える実力の持ち主だろう。


「あの闘技場の床、本当に武器強化ストレングス効いてるの?」

 シャティ・オスカがつぶやいた。


 彼女はロットンに頼まれ、雷撃隊の魔法使いと共に周囲を防御魔法で覆っているのだ。アルには全て飲み込む蒼オリハルコンフリュウがある。生半可な闘技場では破壊されてしまうからだ。もちろん、王宮の闘技場は生半可な作りなどしていないのだが。


「効いてるはずよ。私の部下も参加しているもの。本当、すごいわ。出鱈目ね。あの子をクラージュ領から引っ張り出してきて正解だったわ。魔法に、いや、神に愛されているわ」

 シャティの呟きに、エイブリー第二王女が答える。


 魔法ジャンキーである彼女は、二人が戦うと聞くやいなや、執務を放り出して闘技場へ来たのだ。

 クラージュ領主は代々貧乏である。それゆえに、農民と共に領主自ら土いじりすることも多くあるという。アルも入学前は労働力として数えられ、およそ貴族らしくない生活をしていた。

 もったいない。

 農耕は国を根底から支える大事な仕事だ。決して軽んじてはならない。

 それでも、この国はこれほどの才能を土いじりに浪費するところだったのだ。彼の才能を見出してきた武官たちに感謝の念が絶えない。


「じゃあ、何であの床は陥没しているの」

「単純に術者よりもアル君の一撃が重いのよ」

「12人の騎士の合算魔法より?」

「そう。12人の騎士の合算魔法より」


 二人の後ろでは、シャティの夫であるオスカ伯爵が冷や汗を流している。自身の嫁が堂々と第二王女相手にタメ口で喋っている。その豪胆さや誰に対しても平等なシャティの気質を好ましくは思っているが、これに関しては胃に穴が開きそうなので勘弁してほしいとオスカ伯爵は口酸っぱくシャティに苦言を呈している。

 が、シャティはどこ吹く風である。

 何故ならば、エイブリーがそれを望んでいないからだ。

 シャティがエイブリーの部下に配属されてから、二人は瞬時に意気投合した。お互い、目があってすぐに魔法ジャンキーだとわかったからである。エイブリーは今まで自分が捕集した魔法技術を。シャティは自身の魔法研究についてよく語り合っている。

 エイブリーの苛烈な政治施策について思うところはある。

 でもそれはそれ。

 この第二王女が気の置けない魔法談義の相手であることに変わりはないのだ。

 今日はシャティの元パーティーメンバーであるロットンと、この国の未来であるアルケリオ・クラージュの一戦を二人で肴にでもして話そうということになったのである。


 アルが突きを放つ。

 それを間一髪で横にいなすロットン。

 アルが剣を振り回すたびに暴風が吹き荒れる。それはまだ彼の剣線が乱れていることの現れだが、魔力と筋力で技術をカバーし切っている。


「その細腕でパワータイプはギャップがすごいね。ほんと」

 冷や汗を流しながらロットンがつぶやく。


 アルも余裕はない。自分の攻撃が尽く当たらない。これは技術の圧倒的な乖離を表している。ルーグや騎士相手に培ってきた技術も、まだA級冒険者には届かない。歯噛みしつつ、剣を振るう。

 ロットンはといえば、胸中が驚きに満ちていた。確かに強かった。でも、ついさっきまではこれほどまでに強くはなかったはずだ。今でも荒削りだが、こうして戦っている間にもとてつもない勢いで剣線の動きが洗練されていくのがわかる。かのマギサ・ストレガとの間に何があったのかは分からない。が、これは異常である。戦いながら強くなっている。その速度が自分の数ヶ月単位の鍛錬に相当するものだから、思わず笑いが出てくる。

 世間は魔王の出現というニュースに暗くなりがちだが、この才能を前にすると、或いは魔王がきても問題ないのではと思えてくるのだ。

 ロットンが持久戦を選んでいるのは、この成長を止めてはならないと思っているからだ。

 だが、自分の実力はしっかりと見せておかなければなるまい。ここで自分に勝ってアルケリオが慢心するのは、国の損失だ。

 この少年がそうなるとは思えないが、石橋は叩いて歩いた方がよい。


「アルケリオ君、魔法を使うよ」


 剣先が爆発した。

 手元に吹き出した火を、思わずアルはのけぞってかわす。

 そこにロットンが踏み込んで連撃する。地面が爆発してどんどん抉りとれていく。かつて、瑠璃のメイン盾であるタラスクの甲羅を破壊した魔法だ。


「悪いね。僕も華奢だけど、パワータイプなんだ」


 ロットンが長剣を横なぎに振るうと、爆風が吹き荒れてアルが吹っ飛んだ。闘技場の壁に叩きつけられ、罅が四方に広がる。


「そこまで!」

 試合を裁いていた騎士が手を振り下ろした。


 それを聞き、ロットンがふっと肩を撫で下ろす。

 頭を少し揺り動かしながら、すっくと立ち上がるアルを見て苦笑する。どんな耐久お化けだと、その場にいる騎士たちが驚愕する。


「驚いたよ。まだ全然戦えたんだね」

「いえ、けっこう足に来ています」


 ロットンが足元を見ると、アルの膝が僅かに震えている。

 ダメージを見せまいと必死にこらえている。ふわりとした印象とは違って、負けず嫌いなのだ。そんなアルの姿に、ロットンはまた喜ぶ。


「また、しよう」

「はい!よろしくお願いします!」


 闘技場の隅で、二人は笑った。


「ロットンですか。もっと早く知っていれば近衛に引き抜いたのですがな」


 エイブリーのそばで、近衛騎士団長のイアンがつぶやく。


「知らなくても仕様がない。私たちはあまり都メインで活動してなかった」

 シャティが呟きに呟きで返す。


「どちらにせよ、問題ないわ。一番大事な戦いには間に合ったんだもの」

 二人を見ながら、エイブリーも言う。


「姫様。執務室に戻りましょう。もう休憩にしては長すぎます」

「これ見た後に書類を眺めたくないのだけど」

「王族の義務でございます」

「私、イアンのこと大好きだけど、堅すぎるところはやっぱり苦手よ」


 そのエイブリーの小言に、周囲の全員が「この人にはこのくらい堅い方が丁度いい」と思ったことは、言うまでもないだろう。







『着いたー!』

『わん!』

『カー!』


 俺達は手を取り合って喜んだ。

 正確には手と肉球と翼だけども。3人とも、疲れで異常に陽気になっている。

 明るいテンションとは対照的に、周囲はどす黒い雰囲気をまとっている。というのも、着いた場所が場所である。


 死霊レイスの谷。

 雪山の冷たく湿った風が絶え間なく吹き下ろすこの谷は、物理的にも心理的にも気が滅入ってくるような奈落の底である。怨霊の怨念が濃縮されていることで、ここに立つだけで体が重くなる。これは比喩ではない。場そのものが呪われているのだ。死霊には死に場所や思い出の場所に留まるものがほとんどだが、浮遊して移動するものもいる。おそらく、そのタイプがこの谷に流れ着いているのだろう。


『世界樹の魔素マナを求めて集まっているのか』


 幽霊すら集める天然の誘蛾灯。この世界を根底から支えるだけはある。

 そして集めた死霊が天然の要塞になっている。森でのサバイバル。溶岩窟での火耐性。雪山登山。そして死霊の谷。違う技術、違う属性への対策を4つも通過することで初めて世界樹を拝むことができるのだ。しかも、不死鳥の気まぐれという理不尽な運ゲーもある。何だその糞ゲー。

 死霊対策には退魔師エクソシストが必須だ。そして、たいていの退魔師は森のエリアすら越えられない。これが世界樹という金の成る木に人が寄り付かない大きな原因だ。いや、要因と言うべきか。ちなみにファナは突破できるだろうけど、あれは例外だろう。


『……瑠璃』

『わが友もそう思うか』

『あぁ。国中の死霊が集まっているにしては、密度がない気がする』


 もちろん、死霊は大量にいる。予想より少ないというだけで。

 浄化魔法が出来る俺にとってはこの上ない狩場だろう。


『……先客がいる?』


 考えられることはそれだ。既にここを狩場にしている冒険者か、戦いに秀でた人物がいる。

 そしてその先客は、魔王の手先である可能性が高い。


『少なくともここへたどり着ける実力者じゃの』

『油断せずに行こう』

『あいわかった』


 俺達は、ゆっくりと谷の底へ歩き始めた。

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