第5話、トラック沖海戦3


 日本海軍第一艦隊が、異世界帝国の『主力艦隊』と交戦を開始した頃、その敵艦隊へ突撃すべく、第二艦隊は速度を上げて北上していた。


 第一艦隊もまた、砲撃しつつ北上していたから、第二艦隊は敵艦隊を挟み込むような形で追いつく形となる……はずだった。


「右舷より雷跡多数!」


 第二艦隊、重巡戦隊の右舷側を進んでいた第二水雷戦隊を、多数の魚雷が襲った。


 艦隊決戦において、敵艦隊に魚雷を叩き込むことを任務とする水雷戦隊。その中でも最精鋭と謳われる第二水雷戦隊の艦列に敵魚雷が突っ込んだ。


 旗艦である軽巡洋艦『神通』が被雷、航行不能になる中、第8、第15、第16駆逐隊(第18駆逐隊は第四航空戦隊の護衛に下がっていた)に、次々と魚雷が炸裂、駆逐艦の船体を真っ二つにへし折っていった。


 駆逐隊『大潮』『荒潮』『黒潮』『夏潮』『時津風』が轟沈。『満潮』『早潮』『天津風』が被雷により損傷、一部船体切断を起こした艦も出た。


 第二艦隊旗艦、重巡『愛宕』の近藤長官は、二水戦の壊滅的被害に驚いた。


「多数の潜水艦が待ち伏せていたのか?」


 それは正しくはあったが、第二艦隊司令部を襲った衝撃はそれ以上だった。


「敵潜水艦群、浮上!」

「浮上!?」


 何故、潜水艦がわざわざ海上に姿を現すのか? 海に潜って姿を隠し、密かに雷撃をするのが、正しい使い方ではないのか。


 船体に傷がつき、穴が空けば、もはや潜水もできなくなるのだ。それでも水上にその身を晒すのは、戦闘のない航行時か、非武装の民間船や輸送船を襲撃する時のみ。


 敵が複数存在する中で、浮上するのは、潜水艦の最大の利点を潰すことに他ならない。


「報告! 敵潜水艦は、駆逐艦の模様! 二水戦を突破し、急速接近中!」

「はぁ!? 何を言っているのだ?」


 潜水艦が駆逐艦? まったく意味がわからない。襲撃するなら水の中にいればいいものを、わざわざ海上に出て、駆逐艦よろしく突撃してくるなど、意味がわからない。


 しかし、敵が来ている以上、迎え撃たねばならない。近藤は指示を出した。


「ただちに迎撃せよ」


 利点を潰して迫るなど馬鹿の所業。異世界人は、潜水艦を騎兵か何かと勘違いしている愚か者に違いない。その愚かな振る舞いを即刻正してやればよいのだ。


 重巡洋艦の20.3センチ連装砲が、接近する敵艦を撃つ。そして潜水艦――いや、駆逐艦の姿をした敵艦も主砲を撃ってくる。


「気をつけろ! 近いぞ!」


 すでに、駆逐艦の主砲射程でも余裕で届く近距離に、多数の異世界帝国艦は迫っていた。矢継ぎ早に放たれる砲弾が、重巡洋艦の艦構造物に次々に命中する。これには日本重巡洋艦は高角砲も用いて迎撃に当たり、金剛型戦艦4隻も副砲、高角砲を総動員してかかった。


 だが、すでに近距離戦である。異世界帝国、潜水駆逐艦は次々に魚雷を発射し、海面下は大荒れとなった。


 第二艦隊の重巡洋艦、戦艦戦隊は、これらの魚雷の回避を強いられ、その列は乱れに乱れた。


 重巡『摩耶』『妙高』、戦艦『金剛』『霧島』が被雷し、『最上』と『三隈』が魚雷回避で艦列が乱れたところ復帰しようとして衝突。


 敵潜水駆逐艦は装甲が薄く、第二艦隊の反撃で次々に撃沈されたが、海から新手が浮上し、それらが魚雷を発射しながら突撃を仕掛けてきた。


 そしてついに旗艦『愛宕』が艦尾を魚雷で吹き飛ばされて航行不能になり、追撃の魚雷が集中、撃沈されてしまった。同様に『最上』『三隈』もトドメを刺され、重巡『那智』がやられた。


 結果、第二艦隊は、第一艦隊の戦場に到達することなく、大打撃を受けたのである。



  ・  ・  ・



 この頃、第一艦隊の後方へと下がった南雲中将の第一航空艦隊もまた、異世界帝国の攻撃を受けていた。


 やってきたのは、敵空母群から飛び立った航空機群だった。


 すでに多くの艦爆、艦攻を失い、ほぼ戦闘機のみが稼働している状態の南雲機動部隊。直掩の零戦隊が敵編隊を迎撃するが、護衛戦闘機にブロックされ、攻撃機の侵入を許した。


「高角砲、撃ち方始め!」


 旗艦、空母『赤城』以下、第一航空艦隊は高角砲、機銃による防空戦闘を開始。戦場からさらに離れるべく、北西方向へ転舵した。


「『比叡』と『霧島』があれば、多少は心強かったかもしれませんが……」


 第一航空艦隊参謀長、草鹿龍之介少将は思わずそう声に出した。南雲は、その厳めしい顔をさらに強張らせた。


「どうかな。攻撃機能を喪失した空母に何の役割があるというのか……」

「長官……?」

「まあ、第一艦隊の身代わりくらいにはなるか」


 どこか、皮肉とも自虐にも似たようなことを南雲は口にした。


「向こうも空襲を受けていなければ、の話だが。……しかし――」


 南雲は双眼鏡を手に取った。


「……敵の航空機はおかしな形をしておるな」

「そうですね」


 草加も双眼鏡を覗く。


 プロペラがない。レシプロ以外で飛んでいるということなのだろうが、こちらに飛んでくる敵機の姿は、これまでの飛行機のどれとも異なっていた。


「ヒトデ、ですかね……」

「俺にはモモンガのように見える」

「はあ……言われてみれば」


 正面からは薄く、斜めから見える姿勢は、確かにムササビやモモンガの滑空する姿を連想させる。


 異世界帝国の攻撃機は、零戦の迎撃を突破し、南雲機動部隊に襲いかかる。草加参謀長は訝る。


「急降下爆撃にしては浅い……?」


 対空砲火があがる中、『赤城』の長谷川喜一艦長が「面舵いっぱい!」と声を張り上げた。


 緩やかなダイブで突っ込んできた敵機は、その腹に抱えた小型爆弾を立て続けに発射した。


「!?」


 それは正しくは爆弾ではなく、ロケット弾だった。放たれた6発のロケット弾は、後部のロケットで加速すると、『赤城』の飛行甲板に突き刺さり爆発した。


「やられた!」


 小型だったのが幸いしたが、艦の航行機能に重大な被害はなかった。しかし艦橋からも、甲板に直撃した3発によって、飛行甲板が使えなくなったのは一目瞭然だった。


「『加賀』被弾!」


 見張員の報告に、南雲長官らの視線が移る。『赤城』の僚艦である空母『加賀』の飛行甲板が燃えていた。


「『翔鶴』炎上中!」


 敵機のロケット弾攻撃が空母の飛行甲板を叩いている。だが敵機はロケット弾だけでなく、魚雷を搭載している機体もあった。


「『利根』に魚雷が命中した模様!』

「『飛龍』より入電。敵の魚雷が命中。速度低下!」


 飛び込む被害報告に、南雲は口を引き結んだ。第一航空艦隊の受難は続く。

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