第133話、転移離脱


 戦艦『大和』、単艦の砲撃で、サイパン島に続き、テニアン島の建設中飛行場の破壊が行われた。

 一式水戦に乗る須賀たちは、しばらく『大和』の直掩についていたが、敵機が襲来することなく、離脱するよう指示がきた。


「了解。……それじゃ離脱するか。大和一番から各機、直掩終了、帰投準備にかかれ」


 須賀は後続する僚機に命令を出す。今回の作戦で投入された大和航空隊の一式水戦は4機である。

 本来なら、母艦に戻るところだが、『大和』は以前、作戦継続中。帰還はおろか、収容どころではない。


 が、今回はきちんと別の手段が用意されている。マリアナの海にダイビングする必要はない。


「妙子、離脱だけど、どっちがやる?」


 須賀が確認すれば、後ろから声が返ってきた。


「義二郎さんのほうでやって。失敗したら、わたしがやるからさ」

「わかった」


 俺は魔法は素人だからな――独りごちつつ、須賀はシート脇の転移札に触れた。

 出撃前に、整備員が取り付けていた新しい装備。その名もずばり、転移離脱装置。


 魔技研には、秋田中尉という転移魔法の使い手がいる。これが、飄々とした掴み所のない男だが、それはこの際置いておく。


 この装置は、その秋田が使う転移とその転移札の効果を発動する。装置に魔力を流し込むと、それに反応して予め刻まれた魔法が発動するというもので、今回予め刻まれたという魔法が、転移の魔法となる。


 能力者たちの世界では、こういう装備を魔道具というらしい。転移魔法を習得していない須賀でも、装置に魔力を注ぐだけで、転移魔法を代わりに発動してくれるという代物だ。


 魔法の訓練では遅れている須賀だが、魔力を流すことについてはすでに履修済みである。流すだけで魔法が発動するのだから、かなり利便性が上がっている。


 問題は、現状能力者でなければ使えないというところだろうか。なので、まだまだ一般人向けではなく、今後の課題ということになる。


 指定先にしか飛べないという欠点はあれど、戦場で回収の見込みがない状況での機体とパイロットの緊急退避としては、有効な装備と言える。……今、パイロットは特に貴重だから特に。


「それじゃ、やるぞ」

「いつでもどうぞ!」

「こちら大和一番、転移離脱。3、2、1――」


 転移札が光る。次の瞬間、ゴーグルの向こうの景色が変わった。夜ではあるが、コクピットから広がる光景は、テニアン島から、見慣れた九頭島上空になった。


 今回、艦載機は転移離脱装置を使うと決まっていたから、水上機着水用のガイドが点滅している。


「転移、成功……!」

「成功だね」


 妙子が答えた。周囲を見渡せば、次々に僚機がその姿を現した。九頭島で、転移離脱装置の実験はやっていたが、マリアナ諸島などの長距離転移が成功したので、須賀個人としては初めてというのもあって、ホッとしている。


 魔技研的には、マリアナ諸島奇襲より、実戦下での転移離脱成功の方が大収穫ではないか。――よりはっきり言うと神大佐立案のこの作戦に神明大佐が乗ったのも、この艦載機転移技術のテストに都合がよかったから、であったりする。


「でも、もう『大和』は成功しているんだよね」


 妙子が言った通り、転移と一括りにするならば、6万4000トンの超弩級戦艦が、九頭島からフィリピン海、そして今回、サイパンへ転移している。


「大和一番より、一式水戦各機、報告」

『大和二番、異常なしです』

『大和三番、異常なし』

『大和四番、問題ありません』


 各機体から、無線で全員無事を確認。先に二式水上攻撃機隊6機が、転移離脱していたはずだが、自分の隊で脱落なしは喜ばしいことだった。


 転移離脱装置がトラブッたら、どこか違うところへ飛ばされたのか、装置の故障か、無事なのかやきもきさせられただろうから。


 ――はてさて、水攻の連中も全機帰投できたのかね……。


 何せ黙って消えると、転移離脱したのか、気づかないうちに撃墜されたのかわからない。離脱前は、置いてけぼりを出さないよう、必ず通知してから実行することになっている。


『こちら九頭島水上機基地。大和戦闘機隊――』


 九頭島水上機基地の管制塔から無線が入る。『大和』はまだ戦場なので、ここでいつまでも飛び続けるのも芸がない。さっさと降りよう。


 須賀は、魔力フロートのスイッチを入れる。一応、この一式水戦は、水上機という扱いだ。空中戦時は、車輪を格納する陸上機とほとんど変わらないが、離着水時は、魔力でフロートを具現化し、ようやく水上機らしいシルエットになる。


 抵抗が増えたからか、速度が落ちる。着水するのに高速度で行ったら、機体がぶっ壊れてしまうので、むしろ望むところだが、ここで一つの問題が発生する。


 水上機は、水面や海上に降りられるのがメリットであるが、同時に海面状態によって、降りられない。つまり波が高い時は、降りても横転、転覆の恐れがあって、降りられないのだ。

 そしてここでいう問題は、夜間ということだ。基本、水上機や飛行艇など、海面に降りる機体は夜に着水はしない。目視で波の方向、高さなど状態が確認困難だからだ。


 魔力視野ゴーグルとか、夜目の魔法で、夜間視覚があるとはいえ、それでも事故率が高いというが現状である。

 だから、本来なら夜間戦闘に、水上機を投入するのはナンセンスだ。どうしても夜に飛ばしたければ、着水は朝まで飛び続けて待ってやるというのが基本となる。


 しかし、九頭島には、面白い着水場所が作られていた。

 その名も着水レーンと呼ばれる、細長いプールに降りるのである。誰が言ったか知らないが、空母着艦レーン――水上機用の空母着艦練習場なんて冗談が言われる始末だ。


 最長、300メートルほどの細長いプールは、言われてみれば、空母への着艦を連想させる。空母『蒼龍』所属と、空母航空隊に所属していた須賀は、特にそう思う。もっとも、水上機に着艦用フックとワイヤーはないから、制動補助は別のシステムに頼っているが。


 ともあれ空母に着艦する要領で、レーンに近づき、速度と高度を調整。


 ――これ、やりようによっては水上機乗りを機種転換させる上で、発着艦訓練の練習にも使えるんじゃないかな……?


 海軍のパイロット不足は深刻だ。一方、水上機は使い道はあるものの、低速ゆえに犠牲が伴い、前線で使いづらくなっている。そんな水上偵察機乗りたちを、陸上機や空母航空隊に回そうという話も出ているという。実際にそれで異動になった者もいる。


 疑似着艦演習、シミュレーションとしては悪くないかもしれない――などと考えながら、須賀は、慣れたようにほぼ波のない着水レーンに綺麗に着水した。――横波がないだけ、すっげぇ気が楽だわ、これ。


 レーンの先は、駐機スペースに通じている。レーンを出れば、そのまま流れるように移動。

 一式水戦が全機、基地に降り立ってしばらく、『大和』が転移で九頭島に戻ってきた。


 マリアナ諸島奇襲は、成功に終わったのだった。

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