第132話、殴り込む大和
マリアナ諸島は、日常の中にあった。
サイパン、グアム、テニアンの周辺海域には、日本海軍の潜水艦に備えて、異世界帝国の巡洋艦や駆逐艦のパトロール戦隊が、昼夜を問わず警戒している。
また完成している迎撃機用飛行場からは、偵察機を出して哨戒活動もしている。
だからこそ、突然現れた『それ』に、現地の異世界帝国兵は度肝を抜くことになる。
夜間、サイパン島より東に5キロの海域に、戦艦『大和』は姿を現した。
T-13艦艇転移実験による、戦艦の長距離転移。この成功を目の当たりにした神大佐がぶち上げた作戦『戦艦大和による夜間、単艦にてマリアナ諸島を転移奇襲、敵飛行場を叩く』が実行に移されたのだ。
「左舷、陸地を確認! サイパン島と思われます!」
見張員の報告を受けて、神明大佐は頷いた。
「正木、地形トレース」
『トレース中。――地形記録と一致、目標地点に転移を確認』
魔核を制御する正木初子の声が艦橋に響いた。
「よし、艦載機、展開!」
神明の命令を受けて、『大和』の後甲板では、艦載機の発進が行われる。予めカタパルトに載せてあった一式水上戦闘攻撃機の一番機と二番機が左右それぞれから射出。続いて待機位置にあった二式水上攻撃機がカタパルトに移動し、これもすぐに発艦した。
さらに艦尾格納庫は、今回艦載艇を減らし、その分、航空機を多く積んできており、これらも格納庫開口部を通じて、カタパルトから射出された。これは陸軍特務船の『神州丸』や海軍の『鰤谷丸』を参考に、格納庫から直接艦載機を飛ばすシステムを応用したものだ。
かくて、艦尾カタパルトに露天で載せてきた艦載機を含めて、10機の機体が素早く飛び立った。
大和航空隊の狙いは、サイパン島北にある飛行場。ここには小型機――戦闘機や攻撃機機が少なからず配備されていた。
一方『大和』は、主砲を左舷へと指向、射撃準備に掛かる。
「目標、サイパン島南部、大飛行場」
攻撃目標が示され、やがてその時が来た。
「撃ち方始め!」
46センチ三連装砲三基が、閃光と共に1トンを超える重量砲弾を放った。闇夜を貫く稲妻の如く、砲音を響かせる。それらは建造中の大滑走路と、その間に無数に作られた重爆撃機用掩体をいくつか巻き込んで吹き飛ばした。
これには、敵はいないと枕を高くして眠っていた異世界帝国兵を夢から引きずり出すだけの衝撃をもたらした。
警報が鳴り響き、敵襲なのはわかるが状況が掴めない。
日本軍による奇襲だ――昨年8月の日本艦隊の襲撃を知る者たちの言葉から、推測はされたものの、まさか『大和』単独の攻撃であるとは思いもしなかった。
とはいえ、この艦砲射撃に対して、飛行場設営作業員らにできることはほとんどなかった。重爆撃機用の基地である。敵艦に反撃する大砲があるわけでもなく、砲戦距離にいる敵を攻撃できる機体もない。ただただ退避するしかできることはなかった。
一方的な砲撃は、基地設営用の倉庫や兵舎などの建物に及ぶ。資材や物資が吹き飛び、焼き払われ、これでまた作業のスケジュールが狂う。
必要とされる物資を失い、さらに滑走路の穴を埋める作業など、これまで作り上げてきたものを、またもやり直しになるのだ。
兵舎や物資倉庫など、インフラ整備と復旧作業は膨大なものになるだろう。現地の兵たちは、先行きに軽く絶望しつつ、しかし今は恐怖の砲撃から逃れることを祈ることしかできなかった。
・ ・ ・
須賀中尉の乗る一式水上戦闘攻撃機は、サイパン島北飛行場に差し掛かった。
暗闇の中、飛行場の周りにはいくつもの光があって、その存在を浮かび上がらせている。
夜間ではあるが、魔力視力ゴーグルのおかげで、須賀には周囲の地形が昼間ほどとは言わないものの、ある程度はくっきり見ることができた。
何でも夜目の魔法効果を再現したゴーグルという魔道具であり、魔法についてはまだまだ勉強中の須賀にとってはありがたい装備だ。
夜目の魔法が使えない一般パイロット用ということで、今回の大和航空隊でも、須賀以外にも同様に魔道具ゴーグルをかけている者もいる。
閑話休題。
戦闘機や攻撃機が駐機されている北飛行場は、大和航空隊の攻撃目標だった。
敵には、それほど多くないが夜間戦闘可能な航空隊もいるという話があり、これらはマリアナの飛行場にも配備されているだろうと軍令部は予想した。
だから、『大和』の砲撃の邪魔になりそうな存在を真っ先に潰すのである。
「妙子、どうだ?」
「……うーん、基地上空に敵機の反応はないね」
後座の正木妙子は答えた。一式水戦の魔力レーダーに、敵の航空機の姿はない。
「そうそう日本軍が来るって思ってないんだろうな。ここは最前線だろうに」
日本軍の航空隊がマリアナの基地を襲うという考えがないのだろう。いや、想定はしているが、それは空母機動部隊からだろうと決めつけているのだ。
だから警戒部隊が、それら日本の艦隊をマリアナ近海で発見できないのなら、攻撃はないと高をくくっているのだろう。
「その油断が、命取りってやつだ」
須賀たちは知らなかったが、サイパン島守備の航空隊は、燃料備蓄に不安を抱いていた。
度重なる日本海軍潜水艦戦隊の通商破壊活動により、思うように補給がこないため、敵の存在が確認されず、攻撃の可能性がないと判断した日は、直掩機を飛ばさないことにしていたのだ。
特に最近、着任した航空隊司令は、地球人の航空夜間攻撃は極々稀ということで、油断していたということもある。
異世界人の都合はともかく、大和航空隊は飛行場に突入した。管制塔や基地施設に、ロケット弾や爆弾を投下する。目についた露天駐機の列には機銃弾を雨あられと撃ち込む。
難を逃れた機体が緊急発進しないとも限らない。炎上する飛行場の中を突っ切る勇敢なパイロットもいるかもしれない。
須賀たち一式水戦が、地上にも目を光らせる中、二式水上攻撃機隊は、爆撃を終了し離脱に掛かる。
『大和五番より、大和一番へ。我々は先に帰らせてもらうぜ』
「大和一番、了解」
二式水攻隊が、次々と闇夜に消えていく中、須賀は一式水戦隊を率いて、『大和』上空へ戻る。
『大和』はサイパン島南部飛行場を砲撃し終わり、そのままテニアン島北飛行場を砲撃していた。
サイパンとテニアンは近く、当然の如く『大和』の主砲の射程内だった。飛行場に隣接する基地司令部や基地施設、航空燃料タンクも、46センチ砲や15.5センチ副砲の砲弾が破壊していく。
さらに『大和』は移動しつつ、テニアン島の西飛行場へその矛先を変える。いくら『大和』でも、マリアナ諸島各施設を完全破壊するのは無理だ。だから一定数の射撃と破壊を確認したら、敵が残っていても次へと向かった。
今回の殴り込みは、いわば異世界帝国への嫌がらせなのだ。
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