第131話、デス・ルート
1943年2月。
ハワイ、真珠湾にある異世界帝国太平洋艦隊司令部の空気は、非常に重かった。太平洋艦隊司令長官、アーリマ・カスパーニュ大将は、ここ最近常に眉間にシワが寄っている。
前任者のエアル大将が、フィリピン海海戦とそれに繋がる上陸船団護衛の失敗の責をとって、司令長官を解任された。
後任のカスパーニュであるが、引き継いだ太平洋艦隊は、主力艦を失い、補充待ちの状態で大規模な作戦は不可能だった。
一方、侵攻計画が狂った異世界帝国陸軍は、上陸船団もろとも沈められた復讐を叫び、早期のマリアナ諸島の要塞化を進め、日本本土空襲を目論んだ。
海軍にも要塞化のための物資輸送船団の護衛要請が来て、カスパーニュは、それに応えた。前任者の失態もあって、海軍としては陸軍に頭が上がらなかったということもある。
だから他方面を手薄になるとしても、マリアナ諸島に戦力を集中させた。
航空要塞建設のための資材、人員の必要物資などを満載した輸送船団が行き来するのだが、それを狙って狼の群れ――日本海軍潜水艦戦隊が襲撃してきた。
42年も末頃から、日本海軍の潜水艦の通商破壊活動は猛威を振るっていた。異世界帝国側も護衛艦隊をつけるのだが、敵はハンターともいうべき護衛艦を優先的に撃沈してきた。
結果、日本潜水艦は撃沈できず、自軍の損害ばかりが増えた。護衛艦が次々にやられていき、その防備が手薄になると残った輸送船を狩る。日本潜水艦は、非常に連携がとれており、複数隻を投入して、異世界帝国船団を苦しめた。
対潜警戒に護衛空母をつけて、艦載機を展開すれば、どこからともなく長距離から魚雷をぶつけられ、その護衛空母を早々に失うという始末。
どういうカラクリかはわからないが、日本潜水艦戦隊は異世界軍側に気づかれない交信をしているとしか思えなかった。
かくて、マリアナ諸島への輸送路は、異世界帝国船団と護衛艦隊から、マリアナのデス・ルートと呼ばれるようになった。
とはいえ、通商破壊の網を抜けて、幸運にも目的地に辿り着けた輸送船もあった。それらが運んできた物資は、要塞建設や人員の補給として活用されたものの、飛行場建設は遅れていた。
「こんなペースで、飛行場建設が間に合うのか!」
カスパーニュの怒号が、司令部に響き渡る。頭頂部の髪はなく、やや恰幅がよい体格の提督は、不機嫌そのものだった。
「本来なら今月にサイパンら三島の飛行場施設を整備するはずだった! だが現地から資材、物資不足から、このままでは3月中になると知らせがきた! 陸軍も渋々それを了承したが、肝心の資材が届かないのでは、3月の完成も怪しいっ!」
参謀たちは沈黙を守っている。司令長官の説教にも似た勢いに、言葉を挟めなかったのだ。
と言うよりも、実のところ疲れていた。会議が長引いて、間もなく日が変わりそうな深夜である。
「参謀長! 何かないのか!?」
カスパーニュが指名した。こうなると沈黙し続けることはできない。
「我々にできることは、護衛艦を増やし、数で押すしかないと思います」
「数! 数か、ごもっとも! だが我々が投入できる護衛艦には限りがあるのだぞ!」
ピシャリとカスパーニュは言った。
フィリピン海海戦時に、陸軍上陸船団を護衛した護衛艦艇は、ほぼ壊滅した。一挙に100隻以上、しかも護衛空母も多くを喪失した。
主力艦もそうだが、護衛艦の補充も必要だった。しかしトラックに展開している艦隊は、日本海軍の進出に備えて動かせず、自然とハワイ方面と南太平洋の部隊を用いるしかなかった。
だが数が足りない。そこから船団護衛に艦を割り振るのだが、向かったそばから撃沈されていった。
「奴らは、輸送船ではなく護衛艦を優先する! 通商破壊だぞ! 輸送船を沈めるために攻撃を仕掛けにきているのだろう? 何で小物の護衛艦や駆逐艦を狙う!?」
補充された護衛艦は、船団護衛に出て帰ってこない。好む好まないではなく、逐次投入となってしまうという悪循環。
フィリピン海海戦の損傷から立ち直った護衛空母も、投入した順に沈められた。
今後の侵攻作戦を遂行するために、太平洋艦隊にも補充が送られてきているのだが、巡洋艦、駆逐艦の回復が追いつかない。
「どうにかならんのか!? 船団を損害なしでマリアナへ送る方法は!?」
「……ゲートが使えれば、補給路のことを考えなくてもいいのですが」
申し訳程度に参謀の一人が言った。空間と空間を繋げて行き来できるゲート。それがあれば、確かに面倒な道中をすっ飛ばし、瞬間移動するかの如く、目的地に着けるだろう。邪魔も入らない。
「フン、ゲートは海上には出せん。海水が流れて水浸しだ。現地にゲート発生装置を輸送しようにも、辿り着く前に船が沈められてしまっては意味がない!」
カスパーニュの鼻息は荒々しい。仕組みはわからずとも、効果を知れば子供にでもわかることを言う参謀に、ほとほと呆れる。
その時、司令部作戦室のドアが叩かれた。
「失礼します! 長官、サイパン島守備隊より緊急電です!」
通信士官が駆け込んできた。参謀たちは胡乱な目になり、カスパーニュも怒鳴りつける寸前の顔になったが、サイパン島守備隊と聞いて、かろうじて理性を保った。
「何事か?」
「日本軍の襲撃です!」
「なにぃ?」
サイパン島の建造中の飛行場要塞。その守備隊が、敵の襲撃を知らせてきたのだ。
「正確な数は不明ですが、敵の航空機と、戦艦による艦砲射撃を受けているとのこと」
「航空機と艦砲射撃だと……!」
カスパーニュは憤慨した。
「こんな夜中にか!? 警戒部隊は何をしておるのだ!」
艦砲射撃の位置まで敵を近づけて――
・ ・ ・
それは突然現れた。
闇夜に包まれたサイパン島に砲声が響き渡る。異世界帝国軍飛行場に、飛来した砲弾の雨が降り注いだ。
滑走路が、基地管制塔が、整備格納庫が吹き飛ばされていく。
警報が響き渡り、夜勤以外の兵たちが叩き起こされた。そして現地守備隊は混乱に陥った。
明らかに大口径砲を用いた艦砲射撃だった。しかし、事前の哨戒行動には、敵艦艇の存在は確認されておらず、いたとしても潜水艦くらいだと思われていた。その潜水艦にしても、このような大威力の艦砲射撃は無理だ。
ならば一体何だというのか?
「こいつは、戦艦か……?」
太平洋での敵といえば日本海軍だが、いつの間に大型艦による砲撃可能距離まで忍び寄らせたのか。
炎に包まれ、爆発に巻き込まれる異世界帝国兵。仲間たちが吹き飛ばされるさまを目の当たりにした彼らは一様に思う。
「警戒部隊は何をやっているんだ!? 敵を島に近づけやがって!」
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