第370話、空振り戦法


 その夜は、ムンドゥス帝国大西洋艦隊にそれ以上の襲撃はなかった。

 しかし、日本艦隊との夜戦により脱落した艦は、本隊に合流しなかった。本隊の知るところではないが、日本軍潜水艦などの襲撃によって、これらは撃沈されてしまったのだ。


 かくて、長い夜が明ける。


 大西洋艦隊は、旗艦『ディアドコス』以下、戦艦15、大型空母5、中型空母6、小型空母3の計14、重巡洋艦20、軽巡洋艦15、駆逐艦62となっていた。


 出撃時のおよそ半分。一部部隊を切り離したとはいえ、元の規模からすれば、寂しくある状態だ。しかし、それでも戦艦15隻、空母大小14隻の戦力は充分強力である。


 リーリース・テロス大将率いる大西洋艦隊は、先日確認された日本艦隊に向けて直進しつつあった。


「偵察機、敵艦隊を発見!」


 夜が明ける前に飛ばした偵察機は、予想した通りの進路のまま前進する日本艦隊を捕捉した。


「こちらを侮っている、というわけではないでしょうね。昨夜の夜襲からすれば予定通りの行動なんでしょうけれども」


 偵察機による最終確認によれば、敵戦力は、『ディアドゴス』と同型の航空戦艦を含む戦艦9、空母19、重巡洋艦12、軽巡洋艦20、駆逐艦およそ40。


 空母19隻という数字は、参謀たちを色めき立たせたが、詳細報告によれば、リトス級大型空母に匹敵する大型空母は5隻で、残るは中型空母と小型空母とのことだった。


 それぞれの搭載数が、同じと見積もるならば、数では劣勢である。しかし練度の面では、我が方有利と見ている。


「明け方と同時に、仕掛けてくると思ったけれど――」


 日本軍はまだ攻撃隊を出していない。すでに双方航空隊の往復距離内にある。


「先手必勝! 第一次攻撃隊、発艦! 続いて第二次攻撃隊を発進させる!」


 テロス大将は決断した。


「メルクリン」

「はい。敵がファイタースイープを仕掛けてきた時に備えて、第一次攻撃隊は戦闘機の比重を高め、攻撃機は第二次攻撃隊に集中し本命とします」

「大変よろしくてよ、参謀長」


 大西洋艦隊14隻の空母のうち11隻から、攻撃隊が準備され、順次艦載機が発艦した。


 第一次攻撃隊516機。そしてすぐさま第二次攻撃隊が準備されて、488機が飛び立つ。第一波が日本軍に迎撃されている間に、第二波で押し込もうという作戦だ。


「日本軍にこれだけの艦載機を見せれば、彼らのことだから全力迎撃を選ぶでしょうね。多数の戦闘機を投入して阻止しようとするだろうから、攻撃隊に必要な護衛戦闘機の数を気にして、当面仕掛けられないはず」


 先手を取らずにいるから、こうなるのよ――テロス大将は、自信の笑みを浮かべた。


「後手に回ったことを後悔することね。堂々たる航空戦で、日本軍に勝つ!」



  ・  ・  ・



 異世界帝国艦隊、攻撃隊を発艦させる。

 敵大西洋艦隊に張り付いている彩雲偵察機からの通報は、アラビア海に展開する日本海軍各部隊に届いた。


 昨日の、遮蔽起動中の偵察機が攻撃された件もあり、距離をおいて見張っていた偵察機隊。


 敵夜間直掩機が数機、彩雲の潜伏方向へ飛んできたが、目視できないのか追尾まではされず、日本海軍は偵察機を常時、2、3機を見張りとして配置できた。


 夜明けと共に動き出した敵大西洋艦隊。この時、地中海を襲撃し、敵主力艦隊から戦力を分派させた小沢治三郎中将の地中海殴り込み艦隊(第一機動艦隊・甲部隊)は、転移によってアラビア海に戻っていた。


 旗艦、戦艦『日向』。


「我が艦隊は、敵艦隊の北方に位置しています」


 第一機動艦隊参謀長、神明少将は海図台を見下ろした。


「敵主力艦隊は、山本大将率いる第一機動艦隊本隊目がけて第一次攻撃隊を発艦。その直後、第二次攻撃隊を編成しすぐに出撃させたので、およそ1000機を機動艦隊本隊に差し向けたことになります」

「全力攻撃だな」


 小沢は口をへの字に曲げた。


「敵さんも、おれの第一機動艦隊本隊を叩くには、大兵力の一挙投入しかないと見たのだろうな」


 1000機の攻撃隊が迫っているとなれば、相打ち覚悟で、攻撃隊を放つか、攻撃隊を出さず、稼働する全戦闘機を投入して迎撃――というのがセオリーとなるだろう。


 前者は、味方は多数の敵攻撃機にやられるだろうが、逆にこちらが放った攻撃隊も手薄な敵部隊を叩くだろう。


 後者は、攻撃隊に振り向ける分の戦闘機も防衛に当たらせることができるので、敵攻撃隊を阻止できる可能性が上がる。それで敵の矛を叩き折ることができれば、後出しで攻撃隊を出して逆襲もできるだろう。

 ただし、迎撃時点で、敵が防空網を突破してきた場合、逆襲する前にやられるリスクもある。


 だが、我が海軍は第三の手を選択する。


「樋端参謀の立案した空振り戦法を用いて、敵攻撃隊を誘い出した隙に、全力攻撃を叩き込みます」


 連合艦隊航空参謀の樋端 久利雄中佐の考案した『樋端ターン戦法』――敵戦闘機が燃料切れになって迎撃できなくなったところで爆撃機が襲撃する戦法の派生である。

 敵航空機が出払っている間に、こちらの主力攻撃隊で敵艦隊を襲撃する。


 この戦法のミソは、敵の攻撃を誘い出す餌役だが、敵が攻撃隊を放ってきたら、餌役は転移して場所を変える。そうすることで、餌役は敵の攻撃を受けることはなく、また敵も、放った攻撃隊が目標を見失い、攻撃が空振りに終わるのである。


 神明は腕時計を確認した。


「そろそろ、第一機動艦隊本隊、転移してくる頃です」

「うむ」


 小沢は、戦艦『日向』の艦橋から艦隊右翼――第六十二戦隊の転移巡洋艦『宮古』『釣島』の方向を見やる。

 見張り員が声を上げた。


「右舷方向、友軍艦、転移!」

「来たな」


 移動式転移連絡網である巡洋戦『宮古』『釣島』の周りに順次、日本艦が現れる。

 第一機動艦隊本隊――連合艦隊旗艦『敷島』に続いて、戦艦『肥前』『周防』『相模』『越後』の第五戦隊、大型空母『大鶴』『紅鶴』に『赤城』『祥鳳』ら第一航空戦隊が現れる。


 たちまち、地中海殴り込みの甲部隊と、機動艦隊本隊が合流を果たした。小沢の下に、海氷空母6隻と17隻の空母の指揮権が戻ってきた。

 山野井情報参謀が報告した。


「連合艦隊旗艦より入電。第一機動艦隊、攻撃隊発進せよ」

「第一機動艦隊、各航空戦隊へ。攻撃隊発艦!」


 海氷空母部隊を除く空母17隻、そこからさらに『祥鳳』『瑞鳳』『白鷹』を除く14隻から、烈風艦上戦闘機、零戦五三型、流星艦上攻撃機、彩雲艦上偵察機が、飛行甲板に目いっぱい並べられた後、マ式カタパルトによって発艦していく。


 その数、戦闘機342、攻撃機339、偵察機24機の合計705機。


 これらが北方から敵大西洋艦隊へ向かった。

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