第369話、偵察機殺し
「のーがーしーたっ! 忌々しっ!」
エレミア・アグノス少佐は、エントマⅡ高速戦闘機のコクピットで声を張り上げた。
『雷鳴の魔女』の異名を持つムンドゥス帝国大西洋艦隊のエースパイロットである彼女は、姿を隠して飛ぶ敵機の存在を感知した。
いや、正確に言えば、空間の違和感を感じとり、そこに敵機がいると『想定』し機関銃を撃ち込んだ。
命中の手応えはあったが、それがフッと消えたのを察知し、逃げられたと察した。
姿が見えない――帝国内でも遮蔽と呼ばれる技術が実用化され、日本軍もおそらくそれを使っているだろうという話は耳に入れていた。
さらに今回の日本軍が、転移戦法を用いているという情報と合わせれば、おそらく偵察機と思われるそれが、エレミア機の攻撃を受けた瞬間に転移で離脱したと考えに行き着くのも容易である。
「なるほどね。見えない日本機って噂は、遮蔽を使っているって線で間違いないわね」
エレミアは、機体を母艦である航空戦艦に向ける。
あの嫌な感覚――日本軍航空隊の攻撃は退けられた。直感に従い、司令長官に警告していなかったら、大西洋艦隊は壊滅的打撃を被っていただろう。
「我ながら、嫌な予感って当たるのよねぇ……」
自嘲する。防御が間に合わず、被害を受けた艦が一〇隻ほど出たようだった。そのうち空母が3隻、新たにこれからの戦闘から除外された。
「まともな戦いをさせてもらえるなら、明日……ああ、もう今日か。今日もいい狩りができそうなんだけど」
まだ撃墜マークに日章旗がない。太平洋で轟かせた日本海軍航空隊と手合わせできるとなると楽しみでしょうがない。
「できるといいなぁ、まともな戦い」
日本軍は二度も夜襲を仕掛けてきたが、戦闘機乗りとしては、相手の戦闘機と戦い、それを撃ち落とすことが誉れである。
「欧州の男たちは、私にかなわなかったけれど、日本の男はどうかしら」
大西洋艦隊のトップエースであるエレミアである。その技量、センスは、他の追随を許さない。艦隊には、欧州や米海軍と戦った多くのエースパイロットがいるが、その戦果の差は圧倒的であった。
「……」
エレミアは視線を転じる。闇夜、真っ暗な空。夜目の魔法で見えるそれに、ふっと違和感。
「……まだ、いる」
・ ・ ・
第二機動艦隊・第四部隊。旗艦『加賀』は騒然としていた。
「何が落ちた!?」
「航空機と思われますが――」
艦長の横井 俊之大佐が、夜間見張り員に確認する。海軍兵学校46期卒業。航空畑の人間であり、大改装された『加賀』の艦長に抜擢された。
第四部隊は、奇襲攻撃隊の収容のために海上にあったが、突然、部隊近くに、航空機らしきものが現れ、そして海に突っ込んだのである。
「転移で現れたようなので、味方だとは思いますが……」
「しかし、このタイミングで転移とは……。敵艦隊への攻撃は終わってしばらく経つというのに……」
司令部幕僚たちがざわめく。見張り員の報告が相次ぐ。
「墜落したのは、『彩雲』の模様」
「現在、『応龍』がカッターを出して搭乗員を収容中!」
彩雲――その報告は司令部を揺るがした。
「長官」
「わかっている」
山口 多聞中将は目を伏せる。
遮蔽装置で隠れて偵察を行う高速偵察機である彩雲。透明かつ、レーダーでも確認できないこの偵察機は、いまだ敵に撃墜されたことがない。
そもそも発見されないのだから、被弾することがないのだ。これまで長く敵地上空に留まり、詳細な情報を持ち帰ってきたが、転移で離脱してきて、さらに墜落するなど前代未聞の出来事だった。
だからこそ、事は深刻だった。
異世界帝国軍は、遮蔽を無効にする何らかの装備を開発、実用化したのではないか?
普段姿を現すことない彩雲偵察機が、攻撃を受けたという事実は、遮蔽装置を使用し敵を奇襲する七航戦、八航戦にとって衝撃だった。
「攻撃隊も寸前で奇襲が発覚したか、戦果不充分のようでしたが、敵は完全に遮蔽を見破っているのでは……」
「いや、それならば攻撃隊は事前に迎撃を受けていたはずだ。……しかし、彩雲がやられたとなると……うーむ」
山口は腕を組んだ。
「墜落した彩雲搭乗員と、攻撃隊の搭乗員たちの確認が必要だろう。どのみち、攻撃隊が帰還しないことには次もないのだからな」
状況を確認して、何があったのかはっきりさせなければならない。その内容が無視しても問題ないならば、朝になる前にもう一度くらい仕掛ける――そう山口が思った時、通信長が艦橋に現れた。
「長官、『剣龍』所属の彩雲から緊急電です。『我、敵機の追撃を受く。離脱する』以上」
敵大西洋艦隊を監視していた別の彩雲偵察機からの通信だった。基本、敵情偵察の時は、複数であたる。
戦果のクロスチェック用でもあるが、敵に張り付く偵察機にトラブルが発生して、任務続行が困難になった場合、1機が引き返しても、残る機体で監視を続けられるようにするのだ。
「……これはいよいよ、怪しいな」
当然、遮蔽装置を搭載している偵察機である。それが1機だけでなく、もう1機も狙われたなると、事故や偶然では片付けられない。
「通信長、離脱した剣龍の偵察機を、『加賀』に下ろせ。搭乗員から直接状況を聞き取る」
「承知しました」
墜落した偵察機搭乗員からの報告が、旗艦に届くのはまだ先となるだろう。それならば離脱した剣龍所属機から報告を受けたほうが早い、と山口は判断した。
同時に、敵艦隊を見張る偵察機がなくなったので、改めて張りつける偵察機を発艦させる。
ただし、遮蔽装置が見破られている可能性から、敵の襲撃に注意し、兆候があれば、即引き返すよう偵察機搭乗員には伝えられた。
その間に、転移で離脱した剣龍所属の彩雲が、指示に従い『加賀』に着艦。機長はすぐに艦橋に呼び出されて、山口以下、八航戦司令部に報告を行った。
まず奇襲攻撃隊が、敵に与えたダメージの報告に始まり、大西洋艦隊から新たに空母3隻が減ったことがわかった。200機以上の攻撃機を繰り出しての戦果にしては乏しい成果に、攻撃隊からの戦果不充分という一報は間違いないのを確認した。
そして肝心の、彩雲偵察機撃墜だが、剣龍の偵察員曰く、遮蔽の彩雲を攻撃してきたのは単機のエントマ戦闘機であるという。
「見間違いでなければ、真っ直ぐ敵は飛んでいました」
彩雲機の機長は言った。
「探すわけでもなく、一直線に。こちらからも遮蔽で飛んでいる神龍所属機は見えなかったのですが、他の戦闘機が空母上空を周回しているのに、その機体だけが単独で飛んでいきました。……その後、怪しい挙動をするその戦闘機を観測していましたら、こちらへ真っ直ぐ向かってきたので、危険を感じて転移退却しました」
「よく、情報を持ち帰ってくれた」
山口は頷くと、参謀たちを見回した。
「つまり、遮蔽に隠れている彩雲を攻撃した機体は、同じ機体ということか。……そいつだけ特別な索敵装置を積んでいたのかな?」
他の機が動かず、彩雲を攻撃したのが1機だけというのなら可能性は高い。試作の偵察機キラーか。はたまた、艦隊側で遮蔽を見破り、その指示に従って誘導されたのか――後者ならば、他の戦闘機を迎撃に回せたはずだ。となると前者か。
山口たちは頭を悩ませている間、奇襲攻撃隊が第四部隊のもとに戻ってきた。
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