第368話、奇襲が上手くいかない


 異世界帝国大西洋艦隊に迫るは、第二機動艦隊、潜水可能型空母8隻からなる第四部隊が放った攻撃隊だった。


 角田中将に負けず劣らず闘将である山口多聞中将が、攻撃機を残してそのまま、ということはあり得ない話だった。


 天候さえ許すなら、角田艦隊から逃れた敵を追撃するのは、至極当然である。


 九九式戦闘爆撃機72機が護衛する中、二式艦上攻撃機216機が、敵大西洋艦隊に殺到する。


「やるからには一撃で叩く。奇襲なんてものは小分けするものじゃあない」


 敵の隙を突くからには、初撃で叩く以外に最大の戦果を出せるものか――山口中将は、空母8隻の艦攻の大半を投入した。


 七航戦、八航戦の奇襲攻撃隊は、彩雲偵察機の誘導で敵の懐まで遮蔽装置で姿を隠し忍び寄り、攻撃を開始した。

 800キロ対艦誘導弾を発射。レーダーが高速移動物体を探知し、報告が上がった頃には、誘導弾が敵艦隊に殺到する。


 我、奇襲に成功せり――と、いつもならそうだった。


 だが敵艦の動きが急に活発になり、さらに目標の空母に着弾寸前、見えない障壁に弾かれて誘導弾が爆発した。


 攻撃隊指揮官内田ハル少佐は、奇襲が上手くいかなかったのを察した。


「踏み込みが甘かった……?」


 夜間ということもあり、敵艦隊からやや距離があったのが、対策の時間を与えたのか? いや、それにしても障壁展開までが早すぎる。まるでこちらの攻撃が始まる寸前に、襲撃を看破されたような。


「それとも最初から障壁を展開していた?」


 日本海軍の航空夜襲を警戒して。だとすれば、さすが開戦から大西洋で暴れまわった歴戦の艦隊というべきか。


「少佐!」

「荷物は届けた。すげなく断られたがね。攻撃終了機は、速やかに撤収! 遮蔽を起動」


 敵には夜間戦闘機もあるだろう。運んできた誘導弾を発射した以上、留まるのは時間と燃料の無駄だ。


「遮蔽装置が悟られたわけではないとは思うけど……」


 もし察知されたなら、攻撃前に敵機が向かってきていただろう。それがなかったから遮蔽装置に問題はないはずである。


 反転離脱する二式艦攻のコクピットで、内田は振り返る。敵艦隊から複数の火の手、爆発が見えた。


 どうやら障壁を抜けて命中し、ダメージを与えた艦艇があったらしい。先の艦隊との夜戦で損傷していたか、あるいは誘導弾による奇襲はタッチの差で、障壁展開が間に合った艦と間に合わなかった艦があった可能性。


 攻撃がギリギリで阻まれたとしたら、不運としかいいようがない。何隻か撃破したようだが、200機以上の艦攻を投入したにしては、物足りない結果と言える。


「九割九分成功するはずだった攻撃が、不満足な結果に終わる。実質、失敗だな」


 どれほどダメージを与えたかは、敵艦隊を監視している彩雲偵察機に任せるとして、さてこの結果について内田は思案する。


 失敗したのは仕方がない。それがこちらのミスなのか、敵が何らかの対策をとっていたのか。その見極めは重要だ。教訓は、次回に活かさねばならないのだ。



  ・  ・  ・



「――大型空母はどれも健在だな。中型空母は2隻を大破……ありゃ沈むな。小型空母は――」


 八航戦所属の空母『神龍』の彩雲偵察機。遮蔽装置を使って飛行する機体から時任ときとう 甚助じんすけ中尉は、敵大西洋艦隊の状況を確認していた。


「3隻に減っているな。1隻はどうした……? 沈んだか」

「中尉。自分、小型空母が火だるまで転覆したのを目撃しました!」

「……あのひっくり返ったのがそうか? いや、あれは重巡か」


 暗視機能付き双眼鏡で観察する時任。操縦士の牧島が言った。


「敵空母から、戦闘機が発艦しています。……こいつら夜間でも飛ばしてくるんですねぇ」

「攻撃隊は引き上げたが、敵の反応も早いな」


 まるで、奇襲攻撃隊が仕掛ける前に攻撃を察知していたように。何かの兆候でも掴んだのか、たまたまか。


「今さら、攻撃隊に追いつけるとも思えないが」


 敵がしているのは、第二、第三の奇襲攻撃隊を警戒しての防空強化だろう。


「――ん?」


 時任は、自機に真っ直ぐ向かってくる敵機に気づいた。何だろう、こちらに向かってくる……?


 嫌な予感がした。まるでこちらを見つけて直進しているような。一切の迷いなく飛んでいる。


「牧島、針路変更だ。8時方向、高速接近する敵機!」

「気づかれたんですか!?」

「わからん」


 こちらは遮蔽装置で、レーダーでも目視でも見つけられないようになっているはずだ。これまでも遮蔽が働いている間は、敵に気づかれることはなかった。


 そのための彩雲偵察機だ。何らかの事情で見えている可能性もあるが、針路を変えてみれば、偶然か発見されたかわかる。


「……」


 じっと、時任は近づいてくる敵機の様子を観察する。高速戦闘機のエントマ型に見えるが――


「くそっ、牧島、フルスロットルで離脱だ! 急げ!」


 飛行コースを変えたのに、エントマ戦闘機はしっかり彩雲に機首を向けて突っ込んでくる。


 彩雲は巡航から最大速力へと加速する。誉エンジンが唸り声を上げて、時速700キロ近い速度へ、機体を引っ張る。


「見えてるんですか!?」

「理屈はわからんが、そうなんだろう!」


 高速接近する敵機は、彩雲の後方へと追い上げてくる。


 ――速度は、こっちのほうが僅かに速いはずだ……!


 時任は口の中が渇くのを感じた。背後から嫌な気配を感じまくりである。


「中尉! 敵機がくっついています! 追いつかれます!」


 三座の最後尾である通信担当の徳田が悲鳴のような声を上げた。


 ――こっちのほうが速いはずなんだ。敵の新型か……!


 遮蔽で見えないはずなのに追いすがるのはただ事ではない。元々エントマは高速戦闘機だが、彩雲以上の速度で向かってくる事と合わせても、これは必ず持ち帰らないといけない情報だろう。


「転移離脱装置を使う! 用意!」


 必ず――


「敵機、発砲! ――うわっ!」


 ガンガンと後ろで嫌な音がした。砕けた音、被弾した音。だがそれを実感した時には、彩雲は転移離脱を行っていた。

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